エリオット視点②
フェリシーと一緒に孤児院に行っていた男が、ルーカス・クロスター?
ルーカス・クロスターは、妹エリーゼの婚約者だ。
もし結婚までにエリーゼが見つからなかった場合、フェリシーが妹の身代わりとしてルーカスと結婚することになる。
どうなるかわからない以上、フェリシーを1番会わせたくない相手……それがこの男だ。だが……。
「…………」
俺はニヤッと笑いそうになる口元を手で隠した。
今の状況は俺にとってあまり喜ばしくないはずなのに、どうしても気分が高揚してしまう。
コイツらは……お互いが自分の結婚相手になるかもしれないことを知らずに、すでに出会っていたのか。
……おもしろい。
もしここでエリーゼは君の婚約者だと言ったら、この男はどんな顔をするのか。
見たくてたまらないが、さすがにクロスター公爵の許可も得ずにそんな勝手なことはできない。
ウズウズする感情を抑えて、俺は下げていた視線をルーカスに戻した。
俺の仮説が合っているのかどうか、怪しまれないように確認していかなくては。
「ところで、なぜエリーゼだとわかったのですか?」
「……え?」
「エリーゼからは、ワトフォード家の名前を出さずにボランティアをしていると聞いております。あなたには、本名を名乗ったのですか?」
「!」
俺の質問に、ルーカスの顔色が一気に青くなる。
こんなにも自分の感情を素直に顔に出すなんて、公爵子息にしてはなかなかめずらしい。
……まあ、うちにも約1名そんな公爵子息がいるが。
俺に嘘をついて本名を名乗っていた──そうフェリシーを誤解されたくないのか、焦った様子のルーカスが必死に俺に説明をしてくる。
「いえっ! エリーゼ様は名乗っていません! ディラン様が孤児院の外にいるのを見かけて、それをきっかけに彼女の特徴からエリーゼ様だと気づいてしまっただけです!」
ディランが孤児院の外にいた?
そういえば、さっきディランに見られたとか言っていたな……。
だが、なぜ孤児院に? まさかあいつ、フェリシーのあとをつけたのか?
フェリシーが男といたことに対してやけに怒っていたが、そこまでするほど気にしていたとは思わなかった。
意外な弟の話に詳しく聞き返したくなったが、ルーカスは俺も知っていると思って話しているようなので黙るしかない。
「なので、彼女は俺がエリーゼ様だと気づいたことを知りません!」
「!」
「彼女は……自分の名前も身分も、何も話していません」
「……そうですか」
フェリシーは何も気づいていない?
ゾワゾワッと、体の奥から興味が湧き上がってくる。
ワトフォード公爵家と関わっていることを知られないようにしろ──そんな俺との約束を守れず、身分を見破られたと知ったなら……フェリシーはどんな顔をするだろうか。
……見たい。
それに、今度はいったいどんな言い訳をしてくる?
以前、メイドの件で問い詰めたときには俺を利用してうまく危機から逃れていた。
今回はどんな言い訳をして罪から逃れようとするのか、非常に気になるところだ。
そう楽しんでいる場合でもないんだが……好奇心には勝てないな。
今は、俺の想定していなかった状況だ。
クロスター家から正式な結婚の話をされるまでは、フェリシーとルーカスを会わせるつもりはなかった。
まさかすでに会っていて、しかも『エリーゼ』だと思われているなんて想定外もいいところだ。
ルーカス本人に見られてしまったなら、もう妹が見つかろうが関係なくフェリシーをエリーゼの身代わりとして結婚させるしかないな……。
ただの平民女が、勝手に俺の計画を狂わせた。
腹立たしいはずなのに、今はおもしろいという感情が優っている。
まあ、ルーカスと結婚するのはエリーゼだろうがフェリシーだろうがどっちでもいい。
クロスター公爵家と繋がれるのなら、問題はない。
「もう1つ窺いたいのですが、なぜ俺がエリーゼの孤児院通いを反対すると思われたのですか?」
不安そうに俺の様子を窺っているルーカスに再度質問を投げかけると、ルーカスは一瞬後ろに立つ若い男に視線を向けたあと、少し遠慮がちに答えた。
若い男は、まるでルーカスが何か変なことを言うんじゃないかとハラハラしているように見える。
「それは……本名を言わない理由として、父親に知られたらもう孤児院には行けないかもしれないと言っていたからです」
「父親に知られたら?」
「はい。エリーゼ様だと気づいたあとに、それは父親ではなくワトフォード家のご兄弟のことを言っているのかも……と思いまして」
「なるほど」
フェリシーなりにいろいろと考えているな。
そこで『父親』を理由にしたところも、両親のいないワトフォード公爵家とは繋がりにくいしなかなかいい選択だ。
フェリシーの言っていたことを俺に話した罪悪感からか、ルーカスが苦々しい表情で俯いている。
なんともバカ正直でわかりやすい男だ。
「安心してください。先ほども言いましたが、俺たち兄弟は反対などしておりません。きっと、エリーゼが本名を名乗らないために作った嘘でしょう」
「そ、そうですか……!」
今度は眩しいくらいに満面の笑顔になるルーカス。
厳格な父親と違いすぎて、この男が本当にルーカス・クロスターなのか疑問に思えてくる。
まさかここまで裏表のない真面目な男だとは……。
フェリシーを気遣ってわざわざ俺に直談判しに来るなんて、普通の貴族じゃなかなか……。
そこまで考えて、ふと違和感に襲われる。
いくら真面目で誠実な男だとしても、頼まれたわけでもない相手のためにここまで動くものか?
そもそも自分が原因だと思うのなら、まずは自分がエリーゼとはもう会わないと言うものではないのか?
この男の口から、そんな言葉は一切出ていない。
「……ルーカス様は、なぜそこまでエリーゼのことを気遣ってくださるのですか?」
「……えっ」
一瞬の間を置いて、ルーカスの顔がカァッと赤くなる。
頬を染めて、どこか焦ったかのように体を動かして「それは、その……」と回答を濁している様子は、つい最近見たディランと同じ反応だ。
「…………」
この反応は……そうか。
ディランのあの意味不明なフェリシーへの怒りや態度は、そういう意味だったのか。
そして、この男も……。
フェリシーに異性としての興味を抱いている。
もしくは好意を持っている。
だから、ディランは見知らぬ男といたことに怒り、婚約者役としてパーティーに出ることに焦っていたのだ。
ルーカスがわざわざ俺に会いに来たのも、フェリシー自身のためと、今後自分が堂々とフェリシーに会えるように……。
「……ふっ」
「……エリオット様?」
「失礼。なんでもありません」
「?」
突然笑った俺を、ルーカスが不思議そうに見つめてくる。
俺が笑顔なことにホッとしているようだが、この頭の中を聞いたなら安心してなどいられないだろう。
あのディランとルーカス・クロスターを落とすとは、やるじゃないか。
元平民女のどこにそんな魅力があるのか、俄然興味が湧いてくる。
必要最低限しか関わってこなかったが、どんな女なのか無性に知りたくなった。
2日後の視察に、フェリシーを同行させて確かめてみようじゃないか。
……いったいどんな魅力があるのか。




