ルーカスに会ってしまいました……
あーーーーっ、もうっ!!!
ディランってばどこに行ったの!?
パタパタパタ……と、王宮の通路を小走りで彷徨っている私。
ドレス姿で走るなんて令嬢らしからぬ行為かもしれないけど、誰もいないのだから別にかまわないだろう。
それに、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
もーーっ!!
なんでディランはルーカスを見て逃げ出したの!?
なんでルーカスはそんなディランを追いかけていったの!?
ディランが振り返り、背後に立っていたルーカスの存在に気づかれたとき……正直「終わった」と思った。
この2人を会わせないことが今日の私の目的だったから。
でも、なぜかディランはルーカスに話しかけることはなく、彼を避けるように走り出したのだ。
「えっ」
逃げた!? なんで!?
まあ、私はそのほうが助かるけど…………って、ええっ!?
2人が会話をしなかったことにホッとしたその瞬間、ルーカスが私の目の前を通り過ぎ、ディランを追いかけていった。
1人ポツンとその場に残される私。
えっ……ええええーーーーっ!?
待って! なんでルーカスがディランを追いかけるの!?
知り合いじゃないんだよね!? なんで!?
「…………」
頭の中がパニックになっていて、うまく考えることができない。
でも、このまま放っておいて2人が会話をしたらまずいということだけはわかる。
どどどどうしよう!!!
もしルーカスが名乗ったら、私が一緒に孤児院を回ってる相手がエリーゼの婚約者だってディランにバレちゃう!!
どうしよう! どうしよう!
「と……とりあえず行かなきゃ!!」
……と、私も2人を追って会場を出てきたというわけだ。
現在、通路には2人の姿が見えないどころか声も足音さえも聞こえない。
私が放心している間に、2人はずいぶん先まで行ってしまったようだ。
見える範囲にいないってことは、2人はまだ会話してないってことだよね?
ディランがルーカスに気づいたなら、会場近くで話しているはずだ。
それがないということは、ディランが追ってきているルーカスに気づいていないのか、気づいていながら止まらずに逃げているということになる。
ディラン……なんで逃げてるんだろう?
私がルーカスと会ってたのを知ったときにすごく怒ってたし、どちらかといえば文句を言いそうなのに……。
そこまで考えて、変な違和感に襲われた。
ディランとレオンが孤児院に来ていた日も、ディランは私にもルーカスにも文句を言うことなく密かに帰っていた。
短気なディランにしてはとてもおかしな行動だ。
そもそも、なんでディランたちが孤児院に来ていたのかもわからないんだけど……。
もしエリオットの命令だとしたら、私と一緒にいる男には会うなって言われてたとか?
『尾行していることに気づかれるな』とか、『絶対に話しかけるな』と言われていたなら、あの日こっそり帰った理由も今こうして逃げていることにも納得ができる。
まあ、本当の理由はわからないけど、あのディランがここまでルーカスを避けてるのなら放っておいていいのかも!
私が何もしなくてもディラン自身が避けてくれるなんてラッキーじゃん!!
私もできるだけルーカスと顔合わせたくなかったし、ひとまず会場に戻ろっと!
「たしか会場はあっち……」
そう言って方向を変えようとしたとき、太い柱の陰から出てきた男性とぶつかってしまった。
ドンッ
「きゃっ」
ぶつかった拍子に倒れかけた私の腕を、その男性がすぐに掴んで支えてくれた。
なんとか体勢を整えて、お礼を伝えようとその男性の顔を見上げる。
びっ、びっくりした…………ん?
「すみません! 大丈夫ですか?」
「…………」
声をかけてもらっているというのに、私は石のように固まってしまい何も答えることができない。
なぜなら、私に声をかけているその人物は……私の推し、ルーカスだからだ。
「あ……」
ルルルルルーカスッ!!!!??
ななななんでここにっ! ディランはっ!?
ルーカスに会わなくて済むかも! と安心した矢先に、これである。
とんでもなく近い距離で、しっかりバッチリ顔を見られてしまっている。
わああああ、どうしよう!!!
もし会うことになったとしても、顔を下に向けてあんまり目を合わせないようにしようと思ってたのに!!
髪や瞳の色は違うけど顔はフェリシーのままだし、もしかしてもうバレて……
「あの……どこか痛みますか?」
「……え?」
「顔色が真っ青ですが、どこか変なところをぶつけてしまったとか……」
「…………」
本気で私を心配してくれているらしく、ルーカスの眉が不安そうに下がっている。
この顔や態度を見る限り、どうやら私とはバレていないようだ。
セ……セーーーーフッ!!!
よしっ! このまま他人のフリして離れよう! まずはうまく声を変えて……っ!
「だっ、大丈夫、です……」
普段よりも高く、小声でか細く。弱々しい令嬢のように、うつむきながら答える。
これなら、あのフェリシーと同一人物だとは思わないだろう。
「そうですか。よかったです」
「いえ。こちらこそ失礼しました……。あの、では、これで……」
「あっ!」
「!?」
突然大声を上げられて、ビクッと肩を震わせてしまう。
ルーカスはハッとした様子で自分の口元を押さえるなり、申し訳なさそうに私を見た。
まるで、何かを思い出したかのように少しだけ目を輝かせて私を見ている。
なっ、何!?
フェリシーだってバレた!?
「いきなり大きな声を出してしまってすみませんでした。あの、俺の間違いでなければ……」
何、何!?
「先ほどディラン様と一緒にいた方ですか?」
「…………え?」
「ワトフォード公爵家のディラン様と一緒にいましたよね?」
「…………」
え?
サーーッと全身から血の気が引いていく。
ドクン、ドクン……と、だんだん心臓の動きが速くなって、手が震えてきた。
待って。なんで……なんでディランの名前を知ってるの?
ディランはルーカスを知らないようだってビトが言ってたし、2人は知り合いじゃないはず……!
なんでワトフォード公爵家のディランって知って……。
そこまで考えて、先ほどのルーカスの謎行動が恐ろしいものだったことに気づく。
じゃあ、ルーカスはディランが誰だかわかった上であとを追っていたの……?
なんであとを追ったのか意味不明だったけど、まさかディランを知ってたなんて!
……っていうか、これって……ルーカスを避けるディランとは逆で、ルーカスはディランと会おうとしてるってこと?
…………なんで!!?




