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「私はしずくさんと違って神様に誓って今まで一度も誰ともお付き合いをしたことはありません」とのぞみは言った。
今日ののぞみは長い黒髪を後ろで束ねてポニーテールの髪型にしていた。(もちろんしずくからそうして欲しいと頼まれたからそうしたのだ)
「聞いておきますけど、まさかめぐみさんがポニーテールだったから、髪型をポニーテールにして欲しいって、たのんだわけじゃないですよね?」
「違うよ。神様に誓ってそれは違う」と左の頬を真っ赤にしているしずくは言った。「ならよかったです」ともう一度、しずくに熱い感情をぶつける準備をしていたのぞみは言った。
「しずくさんは軽薄ですね。それに女の子からの気持ちも全然わかってません。デリカシーもありません」
「そうかも知れない。だからめぐみは僕のところからずっと遠いところに飛び去っていってしまったのかも知れない」しずくは言った。
のぞみはしずくが望むのであれば、どんな格好でもするつもりだった。本当に極端な話、下着姿でも、あるいは裸のヌードモデルでも(もちろん事務所には秘密にして)わかりました、と言って受け入れるつもりでいた。でも、誰かの代わりだけは絶対に嫌だった。(私を必要として欲しかった)
「子供のころに初めて絵を描いたときに僕は周りの人たちから神童だって褒められた。それほどたいした絵は描いていない。それでも周りの人たちは僕の絵を誉めてくれた。それはきっと僕の絵がとても写実的だったからだと思う」しずくは言った。
「しずくさんの描いた絵ならきっと誰だってすごいって思いますよ」私がそう感じたように。とのぞみは思った。
しずくは天才だった。しずく本人は自分は天才じゃないと言っているけど、間違いなく天才だと言えると才能と技術と感性を目をしずくは持っていた。それはのぞみ以外の他者の評価からもそうだった。しずくの絵はまさに完成していた。その完成している絵をしずく本人はあまり好きではないようだったけど、絵を完成させることができると言うことがどれほどすごいことなのか、しずくとこうして日々を一緒に過ごすことによってのぞみにも少しだけ理解することができた。