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エリオット視点①


「……なぜルーカス・クロスターが?」



 突然公爵家に届いた手紙。

 1枚だけの短いその手紙を机の上に広げ、俺は紙の中心に書いてある一文を読み直した。



「話したいことがある……?」



 思わず眉間にシワを寄せ、手紙を睨みつけてしまう。

 挨拶くらいしかしたことのない男が、わざわざ家に来てまで俺に話したいこと──そんなの、エリーゼの件としか考えられない。




 エリーゼが婚約者だと、父親に聞いたのか?

 息子に話すときには事前に伝えると言われていたはずだが……。




 エリーゼの身代わりは用意しているし、今すぐ結婚の話を進めろと言われても問題はない。

 でも、偽のエリーゼと会わせるのはできるだけギリギリまで延ばしたいところだ。




 手紙にエリーゼの名前は書いていない……。

 なら、当日家にいないとなっても文句は言われないだろう。

 ……ビトを呼び出すか。




 





「3日後、昼前からフェリシーを連れてどこかに行ってくれるか?」


「……はい?」



 挨拶を交わしてすぐそう伝えると、眼帯をつけた無表情の男は眉をピクッと動かした。

 一瞬だけ、なぜだ? という不審な空気を感じたが、すぐに消える。

 俺たちより4つも年下だというのに、ビトはディランよりも肝が据わっていて感情をなかなか外に出さない男だ。



「ある人物から、家に来たいと手紙が届いたんだ。その人物とフェリシーを会わせたくないから、その日は外に連れ出しておいてほしい」


「……手紙、ですか」


「ああ。当日はディランにも用事を与えて出て行かせるつもりだ。……とても大事な客人なのでな」



 差出人が誰なのか気になっているようだが、ビトは無駄な質問はしてこない。

 あっさり「わかりました」と答えるなり、軽く頭を下げて部屋から出ていった。



「……フン。あいかわらず変な男だな。それより……」




 ルーカス・クロスター……あいつが噂通り紳士的な男なのかどうか、確かめてみるのも楽しそうだ。




 *




 そう心待ちにしていた日は、思っていたよりもすぐやってきた。

 フェリシーとビトが家を出たという報告も受けているし、ディランは少し遠くの領地に行かせている。

 あいつにはまだエリーゼとルーカスの婚約の話はしていないし、面倒な説明を省くためだ。


 コンコンコン



「エリオット様。クロスター公爵家のルーカス様がお見えになりました」


「わかった。今、行く」



 執事の報告を受けて、椅子から立ち上がる。

 忙しさを言い訳に時間を守らない貴族が多い中で、時間通りの訪問──どうやら、真面目という噂は本当のようだ。




 さて。あの厳格なクロスター公爵閣下のご子息……いったいどんな男かな?




 待たせている応接室に入ると、ソファに座っているルーカスと、その後ろで姿勢よく立っている若い男がいた。

 付き人であろうその若い男は俺を見るなり深く頭を下げ、ルーカスは慌てて立ち上がった。



「エリオット様! 本日はお時間をいただきまして、ありがとうございます!」


「いえ。お久しぶりですね。ルーカス様」



 座るように促しながら、自分も席に着く。

 メイドが紅茶をテーブルの上に置いて部屋から出ていくのを待ったのち、俺はすぐに話を振った。



「それで、今日はどのようなご用件で?」


「あの、ですね……妹のエリーゼ様のことで……」




 やっぱりな。

 



 そう思いながら、やけに緊張した様子で俺を凝視しているルーカスを見つめ返した。

 きっと婚約に関しての話だろう。

 父親が決めた相手を断るなんて愚かなことはしないだろうが、わざわざ俺に会いにくるほど話したいこととはなんなのか……そんなことを考えていた俺は、次のルーカスの言葉にカップを落としそうになってしまった。



「エリオット様は、エリーゼ様が男性と会うのを反対しているのでしょうか?」




 は?




「……えーーと、それはどういう……?」


「いえ。あの、ワトフォード公爵家のご兄弟は妹のエリーゼ様をとても大切にされていると聞きまして。どうなのかな……と」


「…………」




 コイツは何を言っているんだ?




 挨拶しかしたことのない相手に、開口1番に聞くことが『妹を大切にしているから、男性と会うのを反対しているのか?』だなんて、誰だって険しい顔になるというものだ。

 俺だけでなく、ルーカスの後ろに立っている男も軽蔑した目で彼を見下ろしている。




 これは、婚約をしたら俺たち兄弟が2人の邪魔をすると思われている……のか?

 いくらあのディランでも、そこまでバカではないはずだ。……たぶん。




「たしかに妹のことは大事ですが、反対などしませんよ」


「え? ……そうなのですか。あっ、ディラン様! ディラン様は反対されませんか?」


「ディランは俺よりもエリーゼを大事にしていますが、反対はしないはずです」


「そう……ですか」



 ルーカスは意外そうな顔をしたあと、目に見えてホッと安堵していた。

 そんなにも反対されるのを恐れていたのかと、怪訝な目を向けてしまう。




 そんなに妹を大事にしているなら、そもそも婚約などさせるわけがないだろう。

 何を言っているんだ?




 かみ合っているようで、かみ合っていない会話。

 ルーカスの質問の真意について問いかけようとしたとき、笑顔になった彼が後ろの男にアイコンタクトをしてから俺に向き直った。



「では、エリーゼ様が孤児院に行くのを禁止にしてはいないのですね?」


「……え?」




 エリーゼが孤児院に行くのを禁止?

 なんのことだ?




「ディラン様に見られてしまったので、もう禁止にされてしまったのかと思っていたんです。この前のパーティーでお会いしたときにも、挨拶もさせてもらえなくて……。でも、違うのならよかったです!」


「…………」




 ディランに見られた? 何を?

 パーティーで挨拶もさせてもらえなかった?




 意味のわからないことだらけで、ルーカスが何を言っているのかまったく理解できない。

 でも、彼の話ぶりからして俺が知っていて当然の話だと思っているのは間違いないだろう。

 

 ここで何も知らないと打ち明けたら、きっとルーカスは焦ってこの話を止めてしまうはずだ。

 俺も知っていることにして、うまく会話を続けるしかない。




 エリーゼの話をしているが、婚約については何も触れていない……。

 まだエリーゼが自分の婚約者だとは知らないのか?

 クロスター公爵からも連絡はもらっていないし、きっとそれはまだ知らないのだろう。


 だが、それならなぜエリーゼの話を?

 孤児院に行くのを禁止というのは、どういうことだ?




 孤児院といえば、最近フェリシーが定期的に行っている場所だ。

 だが、フェリシーはワトフォード公爵家の名前もエリーゼの名前も出していないというのはビトの報告で確認済みだ。

 エリーゼが孤児院に行っているという話になるはずがない。




 ディランに見られたというのはなんのことだ……?




 ルーカスの口ぶりからして、ディランから俺に報告がされていると思っているようだ。

 そんなにお互いのことを報告し合うような仲良し兄弟ではないというのに──。




 …………あ?




 そこまで考えて、最近めずらしくディランが執務室にやってきたのを思い出した。

 あのとき、ディランは怒りながら俺に文句を言ってきた──フェリシーが一緒に孤児院巡りをしている男のことで。



「…………」



 俺は、目の前に座る黒髪の好青年を顔をジッと見据えた。

 かの有名なクロスター公爵家の長男だというのに、人当たりの良い爽やかな男を。

 孤児院にボランティアに行っていても、なんら不思議はないその穏やかな男を。




 まさか……フェリシーと一緒に孤児院に行っている男は、ルーカス・クロスターなのか?


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