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ビト視点


 さてと。今日はエリオット様にどんな報告をしようか。




 孤児院の帰り道、俺はフェリシー様に知っていることを正直に話した。

 ルカ様がクロスター公爵家のルーカス様だと知っていること、孤児院にディラン様とレオン様が来ていたこと、それから俺が処刑人であるヴェルド家の人間であること。



「綺麗すぎるっ!!」



 俺の特殊な瞳を見て、彼女が最初に口にしたのはそれだった。

 この忌み嫌われた瞳に向かって、『綺麗』だと言ったのだ。




 は? ふざけてるのか?




 そう思ったが、フェリシー様はまるで宝石でも見ているかのように顔を輝かせてジッと俺の瞳を見ていた。

 あの目、あの表情で、その言葉が本心からくるものだと信じるには十分だった。




 ……この瞳を見て、あんなに嬉しそうな顔をしたヤツは初めて見たな。




 思わず、1人廊下を歩きながらクスッと笑ってしまう。

 

 今、俺はエリオット様の執務室を目指しているところだ。

 日課となっているフェリシー様の報告をするためだが、今日は何を言おうか迷っている。




 ディラン様たちが来ていたことは言ったほうがいいのか?

 もしかしたら、もうディラン様から聞いているかもしれないしな。

 

 だが、俺が気づいていることは知らないはずだし……聞かれても知らないフリをすればいいか?




 そんなことを考えながら、ノックをして執務室の中に入る。

 特に変わったことはなかった──そうエリオット様に報告した直後、突然バタン! と勢いよくドアが開いた。



「おい! エリオット!!」


「!」



 

 ディラン様?




 突如入ってきたディラン様は、俺に見抜きもせずにスタスタと目の前を通り過ぎ、エリオット様の机をバン! と叩いた。

 エリオット様は微塵も動揺した素振りはなく、どこか楽しそうにディラン様を見上げている。



「どうした? ディラン」


「どうしたじゃねーよっ!! なんで王宮のパーティーに俺が行くことになってんだ!?」




 王宮のパーティー?




「俺は別の用事が入ってしまったんだ。ディランだってパーティーは初めてじゃないんだし、かまわないだろう?」


「普通に参加するだけならな! お前の代わりに参加となったら、挨拶とかめんどくせぇことしなきゃならないだろうが!」 


「それくらいいいだろ。ただ挨拶するだけだ」


「俺はお前がいつも話してるヤツらの顔も名前もわかんねーんだぞ!?」



 俺の存在を無視して、ギャーギャーと兄弟喧嘩が始まってしまった。

 もう報告は終わったし出ていったほうがいいか……そう考えて足を一歩踏み出したとき、ふと頭にある疑問が生まれた。




 ……王宮のパーティーで挨拶をする?




 そういったものに参加をしたことがないので詳しくはわからないが、ワトフォード公爵家が挨拶をする相手というのはそれなりの家柄の相手が多いはずだ。

 たとえば……クロスター公爵家のような。




 もし、そのパーティーに参加するのがルーカス様だったら?

 フェリシー様と孤児院巡りをしている男がルーカス様だと、ディラン様にバレてしまうのでは?




 ディラン様がどれほど彼の顔を覚えているのかわからないが、あの整った顔は見たらすぐに思い出すはずだ。



「…………」



 ディラン様がフェリシー様に特別な感情を抱き始めていることは間違いないが、本人にその自覚はない。

 大事な妹の婚約者と会っていたフェリシー様に、怒りを露わにする可能性もある。


 もしディラン様がフェリシー様を見逃したとしても、その事実を知ったエリオット様がどう動くのかはわからない。



 

 俺に処分しろと言ってきたら……。




 せっかくいろいろと楽しくなってきたというのに、ここでフェリシー様の処分を言い渡されては正直おもしろくない。




 ……ディラン様とルーカス様を会わせるわけにはいかないな。

 誰かディラン様と一緒にパーティーに参加して、2人を会わないようにさせる役が必要だ。


 ……まあ、そんな役ができるのは1人しかいないけど。




「あの……そのパーティーに、フェリシー様を同行させてはいかがでしょうか?」


「!?」



 スッと軽く手を挙げて、いまだ言い合いを続けていた2人に意見する。

 ディラン様はギョッと目を見開き、エリオット様は少し楽しそうに口角を上げた。



「なぜフェリシーに同行を?」


「フェリシー様は人の顔を覚えるのが得意です。ディラン様の代わりに、お相手の顔と名前を覚えてもらってはいかがでしょうか?」


「ほう。フェリシーにはそのような特技があるのか」


「…………」




 いや。ただのでまかせだけど。

 でも、そうでも言わないと一緒に行く理由が何もないからな。




 ディラン様は頬を赤く染め、先ほどとは別の意味で焦り始めた。



「だ、だからって、なんで俺がフェリシーと一緒にパーティーに行かなきゃいけないんだ!? あいつはまだ妹の代わりとして外に出してないんだ! 連れていけるわけないだろ!」


「妹としてではなく、ディラン様の恋人としてお連れするのはいかがでしょう? ウイッグなどで髪色を変えれば問題ないのでは」


「こここ恋人!?」



 フェリシー様だって、今の姿のままでルーカス様には会いたくないはずだ。

 髪色を変えて会うのを避けていれば、気づかれることもないだろう。




 ディラン様はまんざらでもなさそうだが、エリオット様は……。




「!」



 焦って顔を赤くしているディラン様の奥で、ニヤ……と怪しく微笑んでいるエリオット様が見えた。

 ゾクッと一瞬だけ背筋が凍る。




 ……やっぱりな。




 まだ周りに隠している妹の身代わり女を、別の人物として社交界に出してみるという試み。

 そして、なぜかやけに慌てた様子の弟ディラン様。


 これを実行してみたらおもしろいのではないか……そう考えていることは、顔を見たら明白である。




 やっぱり、エリオット様は俺とよく似てる……。

 



「そうだな。ビトの言うとおり、フェリシーにはディランの恋人としてパーティーに参加してもらおう」


「なっ……!?」


「はい。では、フェリシー様を呼ぶようにメイドに伝えてきます」


「ああ」


「ちょっ……! 俺の意見は!?」



 あわあわしているディラン様をエリオット様に任せ、俺は廊下に出てメイドにフェリシー様を呼んでくるよう頼んだ。




 ディラン様とパーティーに行くなんてフェリシー様は嫌がるだろうけど、今回は仕方ない……。

 あとで理由を説明すれば納得するだろう。

 



「…………フッ」

 


 それでも、その理由を説明するまでは困惑するであろうフェリシー様の姿を想像して、俺は1人静かに吹き出した。

 

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