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だからのぞみは自分の本当の気持ちをずっと彼に隠している。
……でも、ときどき、どうしようもない気持ちになる。本当にどうしようもない。だって、どうしようもないのだ。……好きなんだから、しょうがないじゃない、とのぞみは思う。だからこれくらいはいいと思った。でも、これくらいではだめなのかもしれない。……恋愛って難しい。私はただ、彼に抱きしめてもらいたくて、それからできればもう一度だけキスをして欲しいだけなのに……。
のぞみは迷っている。……私は、案外嫌な女だな、と自分で自分のことを軽く軽蔑する。それでも、のぞみは少しの間、彼の体を離さなかった。
二人は目的の場所である森の中の湖の湖畔に到着する。
その場所で二人だけで五時間くらいの時間を過ごしたあとで、二人は彼の家に帰るためにまた二人乗りをしながら自転車を漕ぎ始める。
それから二人は彼の家の前まで到着する。
「……それは、まあ、そうですけど」何気ない会話をしている途中で、のぞみがそう言ったとき、彼は立ち止まった。するとのぞみも立ち止まる。
「ここまでって、ことですね?」のぞみが言う。彼は「うん」と答える。
二人は森の中で向かい合う。
「しずくさん」のぞみはそう呟いて、彼の口にそっとキスをした。そしてその数秒後、黙ったままその唇を自分から遠ざけた。
「……また私と会ってくれますか?」とのぞみが聞いた。
のぞみはとても切ない表情をしていた。その切実な問いに彼が「できないよ」と答えると、のぞみは下を向いた。そして顔をあげて、彼の顔を見て、「わかりました」と言ったあとで自転車に乗ると、まるで何事もなかったかのような静かな動きで森の中の道を町のほうに向かって移動していった。
それはよく晴れたとてもいい天気の午後の時間の出来事だった。