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ビトの考えた恐ろしい案。……それ実行したら、私殺されない?


「終わりました。では、失礼します」



 全体の仕上がりをパッと確認するなり、私の感想も聞かずにマゼランたちはそそくさと部屋から出ていった。

 ドレスアップした私について語り合う気はないらしく、1人ポツンと取り残される。




 こういうのって、終わったあとに「綺麗です〜!」みたいなやりとりがあると思ってたけど……さすがマゼラン。

 ブレないわね!




 ある意味感心しつつ、私は全身鏡の前に立った。

 ふわふわでやわらかなドレスに、キラッキラに輝く宝石。薄茶色のウイッグは、ハーフアップにされて綺麗な髪飾りがついている。


 そして、何より驚くのは瞳の色が赤ではなくピンク色になっていることだ。



「本当に目薬差しただけで色が変わった……!」



 マゼランに渡された小さな薬の瓶をジッと見つめる。

 赤い瞳を隠すためにと渡されたけど、本当に色が変わるとは思っていなかった。




 この世界って魔法はないよね? なんで?

 目の色を変えなきゃいけないイベントでもあって、無理やりこの目薬を作ったとか?




 いろいろ設定に矛盾の多いクソゲーのことだ。

 そんなご都合主義な物があっても不思議じゃない。




 髪も瞳の色も変えたしメイクもしてるし、これならルーカスに会っても私って気づかれないよね。

 よかった……それに、この姿もめちゃくちゃ可愛くない!?

 ひかえめ系美少女って感じで、すっごくタイプだわ〜〜!!




 コンコンコン


 鏡に映った自分の姿に見惚れていると、部屋の扉をノックされた。

 またディランが来たのかと、一瞬身構えてしまう。



「は、はい?」


「ビトです」




 あ。なんだ、ビトか。




「どうぞ」


「失礼します」



 部屋に入ってくるなり、ビトは私の姿を見て目を丸くした。

 一瞬ピクッと動いたあとに、「あ。フェリシー様か」と言って剣に伸びていた手を下ろしている。



「知らない女が侵入したのかと思いました。危うく殺すところでしたよ」




 なんでよ!?

 まずは捕まえるべきでしょ! いきなり殺そうとしないで!?


 


「真顔で怖いこと言うのやめてよ。でも、ビトでも迷ったくらいならうまく変装できてるみたいね」


「そうですね。これならルカ様に会っても大丈夫だと思います」


「よかった〜!」


「ですが、ディラン様とルカ様。この2人がお互いに気づいてしまったら意味がないですから。気を抜かず、十分お気をつけくださいね」




 うっ……!

 そ、そうだった!




 今日の私のミッションは、ルーカスとディランを出会わせないことだ。

 私と一緒に孤児院巡りをしている男性がエリーゼの婚約者だって知られたら、妹想いのディランの好感度が一気にゼロになってしまう可能性だってあるのだ。




 恐ろしい! 恐ろしすぎる!!

 なんとしても、ディランの視界にルーカスを入れないようにしなくちゃ!!

 ……とは言っても……。




「実際にルカ様を見せないようにするなんてできるかな? ディラン様は背が高いし、私が前に立ってても視界を遮ることなんてできないし……」




 うまくルーカスのいないほうに視線を誘導したいけど、私の言うことをディランがすんなり聞いてくれるとは思えない。

 ビトは自分のアゴに手を当てて、何かを考える仕草をしたあとにケロッとした顔で答えた。



「んーー……ディラン様の腕にギュッとしがみついて、名前を呼びながら上目遣いで見つめればいいんじゃないですか?」


「は?」


「そうすれば、ディラン様の視線はフェリシー様にしか向きませんよ」


「…………」



 何をふざけた冗談を……と言いたいところだけど、ビトの表情を見る限りどうやら本気で提案しているようだ。




 ディランの腕にしがみついて、上目遣いで見つめる?

 そんなことしたら、ブチギレされて怒鳴られるだけじゃん!?




「もっと現実的な方法が知りたいのよ」


「十分現実的だと思いますが」


「どこが!?」



 私の質問に、なぜかビトがニヤッと怪しい笑みを浮かべる。

 一瞬見せたその楽しそうな表情に、ゾゾッと背筋が凍った。



「やってみればわかりますよ。いいですか? 体を密着させて、甘えるように名前を呼び、真っ直ぐにジッと見つめるのです」


「そ、それ、私、殺されない……?」


「大丈夫です」




 本当に!?

 もしブチギレられたら恨むよ!?




 どうにも信じられない提案だけど、ビトがこれだけ自信満々に言うのなら試す価値はあるのかもしれない。



 

 もしどうにもならない状況になったら、やってみるか……って、そんな命懸けなことできるだけしたくないけどね!?




 最終手段として、自分の頭の片隅に入れておくくらいはいいだろう。

 どちらにしろルーカスを知られてしまったらゲームオーバーなんだから、最後の賭けに出るのも悪くはない。



「……私、これから王宮のパーティーに行くのよね? 戦場に行くわけじゃないわよね?」


「まあ、ある意味戦場かもしれませんね」


「ビトは一緒に行かないの?」


「はい。フェリシー様の見張り役にはディラン様がいますし」




 見張り役って……。

 キッパリハッキリ言うわね。




「それに、ヴェルド家の人間はそのような華やかな場所では招かざる客ですから」


「……!」



 いつもの無表情の中に、一瞬だけ見えた暗い影。

 きっと本人ですら気づいていないであろう小さな影に、チクッと胸が痛んだ。




 ……処刑人の家系、ヴェルド家。そんなにこの世界では受け入れてもらえてないのね。

 国に頼まれて処刑してるだけのはずなのに……。




 なぜか無性に悔しい気持ちになり、ビトの手をギュッと強く掴む。



「あなたの家族は何も悪くないわ。それほどみんなが避ける仕事をしてくれているんだから、感謝されてもいいくらいよ!」


「!」


「だから堂々としてていいのよ。パーティーに参加したっていいの!」




 処刑人の家系だからって、こんな扱いを受けるなんて許せない!

 



 ビトの右目が、驚いたように丸くなっている。

 その綺麗な目を真っ直ぐに見つめて、私はさらにビトの手を握る力を強めた。



「もしよかったら、今日一緒に行かない?」


「いえ。行きません」




 行かないのかい!! しかも即答!!




「な、なんで?」


「俺が一緒に行ったら、ルカ様にすぐバレますよ」




 たしかにっ!!!

 せっかく別人に見えるよう変装したのに、近くにビトがいたら意味がないわ!!




 ガックリと肩を落とす私を見て、ビトがクスッと笑った。

 さっきのような怪しい笑みではなく、前に一度だけ見た普通の笑顔だ。



「……フッ。なんでそれ考えなかったんですか」


「……だって」


「俺のことは気にしなくて大丈夫です。パーティーに行きたいとも思っていませんし。まあ、フェリシー様と行ったら少しは楽しめそうな気もしますが」


「!」




 これは、いい意味……に受け取っていいのかな?




 ただのおもしろそうなオモチャという意味かもしれないけど、なんだか素直に嬉しいと思える。

 なんとなく、気難しい猫を手懐けたような気分だ。

 

 以前よりはビトが心を開いてくれた……そんな気がする。



「とりあえず、今日はご自分のミッションをお忘れなきように。俺にあなたを殺させないでくださいね」


「……がんばるわ」




 前言撤回!!!

 エリオットに命令されたら、ビトは迷わず私を殺すのね!?

 気をつけないと……本当に。




 自分の心に釘を刺して、私は改めて決意を固めるのだった。


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