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エリオットとのお出かけとか無理。早く帰りたい。


 はぁーー……なんなの、この状況。




 目の前に座るエリオットを見て、思わずため息が出てしまう。

 昨日突然「明日一緒に視察に行く」と言われて、今どこだかわからない場所に連れていかれている。

 ビトもいない2人だけの空間は、酸素がないのかと疑ってしまうくらい息苦しい。




 もう!! なんで私がエリオットの視察に一緒に行くの!?

 何もわからないけど!? なんのため!?




 そんな疑問ばかりが頭に浮かぶが、それを本人に聞くことはできない。

 今はただ、エリオットの機嫌を損ねないよう存在感を消すことに集中するのみだ。




 早く帰りたい。早く帰りたい。

 まだ着いていないけど早く帰りたい。

 1秒でも早く家に帰りたい。




 そう繰り返し考えていると、窓の外を見たエリオットがニヤッと笑いながら呟いた。



「着いたぞ」



 その言葉に反応するように外を見ると、そこは見たことのない街だった。

 私がいつも行っている街より大きいのか、人も多く賑やかだ。




 わぁ……すごい。さらに都会な感じ。

 視察って、この街?




 口に出してはいないのに、私の疑問に答えるようにエリオットが言葉を続ける。



「この街で新しい事業を始めようと思っているんだ。今日は周りの店や街の雰囲気を、客側として体感してみようと思っている」


「……そう、ですか」




 えっ?

 私にそんなベラベラ話しちゃうんだ!? いいの!?




 何も伝えられずに勝手に連れ回されると思っていたので、今日の目的やワトフォード家の今後の予定を聞かされて正直戸惑ってしまう。

 そんな大事な話を、ただの養子である私にするとは思っていなかったからだ。




 エリオット……いったい何を考えてるの?

 ただの気分とかじゃなくて、絶対に何か企んでるよね?




 何度もやってきたゲームで、エリオットと2人で出かけることなんて一度もなかった。

 次のイベントはエリオットの番だし、ボーーッと流れに身を任せていたらとんでもない選択を迫られてしまいそうだ。




 気を抜いちゃダメ……!

 いつイベントが発生してもいいように、エリオットの様子をしっかり見ておかなくちゃ!!





「ここで降りよう」


「は、はい」



 エリオットの言うとおりに馬車を降りると、そこは貴族御用達の通りだった。

 初めて来る場所だけど、ここまで豪華な店が並んでいたらさすがにわかるし、歩いているのも貴族らしい人たちしか見かけない。




 な、なんか銀座に来たような気持ち!!!

 どうしよう!! 私には不釣り合いすぎて、いたたまれない!!




 今の私は、孤児院に行くときとは別人のようにしっかりと着飾っている。

 エリオットの同行ということで、マゼランやメイドたちが貴族令嬢らしく身支度を整えてくれたからだ。

 それでも気後れしてしまうくらい、街中には素敵なレディたちがたくさん歩いている。



「この先に、寄りたい店があるんだ。行っていいかな?」


「もちろん、です……」



 オドオドしながらエリオットの後ろに立とうとすると、「横に並んで」と促されてしまった。

 心の中は主人と家来のような気持ちなのに、横に並ばないといけないなんて地獄すぎる。




 うう……なんでエリオットって笑っててもこんなに圧がすごいの……。

 横に立ってるだけで寿命が縮みそう……。




「…………ん?」



 気分最悪で歩いている私とは違い、すれ違う女性たちから興奮気味の眩いオーラを感じる。

 みんなの視線は私──の隣にいるエリオットに向けられていて、みんな口を半開きにして足を止めていた。



「…………」




 みんな、エリオットに釘付けになってる!!!




 表情を見れば、誰もがエリオットに見惚れているのが丸わかりだ。

 頬を赤く染めて、目はキラキラと輝いている。

 こっそり見るという気遣いすらする余裕がないのか、全員堂々とエリオットを凝視してしまっている。




 ……クソゲーとはいえ、さすが攻略対象者!!!

 なんかもうこの美形に慣れてきてたけど、やっぱりおかしいよね!?

 人間の形態として異常だよね!?




 当の本人はそんな女性からの視線に気づいているのかいないのか、顔色ひとつ変えずにスタスタと歩いている。

 心なしか、鬱陶しいというオーラが出ているように感じるのは……私の気のせいだろうか。



「ここだよ」


「えっ? あ、はい」



 ピタリと足を止めたエリオットに合わせて立ち止まると、そこは高級そうなドレスが飾ってあるお店の前だった。

 ドレスのお店に用が??? と疑問に思ったけど、何も聞かずにエリオットに続いて店内に入る。

 エリオットを見た店員が、少し興奮気味に近寄ってきた。



「い、いらっしゃいませ!」


「予約していないんだが、見ても大丈夫かな?」


「も……もちろんでございます!」



 あっという間に数人の店員に囲まれたエリオットの横で、私は初めて入るドレスの仕立て屋にテンションが上がっていた。

 この前のパーティーで着たような美しいドレスが、色とりどりに並べられていてとても綺麗だ。




 うわぁ……素敵。

 すごい綺麗なドレスがたくさんある……っ!! 高そうだし、触らないように気をつけなきゃ。




 そんなことを考えながら周りにあるドレスをチラチラ見ていると、ニッと口角を上げたエリオットが店員からの質問を無視して私に声をかけた。



「好きなドレスを選ぶといい。なんでも買ってあげるよ」


「…………え?」



 爽やかで優しいエリオットのセリフに、店員が一斉に「きゃあっ」と歓声を上げる。

 羨望の眼差しが私に向けられているけど、きっと今の私はポカンと口を開けて間抜けな顔をしていることだろう。




 買ってあげる? こんな高級そうなドレスを? ……なんで???




 意図がわからなすぎて、喜ぶというよりも怖いという感情が勝っている。

 どんどん血の気が引いていく私を、エリオットはやけに楽しそうな様子で見てくる。




 な、何これ。私が素直に言うこと聞くかどうか確認するイベント?

 いや……イベントの表示はないし、普通のやり取りだよね?

 え? 何? これ、どう反応するのが正解なの?




 イベントと関係なく、エリオットは人を試すのが大好きな男だ。

 これも、私がどう答えるのか試しているに違いない。

 イベントではないから好感度を気にする必要はないけど、不機嫌になる可能性がある以上できるだけエリオットの望む答えを言うしかない。




 ……とはいえ、ここは断る選択肢しかないんですけど!?

 私はエリーゼを見つけて家を出ていく予定だし、ドレスなんていらないもん!

 金を返せとか言われても困るし!




「え……っと、この前ディラン様にも買っていただきましたし、家にもたくさんありますし、その……大丈夫です」


「…………」



 少しモゴモゴしながら断ると、エリオットはジッと私を見たあとにニコッと笑顔を作った。

 もちろん、いつも通り目は笑っていない。




 ヒッ!! な、何!?




「……そうか。じゃあ、次の店に行こう」


「は……はい」



 残念そうな店員に軽く会釈をして店を出ると、エリオットは次のお店を目指してまたスタスタと歩き出した。

 遅れないようになんとか横に並んでついていくけど、脳内はずっとパニック状態だ。




 ねえ!! なんなの!? 次のお店って何!?

 視察はどうなったの!? これが視察なの!?

 っていうか、さっきの私の断りは正解!? 不正解!?




 次のお店ということは、同じようなことがまだ続くのかもしれない。

 イベントじゃないから好感度を確認することもできないし、自分の行動が合っているのか間違っているのかわからなくて胃がキリキリしてくる。




 うう……どんどん寿命減ってる気がする……。

 早くおうちに帰りたい……。


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