(急募)推しの頼みを断る方法 〜私にはムリ〜
なんでルーカスは私を誘ったんだろう?
そんな疑問を持った私を悟ったのか、ルーカスが改めて……といった様子できちんと椅子に座り直した。
「実は、今日あなたに会えないかと期待していました。まさか本当に会えるとは思っていなくて、お姿を見かけたときには驚きましたが」
「私に? それはどうして……」
「フェリシー嬢は、孤児院に絵本を寄付されているのですよね? それにぜひご一緒させていただけたらと」
「えっ!?」
孤児院巡りに同行したいってこと?
な、なんで!?
「実は、近いうちにこの街で事業を始める予定なのです。それで、父からこの街のことをよく知っておくことと、何か街にとって役立つことをしろと言われています」
「役立つこと、ですか?」
「はい。それがどういうことなのか自分ではよくわからなくて、数日はただ街を歩いているだけでした」
あ。前に会ったときも、そのとき?
インクを買いに街に出た日、ルーカスと会ったことを思い出す。
私より先にインクを拾ってくれたルーカスは、父親の言いつけ通り役立つことをしようとしたからなのかもしれない。
……そんな言いつけがなくても、拾ってくれた気がするけど。
「そこで、孤児院に絵本やパンを寄付されているフェリシー嬢を見て、これだ! って。お恥ずかしながら、ボランティアという考えがなかったもので」
「そうなのですね……」
「フェリシー嬢は絵本なので、俺はパンや食べ物を寄付できたらと考えています。一緒に孤児院を回らせていただいてもよろしいですか?」
「…………」
たしかに、食べ物の寄付が1番嬉しいことは私がよく知っている。
ワトフォード公爵家の名前を出せないから、私は大量の食料を寄付することはできない。
ルーカスがそれをしてくれるなら、すごく助かる。
けど……。
私の本来の目的は、エリーゼを見つけることだもん。ルーカスと一緒にいるのはまずい!!
「それはもちろん……と言いたいですが、ルカ様にはきっと婚約者がいらっしゃいますよね? その方に申し訳ないので、一緒に行動というのはやめたほうがよろしいかと」
この断り文句なら、さすがに納得せざるをえないでしょう!
浮気だって思われたら困るもんね!
……まあ、相手がエリーゼって知ってるからそんな心配はいらないんだけど。
すぐに「それもそうですね」と答えると思っていたルーカスは、なぜか目を丸くしてポカンとしている。
そして、どこか気恥ずかしそうにクスッと笑った。
「そんな心配はいりませんよ。俺に婚約者はいませんので」
「……え?」
「もしかしたら父がすでに決めているかもしれませんが、俺は知りません。父は物事にやけに慎重で、息子の俺にも確実な決定事項しか話してくれないんですよ」
「そう……なんですか」
え? 待って?
ルーカスはエリーゼが……ワトフォード公爵家の娘が自分の婚約者だって、知らないの!?
驚くとともに、やけに納得してしまっている自分がいる。
婚約者であるエリーゼに一度も会いにこないのも、こうして悪びれもなく女である私と2人でカフェに来ているのも、自分に婚約者はいないと思っているからなのだ。
「変に気を使わせてしまって申し訳ありません。フェリシー嬢はとてもしっかりされている方なのですね」
「い、いえ。そんな」
「あっ。こちらも確認していませんでしたが、フェリシー嬢には婚約者がいらっしゃるのですか?」
「……いえ。私もいません」
この流れで、いるなんて嘘つけない!
もし婚約者がいるなら、誘われた時点で断ってなきゃおかしいじゃん!
婚約者がいる方とは一緒に行動できないと言っておいて、自分は断りもせずに他の男性とお茶しているなんて矛盾だらけだ。
ここは私も婚約者はいないと答えるしかない。
「よかったです。それではお互いに問題ないということですね。では改めて、一緒に孤児院を回ってもよろしいですか?」
「…………」
うまく断るつもりが、逆に墓穴を掘ってしまった。
キラキラと期待で目を輝かせた推しが、私を真っ直ぐに見つめている。
なんて綺麗すぎる瞳……! 宝石から生まれてきたの?
……とか考えてる場合じゃないっ!
冷静になって、フェリシー!!
推しの頼みはなんでも聞いてあげたいけど、これだけは絶対にムリなんだから……!
今度こそハッキリと断らなくちゃ!!
「あの、ですが……」
「やっぱりこんな図々しいお願いはダメですよね……?」
「いえ! 大丈夫です!」
「本当ですか? よかった!」
ハッ!!!
しまったぁぁーーーー!!!
また口が勝手に返事をしちゃった!!
目の前で喜んでいる推しを見ては、今さら「やっぱりナシで」なんて言えるわけがない。
だって! 悲しんでる推しの顔なんて見ていられないんだもん!!
あああ……もう! 私のバカ!!
声が聞こえない距離だと思うのに、ビトがやけに呆れた目で私を見ているのは……気のせいだろうか。
***
「はああ〜〜……っ」
ルーカスとお茶した帰り道、つい大きめのため息をついてしまった。
推しが目の前にいると『まあ、いっかぁ』と思ってしまうけど、冷静になればなるほどダメだろ!! と頭の中の自分がツッコんでくる。
どうしよう……!
ルーカスと一緒じゃエリーゼを見つけても何もできないし、会ってることがエリオットにバレたらまずいし、一緒に孤児院巡りってデメリットしかなくない!?
いや。推しに会えるっていう最上級のメリットはあるけども!!
たとえ推しに会えたとしても、死と隣り合わせだと思うと喜んではいられない。
いろいろと拗れた先に待っているのは、ゲームオーバー……私の死なのだ。
「……あの男性とどんなお話をしたのですか?」
探りなのか、ビトが歩きながら質問してくる。
万が一エリオットに報告されたときのために、ルーカスのニックネームを伝えておいたほうがいいだろう。
「えっと、あの方はルカ様っていうの。これから一緒に孤児院に行きたいって話だったわ」
「ルカ様……ですか」
なぜか、ビトがフッと鼻で笑ったような気がした。
眼帯で隠れていないほうの目が、やけに細められている。
なんだろ?
ニックネームって言ってないのに、本名じゃないってわかってるみたいな反応……まさかね。
ビトの不自然な反応に疑問を持ちつつ、ワトフォード家に到着したのでその玄関ドアを開ける。
私の出迎えなんてないので、いつも通り誰もいないと思っていたホールに……1人の男が仁王立ちしていた。
「!?」
えっ……ディラン!?
なんでここに!?




