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勇者の師匠  作者: 新嶋紀陽
外伝
73/74

6

「ライド、様……?」

「全く、お前にも困ったものだ。病み上がりだというのに一目散に走っていくとは。そういう決断力の速さは買っているが、状況把握をしなければそれもただの特攻と変わらん。命を無駄にすることは、俺は好まんぞ」

「す、すみません……」

「ハハハッ、まぁそういう必死なところが気にっているのだがな」


 いや、それは結局どっちなんだ……という指摘は無論口にしない。

 ライドは笑みを浮かべたまま、視線をフレデリックの方へと向ける。


「さて……唐突に出てきた上で名乗りもしないのは無礼に当たるな。というわけで、早速自己紹介からするとしようか。俺の名は―――」


 瞬間、ライドの目前に放たれた短剣が迫っていた。

 けれど、それをまるで驚く素振りも見せないまま、彼は自らの指で挟んで受け止める。


「いきなりな挨拶だな。初対面の相手にこの対応とは」

「あなた、あなた、あなた、あなた、本当に何ですか。今のを全く微動だにせず受け止めるなど、只者ではありませんね?」

「さてな。俺は俺、ライド・エンドハートとしか言えんよ。今はこの女の剣……用心棒のようなことをしている」

「用心棒? これは、また、また、また、また、ご冗談を。あなたから感じ取れるそれは、とても守るといった雰囲気ではない。戦いたいという気迫が先程から漏れていますよ?」

「ほう、分かるのか。そして、それは正しい。俺は何を守る、ということを今までしたことがないからな。故に初挑戦というやつだ。似合っていない、というのは自覚はあるが、しかしだからといってやれないという言い訳にはならんだろう?」


 確かにライドと一週間も一緒にいるメリサもその言葉には賛同だった。普段の彼を見ていれば分かるが、どうにも何かを守る、ということはらしくない。どちらかというと、苦難を乗り越え、踏破し、破壊しながら進む、という感じが合っている。


「戦いたい、という部分に関しても否定はせんよ。俺はその中にある人の在り方、生き方を見たいと思うが血の気の多いのも事実でな。けれど、今は立場というものがある。俺はこの女の剣である以上、この女が助けるというならそこの者を助ける義務がある。そして、彼女を殺そうとするお前の邪魔も仕事の内だ」


 故に。


「どこからでもかかってくるといい。こちらは既に準備はできている」


 挑発的な、そして余裕ともとれる発言。恐らく本人はそのつもりはないのだろう。ただ彼は事実を口にしているだけだ。相手を怒らせて罠にはめる、などとは考えもしていない。

 けれど、それは受け手側からしてみれば「実力派こちらの方が上だ」と感じ取れてしまうわけであり。


「そうですか、そうですか、そうですか、そうですか、なら――――――」


 フレデリックはどこからか出した無数の短剣を頭上へと放り投げる。そして、そのまま落下……することなく、それら全ての刃が空中で止まった。どころか、四方八方へと矛先が向いていたにも関わらず、まるで訓練された兵士のように一瞬にしてライドの方へと剣先が向けられる。


「串刺しになって死んでくださいっ!!」


 言い終わるのが早いか、獲物を狙う凶刃が放たれた。

 先程とは違い、数は十数本。加えて速度も疾くなっている。短剣とは言え、武器は武器。人を殺す道具だ。一本でもまともに当たればただで済まないのは必至。

 だからこそ、本来なら避けるか、何かで防ぐか、というのが当然の宅作なのだろうが。


「ふんっ!」


 ライドはまるで無数の短剣に殴りつけるかのように拳を振るう。と同時に見えない衝撃波のようなものが放たれ、全ての短剣が吹き飛ばされた。

 あろうことか、彼は回避でも防御でもなく、攻撃によって自らの危機を乗り越えたのだ。


「今のは……魔法、ですか……」


 ライド達が言っていた人間が失った技術。彼ら魔人にしか扱えないという神秘の技。目の前で起こったことがまさしくそれだと思ったメリサはつい問いを投げかけてしまった。

 が。


「いいや、今のはただの風圧だ。魔法は使っていない」


 即座にライドは否定する。


「そもそも、それは魔法の使い方が下手でな。故に師に教えを乞うている身なわけだが、これくらいなら魔法を使わなくても対処は可能だ」


 風圧……なるほど。初めて会った時、そして先程助けられた時も恐らくは同じ方法の類なのだろう。彼にとって拳を振るい、衝撃を飛ばす、というのは難しいことではないのだとメリサは理解する。

 けれど、それはライドだからこそできる芸当であって、誰でもできるという単純な話ではないだろう。もしも他の者が同じ事をやれと言われて実行可能な者は果たしてどれだけいるだろうか。

 そして、それを目の当たりにしたフレデリックはというと。


「ほう、ほう、ほう、ほう。どうやらあなたには遠距離からの攻撃、というのは相性が悪いようです。数を増やしたところで、もう一度同じことをされてしまえば意味がありません。だとするのなら、方法を変えるしかないでしょう」


 と、再び彼の両手にはどこからともなく出現した短剣が握られていた。

 そして、そのまま一瞬にしてライドとの距離を詰める。

 ドッ、という鈍い音がメリサの耳に入る。見るとフレデリックの右手をライドが左腕で受け止めていた。短剣が振り下ろされる直前に腕の部分に自らの腕をぶつけて止めた状態だ。


「なるほど、遠距離がダメなら接近戦というわけか。攻撃を一つに絞らない切り替えの速さ、見事だ。だが、こちらとしては接近戦の方が得意なのでな。それなりの覚悟はしてもらうぞ」


 ライドの言葉にフレデリイクは言葉を返さない。ただ、狂気的な笑みを浮かべるその姿は上等だと言わんばかりな勢いであった。

 そこから無手の怪人と短剣二本を携えた狂人の戦いが始まった。


 *


 あれからどれだけの時間が経っただろうか。

 拳が振るわれ、刃が鮮血を啜る。二人の攻防はどちらかが一方的、という状況には陥らなかった。むしろ、どちらが優勢なのか、素人のメリサには判断がつかない。

 普通に考えれば、何の武器も持っていないライドが不利に見えるかもしれない。けれど、彼の拳の一つひとるには強烈な衝撃、風圧が付いている。紙一重で避けたとしても跡から襲いかかってくる風圧がフレデリックを襲うのだ。

 しかしながら、フレデリックは気づいていた。ライドの風圧には全ての拳に乗っているわけではないということを。あの一擊は少しためがあった上で放たれている。故にそのためを見極めれば防ぎようはある。また、連続した攻撃や咄嗟の一擊などはただの拳にしかなっていない。そこを把握し、対処すればそこまで恐るものではないのだ、と。


 一方、でライドはフレデリックに対しての評価を改めていた。

 最初はただの人殺しが好きな狂人だとばかり思っていた。しかし、実際に戦ってその考えが間違いであることに気づく。

 彼の戦い方は実に冷静だ。短剣の使い方、投げ方なども熟練された代物。どこを狙えば効果的か、どこを切りつければ相手が怯むのか、それを正確に把握している。最初の短剣を投げた時もそうだ。確実に命を捕れる場所を的確に狙っていた。恐らく、ライドが横槍をいれなければメリサはまず間違いなく死んでいただろう。

 そして、自分の攻撃が通用しないとしても驚かず、客観的に判断し、攻撃手段を変更したことも評価するべきことだ。戦いに身を投じる者の中には武器は無論、戦い方そのものにも拘りを持つ者が多くいる。それを鍛錬し、熟練していくことでより強い技、力とするのだ。けれど、あまりに拘りすぎて相性の悪い相手だとしてもやり方を変えず、そのまま特攻する者も少なくない。

 自分の考え方、在り方を貫くこと、それは自体はライドも好む展開だ。だが、考え無しに頑なになるのはまた別の話。戦場で命を堕とす輩はそういった連中が多い。

 そこから考えても、フレデリックの戦い方は実に柔軟だ。短剣を投げるだけでなく、接近戦に持ち込んだこともそうだが、至近距離の攻防でもライドと互角に渡り合っているのだから。


(こちらの得意分野でここまで食らいつかれるのは久方振りだな……恐らく、風圧の弱点にも既に気づいているのだろう)


 さらに言えば、短剣を切りつけるだけではない。隙あらば蹴りを飛ばしてきたり、距離があればすぐさま短剣を投げ付け虚を産み出し、そこから新たな短剣で攻撃する、といった具合に攻撃の嵐は止まない。

 その光景にライドは確信する。


「なるほど。ただの殺人鬼、というわけではないようだ。その熟練した技の数々、習得するのにどれほどの時間を労したことか。何にしろ、まずは感嘆の言葉を送らせてくれ」

「そういう、そういう、そういう、そういうあなたは実に不思議だ。技能は全く感じられないというのに、力の面では敵いそうにないというのが嫌という程分かる。わかってしまう。苦労して編み出した技をあなたはここまで単なる力押しで潰してきた。いやはや、本当にどうなっているのやら」

「ハハハッ、何故だろうか、よく師にも同じことを言われる。お前の力は積み重ねてきた他者の経験、技術を台無しにする、とな」

「そうですか、そうですか、そうですか、そうですか。ならばあなたの師は非常に優秀であり、同時に苦労人のようだ。あなたのような弟子をなどとっているのだから、同情せざるを得ません」


 まるで知人のような会話。それだけ聞くと今彼らが殺し合っていることを忘れてしまうそうになる。

 話している間にもフレデリックは短剣を三本投げ付け、同時に距離を詰め、蹴りを放つ。ライドはその全てを払い落とし、蹴りを己の肘で受け止めた。

 これが戦い。これが殺し合い。一方的な殺しではなく、命のやり取りというものをメリサは目を丸くさせながら観ていることしかできなかった。今、自分があの中に入ったところで何もできない。ただの足でまといになってしまうだけだろう。

 素人のメリサにでもライドとフレデリックが人間離れしていることは理解できた。一人はそもそも人間ではないものの、けれどだとしても強靭的な身体能力を持っていることには変わりない。そして、そんなライドと対等に相対しているフレデリックもやはり戦闘面においても普通ではないのが嫌という程わかってしまう。

 血なまぐさい戦い。本来なら目を背けたくなる光景。

 けれども彼女は二人の戦いをしっかりと目に焼き付けていた。これは、自分が引き起こしたことだ。戦っているのが自分ではなくとも、見続けるのが自分の責任でもあるのだ。

 そうして、何十もの激突の末、二人を距離を詰め、互いに腕を掴み合う状態で膠着した。


「ほう、俺の腕を掴み、動きを封じる作戦か。確かにこれでは俺は拳を振るえん。が、しかしそれはそちらも同じだろう?」

「然り、然り、然り、然り。その通り、これではワタクシも短剣を握れない。故に動きを封じることはできても切りつけることは無理でしょう。かといってこうも距離を詰めすぎれば蹴り技もまた使用できない。認めます。この状態ではワタクシは攻撃できません。しかし―――」


 嫌な間があった。


「ワタクシ以外のモノが攻撃できない、とは限らないでしょう?」


 刹那、数え切れない殺意がライドへと向けられるのをメリサは察知する。


「っ!? ライド様、危な―――――」


 呼びかけるメリサの声。しかし、既に襲い。遅すぎる。

 ライドに向けられているのは、彼が今まで弾き落とし、吹き飛ばし、薙ぎ払ってきた無数の短剣。地面に落ちたままであったそれが一斉に動き出し、そして今までにない速度で直進する。その数は最初に襲ってきたモノの比ではない。

 本来なら、ライドはそれを再び風圧で吹き飛ばせたかもしれない。フレデリック自身が言っていたように数が増えたところで彼の力ならばそれくらいのことはやってのけたかもしれない。

 けれど、今のライドは拳が振るえず、動きも取れない、正しく無防備。

 結果。


 刺さる。

 刺さる、刺さる、刺さる。

 刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺さる刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺―――――――――。


 一本残らず、全ての短剣がライドの背中を蹂躙した。


「っ――――――」


 言葉がでない。何もできない。

 優位に立っていたわけではない。それでもあのライドのこのような姿を誰が想像できようか。

 あまりの光景を前に、メリサは呆気にとられていた。

 けれど。


「何故……」


 惚けたような状態になっているのは、彼女だけではない。

 見るとフレデリックの表情は両目を見開き、信じられないと言わんばかりなものになっていた。

 それは明らかに勝利者の顔ではない。


「何故、何故、何故、何故……」


 一歩ずつ、一歩ずつ、後ろへと後ずさりながら彼はライドから距離を取る。

 恐れ、慄いているかのような姿。

 そして、彼は言う。


「何故、そんな状態になっても、死んでいないのですかっ!?」


 え……? とメリサは思わず心の声を口にしてしまう。

 驚愕の一言が放たれたと思うと、聞きなれた声音がメリサの耳に入る。


「いや、これは油断した。最初に防いだ攻撃を今度はこちらの動きを封じ、数を増やした上で行うとは。最初に挫いた手段なのだから二度は使っていこないという慢心の結果だな、これは。やはり、俺もまだまだ修行が足りん」


 ライドは背中に無数の短剣を刺されている。

 ライドは口から大量の血を流している。

 ライドは普通ならば即死の傷を負わされている。

 しかし。

 それでも彼はいつものように、変わらぬ口調でしゃべり続けていた。


「ライド、様……?」

「ん? ああ、また不思議そうな顔をしているな。何、心配することはない。これしきのことで俺は死なん」


 何気なく、呆気なく、まるで本当に何事もなかったかのようにライドは言う。いや、言葉を口にするだけではない。体勢も全くぶれることなくその場に立っているのだ。本来なら呼吸することすらままならないはずだというのに。

 その姿があまりに異様だったためか、メリサはそれ以上何も言葉を口にすることができない。

 しかし。

 この状況に納得がいかない者はそうはいかない。


「どうして、どうして、どうして、どうしてっ!? こんなことが起こり得るのか!! こんな不条理が、不毛が、不可能が!! あっていいというのか!!」


 現状を前にフレデリックは怒りの言葉を吐く。それは己の攻撃が通用しなかったからではない。死ぬはずである運命を捻じ曲げられたかのような事実に憤慨しているのだ。

 そんな彼にライドは口を開く。


「そう癇癪を起こすな、殺人鬼。お前の作戦は見事だったぞ。実際、俺をこんな姿にしたのだからな。短剣とは言え、体中に傷を負わされるのは数十年振りだ。それは誇っていいことだ。それとな、不条理だの不毛だの不可能だの言っているが、別段、俺は不死身ではないぞ? ただ単純に死ににくい身体なだけだ。お前の判断に間違いはない」


 諭すような言葉はしかして殺人鬼にとって何の慰めにもならない。むしろ、それが返って彼の怒りに油を注ぐ。


「屈辱、屈辱、屈辱、屈辱!! 敵にそんなことを言われてしまってはワタクシの立つ瀬がない!! これを払拭するにはあなたを殺さなければいけない。ああ、だというのに、だというのに、だというのに、だといのに!! 今のワタクシではあなたを殺すことはできないというのが分かってしまう!! ああ、なんと腹立たしいことか!!」


 フレデリックは理解していた。今の自分の装備では、これ以上戦い続けたとしても、目の前の男をしに至らしめることはできない、と。

 何故、どうして、殺せないのか。それは分からない。だが、彼の本能が言っているのだ。

 傷つけることは可能だ。攻撃を浴びせることもできる。けれど、その生命活動を停止させることができなければ意味がない。そうしなければこちらが殺される、という以前に殺せないという事実が殺人鬼の誇りが許さないのだ。

 かといって、狂人の殺人鬼ですらこの状況下ではただの人間に過ぎず、打開策も存在しない。

 激昂するフレデリックの周りに無数の短剣が集まり、彼を中心として回り始める。


「仕方ありません……今日はここで退くとしましょう」

「ほう。もう終わりか。俺としてはもう少し付き合ってもいいのだが」

「ワタクシとしてもそうしたいところですが、今の装備ではあなたを殺しきれない。それでは意味がない。ワタクシが殺人鬼。殺すことが生きがいであり、生き様。故に次は、必ず、必ず、必ず、必ず!! 殺して差し上げます」

「そうか……ならば、再戦を楽しみにしているぞ、殺人鬼」


 フレデリックの宣戦布告に、ライドは不敵な笑みで返す。

 そして次の瞬間、短剣が四方八方へと散らばられ、メリサは一瞬目を逸らすと、既にそこにフレデリックの姿は無かった。

 こうして、怪人と狂人の戦いは一先ず幕を下ろしたのだった。

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