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ルーカス視点


 やっときた……! この日が!




 俺は王宮内のパーティー会場に足を踏み入れるなり、周りを見渡した。

 捜しているのは、金髪の若い男性──ワトフォード公爵家のエリオット様だ。




 やっと彼と話ができる……!




 フェリシー嬢の正体がエリーゼ・ワトフォードだと知ってしまった日、俺は彼女と一緒に孤児院を巡ることを許可してもらいたくて、エリオット様に会う約束を取り付けようとしていた。

 しかし、ユータに反対されて思いとどまったのだ。



「今まで挨拶しかしたことのないお前が、いきなり会いたいと言い出すなんておかしいだろ? ワトフォード家のエリオット様は鋭いお方だ。このタイミングで連絡したら、孤児院にいた男がお前だってすぐに気づくぞ。おそらくディラン様はまだお前が誰なのかわかっていないはずだ。話したこともないからな。彼の性格からして、お前のように全貴族の名前を覚えているとは思えない。だから、今あちらではあの男は誰だ? という話になっているはずだ。そこに、お前が自分から名乗り出る必要はない」


「でも、クロスター公爵家の者だってわかれば……」


「お前はクロスター公爵家の人間なら信用してもらえるはずだと思っているだろうが、それは言いきれない。エリオット様たちがどんな理由でエリーゼ様を監視しているのかわからない以上、家柄に安心していてはダメだ。どんな男でも許されない場合、たとえクロスター公爵家でも切られる可能性はある。だから事前に連絡をするのはやめろ。相手が先に動けないように、いきなりを狙うんだ。今度王宮で行われるパーティーに、エリオット様もいらっしゃるはずだ。そのときに自然に話し出せばいい」


「な、なるほど」


「だが、いきなり自分がエリーゼ様と孤児院に行った男だと名乗るなよ? まずはなぜ彼女が男と会ってはいけないのか、その理由を知るのが先だ」


「わかった!」



 怒涛のユータの説明に、俺はコクコクと頷きながら納得した。

 すぐに直球で動こうとする俺と違って、ユータは相手の状況を踏まえた上で作戦を考える男だ。

 本当に頼りになる。




 そうだよな。

 もし話すら聞いてもらえずに拒否されたら意味がない。

 まずは警戒されていない状態で、話をすることが最優先だ!




 そう思い、この日をずっと待ち侘びていた。

 話す内容もユータに確認してもらったから、きっと大丈夫だ。あとは、エリオット様を見つけて──。


 焦る気持ちを抑えながら、会場内をキョロキョロと見回す。

 今見える範囲にはエリオット様の姿はない。




 まだ来ていないのか?




 そうこうしているうちに、どんどん知り合いの貴族から声をかけられてしまった。

 父の代わりに来ている分しっかり挨拶もしていかなくてはいけない。




 まあ、パーティーは始まったばかりだ。

 ひととおりの挨拶回りが終わってから、エリオット様を捜せばいいか。




 知っている顔を見つけるたびに、軽く挨拶をしていく。

 気がつけば、最初に立っていた位置からだいぶ会場内を歩いていたようだ。



「ふぅ……」




 これでだいたいの方とは挨拶したか?

 さすがに、もうエリオット様も来てると思うが……。




 改めて、金髪のサラサラ髪を捜して周囲を見回す。

 いないな……そう思い振り返った瞬間、背後にいた人物と目が合った。


 サラサラではないが、捜していたのと同じ金髪。整った顔。真っ赤な瞳──ワトフォード公爵家の次男、ディラン様だ。




 ディラン様!? なぜ彼がここに!?

 ……そうか! 今日はエリオット様ではなく彼が来ていたのか!




 捜していた人物とは違うが、ディラン様でも何も問題はない。

 やっと見つけたワトフォード公爵家のご兄弟に、俺は心の中で「よしっ!!」と歓喜の声を上げた。



「あの……」



 そう言うのが早かったか否か、ディラン様は一緒にいた女性をその場に残したまま、突然会場の出入口に向かって走り出した。

 思いも寄らない彼の行動に、呆気に取られる。




 え……? あれ? 今、目が合ったよな?

 もしかして……俺から逃げた?




 ディラン様の真意はわからないけど、こっちは彼と話したいことがあるんだ。

 俺は何か深く考えるヒマもなく、ディラン様のあとを追って走っていた。



「待ってください!」



 俺の叫びを聞いて、前を走っているディラン様が振り返った。

 


「話があるんです! 待ってください!」



 声も聞こえているし、こちらを振り返ったので追いかけている俺の姿も見たはず。

 それなのに、ディラン様は立ち止まるどころかさらにスピードを上げて走っていく。




 ええっ!? なんで!?

 あれ!? 俺に気づかなかったのかな!?




「待ってくだ……あれ?」



 大きな柱で姿が見えなくなったと思ったら、ディラン様は忽然と姿を消してしまった。

 走っている音が聞こえないので、どこかに隠れているのかもしれない。




 そんなに俺と話したくないのか……?




 小さなショックとともに、ヒヤッと焦りが出てくる。




 孤児院で目を合わせたのは一瞬だったし、俺の顔は覚えてないかもと思ってたけど……あれは絶対に覚えてる……よな?

 それで避けられているのだとしたら、やっぱりディラン様は俺に対してすごく怒っているということに……!




 不快に思われている覚悟はできていたけど、まさか会話すらしてくれないとは思っていなかった。

 自分の想像以上に事態は深刻なのだと思うと、一気に不安が押し寄せてくる。




 弁解の余地すら与えてくれないということは、ユータの言うとおり相手は誰だろうと関係ないのか?

 クロスター公爵家だからといって、信頼してはもらえない?


 もしどこの誰であろうとエリーゼ様に近づくことが許されないのであれば……もしかしたら、エリーゼ様はもう孤児院には行くなと命令されてるかも……!


 

 

 エリーゼ様とは、あの日以来会っていない。

 次に会うのは来週の予定だが、もしかしたらもう彼女には会えないかもしれない。

 

 男と会っているのが兄たちにバレたら、もう孤児院には来られないかも──そう、彼女は言っていた。




 どうしよう……!

 俺のせいで、孤児院にボランティアをしている彼女の邪魔をしてしまった!

 俺が一緒に行きたいと我儘を言ってしまったせいで……!




 彼女に会えないかもしれないショックもあるが、それ以上に彼女の優しい行いを邪魔してしまった事実が許せない。




 俺がもう会わないと言えば、兄たちから許可が出るだろうか?

 でも、逆に状況が悪化したらどうする……!?




 ひとまず会場に戻ろうとしたものの、ここがどこだかわからない。

 自分が方向音痴だったことを思い出しながら王宮内をウロウロしていると、ちょうど柱の陰から出てきた女性とぶつかってしまった。


 ドンッ



「きゃっ」

 

 

 後ろに倒れそうになったそのご令嬢の腕を、思わずパシッと掴む。



「すみません! 大丈夫ですか?」


「…………」



 薄茶色の髪に、ピンク色の瞳。綺麗な顔をしたそのご令嬢は、俺の顔を見るなり大きな目をさらに丸く見開いた。

 まるで幽霊でも見たかのように、ご令嬢の顔色が一気に真っ青になる。



「あ……」


「?」




 なんだ?




 知り合いかと思ったけど、俺の記憶の中にはいない顔だ。

 でも、どこかで見たことがあるような気もする。




 一度会ったら特徴も含めて忘れないはずなんだが……。

 薄茶色の髪にピンク色の瞳の若い女性は、誰も思いつかないぞ?

 



 なんとなくフェリシー嬢に似ている気がしてしまうのは、俺が彼女に会いたいと思っているからなのだろうか。


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