表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/79

付き人ビト視点


「ビト。君は、今日からフェリシーの付き人になってくれ」



 エリオット様から急に呼び出された俺は、部屋に入るなりそう命令された。

 口調は穏やかで命令形ではなかったが、有無を言わさぬオーラと声の威圧感に、俺は命令された──と受け取った。



「かしこまりました。ところで、フェリシー様とはどなたのことでしょうか?」


「君は、箝口令を敷いている妹の件はどこまで知っている?」


「……行方不明になったと言うことは存じております」


「そうだ。その妹の身代わりとして、この家に連れてきた女がいるんだが、それがフェリシーだ」


「…………」




 妹の身代わり? なんでそんなものを……。




 そんな疑問が頭をよぎったが、問うことなく素直に頷いた。



「かしこまりました」


「この女は、まだ正式に妹として外には出していない。外出する際は、ワトフォード家の者だとわからないように気をつけてくれ」


「かしこまりました」


「この女が何か少しでも変わった動きをしていたら、報告するように」


「かしこまりました」


「それから……」



 そう言うなり、エリオット様は光のない赤い瞳を細めてニヤッと笑った。

 一瞬にしてゾッと背筋が凍りつく。



「逃げようとしたり、妹の件を外にバラそうとしたり、何かワトフォード家にとって不利益になるようなことをしようとしたら……殺してかまわない」


「!」



 その一言で、なぜ新人騎士の中でも俺が付き人役に選ばれたのかを理解した。




 俺が処刑人の家系……ヴェルド家の人間だからか。




 代々この国の処刑人を担ってきたヴェルド家は、平民からも貴族からも忌み嫌われてきた家系だ。

 その名前を出すだけで、人は一瞬にして態度を変え避けていく。

 

 だが、そんなことを気にしたことはない。

 ヴェルド家に生まれてからは、残虐な行いに罪悪感を抱くことのないよう、幼い頃から感情をコントロールする訓練を受けるからだ。


 左右の瞳の色が違うというヴェルド家特有の証を眼帯で隠しているのも、いちいちそんな態度を取られるのが面倒なだけだ。

 



 俺なら迷いなくその身代わり女を殺すことができる……それが俺を選んだ理由か。

 この男が考えそうなことだな。




 この忌々しい家系を憎んだことはない。

 ただ、長男ではない自分を雇ってくれる場所がないことに多少困りはしたくらいだ。

 ヴェルド家に興味を持ったエリオット様が、騎士として拾ってくれたことには感謝している。


 感謝している……が、この男に忠誠を誓ったわけではない。

 従順なフリはしてやるが、最終的にどうするかは俺が決める。




 俺にとったら、この家がどうなろうが知ったことではないからな。

 身代わりとしてやってきたただの女が、あのワトフォード公爵家を潰す……それもまた興味をそそられる展開じゃないか。




 そんな本音を胸に隠し、俺は静かに頭を下げた。



「かしこまりました」


「頼んだぞ。ビト」




 


 こうして俺は、護衛兼付き人として働くことになった。


 ワトフォード公爵家、長女エリーゼ様の身代わりとしてやってきた女──フェリシー様。

 髪色、瞳の色、背格好がたしかにエリーゼ様に似ている。

 話したことがないのでエリーゼ様の性格は知らないが、フェリシー様は一言で言って変な女だ。


 あのレオン様と会話をしていたり、不可解な絵を載せた絵本を書いたり、なぜかそれを孤児院に配るなどというボランティアをしようとしている。

 この家の3兄弟の顔を描いたというクッキーは、ディラン様への宣戦布告かと思ったがどうやら真剣だったらしい。

 


 

 何を考えているのかさっぱりわからない、変な女だ。

 一緒にいて退屈はしないし、思ったよりこの仕事は楽しいかもしれないな。


 


 ただ……この女は何かを隠している。

 本音を話しているようでいて、大事な部分は隠したまま。そんな気がする。




 この女の企みが、ワトフォード家に対するものだったらおもしろいが……。




 そんな期待を込めながら共に行動しているとき、初めて彼女が俺に本音を出した。



「孤児院に行ったことは報告してもいいけど、あの男性と一緒に行ったことはエリオット様には言わないでほしいの」


「……それは、なぜですか?」


「えっと……ほら。知らない男性と一緒に行動したなんて、変な誤解をされたら困るから。もう会うことはないと思うし、報告する必要はないと思うの」


「…………」



 

 俺が彼女のことをエリオット様に報告していること……気づかれているとは思っていたが、自分からハッキリとそれに触れてくるとは。

 それほど、この男と関わった話をしてほしくないということか?




 どこか切羽詰まった女の顔に、なぜ秘密にする必要があるのかと俄然興味が湧いてくる。




 この男に、何かあるのか?


 


 パン屋で偶然会った人の良すぎる若い男。

 身なりからしてそれなりの高位貴族だとは思っていたが、あの有名なクロスター公爵家の長男ルーカスだった。


 子どもに追いかけられていたときだが、ルーカスがシスターに名乗ったのをしっかり聞いていたのだ。




 クロスター公爵家と何かあるのか?

 まさか、エリーゼ様とあの男が婚約しているとか?



 

 もしこのままエリーゼ様が見つからなければ、あの男と結婚するのはフェリシー様になる。

 事前に関わってしまったことを隠したいというのなら、エリオット様へ言わないでほしいというのも納得できる。


 エリーゼ様の婚約者かもしれない男と、エリーゼ様の身代わりの女が知らぬうちに出会ってしまったという事実を──。




 

 だが、この男がクロスター公爵家のルーカスだと、なぜこの女は知っているんだ?




 俺は地獄耳だから聞こえたが、この位置ではルーカスとシスターの会話は聞こえないはずだ。

 つまり、この女は最初からこの男がルーカスだと知っていたことになる。




 なぜ、元平民だった女が知っている?



 

 そもそも、もし本当にルーカスがエリーゼ様の婚約者だったとして、エリオット様がそのことをこの女に話しているとは思えない。

 なぜそんな情報をこの女が知っている?


 怪しすぎる女だ──そう思うと同時に、体の奥から溢れ出てくる『楽』の感情が俺の心を激しく揺さぶってくる。




 ……なんとも興味深い。

 この女にこれほどの情報を握られていることを、エリオット様は知っているのか?




 もし知らないのなら……俺がエリオット様に伝えなければ、この女によってワトフォード家は何か不測の事態に陥るかもしれない。

 逆にエリオット様に伝えれば、この女はその場で即排除が決定するだろう。

 手を下すのは、もちろん俺だ。




 ……フッ。俺次第で、この女の行く末が決まるんだな。




 生かすべきか殺すべきか。

 ──そんなの、答えは1つだ。



 

 話さないほうがおもしろいに決まっている。




 この女が何を考えているのかはわからないが、その魂胆を知るまで監視するのも楽しいだろう。

 つまらなくなったら、エリオット様に報告すればいい。


 

「かしこまりました。今日会った男性のことは、エリオット様には話しません」


「! ありがとう、ビト!」


「いえ。……自分はフェリシー様の付き人ですから」



 目に見えてホッとした様子のフェリシー様にそう返事をするなり、俺は我慢できずにニヤッと口角を上げた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ