ディランの顔が赤いんだけど、もしかしてディランって……
こ……これが貴族のパーティー……!!
目がチカチカするほどの眩い世界。
大きなシャンデリアに、ところどころ金が使われている室内の装飾。本物のオーケストラが奏でる音楽に、豪華なドレスや宝石を身に纏った人々。
漫画やアニメでよく見た場面だけど、実際その場に立つと迫力が全然違う。
すごい……! なんて綺麗なの!!
この会場を背景にして、ルーカスのアクスタと写真撮りたい……っ!
そんなことを妄想しながら、私は隣にいるディランに笑顔で声をかけた。
「素敵ですね。ディラン様」
「え? あ……ああ」
「…………」
歯切れの悪い答え。泳いでいる目。そして、なぜか赤くなっている顔。
どうにも様子のおかしいディランは、私と目が合うなりフイッと顔をそらした。
風邪でもひいてる?
そう疑いたくなるほど、ディランはずっとソワソワしていて体も熱い。
一応私たちは婚約者という設定なので、馬車を降りてからずっと私はディランの腕に掴まってエスコートをしてもらっている状態なのだ。
それとも、もしかして私が腕に掴まっていることに対してキレてる!?
ここは人の目があるから静かにしてるけど、2人きりになったら怒鳴られるんじゃ……!?
今すぐに手を離して遠ざかりたいところだけど、そんなことできるわけがない。
ううう……っ。
なんなのこの空気っ! 気まずすぎる!
そもそも、ディランは朝からずっとおかしかった。
ドレスの確認に部屋を訪ねてきたり、そのドレス姿になった私をあまり見ようとしなかったり。
「やっぱり貧乏人にはそんなドレス不釣り合いだったな」くらい言われる覚悟もあったし、もしかしたら「まあまあだな」くらい言ってもらえるかもと思っていたけど、ディランは私を見るなり目をそらして何も言ってこなかった。
そのときからずっと顔が赤いし、本当に高熱でも出しているのかもしれない。
文句すら言ってこないなんて、やっぱりおかしいよね?
どうしちゃったの、ディラン……?
もしかして、好感度が上がったからもうあんな暴言は言われなくなったとか?
チラチラとディランの様子を窺うほど、ディランは私に見られないようにと顔を背けていく。
今では完全に私とは反対方向を向いている。
なんなのよ。
これじゃ仲の悪いカップルだと思われちゃう……あっ。
「ディラン様。カディート公爵様がこちらにいらっしゃいます」
「えっ。あ、あれか?」
「はい」
コソコソと情報だけ伝えるなり、私たちはニコッと笑顔を作って姿勢を正した。
こんな気まずい状況でも、今日の目的を忘れてはいけない。
「やあやあ。はじめまして、ですね。ディラン様。エリオット様にそっくりなので、一瞬エリオット様かと思いましたよ」
「ははっ。まあ、双子なので……」
「わたしが誰かわかりますか?」
「ええ。もちろん。カディート公爵閣下……ですよね?」
名前を言った瞬間、カディート公爵の顔がパァッと輝く。
「おお。まさかディラン様に覚えてもらっているとは。光栄ですね。今後ともぜひご贔屓に」
「ええ。こちらこそ」
「ところで、そちらのお美しいレディはディラン様の……?」
「えっ? あ……はい。お、俺のこん、こん、婚……約……者……です」
キツネか?
と言いたくなるようなディランの不自然な返答を誤魔化すように、ニコッと微笑んで軽く頭を下げる。
カディート公爵はそれに応えるように頷くなり、ご機嫌な様子で離れていった。
姿が見えなくなった途端に、ディランが「はぁーー……っ」と脱力している。
「なんだ、あれ。あんな挨拶になんの意味があるんだ? 今日はこれをずっとやれって言うのか?」
「…………」
なんかブツブツ言い出したな……。
私を婚約者って言うの嫌そうだったし、余計に疲れてそうだよね。
とりあえずここはディランの機嫌を損ねないように、適当に返事を……。
そこまで考えたとき、会場の隅っこにいる人物が目に入った。
背が高い黒髪の男性。遠くからでもわかるくらいに、綺麗な顔をした──私の推しだ。
パーティー仕様に服装も髪型もいつもよりさらに整えられた私の推し、ルーカスが立っている。
ふああああああああ!?!?
ルッ、ルカッ、ルーカッあああああああ!?
ビジュが……っ! ビジュが天才的なんだが……っ!?
前髪がっ、セットされてるっ!!
えっ、待って待って。おでこ出ちゃってますね!? え。何それ。可愛すぎなんだが。
誰この髪型と服をセットした人!!!?
解釈一致すぎて感謝のDM送りたいんだけど!!?
「……リシー」
どうしよう!!
このビジュのグッズなら全種コンプしたいくらい大好き!!!
「フェリシー」
ハッ!!!
名前を呼ばれて我に返ると、ディランが困惑した表情で私を見下ろしていた。
そのドン引き顔で、ついさっきまで自分がどんな顔をしていたのかがよくわかる。
いけないっ! あっちの世界に行ってた!
「ど、どうしました? ディラン様」
「どうしましたって……お前がどうしたんだ? なんかすごい顔をしてたが、あっちに何か……」
「あああっ!! ディラン様! 向こうにリンドール伯爵様がいらっしゃいますーー!!」
ルーカスのほうを見ようとしていたディランを、無理やり方向転換させる。
2人を会わせないのが私の目的なのに、私のせいでルーカスが見つかっては意味がない。
危ないっ!!!
推しに見惚れてる場合じゃない!!
っていうか、本当にルーカスが参加してるなんて!
推しをじっくり凝視したいのを我慢して、私はルーカスと反対方向にいる貴族男性を見つけるなりディランに伝えていった。
ルーカスがいなかったら問題はなかったけど、彼がいる以上できるだけ早く帰りたいのだ。
挨拶ばっかでディランも疲れてるし、ひと通りの挨拶が終わったら帰るって言いそうな気がする!
それまではルーカスと顔合わせないようにさせなきゃ!
「はぁ……今ので何人目だ? あとは?」
「えっとですね、あとは……」
ん!?
他に貴族名簿に載っていた顔はないかと会場内を見渡したとき、ディランのすぐ後ろにルーカスが立っていることに気づいた。
こちらに背を向けて誰かと話しているけど、この後ろ姿は間違いなくルーカスだ。
ええええっ!? いつの間にこんな近くにっ!?
ディランが振り返ったらすぐ視界に入っちゃうじゃん!!
疲れた顔を周りに見せないようにしているのか、今のところディランは壁側にいる私のほうに顔を向けている。
でも、いつ振り返るかわからない。
ルーカスがいなくなるまで、こっちを見ててもらわないと!
うまくいくかわかんないけど、ビトのあの作戦をやってみるしかない……!
私はそっと触れているだけだった手に少し力を入れて、ディランの腕をギュッと掴んだ。
体もさっきより近づけて、より密着させる。
「あの……ディラン様……」
弱々しく名前を呼びながら遠慮がちに見上げると、ディランの体がガチッと固まったのがわかった。
私を見つめるディランの顔が、みるみる赤くなっていく。
……ん?
「な、な、な、なんだ、何……を、急に……っ」
「…………」
え……? ディラン、もしかして照れてる?
顔が真っ赤だし、声もどもってるし…………あっ。そういうこと?
もしかして、ディランって……!
こういうおとなしめな女の子がタイプなの!?
髪色も瞳の色も違う今日の私は、おとなしそうな令嬢に見える。
私を見ないようにしたり、顔が赤くなったりしていたディランの不可解な態度は、私のこの姿が関係しているのかもしれない。
ビトは、ディランがこういう女の子が好きって知ってたのかな?
だから私にこの作戦を……?
中身は私なのにこんなに顔が赤くなるってことは、よっぽどタイプってことだよね?
……へぇ〜〜なるほどね〜〜。
ディランは静かそうな令嬢が好きなのかぁ〜……ってダメダメ!! このゲームの二次創作を考えてる場合じゃない!
思わず、ディランとおとなしそうな令嬢との恋愛ストーリーを妄想してしまいそうになった。
なんとか現実に戻り、冷静に頭を働かせる。
今はルーカスが離れるまでディランの視線をこっちに向けさせて……って、ああっ!?
チラリとルーカスを確認すると、ちょうど話が終わったのか1人になっていた。
そのまま歩き出すことを期待しているのに、誰かを探しているのか周りをキョロキョロと見回している。
どっ、どうしよう!!
ディランはルーカスの顔を知らなかったみたいだけど、ルーカスはディランのこと知ってるかもしれないのに!
もしワトフォード公爵家の者だとわかったなら、挨拶をされてしまう。
ルーカスにも、ディランの存在に気づかれないようにしなくてはいけないのだ。
今振り向かれたら終わる!! どうしよう!!
いつも読んでくださり、ありがとうございます!
ブクマや評価、リアクションなどいただける度に歓喜しております。
こちらの作品ですが、なんと書籍化&コミカライズが決定いたしました!!
いつも応援してくださる読者さまのおかげです!
本当にありがとうございます。
フェリシーたちをイラストで見られるのがとっても楽しみです♡︎
レーベルや発売日など決まりましたら、また報告させていただきます。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします!
菜々




