1番言ってはいけない答え
ゲームのクリア前に、私をエリーゼだと紹介するなんて……エリオットは何を考えているの!?
本当に私とルーカスを結婚させるつもり?
先ほどエリオットは、「もうすぐ結婚してもらうつもり」と言っていた。
今すぐではないのだから、好感度が100%になったら結婚する──というゲームの流れと、同じといえば同じだ。
不可解なのは、それを事前に私に話したことと、他人に私を妹のエリーゼとして紹介したことだ。
もし今本物のエリーゼが現れて、またさっきのようにエリオットが紹介するときがきたら……あの男性はエリーゼを見て「前に会った子と違くない?」ってなっちゃうよね?
ルーカスじゃないから別にいいのかな?
でも、あの男性も高位貴族なら、そのうちルーカスやその妻になるエリーゼとも会う機会あると思うんだけど……。
エリオットがそんな危ない橋を渡るとは思えない。
私を妹として紹介した以上、本当に私とルーカスを結婚させようとしている気がするのだ。
まさか……ね?
エリオットの好感度はまだたったの17%だし、そんな考えになるわけ……。
「あ。結婚の件だが、ディランにはまだ言わないように。あいつはエリーゼに婚約者がいることすら知らないからな」
「えっ? ……わかりました」
「あいつに知られるといろいろと面倒だし、直前まで黙っておこう」
「……………」
え? ディランは知らない?
エリーゼとルーカスが婚約してるって、知らないの?
じゃあ…………あんなに必死になってルーカスと会わせないようにしてたの、意味なかったってこと!?
なぜか楽しそうな表情のエリオットの前で、私はガックリと項垂れてしまった。
ディランが知らなかったなら、孤児院で会っているのがルーカスだとバレても何も問題はなかったのだ。
そんな……! あの苦労はなんだったのっ!
ディランにバレたらキレられると思って、ハラハラしていた私のストレスだらけな日々を返してほしい。
プレイ中のゲーム内では結婚の話が出なかったので、ディランが知らない設定になっているとは思ってもいなかった。
ディランに知られたらいろいろ面倒って、きっと私がエリーゼの代わりにクロスター公爵家に嫁ぐのをおもしろく思わないってことだよね?
うっ……想像するだけでめんどくさい!
そんな恨みは買いたくないし、それに……。
「あの。もしエリーゼ様が見つかったら、どうされるのですか? 私を妹として紹介してしまうと、顔が違うと気づかれてしまうのでは……」
「その心配はない。たとえエリーゼが見つかったとしても、結婚するのはフェリシー。君だ」
「……え?」
「エリーゼが見つかろうが、もう関係ない。君はこれからエリーゼとして生きてもらう」
「…………」
これからエリーゼとして生きてもらう?
エリーゼが見つかろうが、もう関係ない……?
ドクンと心臓が大きく跳ねる。
ドクドクドクと鼓動が速くなって、血液が全身をかけ巡っているのがわかる。
じゃあ……エリーゼはどうなるの?
今、記憶をなくした状態でどこかの孤児院にいるエリーゼ。
もし記憶を戻して家に帰ってきたとしても、もう自分の名前も立場も知らない女に奪われていたら、彼女はどうなるというのか。
そんな私の考えを察したのか、問いかける前にエリオットが答えた。
「君が心配する必要はない。エリーゼは今後『フェリシー』として生きてもらうだけだ。家から追い出したりもしない。……貴族令嬢という身分で外に出ることはできないがな」
「!!」
エリーゼにとって最悪な話だというのに、エリオットはどこか楽しそうに話している。
本当に妹のことなどなんとも思っていないのだと、嫌というほど伝わってきた。
どんなに優しい口調で話していたとしても、これが冷酷非道な長男エリオットの本性なのだ。
赤の他人である私に妹の身分を渡すことに、なんの抵抗もないの……?
妹から公爵令嬢という身分を奪っても平気なの?
本当に……ただワトフォード家とクロスター家が繋がれば、それでいいの?
この男……家族をなんだと思ってるのよ……!
今世でも前世でも、私に家族はいなかった。
ずっと私が憧れていた家族という存在。その大切な家族を、自分の駒としか思っていないエリオットに腹が立つ。
「エリーゼに遠慮することはない。君は本物の貴族になれるんだ。……嬉しいだろう?」
ピロン
エリオットがニヤリと怪しい笑みを浮かべた瞬間、電子音とともにいつもの画面がパッと出てきた。
イベントの発生だ。
『【イベント発生】気持ちの確認
どう答えますか?
①「もちろん嬉しいです」と喜ぶ
②「嬉しいわけない」と怒る
③「エリーゼ様に申し訳ないです」と遠慮する』
イベント……!
難易度が1番高く、1度の回答で一気に好感度ゼロになる可能性もあるエリオットのイベント。
そんな恐ろしいイベントが突然始まったというのに、なぜか私は意外なほど落ち着いていた。
エリオットに対する怒りが、私を冷静にしてくれているのかもしれない。
これ、①はつまんねー女判定されるし、②はたぶん地雷で一気にゲームオーバーコース。
1番無難なのは③だと思う……けど。
「…………」
「フェリシー? どうしたんだ?」
これまでも、エリオットに対して苛立ったことはたくさんあった。それでも我慢できていたのは、怒りよりも恐怖心が勝っていたからだ。
でも今は、その恐怖を一切感じない。
今はただ……目の前の金髪イケメン男が、ムカついてムカついて仕方ないだけだ。
エリーゼに遠慮することないって……そんなの、お前が勝手に言うな!!!
「エリオット様!!」
「!?」
私が馬車の椅子をバン! と思いっきり叩きながら名前を叫ぶと、エリオットはギョッと目を見開いて肩をビクッと震わせた。
こんな表情のエリオットは初めて見るけど、そんなの今はどうでもいい。
「エリーゼ様をいったいなんだと思っているんですか!? あなたの大事な妹でしょ!? 帰ってきて自分の身代わりがいたらどんな気持ちになるか、想像できませんか!?」
「…………」
「貴族になれて嬉しいかって!? エリーゼ様の身分を奪って貴族になったって、そんなの嬉しいわけないでしょ!! そんなこともわからないんですか!?」
「…………」
「エリーゼ様は私が必ず見つけます!! エリーゼ様は絶対どこかで生きてますから! だから、彼女のいないところで勝手に話を進めるのはやめてください! エリーゼ様はあなたのオモチャじゃありません!!」
「…………」
はぁ……はぁ……と、息を切らした私の呼吸音しか聞こえない馬車の中。
カッカした体がだんだん冷めていくにつれて、頭の中の熱も同じように冷めてくる。
……あ、あれ?
「…………」
「…………」
無言のまま、エリオットとしばし見つめ合う。
エリオットの赤い瞳がゆっくり細められていく様を、私はただ静かに見ていることしかできない。
私……今、1番選んじゃいけない答えを言わなかった……?




