4
のぞみは白い帽子をかぶっている。足元はお気に入りの白い運動靴。愛車は白いスポーツタイプの自転車。白色の短いハーフパンツを履いて、その自慢の長くて細い足はいつものようにむき出しにしている。
のぞみの長くて美しいまっすぐな黒髪が森に吹く風に揺れている。背は高く、猫に似た顔をしている。
動くことが大好きなのぞみはいま、じっとしている。
それは彼のためだった。彼はじっと椅子に座っているのぞみのことを見つめている。とても真剣な顔をして。のぞみは緊張している。同時に顔が真っ赤になるくらいに恥ずかしい気持ちにもなった。
「大丈夫? 無理してない?」
「大丈夫です。ただあんまりこういうことに慣れていたいだけで」
照れ笑いをしながらのぞみは言う。
「歌を歌うことは楽しい?」
彼は言う。
「はい。とっても」
のぞみは言う。
「何万人を前にしても?」
彼は言う。
その彼の言葉にのぞみは自然とはい、もちろん、と言うことができなかった。
のぞみはアイドルだった。それも世界中の人たちがその名前と顔と声を知っているというくらいに有名なアイドルだ。子供のころからずっとアイドルに憧れていた。歌を歌い、ダンスを踊る。たくさんの人たちを笑顔にする。そんなアイドルに憧れてた。のぞみはその夢を叶えることができた。努力はしてきた。今まで生きてきた十九年の人生のすべてを夢のためだけに捧げてきた。幸運だった。たくさんの人たちに支えられてきた。幸せだった。
でもある日、のぞみは突然歌うことができなくなった。原因は自分でもよくわからなかった。ずっと走り続けてきたのぞみは急に走れなくなって、歩きかたもよくわからなくなってしまった。眩しかった世界は無くなって、真っ暗になって、なにもかもが見えなくなって、自分はこのまま消えてしまうのだと思った。
でも、のぞみは消えなかった。ちゃんと今のこの世界の中に存在していた。それはみんな彼のおかげだった。そのことに気がついたとき、のぞみは恋に落ちた。
生まれて初めての恋。
それはとても素敵な経験だった。