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石と誰かの物語

ドリーム・クリスタル

作者: 河 美子

石と誰かの物語です。

 今は産休で娘のお迎えにいくのが日課。

 保育園の帰り道に手をつないで帰る。

 娘が年長さんになると、お口だけは18歳かもしれないと思う。

「今日は何して遊んだの」

「ママ、毎日変わることなんてないよ。いつも通りよっくんと鬼ごっこしただけ」

「あら、ほかのお友達は?」

「みんなおままごとするのはいいけど、私はもっと動きたい」

「みっちゃんは元気だからね」

「みんなも元気なのに、おままごとでは体が弱いお嬢様役をやりたがるの」

「ふーん」

 なかなか厳しいうちのお嬢様。

 よっくんというのは親友で、あいにく家が遠い。お父さんの働いてる事務所に近いこの保育園に毎朝バスで通ってくる。

「ねえ、あのバスに乗っていいよねえ。私もあのバスで保育園に行きたい」

「歩いて5分のうちからはバス停のほうが遠いわよ」

「いいよ、乗っていきたい」

「そうはいかないの」

「つまんないなあ」

 この近さがよくて保育園選んだんだからそんなこと言わないで。みんなに羨ましがられてるのよ。

「ただいま」

「お帰りなさい」

「あ、おばあちゃん。やったー」

 飛びつく娘。義母は2か月前からこの近所のマンションに住むようになった。義父が大腿骨骨折して入院したため、病院の近いところへと引っ越ししてきた。二人が住んでいたのは病院に遠い海辺の町。車の運転ができない母は日に数本しかないバスではあまりにも不便。そこで広ければ我が家にと言いたいのだが、うちは2DKの狭いマンション。親のほうが遠慮した。

「おじいちゃんは元気ですか?」

「ええ、もう早速リハビリが始まったから寝てる暇はないみたい。私もいても邪魔だからいつも早々と退散するの」

「おばあちゃん、肩たたきしてあげる」

「あら、やさしい。みっちゃん大好きよ」

「私も、おばあちゃん大好き」

 義母の手には娘にと、いつも絵本の土産。

「今日のお話はなあに」

「今日は泣いた赤鬼」

「面白そう」

 近所の図書館で借りてきてくれるのだ。

 娘が肩たたきする前に、義母の膝に座って絵本を読んでもらう。その間に私は洗濯物をたたんで、食事の用意をしようと思ったら、キッチンの鍋にブリと大根の煮つけ。

「わあ、美味しそう」

「うん、安いブリ売ってたから。お父さんにも届けたのよ。あなたたちも食べるかなと思って」

「ありがとうございます」

 母の手料理が大好きなのは夫だけではない。私も娘も大好き。特に結婚してからは人の手料理がたまらない。今日はサケのムニエルにしようと思っていたが、これは明日にしよう。

「千沙さん、体調はどう?」

「ええ、やっとつわりが終わって。食べたくなりました」

「そう、それはよかった。みっちゃんもお姉さんになるのね」

「ええ、しっかり者ですから期待してます」

 本当は早くほしかったが、やっと妊娠しても流産すること2回。娘はとても安産だったのに、考えられないことが2回も起きて心身が追い詰められた。私の両親は北海道で酪農の仕事。休みはないので電話で話すしかなかった。母が送ってくれるジャガイモはおいしく、乳製品はみんな待ち焦がれた。流産した日に家に届いた極上のチーズケーキを泣きながら食べたものだ。

 ふと気が付くと、娘が義母の膝で泣いている。

「どうしたの」

「赤鬼さんが可哀そう。でも、青鬼さんも可哀そうすぎる」

 泣いた赤鬼を読み聞かせている義母も、娘が泣くものだから戸惑いながらも髪をなでる。

「いい子ねえ、みっちゃんは」

「青鬼さんは赤鬼さんがみんなと友達になれるようにって、わざと村の人をいじめたの。それでもって、赤鬼さんが青鬼さんをたたくのよ。青鬼さんはそれでいなくなっちゃうの」

 もう、こんなことがわかるのね。娘の気持ちに触れて、私と義母は思わず目がウルウル。

「松谷みよ子さんのお話はよかったわね」

「もう一回読んで」

 娘にせがまれて義母は3回も読まされる羽目に。

 その夜、残業で遅かった夫にその話をすると、

「流石に僕の娘だなあ。いい子だ」

「何よ、それ。私に似て感受性が豊かなのよ」

「いやいや、それは僕だな。そんな僕なのに、なんで会社はわからないかなあ。僕の優秀さに」

 思わず噴き出した。

「お母さんに今度聞いてみるわ。どんな子どもだったか」

「このブリ旨いなあ」

「本当ね。大根もしみてて美味しい」

「忘れるとこだった。これ、はい」

 渡された小箱。中にはきらきら光るピアス。

「なあに、すごいキレイね」

「ハーキマーダイヤモンド」

「え? ダイヤ?」

「うん。それで来月から転勤なんだ」

「どういうこと」

「新しい工場の建設が決まって、そこに赴任するんだ」

「どこ」

「それが、愛媛」

「ダメよ、ダメ。出産がうまくいくかわからないもの」

 不安な気持ちがどんどん膨らんでいく。

「大丈夫だよ。今度は。先生も安定しているって言ったじゃないか。その日には帰ってこれるようにするから」

「いや」

「これねえ、ハーキマーダイヤモンドっていうんだよ」

 ぐずる私に箱の中から取り出して説明する夫。

「ドリーム・クリスタルって意味があるらしいよ」

 顔を上げると、夫がつけてごらんいう。

「心身が落ち着いて、夢もかなうってぴったりだろう」

 泣いたって仕方ないことはわかってる。でも、本当に不安だった。

 いつもは誕生日も忘れるのに、今日はこれを買おうと店を回ったらしい。許せないけど許す。嫌いだけど好き。ああ、もう本当になんで今頃転勤。

 そして夫は愛媛に赴任した。

 思い切り手を振ると、耳元で揺れるハーキマーダイヤモンドのピアス。


 あれから二カ月。夫は出産に間に合わなかった。

 それも、あまりに安産だったから。みんな可愛い息子の誕生に大いに喜んだ。

「嘘つきね。間に合わないじゃない」

「ごめんな」

「今度はリングを買って。あのハーキマーで」

「よし、親指にはめるようなのを買ってやる」

 その言葉忘れないでね。

 みっちゃんが一緒に言う。

「パパ、私も欲しい。きらきら光るの。それともよっくんが買ってくれるかなあ」

「それは早い。大人になってからにしなさい」

「あなた、まだ保育園児にそんなこと言わないの」

 

 ドリーム・クリスタル。

 うん、私の夢が叶った。

 みっちゃん、あなたの夢は何かな。

 

 

 


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