出会い
「さぁて、どうしたもんかな」
見事に帰れなくなった彼は山の稜線に沈みゆく太陽を諦観の念で見つめる。
普段は帰り道が分かるように導きの粉と呼ばれる粉を撒きながら山に登るのだが、お金の節約と、近くの山というのもあって完全に油断していた。
(そういえば、山で遭難した時、あまり動き回らずに朝になってから行動すると良いって聞いたことがある。・・・とりあえず今日は野宿だな)
今日一日、身を野に晒す覚悟をした彼は周囲に散らばっていた枯れ木や落ち葉を拾って、その一部を一か所に集め、手をかざして一言。
「いでよ、火の粉」
そう言うと彼の手からぽふっと火の粉が舞い上がる。
その後ゆっくりと炎が起き上がり始めた。
(何とか火は確保できた。食べ物や水は果実があるから大丈夫。あと一応認識妨害の魔法をかけて・・・よし)
「ふぅ、なんとかなったかな。とりあえず一晩の辛抱だ」
気が付けばたちはすっかり暗くなっており、さすがの彼も少し不安を覚える。
(大丈夫、明日には帰れるんだから)
果実をかじりながら、自分を鼓舞する。
しかし、数時間に及ぶ山登りで疲労のピークが来ていた彼はいつの間にかウトウトと船をこぎ始めた。
どれくらい寝ていただろうか、ゆさゆさと体をゆすられる感覚が彼を眠りから覚醒させた。
「あの、大丈夫ですか?」
ぼんやりとしながら目を開けると、まだ空は真っ暗で、どこからか不気味な声が聞こえてくる。
声のする方に目をやると、一人の女性が膝を抱えてこちらを心配そうに見ている。
手に握った短めの木の杖からは温かなオレンジの光が零れ落ちている。
「えっ・・・あ、はい。大丈夫です」
彼女は綺麗だった。
ぱちりとした大きな黒い瞳からはどこか人懐っこい印象を受けるが、それを端正な顔立ちがしっかりと大人っぽくまとめており、どちらかといえばクールという言葉がよく似あう。
夜を溶いたような流麗な髪がそよそよと風に揺れ、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
彼女が身に纏っている高そうな黒いローブには、非常に緻密な刺繍がされており、それが金色の光を放っている。
「こんな遅くにこんなところで、一体何をしてらしたんですか?」
「少し、依頼を受けまして、ここで・・ほら、そこの籠の」
彼は脇に置いた籠を指す。
「あぁ、果物を取っておられたのですね」
「まぁ、そんなところです。ところで、あなたこそどうしてこんな山奥に?まだ暗いですし、女性一人では何かと危険ですよ」
「あら、心配してくださるんですか。でも大丈夫です。私、強いですから」
彼女が見ている方向に顔を向けた彼は、驚きの表情を浮かべる。
そこには既に事切れた魔物が何匹か重なって倒れていた。
「ね、私強いでしょ?」
彼が言葉を出せずにいる横で、彼女はくすりと笑う。
「いけませんよ、休むなら、認識阻害だけじゃなくてもっとちゃんとした魔法を使わないと」
「す、すみません。守って頂いてありがとうございます」
(町から近いから、そんなに危険度の高い魔物は出てこないって聞いてたんだけど、気を付けないとな)
「いえいえ、次から気を付けて下さいね」
彼女はそういって立ちあがると、彼に背を向ける。
「あ、あの、何かお礼でもさせていただけませんか」
命の恩人にただ感謝の意を伝えただけでは申し訳なく思った彼は彼女を引き留める。
最初はお礼などいらないと言っていた彼女だったが、どうしてもという彼の熱意に根負けし、結局、収穫した果物の一部と家の手伝いをしてもらうことで落ち着いたのだった。
「それでは、私の家に案内しますから付いて来てくださいね」
そういって彼は彼女の後を追った。
振り向きざまに彼女の口角が上がったように見えたのはきっと気のせいだろう。
太陽が雲間に消えていく。
雨が降るのかもしれない。