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私の推しは空気が読める紳士的な男性ですね。最高です。


 ルーカスの前でワトフォード公爵家の名前を出すわけにはいかない。

 なんとかして誤魔化さないと!



「お礼なんて、そんな……。気にしないでください」


「いいえ。そういうわけには……。この孤児院を管理している侯爵様に、寄付のお話をしなくてはいけませんので」




 侯爵様にお話?

 あっ、そうか。貴族からの寄付があった場合、そっちからお礼状を出したりしなきゃいけないのか……。

 どうしよう!




 チラッとビトに助けを求める視線を送ったけれど、ジーーッと真っ直ぐに見つめ返されただけだった。

 私がどんな回答をするのか、試しているかのように見える。




 これっ、絶対エリオットに報告されちゃう!

 今さらパンの寄付はやめますなんて言えないし、どうしたら……!




 返事に困っている私に気づいたのか、ルーカスが私のすぐ横に膝をついて顔を近づけてきた。

 心臓が口から飛び出るかと思ったけど、口を閉じてなんとかそれを抑え込む。


 ルーカスはただ耳打ちがしたかっただけらしく、小声でボソッと呟いてきた。



「名前を出したくない事情があるのでしたら、俺の名前を出しますが……」


「!」




 ルーカス……なんて空気が読める人なのっ!

 今すぐあなたのぬいぐるみを作って撮影会をしたい!!




 溢れ出るオタク心を胸に隠し、私は小さな声で聞き返した。



「……いいのですか?」


「はい。あなたの手柄を横取りしてしまうみたいで気が引けますが、お望みであれば」


「では……よろしくお願いします」


「わかりました」



 優しく爽やかに微笑んだルーカスを見て、私の脳内カメラがカシャカシャカシャとうるさく連写している。

 今はもう、王子様を通り越して神様に見える。




 ルーカス……神……っ!!

 ……なんてこと考えてる場合じゃない!

 ビトに、この人がクロスター公爵家のルーカスだと知られないようにしなきゃ!




 ルーカスがシスターに名乗っているところを、ビトに聞かせてはいけない。

 私は後ろに立っていたビトを振り返った。



「ビト! ちょ、ちょっとここに座って!」


「なぜですか?」



 私の隣に座るよう草の上をポンポン叩いたけれど、ビトは眉を顰めて一歩後ろに下がった。

 周りの子どもたちをチラチラ見ているので、またくっつかれるのを警戒しているようだ。




 ビトって子どもが苦手なの?

 こんなに可愛い天使たちなのに……あっ、そうだ!




「ねえ、みんな。次はこのお兄ちゃんが絵本を読んでくれるって」


「は!?」



 素で驚いた様子のビトを気にすることなく、子どもたちがわぁっと歓声を上げる。



「ほんとーー? おにいちゃん、よんでーー」

「おにいちゃん、よめるの?」

「よんでーー」



「え? いや。自分は……え?」



 ビトがオロオロした様子で一歩ずつ下がっていくのを、子どもたちが笑顔で追いかけていく。

 それが楽しいのか、絵本を読んでもらえなくてもみんな笑顔だ。




 ビト! ごめんね!!

 ルーカスとシスターの話が終わるまで、ちょっと我慢してね。




 チラリとそちらを見ると、シスターが慌てた様子でルーカスにペコペコ頭を下げていた。

 きっとルーカスの素性がわかったのだろう。




 あのエリオットですら家同士の繋がりを求めてるくらいだもん……よくわかんないけど、クロスター公爵家はこの世界でかなりの大貴族なはず!

 そりゃあシスターもビックリするよね。



 

 そんな家の長男でありながら、偉そうな態度もせずあそこまで完璧な男性に成長したルーカスは本当にすごいと思う。

 さすが私の推しだと胸を誇りたくなる。




 とりあえず、なんとかこのピンチを乗り越えられてよかった…!




 その後は一緒に来てほしいという推しのお願いを断れず、近くの孤児院にもう1つの大量パンと絵本を届けに行った。

 ここは前回エリーゼがいないと確認済みの孤児院だ。



「一緒に来てくださり、ありがとうございました」



 眩しく爽やかな笑顔でお礼を言われて、危うく卒倒しかけたがなんとか耐える。

 とんでもない!! あなたの頼みならどこまでも!! と言いそうになる口を閉じ、ニコッと笑顔を返す。



「こちらこそ、お気遣いありがとうございました。とても助かりました」


「いえ。お役に立てたならよかったです。では、これで」


「さようなら」



 お互い名前を教え合うことなく、さらりと別れの挨拶を交わしそれぞれ帰路に着く。

 最後の最後まで、ルーカスは紳士的だ。




 私が名前を隠したがってたのを知ってるからか、聞いてこなかったな。

 さすがルーカス! 空気の読める私の推し!

 ……まあ、ただ単純に私の名前に興味がなかっただけかもだけど。



 

『フェリシー』と名乗るだけなら問題ない気はするけど、お互い何も知らない状態でいるのが1番安全だ。

 何か名前が必要になったとき以外は、教え合わないほうがいいだろう。




 私のせいでクロスター公爵家との縁談が白紙になんてなったら、エリオットにその場で殺されちゃうもんね!




 もうこんな状況にはならないと思うし、なんとか今日を切り抜けられたことにホッとする。




 ……いや。待って。

 安心してる場合じゃない!




 私の斜め後ろを歩いているビトに、チラリと視線を向ける。

 この付き人に、今日のことをそのままエリオットに報告されてしまうかもしれないのだ。




 ビトはあの人がルーカスってことは知らないから、名前が伝わる心配はないけど……男と会っていたっていうのも、できれば知られたくない!




「あの、ビト。ちょっとお願いがあるんだけど」


「なんでしょうか?」


「孤児院に行ったことは報告してもいいけど、あの男性と一緒に行ったことはエリオット様には言わないでほしいの」


「!」



 私の言葉に、ビトの眉がピクッと反応する。

 ビトが私のことをエリオットに報告しているというのは、あくまで私の憶測だった。

 でも、この反応でそれが合っていたのだと確信する。




 なんで知ってるんだ? って顔ね。

 私だってできれば知ってることを黙っていたかったけど、今回は仕方ないわ!




 どこか不審そうな目で、ビトが私に聞き返してくる。



「……それは、なぜですか?」


「えっと……ほら。知らない男性と一緒に行動したなんて、変な誤解をされたら困るから。もう会うことはないと思うし、報告する必要はないと思うの」


「…………」




 うっ……ビトってばめっちゃ怪しんでる!!

 ちょっと不自然すぎたかな?

 でも、他になんて言えばいいかわかんないし……!




 ソワソワする気持ちを抑えつつ、私はビトが返事をくれるのをひたすら待った。



いつもありがとうございます!


明日は『ビト視点』です。

お楽しみに✩︎⡱


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よろしくお願いいたします。


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