弟想いのディランはとてもめんどくさいです
「おい! 貧乏人!」
書いた絵本を図書室にいるジェフさんに渡したあと、部屋に戻っている途中で背後から呼び止められた。
私を「貧乏人」と呼んでくるのは、ディランだけだ。
うわっ! ディランだ!
めんどくさいヤツに捕まっちゃった!
私の後ろにいたビトが、ペコッとディランに頭を下げている。
ディランはそんなビトを睨みつけながら前を通りすぎ、堂々と私の前に立ち塞がった。
な、何?
最初に会ったときはあんなに恐ろしく感じていたディランの怒り顔も、今はそこまで怖く感じない。
きっと、もっと恐ろしいエリオットに会ったあとだからだろう。
自分の感情がそのまま顔に出るディランは、とてもわかりやすくてある意味安心する。
「なんでしょうか?」
「お前……本ってなんのことだよ!?」
「はい?」
いや。お前がなんのことだ!?
急に何!? 意味わかんなすぎるんだけど!?
まさか、『本』が何か知らないの???
「あの、本というのは、物語とか学ぶための内容が書いてある──」
「そんなことは知ってる! お前、俺をバカにしてんのか!?」
私の説明を遮り、ディランがギロッとものすごい形相で睨んでくる。
えええ!? 聞いてきたのあなただよね!?!?
なんなの、コイツ!?
何を答えていいのかわからずフリーズしていると、ディランがゴホンとわざとらしい咳払いをしてから質問を変えた。
どうやら自分でもおかしい質問をしたと自覚しているようだ。
「だから、その、レオンが言ってた本のことだ」
「!」
レオンの名前を聞いて、ディランが何を聞こうとしているのかがわかった。
きっと、私の書いている絵本のことだ。
……なんでディランが知ってるの? レオンから聞いたの?
いや、それなら私にこんな質問はしないか。
メイドか誰かに見られたのかな?
そんなの弟のレオンに直接聞けばいいじゃん! と言いたいのを我慢して、私は冷静にディランの求めているであろう答えを口にした。
「私が書いている本のことだと思います」
「お前が……書いてる本、だと?」
「はい」
本当はディランに話したくはないけど、ここで嘘をついたらあとで怖い。
好感度を下げないためにも、正直に話すしかないのだ。
「なんでそれをわざわざレオンに読ませるんだ? アイツが本が好きだと知っているから、わざとそんなもの書いてレオンの気を引いてるのか?」
「違います。ジェフさんに話していたら、たまたまレオン様に知られてしまっただけです。読みたいと言われたのでお渡ししただけで……」
「はっ! どうだかな」
ディランは鼻で笑いながら、私を見下すように目を細めた。
私の言っていることをまったく信じていないようだ。
ディランって妹弟想いだからめんどくさいんだよね。
兄弟仲、そんなに良くないくせに。
私がレオンに媚び売ってるって思って、不機嫌になってるのか……どうしよう。
何を言おうと、ディランはきっと私を悪者扱いする。
どうこの場を乗りきろうかと考えていると、ディランがニヤッと口角を上げた。
「そんなに俺たち兄弟に良く思われたいなら、裏工作しないで堂々とアピールしてくればいいだろ? たとえば……料理とかでな」
えっ?
今のセリフは……。
聞いたことのあるセリフに反応したとき、ピロンと軽快な音とともにアンティークフレームに囲まれた文字が空中に現れた。
『【イベント発生】料理チャレンジ
どの料理を作りますか?
①スープ
②肉料理
③クッキー』
これは……ディランの2回目のイベント!!
えっ? もう?
このゲームは、順番に攻略対象者のイベントが発生するようになっている。
恋愛をするゲームではないので、1人に的を絞れないのだ。
最初にディラン、次にエリオット、その後ビトのイベントもやった。
……ってことは、次はディランのイベントで合ってる!
ちなみに、レオンは会うたびに選択肢が出てくるだけでイベントというものがない。
基本的にレオンから話しかけてくることはないので、イベントを発生できないからだ。
「どうした? 貧乏人は自分で料理をするから、なんでも作れるんだろ?」
「…………」
「すごい料理を作って、俺たち兄弟にアピールしてみろよ」
そう言うなり、ディランは初めてビトに声をかけた。
「この貧乏人が毒を入れないよう、しっかり見張っておけよ」
「かしこまりました」
今までのやり取りの間、静かに私たちを見守っているだけだったビトは、私を一瞥することもなく即座に答えた。
私の付き人とはいえ、やはり優先順位は私よりディランのが上なのだろう。
わかっていたことだけど、迷いのない返答が少しだけ寂しい。
そんなことしないと思いますよとか、自分はフェリシー様の付き人なのでディラン様の命令は聞けませんとか、そんなこと言ってくれるわけないか……。
「俺は自分の部屋にいる。料理ができたら持ってこい」
「……はい」
ディランが見えなくなるまで見送ったあと、私は気合いを入れるために目を閉じて両頬をペシペシと軽く叩いた。
変なことで気落ちしている場合じゃない。
これも、漏れなくクソゲー仕様の最悪な結果しか出ないクソイベントなのだから。
さあ! まずは、どれを選んでも好感度の下がるこのイベントをどう回避するか考えなくちゃ!!




