ディランからのおねだり
「……また、あのクッキーを作ってくれ」
「……はい?」
初めて私に「悪かった」と言ってきたディランが、今度は苦虫を噛み潰したような顔をしてお願い事をしてきた。
「作れ」ではなく「作ってくれ」なんて、今までのディランからは聞いたこともない。
こんな変な顔をしているということは、きっと本人も言い慣れてないのだろう。
ってゆーか、何???
なんでイベントでもないのに、ディランが私にこんなことを言うの?
クッキーとは、前に私が作った3兄弟の顔クッキーのことだろう。
たしかにあのイベントでディランの好感度が一気に上がったけど、また作ってと言われるほど気に入られていたなんて思いもしなかった。
どういうこと?
身分差少女漫画によくある、金持ちの男が庶民の食べ物に感動しちゃう的なやつ??
高級料理に慣れすぎていて、初めての平凡な家庭料理に感動する──というのは、王道あるある展開の1つだ。
前世で何度かそんな漫画を読んだことがある。
「わかり……ました」
「ああ……。た、頼んだ」
ええええ!? 頼んだ!? 何それ!
なんか、ディランおかしいっていうか普通の人みたいでちょっと気持ちわる……。
「あっ」
「は、はいっ?」
頭の中で悪口を言っていたせいで、過剰に反応してしまった。
ビクッと縮こまった私を見て、ディランが自分の口元を押さえた。
どうやら自分が突然大きな声を出してしまったせいだと思っているらしく、コホッと軽く咳払いをしてから落ち着いた声で話し出す。
こんな気遣いも、今までのディランでは考えられないことだ。
「あーー……その、あの絵も……また描いてくれるか?」
「絵って、ご兄弟みなさまの……?」
「ああ。あ! 作るのは明日でいい」
「わかりました……」
「じゃあ、よろしく……」
「はい……」
なんとも気まずい空気に耐えきれなくなったのか、ディランはサササッと逃げるように部屋から出ていった。
あのディランとこんなにボソボソと静かに会話をしたのは初めてだ。
私はいまだに状況がつかめず、ポカンとしたまま立ち尽くしている。
……今のは本当にディランだったの?
そう疑いたくなるくらい、今までのディランとは別人だった。
ま、まあいいや。
とりあえず言われた通りにクッキーを作ればいいんだよね?
前回作ったものと同じでいいのなら、気が楽だ。
何か別のものを作れと言われるよりは、味の保証もされているし文句を言われる可能性も低い。
そうだ!
あのディランが気に入ってくれたなら、他の人にもあげてみようかな!
頭の中に、本ばかり読んでいる超絶美少年レオンの顔が浮かぶ。
あのレオンがクッキーを喜ぶとは思えないけど、ディランの好感度を20%近くも一気に上げた魔法のクッキーだ。
もしかしたらレオンの好感度も上げてくれるかもしれない。
まあ、このクソゲーはそんな簡単にはいかないと思うけど……好感度が下がるってことはなさそうだし、試してみるのもアリだよね!
ゲームの仕様上、イベントのあとにしか好感度の変化はない。
でも、レオンに関しては他の攻略対象者とは違い、会う度に『挨拶イベント』が発生するのだ。
少しでも好感度を上げていかなくちゃね!
グッと気合いを入れてガッツポーズしたあと、私は絵本の続きを書き始めた。
***
「これで……いい……かなっ?」
最後のクッキーに描かれたランプの絵を見て、私は自信満々にコクッと頷いた。
調理場の大きなテーブルの上には、いろいろな形のクッキーがズラッと並んでいる。
ちょっと作りすぎちゃったかな?
どうせ作るならと、ディランやレオンだけでなくビトや孤児院の子どもたち、そしてルーカスの分まで作ってしまったのだ。
この家に来てから頼み事なんてされたことないし、つい張り切っちゃった。
私の手が止まったのを確認して、壁際に立っていたビトがこちらに近づきテーブルの上を覗き込む。
昨日はどこか不機嫌そうだったけど、今日はいつも通りのビトだ。
「これはまたすごい量ですね」
「うん。今回はビトの分もあるのよ。ほら、これ」
そう言いながら、ビトの顔を描いたクッキーを指差す。
ビトの顔クッキーは眼帯をつけているため、数ある中でもすぐに見つかる。
「これ……俺ですか?」
「そうよ。眼帯つけてるでしょ?」
「あっ……これ眼帯だったんですね」
なんだと思ってたの!?
そんなツッコミは心の中で止め、私はコホンとかしこまった咳をした。
今出来上がったばかりの力作クッキーたちを、詳しく説明したくて仕方がないのだ。
「これがディラン様の分。リクエストされた、ご兄弟のお顔よ」
「すごいですね。前回から成長がまるで感じられません」
「…………」
……褒めてる?
「で、これがレオン様の分。レオン様には、今まで書いた絵本のキャラたちを描いてみたの。ほら、これが新作のランプの絵よ」
「ランプ? 死にかけの鳥ではなくて?」
「…………」
好感度上げようとしてるのに、そんな絵描くか!
「えっ……っと、で、これが孤児院の子どもたちの分よ。数を増やすために、全部簡単な猫にしてみたわ」
「何匹か呪われた顔になってますが大丈夫ですか?」
「…………」
呪われた顔って何!?
全部可愛い猫ちゃんじゃない!
「ゴホン! で、これがルカ様の分よ」
「……この意味不明なマークはなんですか?」
ふふふっ。やっぱり読めないのね。
よかったわ。
ルーカスへのクッキーも、最初は顔にしようと思っていた。
でもルーカスの顔を思い出せば思い出すほど、あの繊細で美しい顔を自分に描けるとは思えない。
無理でしょ!
あんな芸術的なお顔を、私なんかの絵で表現できるわけない!
推しの崩れた顔を見るなんて絶対に無理!!
負けじとイケメンのはずの3兄弟のときには特に思わなかったけど、推しの顔となったら話は別だ。
私レベルの絵で描いていい顔ではない。
そこで、私は文字を書くことにしたのだ。
推しの『推』に、尊いの『尊』! 必須文字よね! それから『沼』に『優勝』に『神』!
もっと長く文字が書けるなら、『控えめに言って最高』とか『一生ついていく』とかいろいろ書きたかったけど、さすがにクッキーにそれは……。
「あのーー……フェリシー様?」
……あ。しまった。
自分の世界に入りすぎてた!
1人黙ったままニヤニヤしていた私を、ビトが不審そうな目で見てくる。
誤魔化すようにニコッと笑ってクッキーを包み始めたとき、少し遠慮がちに……でもどこか期待のこもったような声で、ビトが尋ねてきた。
「エリオット様の分はないのですか?」




