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第1話 さながら、雷を知らぬ雀のように



「中尉殿! 中尉殿のお名前って、九条(くじょう)朱鷺(とき)って仰るんですか? 私、和泉(いずみ)(つばめ)って言います! 運命を感じますね!」



 訓練初日の決起朝礼直後、満面の笑みで近寄ってそう言ってきた彼女。



 学生と見紛うほどに若さに溢れ、体格に乏しい、和泉燕二等兵に私は、



「貴様、それが上官に対する態度か!」



 他の隊員達にも聞こえるほどの大声で怒鳴りつけ、減給と謹慎を言い渡した。上官への態度×。隊列からの逸脱×。



 なので、初対面の印象は最悪だったと言える。同じ女性軍人であるという点と、彼女の言う共通点を加味してもなお、だ。



 というか、どういう運命だそれは。ただ名前の由来が鳥であるというだけじゃないか。



 だが彼女にとっては、私に迫る十分な理由に足るらしく、それ以降も和泉二等兵は、何かにつけて私の所へやって来た。



『大変です中尉殿! 訓練用の器具が壊れてしまいました!』



『中尉殿、就寝時間なので、おやすみを言いに来ました!』



 私はその都度怒鳴りつけ、彼女に罰則を科していたが、それでも和泉二等兵はめげなかった。





「中尉殿、私もご一緒したいです!」



「……また貴様か……好きにしろ」



 昼休み。食堂の隅にいた私を目ざとく見つけた彼女は、やはり何の躊躇いもなく迫ってきた。正直辟易とはしていたが、断るほどの理由もなかったので受け入れる。彼女は嬉しそうに笑い、持っていたプレートを机に置いて、



「待て、なんで隣に座ろうとする」



「え?」



「え? じゃない! 向こうへ行け向こうへ!」



「痛ぁ!」



 思いきり頭をひっぱたいてやると、涙目でこちらを睨みながら、渋々と対面に移動した。



「うぅ……少しは絆が深まったと思ったのに。あ、冷製パスタ美味しそうですね。私のラーメンと交換しません?」



「絆が深まったとしても二人きりの食事で隣り合ったりはせん。……大体、何故そこまで私に固執する。あとそんな熱いものはいらん」



「そんなの、中尉殿が私の運命の人だからに決まっているでしょう!」



 またそれだ。辟易した溜息をついて見せても、全く意に介した様子がない。「猫舌なんですか?」とコロコロと無邪気に、捕らえどころのない笑みを浮かべる彼女は、私に言わせれば、学生気分が抜けていない青二才だった。



「名前と性別に繋がりがあるからといって、そんなものを押し付けられても困る。いい年して学生でもあるまいに」



「む、失礼ですね。私こう見えても二十歳過ぎているんですよ」



「下回っていてたまるか阿呆」



「中尉殿はおいくつなんです?」



「二十歳以上だ」



「誕生日はいつなんです? 私と一緒だったりしません? 八月!」



「夏は嫌いだ」



 この調子だ。彼女はいつもいつも、隙あらば私のことを探ろうとしてくる。何も知らない相手のことを運命の人などと、よくも言えたものだ。



 天真爛漫な質問攻めを聞き流しながら、周りを見回してみる。

和泉二等兵が私にこうして迫っていることは、他の隊員たちも気付いているが、興味を向ける様子はない。否、そんなことに気を向ける余裕がない、というべきか。





 この湾岸基地に配属された者達は、私を含め全員が、敵国からの攻撃に対する警戒と迎撃を命令されている。それは自ら突っ込まない、というだけで、特攻部隊と何ら変わりはないのだから、さもありなん、というものだ。言うなれば、捨て石のようなもの。



 士気の低下、政府への不信。軍の人手不足は日を追うごとに深刻さを増し、その結果、志願すれば、病人であろうと入隊を認めるような節操無しの組織となっていた。だがいくら人手を増やしても、訓練すら碌に積めるか怪しいひ弱な人間に、出来ることなど限られている。

配属された連中は、使い道のない役立たずだからと、ここに連れてこられたのだろう。



 私のように。





「……」



「中尉殿? どうしましたか、中尉殿」



「いいや、貴様は随分と明るいな、と思ってな」



 だから、他の隊員達と違い、明らかに、露骨なほどに表情豊かな彼女のことは、別の意味でも印象付けられた。



「こんな場所に連れてこられて、皆すっかり意気消沈しているのに、お前だけはやたら元気なのはどういうわけだ」



「そんなの、中尉殿がいるからに決まっていますよ!」



「……聞いた私が馬鹿だったよ。貴様の両親は、初対面の相手に迫る今のお前の姿を見てなんて言うのだろうな」



「喜ぶと思いますよ? いい人が見つかるといいねぇっていつも言っていたので」



「そうかそうか、それなら確かに喜ぶだろうな」



 それは厄介払いとしての意味合いが強いのではなかろうか。流石にそこまで言うほど私も鬼ではないが。



「ねぇ、本当に要りません? 美味しいですよ、ラーメン」



「いらんと言っているだろう、しつこいぞ」



「むぅ……あ、じゃあ代わりに、中尉殿のこともっと教えてくださいよ。血液型とか……あ、中尉殿の武勇伝とか聞きたいです、『不死鳥の英雄』のお話……!」



 言葉が止まない。限界だった。



「いい加減にしろ!」



 食事を中断して立ち上がる。知らず力が入り、テーブルを叩く音が食堂に響いてしまった。彼女がビクンと身を跳ねさせる。



「貴様が私に憧れるのも、くっつこうとするのも勝手だ。だが、私がそれを受け入れる理由などなにもない」



 多分、普段以上に冷たい目になっていたのだろう。和泉二等兵はびくりと怯えたように震えていて、漏れる声も小さく震えていた。



 返事も待たずに、食堂を後にする。他の隊員達が遠巻きにこちらを見ているのがわかる。



 嫌な気分だ。本当に。



 頭の中が熱い。興奮しないよう気を付けていたのに。





 今夜は寝苦しくなりそうだった。


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