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三男レオン視点


「ほら! 見てみろ! これ、お前だぞ。レオン」


「…………」



 フェリシーがいなくなって数分後。

 突然中庭にやってきたディラン兄さんは、僕の目の前に例のクッキーをつき出してきた。


 見てみろ! と言っているくせに、近すぎるせいでよく見えなくなってしまっている。




 これ、フェリシーが作ったやつか?




 僕のクッキーとは違う絵が描いてあるが、この下手くそな絵は間違いなくフェリシーが作ったものだろう。

 それをこんな意気揚々と僕に見せてくる兄に違和感を覚えつつ、気になることを聞いてみた。



「お前だぞって、どういう意味?」


「だから、この絵だよ。これ、お前の顔だぞ」


「…………」




 僕の顔?




 ディラン兄さんの持っているクッキーには、目が大きくグリグリとした気味の悪い絵が描いてある。

 これが僕の顔だなんて、嫌がらせとしか思えないレベルだ。




 あいつ……よくこの画力で絵を描こうと思えるよな。




 どんなに(けな)しても、毎回自信満々な様子で絵を描いてくるのでいったいどんなメンタルをしているのかと問いたくなる。

 だけど、そんなメンタルの持ち主だからこそ、僕と普通に話せるのかもしれない。

 

 幼少期からこの口の悪さで嫌われてきた僕は、いつしか人と話すのが面倒になってしまった。


 思ったことをそのまま口にしてしまう。

 そんな自分を直すよりも、人と関わらないようにするほうが楽だった。



 

「あ、すみません。ディラン様に気に入ってもらえたので、レオン様にも気に入ってもらえるかもって思ってしまって……」




 フェリシーにそう言われたとき、正直驚いた。

 僕の命令で仕方なく本の下書きを持ってきているだけだと思っていたのに、僕が気に入るかもしれないという理由でクッキーを持ってきたらしい。




 僕の分も作れと命令されたわけでもないのに、わざわざ?

 僕からいつもひどいことを言われてるくせに……。




 僕を避けようとする人が多い中で、自分から近寄ってきたのは図書室のジェフだけだった。

 まさか、他にもそんなバカが現れるとは。


 避けられることをむしろ嬉しく感じていたはずなのに、近寄られることをうざったく感じていたはずなのに、自分のことを考えて何かをしてもらったことに……少しだけ喜んでいる自分がいた。




 


「おい!」



 ハッ


 ディラン兄さんの呼び声で、自分がボーーッとしていたことに気づく。

 何度か無視してしまったらしく、兄はムスッと拗ねた顔で僕を睨んでいた。



「聞いてんのかよ?」


「あ、ごめん。なんだっけ?」


「お前の顔が描いてあるクッキーの話だよ」


「ああ。ひどい絵だね」


「だろ!?」



 僕の顔の絵がおかしいのか、僕の感想がおかしかったのか、ディラン兄さんはなぜか楽しそうにケラケラと笑っている。

 こんなに機嫌のいい兄を見たのは久々だ。




 なんでこんなに楽しそうなんだ?

 この前はフェリシーに関わるなって怒ってたくせに。




 前回と違いすぎる兄の態度を不思議に思っていると、ニヤニヤ笑った兄がクッキーを僕の目の前から離した。

 


「食べたいか? これはやらねーよ」


「……別にいらないけど。そのクッキーもう食べたし」


「え」



 なぜか少しイラッとしてそう正直に言い返すと、ディラン兄さんからは笑顔が消え、持っていたクッキーがバキッと真っ二つに割れた。

 兄さんは落ちそうになったクッキーを慌てて掴んでから、僕に顔を近づけてきた。



 

 え。何? 近いんだけど。


 


「おい。クッキー食べたってどういうことだよ……?」


「そのままの意味だよ。顔、近い。離れて」


「いつ食べたんだ? 俺の部屋から持っていったのか?」


「そんなわけないでしょ。フェリシーが持ってきたんだよ。離れてって」



 顔を離せと言っているのに、その言葉だけは兄の耳に届いていないようだ。

 血走った目でずっと僕を凝視していて動いてくれない。




 なんなの。気持ち悪いんだけど。




 グイーーッと力ずくで体を押し返しているけど、岩のように固まっている兄はさらに僕に顔を近づけてきた。



「フェリシー? お前、いつからあの女を名前で……。それに、なんでお前がクッキーもらってるんだよ」


「それ、どうでもよくない? それよりも離れてってば」


「なんで……俺の他にもクッキーを渡して……ハッ!!」



 突然何かを閃いたのか、ディラン兄さんがバッと僕から顔を離した。

 やっと離れたとホッとした瞬間、「レオン!!」という叫び声とともに今度は力強い手で両肩を掴まれる。



「いたっ。何……」


「あの女を尾行するぞ!!」


「は?」




 尾行?




「あの女はきっと今日も街に行くはずだ! それで、もしかしたらあの男にもクッキーを渡すつもりかもしれない! レオンはまだいいとして、俺が作らせたクッキーをあの男にも渡すのは許さねぇ」


「……話が見えないにもほどがあるよ。あの男って誰」


「あの女と2人でケーキを食べてた男だよ!」


「だから誰それ……」


「いいから行くぞ!!」


「えぇ……?」



 わけのわからないことを言って、1人で何やら興奮しているディラン兄さん。

 どうやら、フェリシーにはケーキを一緒に食べるような相手がいて、その男にはクッキーを渡されたくないらしい。




 ほんっと意味わかんない。




 そんなの1人で行きなよ……と言いたかったが、フェリシーが外で会っているという男に少しだけ興味が湧いてしまった。

 本以外のことに興味が湧くのは、いつ以来のことなのか。




 ……まあ、いいか。




 めんどくさい気持ちと少しの興味を抱えて、僕は久々に家の外に出ることにした。


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