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長男エリオット視点


 5年前、両親が事故で死んだ。

 後継者としてまだ仕事を学び始めたばかりだった俺だが、今では当時の資産を数倍に増やし、このワトフォード公爵家を大きくした。


 

 不必要なものは排除し、必要なものだけを取り入れる。


 

 たったこれだけのことで、結果はすぐに出た。

 相手への同情や仁義などどうでもいい──そんな考えは、俺にピッタリだ。


 妹のエリーゼの婚約者についても、かなり熟考した。

 

 貴族の家同士を繋ぐための唯一のコマ。

 どの家と婚姻を結ぶのがワトフォード家にとって有益なのか、その答えは1つしかない。


 クロスター公爵家──公爵家の中でも、資産や事業成績、王宮との関係性、家系の歴史に至るまで完璧だ。



 

 この家との繋がりがほしい。




 その思いから、やっとで手に入れた長男ルーカスとの婚約話。

 すぐにでも結婚させたかったが、慎重なクロスター公爵はギリギリまで顔合わせすらしないと言い出した。

 

 何か問題が起きれば、すぐに切るつもりなのだろう。

 だが、そんなことはどうでもいい。問題など起こるはずがない。そう思っていたとき……妹のエリーゼが行方不明になった。




 エリーゼ……どこに行った?




 ディランが必死に捜しているようだが、見つかるのを待っている時間などない。

 いつクロスター家との結婚の話が進むかわからないのだ。


 


 誰でもいいから女が必要だ。

 同じ年頃で、髪色と瞳の色が同じ。そして、この世からいなくなっても特に問題のない女が……。






 



 



 たったそれだけの理由で連れてきたのが、フェリシーだ。


 孤児で従順な性格。見た目の特徴や年齢がエリーゼと同じ。

 条件にピッタリの女だ。




 実際にクロスター家へ嫁いだ場合、何かバラされても面倒だ。

 この家にいる間は、エリーゼと同じように貴族令嬢として生活していただこう。



 

 美味い食事に綺麗な服、広くて高級な家具に囲まれた部屋。

 金だって毎月くれてやる。

 たとえディランに多少の嫌がらせをされたとしても、この生活が送れるのなら我慢できるだろう。

 


 逃げないのなら、ワトフォード家に迷惑をかけないのなら、何をしてもいい。

 どうでもいい──そう思っていた女に少しだけ興味を持ったのは、あの日からだ。



 

「……エリオット様は、私が犯人だとお思いですか?」


 


 メイドに高価な花瓶を割ったと濡れ衣を着せられたとき、この女は俺に向かってそう言った。

 慌てて否定するか、諦めて肯定するかのどちらかだと思っていた俺の予想は外れた。


 心の内では怯えているくせに、どこか挑戦的なその目。

 俺に好かれるための回答でもなく、俺に嫌われないための回答でもなく、俺の望むであろう回答を選んだ……そんな目をしていた。




 ……おもしろい。




 ただ流されるままだった女が、何か意思を持っている。何かを企んでいる。

 それがこの家……いや。俺に対抗するものだったとしても、それが何か知りたいと思ってしまった。




 あんな田舎の孤児が、この俺に何か不利益をもたらそうとしているのなら……最高におもしろいじゃないか。




 

 



 



 そんな期待から、女の付き人に監視をさせて数日。

 めずらしくディランが俺のいる執務室にやってきた。



「……なんの用だ?」


「あの女が、男と会ってるらしい」


「は?」




 いきなり何を言っているんだ、コイツは?

 



 ディランが苛立っているのはいつものことだが、今日はそこに少しの焦りを感じる。

 話も意味わからないが、ソワソワと落ち着かないディランの様子は見慣れなくてもっと意味がわからない。



「なんの話だ?」


「エリーゼの身代わり女だよ! アイツ、さっき街で男と2人でケーキ食ってたって!」


「……だから?」


「だから、その……困るだろ!? エリーゼのことは秘密だってのに!」


「エリーゼやワトフォード家の名前は出すなと言ってあるし、特に問題はないだろう」



 あの女にはビトがついている。

 その辺もしっかり見張っているはずだから大丈夫だ。




 ……というか、コイツは何をそんなに怒っているんだ?

 



「いいのかよ!?」


「人との接触禁止令を出して、部屋に閉じ込めろとでも言うのか?」



 俺の提案を聞いて、眉を吊り上げていたディランが怯んだ。

 グッと歯を食いしばるように険しい顔をしたあと、ボソッと呟く。

 


「……そこまでは言ってねーよ」


「よかった。それではつまらないからな」


「は?」


「自由にして、どう動くかを監視する。それがおもしろいんじゃないか」


「…………」



 行動を制限して思い通りにするのではつまらない。

 相手がどんな行動をするのか見物するほうが何倍もおもしろい。




 もし不都合があれば、処分すればいい。

 それだけの話だ。




 俺の意見を聞いて、ディランが呆れたような目で見下ろしてくる。

 バカ正直なディランは昔から感情がそのまま顔に出るため、見ていて飽きない。



「はぁーー……っ。っとにお前は昔から変わんねーな。その性格の悪さ!」


「褒め言葉だと思っておこう」


「褒めてねーよ!」



 吐き捨てるように言ったあと、なぜかディランは俺を凝視したまま動かなくなった。

 自分の顔に何かついているか? と問おうとした瞬間、「ブフッ」とディランが吹き出した。



「……なんだ?」


「いや……っ、ちょっと……クッキーを思い出しただけ……だ……っ」


「クッキー?」




 急に何を言っているんだ?




 最後の最後まで意味がわからない男だが、コイツがこんなに笑っているのを見たのは子どもの頃以来かもしれない。

 しばらくその様子を眺めていると、執事がやってきた。



「エリオット様。たった今、フェリシー様が門に到着いたしました」


「わかった」



 フェリシーの名前を聞いて、ディランの笑いがピタッと止まる。



「あの女が帰ってきたのか?」


「はい」



 執事の返答を聞くや否か、ディランはまた険しい顔をして執務室を飛び出していった。

 おそらく……いや、絶対にあの女のところに行ったのだろう。




 そうまでして、いったい何を気にしているんだ?




 あの女が男と会っていて何か不都合でもあるというのか。

 もし本当に何か実害がありそうなら、もう会わせないようにすればいいだけ。ただそれだけの話じゃないか。


 そう思うものの、あのディランがそこまで気にするものに少しだけ興味が湧いてくる。




 いったい誰とどんな目的で会っていたのか……。




 ビトに聞いてみようと思った瞬間に、いつもの悪いクセが出てくる。

 人を試してみたくなる、あの悪いクセが──。




 ……こちらが聞く前にちゃんと報告をするのか、少し様子を見てみるとしよう。

 あの男も、あまり信用ならないからな。




 もし報告をしなかったり、嘘の報告をしてきたなら……そんなことを考えながら、俺はビトがやってくるのを待った。


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