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「じゃあ、出発しようか? 今日はどうする? 君が自転車をこぐ? それとも僕が自転車を漕ごうか?」彼はのぞみに質問する。
「……えっと、お願いしちゃっても、いいですか?」とのぞみは言う。彼はそれに「わかった」と優しい声で答えた。
いつもだったらここで「私がこぎます」と答えるのぞみだったのだけど、今日は少しだけ彼に甘えてみたかった。……まあ結局、いつも最後は彼がのぞみの代わりに自転車をこいでくれるのだけど、たまには最初からでもいいよね、とのぞみは思った。
のぞみは彼の肩につかまって後輪の真ん中にある出っ張りに両足を乗っけた。それを確認して彼が自転車をこぎ出した。彼の自転車をこぐ力はのぞみの何倍もあるのだろう。自転車はまるでさっきまでとは違う乗り物のように速度を出した。それでも彼には余力があった。きっと、のぞみが疲れないようにその力を調整してくれているのだと思う。彼は他人のことを考えたり守ったりすることのできる……とても優しい人だった。
「きゃ!」
不意に自転車が揺れて、のぞみが少しだけ体勢を崩してしまった。思わずのぞみはそのまま彼の背中に抱きついた。
「ごめん。大丈夫だった?」彼が聞く。のぞみは彼に「大丈夫です」と答えたが、その体をすぐに離そうとはしなかった。
彼はのぞみが抱きついてもなにも言ってこなかった。
離れてとも言わないし、もっとくっついてとも、言わない。なにも起きていないように、振舞っていた。それがのぞみには不満だった。
のぞみは自分の気持ちをはっきりととした言葉にしたいと思った。
いや、できるなら本当にそうしたいのだけど、それは彼に一度断られている。だからそれはもう望まない。これ以上、彼に嫌われたくないからだ。