エリーゼ……?
ルーカスがワトフォード公爵家を訪ねた2日前──。
ビトの見つけた孤児院にやってきた私は、庭で洗濯物を干している女性を見て声を漏らした。
「嘘……」
私と同じ年頃の女の子。
茶色の髪で、整った顔をしていて、瞳が……赤い。
前世、ゲームオーバーになる直前に何度も見た美少女──エリーゼにそっくりだ。
エリーゼ……!?
「どうしたんですか、フェリシー様?」
入口で立ち止まっている私に、ビトが後ろから声をかけてくる。
その声が聞こえたのか、エリーゼはこちらに気づいて持っていた洗濯物をカゴに戻した。
「……何かご用でしょうか?」
「…………」
少し遠慮気味に問いかけてくるエリーゼがあまりにも可愛くて、口から「ガチ美少女!!!」と叫びそうになるのを必死に抑える。
さすがはエリオットたちの妹だ。
無加工でこんなに可愛い子がいるなんて信じられない。
天然美少女……えぐい!!!
顔ちっさ!! 肌しっろ!! まつ毛なっが!! ふわああああ……手が勝手に拝んじゃう!!
……って、そんなこと考えてる場合じゃない!!
「あ、あの……」
ハッ!
エリーゼ様! と言いかけた口を慌てて手で覆う。
今ここでいきなりそんなことを言ったなら、確実にビトに怪しまれてしまうからだ。
あぶない!
エリーゼは髪の色も変わってるし、会ったことない私がすぐに気づいたらおかしいんだった!
どうしよう……とりあえず、何か言わなきゃ!
「あの……絵本の寄付に来ました。中に入ってもよろしいですか?」
「絵本の寄付ですか? まあ。ありがとうございます。今シスターを呼んできますね」
エリーゼはパァッと顔を輝かせるなり、足早に教会の中に入っていった。
記憶をなくしているとはいえ、さすが公爵令嬢。言葉遣いや仕草に、しっかりと品を感じる。
なんて眩しい笑顔……!
私が清涼飲料水の会社に勤めてたら、絶対にオファーしてたわ!
そんなバカなことを考えていると、トントンと軽く肩を叩かれた。
少し身を低くしたビトが、背後から小さな声で尋ねてくる。
「フェリシー様。あの女性がどうかしたのですか?」
「……なんで?」
「あの女性を見た瞬間、固まっていたようですので」
「…………」
さすが鋭いわね。
どうしよう……あの子がエリーゼかもしれないって、どうやって伝えよう。
私もビトも、エリーゼには会ったことがない。
冷めきったワトフォード公爵家には家族の絵画や写真なんて飾られていないし、私たちがエリーゼについて知っているのは『18歳・ピンク髪・赤い瞳』という特徴だけなのだ。
「えっと、さっきの女性……瞳が赤かったし、年も私と同じくらいだから……その、エリーゼ様かもって思っちゃって」
「え? でも髪の色が茶色かったですよ」
「そうなんだけど、えっと……顔が! 顔が、エリオット様やレオン様に似てなかった?」
「エリオット様やレオン様に? そうですか?」
共感していないのか、ビトが眉を顰めながら斜め上に視線を向ける。
あんな美少女がただのモブなわけないだろ! と言ってやりたいけど、ビトにはわからないことなのかもしれない。
まあ、毎日自分の綺麗な顔見て育ったんだから、美の基準がおかしくなってても仕方ないか……。
「髪の色は違うけど、何かあって変わっちゃったのかもしれないわ。あんなに似てるんだし、一応確認したほうがいいかも!」
「……フェリシー様がそうしたいのであれば、いいんじゃないですか?」
「まずは、あの子がいつからここにいるのか聞いてみましょう!」
なんとか無理やり話をもっていくけど、どうやってエリーゼ本人だと確信させればいいのかわからない。
エリーゼを見つけることばかり考えていて、見つけたあとのことは考えていなかった。
どうしよう……。
ここはやっぱり、エリーゼの顔を知ってる人に見てもらうしかない?
使用人じゃ信頼度低いだろうし、できれば3兄弟の誰か……。
頭の中に、目が笑っていないエリオットと恐ろしい顔で睨んでくるディランと一瞬しか目を合わせてくれないレオンの顔が浮かぶ。
一緒に孤児院に行ってほしいという私の願いを叶えてくれる人が、この中にいるだろうか。
「…………」
ディ、ディランなら……いけるか?
エリーゼがいたかもって言えば、あの妹思いのディランなら動いてくれる気が……。
もし間違っていたら、『エリーゼがいたと嘘をついた』『期待をさせた』『わざわざ孤児院に来させるという無駄なことをさせた』ということで、確実に即ゲームオーバーレベルの怒りを買うだろう。
でも、溺愛ルートになった今なら死ぬことはないし、別に問題はない。
それでもディランにマジギレされたくはないから、エリーゼだって確信を持ってからだよね!
そんなことを考えていると、エリーゼが1人で戻ってきた。
シスターを連れてこられなかったことに罪悪感を抱いているのか、申し訳なさそうな顔をしている。
「すみません。シスターは今料理中で手が離せないみたいで……」
「大丈夫ですよ。こちらこそ、忙しい時間に来てしまってごめんなさい。あの……あなたはここに暮らしているのですか?」
「はい。最年長なので、いろいろお手伝いしています」
ニコッと微笑むエリーゼはなんとも美しく、本当にあの悪魔のような双子と血が繋がっているのか疑わしい。
そんなリアル天使エリーゼにもっと詳しく話を聞こうとしたとき、突然エリーゼの目がパチッと大きく見開いた。
私の背後を見て、心底驚いた顔をしている。
ん?
ビトを見て驚いてる……?
「あなたは……っ!」
そう小さく言葉を漏らすなり、エリーゼはガクッと膝から崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
地面の一点を見つめながら、ガタガタと体を震わせている。
「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
「わた……私……」
「気分でも悪く……」
「私!」
体調を窺うためしゃがんだ私の腕をガシッと掴み、エリーゼが必死な表情で私を見つめた。
さっきまでの穏やかな表情から一転、今は青ざめて泣きそうな顔になっている。
「私……私の名前は……エリーゼ・ワトフォードです!」
「!」
「ずっと自分のことを思い出せなかったのに、なぜか急に思い出して……」
「…………」
思い出した!?
なんでこのタイミングで……。ううん。今は、そんなことどうでもいい!
自分で思い出してくれてよかった! これでエリーゼを家に連れて帰れる!
私は、後ろで呆然としているビトにチラッと視線を送った。
『ワトフォード家に連れて帰っていいよね?』という私の念を感じ取ったのか、ビトが複雑そうな顔でコクッと頷く。
まさか本当にエリーゼだったなんて……と驚いているのだろう。
「エリーゼ様。私たちはワトフォード公爵家に住んでおります。ずっとあなたを捜していました」
「……えっ?」
「一緒に帰りましょう。シスターや子どもたちにも、一緒に説明します。……ただ、エリーゼ様が行方不明になっていたことは口外できないので、ワトフォード家の名前は出さずに説明しましょう」
「…………」
冷静に話している私を、エリーゼがポカンとした様子で見つめている。
記憶を戻した瞬間、一緒にいた初対面の人間が自分の関係者だったなんて、偶然すぎるし頭がついていけないのだろう。
正直私もちょっとパニックになりかけたけど、今は私がしっかりしなきゃ!
記憶を戻したばかりのエリーゼも、エリーゼが本当に孤児院にいると思ってなかったビトも、私以上に驚いてるはずだし。
「安心してくださいね。エリーゼ様」
そう笑顔を向けて、私はエリーゼの手を握って一緒に立ち上がった。
実際に彼女に触れることで、本当にエリーゼが現れたのだと実感する。
このタイミングでエリーゼが……。
もしかして、これが溺愛ルートになった変化なの?
本来なら、ゲームオーバーになってから現れる予定だったエリーゼ。
捜していたとはいえ、ゲームの中盤でエリーゼが現れたという展開は聞いたことがない。
エリーゼが出てくることで、これからどう変化していくんだろう……?
少しの不安を感じながら、私は同じように不安げな顔をしているエリーゼを優しく見つめ返した。




