推しに命とハートを奪われそうです
ルーカスの様子がおかしい。
本人は無意識かもしれないけど、どう考えてもおかしい。
ついさっきまで笑顔で子どもたちと話してたのに、急に元気がなくなったと思ったらやけに哀れみの視線を送ってくるようになったし、いきなり父親に男と会ってるのがバレたら……なんて聞いてきたし、いったいどうした私の推し!?
……なんなんだろ。
ボロが出たら困るから、つい逃げてきちゃったけど……。
チラッとルーカスを見ると、彼は慌てて私から視線をそらしていた。
「…………」
普通なら推しに避けられてショックを受けるところだけど、ルーカスの様子がどう見ても悪さをした子どもが母親と目を合わさないようにしている態度にしか見えないため、つい首を傾げてしまう。
私に対する罪悪感とか申し訳なさとか、そういった感情をヒシヒシと感じるのだ。
さっきの質問……もしかして、父親に気を遣って申し訳ないとか思ってるのかな?
いや。だったら最初に父親の話をしたときに、『じゃあ孤児院を一緒に回るという話はなしで!』ってなってるよね。
今さらその件に関して罪悪感を抱くのは不自然だ。
まるで、実際にバレちゃったあとの反応みたい……って、そんなわけないか。
私には父親なんていないし、ルーカスは私の家族について何も知らないんだから。バレようがないわ。
それより……オロオロしてる推し、可愛すぎじゃない!?!?
なんなの、あの気まずそうな顔!!!
あの不自然な態度、私に気づかれてないとでも思ってるのかな?
可愛すぎるんだけど!!!
いつも笑顔で爽やかなルーカスが、自信なさそうに困惑している。
しかも、それを私に気づかれないよう必死に隠しているような様子がたまらない。
あああああ。可愛い!!!
私の推しが可愛すぎてしぬ!!!!!
今スマホを持っていたなら、推しのために全財産を課金していたかもしれない。
……あっ。課金はできないけど……!
私はビトのところに行き、預けていたバッグからクッキーを2袋取り出した。
帰りに渡そうと思っていたけど、今どうしても推しに何かを贈りたくて仕方がないのだ。
「……今から渡すんですか?」
「うん。子どもたちにも配り終わったし、渡しちゃおうかなって」
「そうですか……」
「?」
ビトはなぜか少し残念そうにボソッと呟いた。
なんとなくだけど、『もっと早く渡していれば……』とでも言いたげな顔をしている気がする。
な、何?
さっきルーカスに会ったときも思ったけど、ビトにとって私がルーカスにクッキーを渡すベストタイミングでもあったのかな?
なんでこんなにガッカリしてるの……ビトってほんと謎すぎる。
意味不明のビトをその場に残し、私はルーカスのもとに向かった。
近づいてくる私に気づいて、気まずそうに顔をこわばらせるルーカスが最高に可愛い。
ついニヤ〜と怪しい笑みを浮かべそうになるのを必死におさえる。
こらえて、フェリシー!
そんな顔をしながらクッキーを渡したら、ただの変態よ!
推しに変態だとは思われたくない。
その思いでなんとか普段通りの笑みを作り、ルーカスに声をかける。
「あの……実は、ルカ様の分のクッキーもあるんです。受け取っていただけますか?」
「え?」
私からの言葉が意外だったのか、ルーカスがその綺麗な瞳を丸くする。
真っ直ぐに私を見つめたあと、その視線は私の顔から手元のクッキーに移った。
ドキッ
あ、あれ?
なんか緊張してきたぞ……?
今まで、ディランやレオン、ビトに子どもたちと、たくさんの人にこのクッキーを渡してきた。
でも、なぜかルーカスに渡そうとしている今だけは、ドキドキドキ……と鼓動が速くなっている。
なんだろう?
なんだか、バレンタインの本命チョコを渡してるときのような緊張感が……。
中学生の頃、1度だけ好きな人にチョコを渡したことがある。
そのときと同じで、いたたまれないようなムズムズするような、なんとも言えない気まずい感覚が全身を覆っている。
クッキーを見つめていたルーカスの目が、キラキラと眩しく輝きだした。
「俺の分も!? うわぁ……ありがとうございます」
頬を少しだけ赤く染めて、本当に嬉しそうにニコッと微笑みながらクッキーを受け取るルーカス。
あまりの顔面の強さに血反吐を吐きそうになった。
かっ………………!!! かわっ……!!!
推しが……っ、私の手からプレゼントを受け取って、直接お礼を言ってくれたんだが……っ!?
死ぬの!? 私、もう死ぬの!?
「さっき配っていたクッキーとは絵が違うみたいですね」
「あ、はい……。これはルカ様用に『推し』という文字を……」
「オシ?」
「…………幸せを願う言葉なんです」
「なるほど。フェリシー嬢は物知りなのですね」
間違ってない! 意味は間違ってない!
孤児院の子どもと同じようにニコニコとクッキーを眺めているルーカスの前に、私はもう1袋のクッキーを取り出した。
忘れないうちにこっちも渡しておいたほうがいいだろう。
「こちらは、ルカ様といつも一緒にいる方の分です。もしご迷惑でなければ、渡していただいてもよろしいでしょうか?」
「え? ……ユータの分も?」
「はい」
あの人、ユータっていうんだ。
いつも私とは少し離れた場所にいるし、今度ちゃんと挨拶くらいしたほうが……って、ええっ!?
ムスッ
なぜか、ルーカスが口をへの字にして複雑そうな表情をしている。
何かに葛藤しているような顔だ。
な、何この顔!? 可愛いんだけど!?
推しの不貞腐れ顔、ファンアート描きたいくらいに可愛いんですけど!?
……って、いやいや。なんでこんな顔してるの!?
「あ……の、ルカ様?」
「あっ。す、すみません。ちょっと……渡したくないなって思ってしまって」
「え?」
「フェリシー嬢のクッキー……ユータには渡さずに、自分1人だけで食べたかったなって。……あっ、そんなの自分勝手すぎますね!? すみません。忘れてください」
「……はぃ」
何それ何それ何それ!?!?!?
どういう意味どういう意味どういう意味!?!?!?
高度なファンサなの!? ハートどころか命まで奪う気!?
動揺しすぎて声裏返っちゃったんですけど!?
本当なら顔を覆って大声で叫び散らかしたいのに、表情を変えないまま立っている今の私を誰か褒めてほしい。
推しにこんなことを言われて息ができている私を誰か褒めてほしい。
はぁ……はぁ……なんて恐ろしい人なの……!
無意識女たらしが1番最強だわ!
推しへの愛が増しているのか、以前よりも心臓の負担が大きくなってきている気がする。
ガチ恋にならないように気をつけなきゃ。
エリーゼが見つかったら、もうこの人には会えなくなるんだから……。
再開しました!
休載中にブクマや評価をつけてくださった方、待っていてくださった方、ありがとうございました!
不定期連載にはなりますが、週に1度は必ず更新していきますのでよろしくお願いいたします。
菜々




