エリーゼが自分の婚約者だって、知っちゃったの!?
ルーカスはディランを認識した上で追いかけていた。
その事実が恐ろしすぎて、心臓がドクドクと早鐘を打っている。
なんで追いかけるのか不思議だったけど、目が合った相手に挨拶をしようとしただけとか、いきなり逃げられたから気になって追ったとか、そんな感じだと思ってた……。
まさか、誰かわかった状態で追ってたなんて!
なんでディランを追ったの?
何かディランに話でもあるの?
そう直球で聞きたいところだけど、私がフェリシーだとバレないようにすることも重要だ。
できるだけ視線を落として、ルーカスに顔を見られないように意識しながら彼の質問に答える。
もちろん、先ほど同様に声色を変えて気弱そうな令嬢っぽく小声で。
「……はい。そうです。……ディラン様のお知り合いの方、でしょうか?」
「自分はクロスター公爵家のルーカスと申します。知り合い……ではないのですが、ディラン様とお話がしたくて」
「!」
やっぱりディランに話が……!
いったいなんの話を?
「……お話、ですか?」
「はい。ディラン様の妹の、エリーゼ様のことで」
「!?」
さらに予想外の返答に、今度こそ腰が抜けたかと思った。
ガクガクと震える膝に力を入れてなんとかこらえているけど、少しでも気を抜いたら倒れてしまいそうだ。
エリーゼのことって……。
なんで……ルーカスは自分の婚約者がエリーゼって知らないはずじゃ……。
不安がそのまま顔に出てしまっているらしい。
話の続きはせずに、ルーカスが心配そうな声で優しく尋ねてくる。
「あの、大丈夫ですか? 顔色が真っ青ですが……」
「だ……だい、じょう……ぶ、です」
顔が青い? それはそう!!!
そう大声で叫びたいのを我慢して、私は震える手をギュッと握りしめた。
心臓がバクバクして口から飛び出しそうだ。
そりゃあ顔も青ざめますって!!!
まさかここでエリーゼの名前が出てくるとは思わないじゃない!?
ルーカスは、自分に婚約者がいるのかどうかも知らないと言っていた。
父親からは何も聞いていないと言っていたはずなのに。
まさか父親からエリーゼが婚約者だって聞いたの?
だから、その兄であるディランに挨拶したいとか!?
そういうこと!?
それなら、ルーカスがディランと認識した上で追いかけていた理由もまだ納得できる。
なんっでこのタイミングで!!
……いや! まだそうと決まったわけじゃない! ちゃんと理由を聞かなくちゃ!
「い、妹のエリーゼ様とも、お知り合い……なのですか?」
「え?」
お願い!
『婚約者です』って答えないで!!
ルーカスと目を合わせないようにしているため、彼が今どんな顔をしているのかわからない。
どう答えようか迷っているのか、ルーカスは少し間を置いたあとにボソッと呟いた。
「……そうですね。たぶん、知り合いだと思います」
「…………」
たぶん知り合いって何!?
知り合いなの、そうじゃないの、どっち!?
このクソゲーの設定では、誰もエリーゼの顔を知らないことになっている。
会ったことないはずのエリーゼを「たぶん知り合い」だと言っているのは、やはり婚約者だという事実を教えてもらったのかもしれない。
会ったことはないけど、婚約者という関係だから「たぶん知り合い」──そういう意味なのかも。
どうしよう……!
もしそうなら、今後ルーカスがエリーゼに会いたいって言ってくることもあるかもしれないってこと?
ルーカスが知る前にエリーゼを見つけて、あの家を出ておきたかったのに……っ!!
ディランにルーカスの正体がバレて、「妹の婚約者に手を出そうとした!」と誤解されて、好感度がゼロになってゲームオーバー。
本物のエリーゼが現れて、エリーゼとルーカスは結婚して幸せに。
私は口封じのために殺されて終わり──そんな結末も十分にあり得る。
とにかく、できるだけ2人が会うのを引き伸ばさないと!
なんとかして今日は逃げきりたい!!
「……ディラン様はもうお帰りになったかもしれないので、私からお伝えしておきます」
「えっ。帰られたのですか?」
「ええ。おそらく」
「そっか。だからあんなに急いでいたのか」
そう呟きながらルーカスが会場のほうを振り返ったので、今がチャンスとばかりに彼の顔をジッと見つめる。
こんなときでも、本当はおめかしした推しの姿をしっかり見たかったのだ。
あああ……っ!!! やっぱり今日のルーカスのビジュ神がかってる!!!
王子なの? 絵本から飛び出してきた王子様なの?
ディランが帰ったなんて嘘をついてごめんなさい!
でもあんなに避けてたんだから、きっともうディランはあなたの前には出てこない気がするの。
私は今からディランを捜してそのまま帰るように誘導するから、あなたは諦めて会場に戻って……!
そんなことを考えていると、急にルーカスがこちらを振り向いた。
「あの。ディラン様はなぜ俺を避けたのだと思いますか?」
「えっ」
「目が合った瞬間に逃げ……走っていったような気がして……。俺、彼に何かしてしまったのでしょうか?」
「…………」
シュンと捨てられた子犬のように眉を下げる推しを見て、『尊い!!!』という感情に支配された私は、反射的に質問に答えていた。
「それは……っ、ルーカス様があまりに麗しかったので、目が合った瞬間に胸がときめいて緊張して逃げてしまったのかと……!」
「え?」
目が点になったルーカスの様子を見て、自分が何を口走ってしまったのかを瞬時に理解する。
そして、理解した途端に冷や汗がドッと溢れてきた。
まっっっって!?!? 今、何言った私!?
つい目の前の推しに対する自分の気持ちを……!
これ、ディランに置き換えたらBのLになってしまうんじゃ……!?
それはそれでいい──などと考えている場合ではない。
ルーカスは一気にディランを追いかける気持ちがなくなったのか、やけに切羽詰まった顔をしながらカタコトに話し出した。
「あ。そう……ですか。では、今日は……会場に、戻り……ます」
「あ。は、はい」
ルーカスはそのままフラフラしながら来た方向に歩いていった。
なぜか、彼の頭上に『???』マークが浮かんでいるように見える。
なんか……ごめん。ディラン。
将来の義弟に、とんでもない勘違いをされたかもしれないわ。
ほんと……ごめん。
ディランへの罪悪感とともに、ルーカスが離れていったことと自分の正体がバレなかったことに安堵する。
このままディランを見つけて家に帰ることができれば、今日のミッションはクリアだ。
よし!
じゃあ、ディランが会場に戻る前になんとか見つけ出して……。
「フェリシー!」
「!」
そのとき、ルーカスが歩いていった方向とは別の方向からディランが走ってくるのが見えた。
なぜかやけに慌てた表情をしている。
ディラン!
すごい! ナイスタイミング!
「ディラ……」
そう名前を呼びかけたとき、グイッと腕を引かれて私の顔はディランの胸元に押しつけられた。
反対側の手が私の背中に回っていて、少し遅れて自分が今ディランに抱きしめられているのだと理解する。
えっ……?
なんで……私、ディランに抱きしめられてるの!?




