遭難 追想
ここは、魔法の国マジク。
人々はこの世に生を受けた瞬間から魔力の才を与えられ、今では生活のほとんどが魔法によって簡易・利便化されている。
魔力を流すだけで誰でも自分の好きな場所にワープできる公衆の転移装置や、洗濯、料理など数え始めたらきりがない。
これはそんなマジク国でのお話である。
ある晴れた秋の日のこと。
別段、代わりのない平凡な日々の一片のお話である。
一人の男が山深くで何やら作業をしている様子。
辺りは綺麗な紅色に染まっており、穏やかな日差しを味方につけ、より一層その美しさに拍車をかけていた。
ほぅと思わずため息をつきたくなるそんな絶景の渦中にいるためか、彼の口からも大きなため息が吐き出される。
否、それは絶景に魅せられた者の感嘆のため息ではなく、何か悩ましいことがある者のそれだった。
「俺どっちから来たっけ?」
背中に大きな籠を背負っている彼は、そこからこぼれ落ちた果実をじっと見つめながら途方に暮れた様子でつぶやく。
果実は、しばらく地面に溜まった真っ赤な葉をかき分けるように進んでいたが、途中で糸が切れたように止まってしまった。
それを彼は尚もじっと見続ける。
どうやら、拾う気力もないらしい。
「・・・はぁ」
再度大きなため息をついた彼は、何で自分がこんな山奥で果実の収穫をしているのかを思い返していた。
「すみません、この仕事をしたいのですが」
「はい、確認しますので少々お待ちください」
その日、彼は町の守護者組合に仕事を受けに来ていた。
守護者組合と大層な名前を冠してはいるが、実際は犬の散歩や家の修理を手伝ってほしいといったおよそ守護とは程遠い類の仕事がそのほとんどを占めている。
これはかつて魔法の才を持つものが今よりも少なかった時代のこと、この世界には現在よりもはるかに多くの魔物でひしめいていた。
そんな脅威に唯一対抗できる者がその魔術師達だった。
そこで国は魔力を持つ者たちを集め、各地に守護者組合を作った。
守護者たちは、自分たちが配属された組合の依頼を受け魔物を退治することで、近隣を守護したという。
しかし現在では魔力の才を持たないものはほとんど存在しないため、守護者は職業の一つとなり、現在では国が結成したギルドから依頼を受けることでこの国の平和を守っているのだ。
ということで、もはや守護者組合は形骸化しているが、昔の名残なのかは知らないがいつの間にか人々は何か困ったことがあればそこに依頼という形で仕事を持ってくるようになった。
「こちらの依頼ですね、依頼主様のご要望ではこの秋の内にとのことですが・・・」
「あぁ、それなら今日にでも出発しようと思っているのですが」
「かしこまりました、それではこちらの水晶に手をお願いいたします」
そういって、受付嬢の出した水晶に手をかざす。
「はい、確かに依頼の受注承りました。それではお気をつけていってらっしゃいませ」
「はい、ありがとうございます」
ひそかに思いを寄せている美人の受付嬢の笑顔で活力を得た俺は、入ってきたより少し勇み足で組合の門扉をくぐったのだった。
その後遭難することも知らずに・・・。
のんびりと書き続けていきます。
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