三男レオン視点〜変な女とうるさい兄〜
人と話すのは面倒だ。
体を動かすのも面倒。
他人がどうなろうが興味ない。
この現実世界についても興味ない。
僕はただビッチリと並んだ文字を読んで、本独自の世界を堪能するだけで満足だ。
本の世界では誰も僕に興味を持たないし、話しかけてはこない。
僕という存在とは関係ないところで勝手に物語が進んでくれる。
上から眺めているだけの世界は、実に楽で自由だ。
姉のエリーゼが行方不明になったことも、正直にいうとどうでもいい。
元々そんなに関わっていなかったし、無事でいたらいいねとどこか他人事のように思っているだけだ。
だから、その姉の身代わりに来たという女のこともどうでもいいと思っていた。
はずなのに……。
「……新しい話、書いたの?」
中庭にいた僕のところにやってきた身代わりの女。
いつもなら無視するところだけど、その手に持っているものを見たら自然と声をかけていた。
この前読んだ不思議な世界観の物語。
またあんな話が読めるかと思うと、どこかソワソワしてくる。
野菜を馬車に変えたり、ネズミを馬に変えたり、変なことばかり書いてある話だった……今回の話はどうだ?
身代わり女が差し出してきた紙を受け取り、表紙らしきページを見る。
タイトルを見るよりも先に、真ん中に堂々と描かれた絵が目に飛び込んできた。
……何これ。
ふざけてるとしか思えない、ひどい絵。
パラパラと数枚確認してみたが、ご丁寧に全ページ描き込まれているようだ。
5歳の子どもだってもっとまともな絵を描くけど……。
こんな絵が描いてあったら、物語に集中できないし非常に邪魔だ。
「この絵、いらないんだけど」
「……はい?」
思ったことをそのまま伝えると、身代わり女は目を丸くしてポカンとした顔をした。
「あの、いらない……とは?」
「そのままの意味。この絵が邪魔」
「邪魔!?」
言いたいことだけ言うと、僕は身代わり女から視線を外して上から順番に読み始めた。
下手な絵が視界を邪魔してくるけれど、できるだけ目に入れないようにして読み進める。
フルーツの中から赤ん坊?
そんな大きなフルーツが川に流れていた?
……めちゃくちゃだな。
いじめられていた海の生物を助けたら、海の中の城に招待された?
呼吸はどうしてるんだ? 水圧は?
こっちもめちゃくちゃだな。
毒リンゴを食べて死んだはずの姫が、王子のキスで生き返った?
……そんなわけないだろ。
体半分が魚の姫?
なんだそれ。
理解不能な内容すぎて驚くが、なぜか最後まで読んでしまう。
めちゃくちゃだなと思っているのに、おもしろいと感じている自分がいる。
コイツの頭の中、いったいどうなってるんだ?
「あの、どうでしたか?」
全部読み終わったあと、身代わり女が遠慮気味に問いかけてきた。
おとなしそうな見た目をしていながら、頭の中はとんでもない変わり者だ。
「あんたってさ……」
「?」
「頭おかしいんじゃない?」
「はあ!?」
正直な感想を伝えると、身代わり女はギョッと目を見開いた。
怒らせたのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。この女にどう思われようが何も気にならない。
その後、これらも全部本にしていいと言ったら身代わり女は嬉しそうに中庭から出ていった。
さてと……本の続きを……。
そう思って本を開こうとしたとき、また新たな人物がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
使用人なら無視するところだが、この相手はそうはいかない。
……面倒なヤツが来た。
「はぁ――……」
「おい! レオン! 今、俺の顔見てため息ついただろ!?」
「……何?」
眉を吊り上げて怒っているのは、ディラン兄さんだ。
声がデカくてうるさいし、小さなことですぐに怒るめんどくさい兄だ。
反応するまでしつこく話しかけてくるし、さらにうるさく面倒なことになるので仕方なく相手してやっている。
「お前、あの女と話してたらしいな。何を話していたんだ?」
「誰のこと?」
「エリーゼの代わりに来た女だよ!」
「ああ……」
この中庭の通路は使用人もよく通る場所だ。
たまたま見かけたメイドか誰かが、兄に報告したのだろう。
「お前が話すなんて、よっぽどのことがあったんだろ? なんだ? あの女、何を企んでいるんだ?」
「ただ本を読んでただけだよ」
「はあ!? 本!? なんだそりゃ」
「別に。もう、いい?」
説明するのも面倒なので、早々に話を終わらせようとする。
でも、そんな回答でこの男がすんなり帰ってくれるわけがなかった。
「……あの女と一緒に男がいただろ? 付き人らしいが、どんな男だった? あの女に優しくしたりしてなかったよな?」
「誰のこと?」
「眼帯をつけた騎士だよ。あの女と一緒にいただろ」
「そんなのいたっけ?」
「…………」
言われてみれば、身代わり女の後ろに人がいたような気がしないでもない。
正直、身代わり女の持っていた紙にしか興味がなかったからよく覚えていない。
「……お前な。少しは本以外にも興味を持てよ」
「そんな必要ないでしょ」
僕の返事を聞いて、兄が額を押さえながらため息をつく。
「……はぁ。とにかく、あの女とはもう関わるな。いいな? レオン」
「…………」
「おい。なんで返事しないんだ? まさかお前、今後もあの女と関わるつもりか?」
「本を読みたいからね」
「だからなんなんだ、その本って! ……くそっ! よくわからないが、俺があの女にレオンには近づくなって言って──」
「余計なことしないで」
「!」
ジロッと睨みつけると、ディラン兄さんはショックを受けたように顔を引き攣らせた。
今のは空耳か? とでも言いたげな顔をしている。
あんな変な物語、なかなか読めないんだから。
邪魔しないでよね。
ディラン兄さんは、怒りを通り越して困惑しているらしい。
めずらしく動揺した様子で、まるで腫れ物に触るかのように恐る恐る僕に問いかけてきた。
「レオン……。お前、いったいどうしたんだ?」
「何が? 僕、もう部屋に戻るよ」
一向に会話が終わる気配がないため、ここで本を読むのを諦めて立ち上がる。
中庭の空気が好きだったが、これなら部屋で読んでいるほうがまだマシだ。
「あっ……! おい! レオン!」
名前を呼ばれたけど、追いかけてくる様子はない。
この状態でしつこくしたところで、僕の機嫌が悪くなるだけだとちゃんとわかっているようだ。
はぁ……めんどくさい。
あの調子じゃ、きっと身代わり女のところに文句言いに行くんだろうな。
「…………」
ピタッと足を止め、後ろを振り返る。
ディラン兄さんはまだその場に立ち尽くしたままだ。
「……兄さんがあの女に何をしようと興味ないけど、もしあいつの本が読めなくなったら……怒るからね」
「!?」
さらにショックを受けた様子の兄を残し、僕は自分の部屋に向かった。




