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「めぐみの絵を描くようになってから、しばらくの間、僕はめぐみの絵ばかりを描いていた。ちょうど今の僕と君の関係のように、ずっとめぐみの絵ばかりを描いていたんだ」
そんなこと言わないでください。とのぞみは心の中で言う。(顔は笑顔のままだった)
「場所はこのアトリエですか?」のぞみは言う。
「うん。このアトリエだった。このアトリエと森の中で僕はめぐみの絵を描いていた。一年を通して、森の四季の風景と同じように変わっていくめぐみのことを描き続けていたんだ」
しずくは窓の外の森の風景に目を向ける。
「僕は今もいろんなところにめぐみの姿を見つけることができる。生きていたころのめぐみがこの家と森の中にはまだ残像のように、でも確かに残っているんだ」
「え?」
しずくの言葉を聞いて思わずからっぽになっていたコーヒーカップをのぞみは床の上に落として割ってしまった。
ぱりん、と言う音だけがアトリエの中に響いている。
「生きていたころのって、めぐみさん。もしかして」
そのあとの言葉は口にすることはできなかった。
「うん。亡くなったんだ。めぐみは死んでしまった。病気だった。僕はそのときになって初めてめぐみがどうして僕と結婚してくれないのか、その答えがようやくわかった。そのことをめぐみに伝えると正解とめぐみは僕に笑って言ったんだよ」しずくはのぞみを見て言った。