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勇者の師匠  作者: 新嶋紀陽
第一章
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「旅に出る?」


 突然と、リッドウェイがそんな事を言い出した。

 当の本人はと言うと、早速荷造りといって荷物をまとめていた。


「何言ってんだ? お前、とうとう頭がやばくなったか」

「いやいや、ちゃんと普通に働いてますよ。ってか、勇者を弟子にしたんだから、魔王退治の旅に出るのは当然でしょう?」


 確かに、それは一理ある。

 勇者と言えば、旅をするものだと昔から決まっている。その旅の中で様々な経験を積み重ねていき、それが勇者を成長させていくのだ。

 今のシナンに足りないものはいくつもあるが、中でも経験は一番足りていないだろう。何せ、旅をしてまだ一ヶ月も経っていないらしいから、経験豊富なわけがない。そういった意味で、旅をさせるのは良いことだとは思うが。


「ギルドの仕事はどうすんだよ」

「仕事なんて、どこでも出来ますよ。幸い、うちは人数少ないから、ちゃんとした定位置がなくても大丈夫なんですよ」

「ここはどうすんだ? 売りに出すのか?」

「まさか。流石にそこまでは言いません。ここにはかなりお世話になりましたからね。一応、友人に頼んで、ここの世話を頼んでます」


 いつの間に、とベルセルクが呆れた。こういう事に関してだけは人一倍早い。


「あの~……」


 二人が口論している中、申し訳なさそうにシナンが割って入る。


「お二人はギルドに入ってたんですか?」


 そういえば、シナンには二人がギルドの人間だとは言っていなかった。

 ベルセルクはシニカルな笑みをしながら、それに答える。


「まぁな。超最小のギルドだけどな」

「何せ、人数が二人しかいませんからねぇ。そんなギルド、滅多にないと思いますよ」

「二人って……普通、ギルドって最低でも五、六人くらいで作りますよね?」


 そう。前にも言ったかもしれないが、ギルドとは通常、五人以上でやるのが普通だ。別に二人でやるというのが悪い訳ではないが、人数は多い事に越したことはない。


「普通は、な。俺たちは生憎と『普通じゃない』から別に構いやしねぇ」


 ふ~ん、とシナンは一応、頷いた。


「じゃあ、名前は何て言うんですか?」

「……、」


 言うと、ベルセルクは無言で明後日の方角を向いた。

 どうしたのだろう? とシナンが首を傾げていると。


「ないんですよ、名前」


 不意に、リッドウェイが言う。


「ないって、ギルドの名前がですか?」

「へい。元々、あっしらにはネーミングという才能がなくて、なかなか良いものが思いつかなかったんす。で、もうなくていいや~みたいな感じになりまして」

「で、でも、仕事を受ける時とか、困るんじゃないんですか?」

「いや、そこはダンナの出番ですよ。『狂剣』ベルセルクは結構有名だから、ベルセルクがいるギルドっていえば、仕事はある程度入ってきやす」


 確かに有名な剣士がいるギルドなら、仕事は入るだろう。大陸とまではいかないが、この辺りではベルセルクはそれなりに有名な剣士だ。

 だが、やはり名前がないのはちょっと困りはしないだろうか?


「ちなみに、どんな案があったんですか?」


 ちょっと気になったシナンはリッドウェイに訊いてみた。

 すると、リッドウェイは突然口を噤ませた。この反応からすると、相当変な名前らしい。

 ちらりとベルセルクの方を見る。どうやら、自分にネーミングセンスがない事に少々そっぽを向いているのだろう。

 何だか子供だな、とシナンは少し思った。


「でも、やっぱり名前はあったほうが良いと思いますよ?」

「ん~、そうなんすけどねぇ」

「だったら、お前が決めてみろ」


 えっ? とシナンは驚きの言葉を吐く。


「お前も今日からうちの一員になるんだったら、考えてみろっていってんだ」

「え、ええ~……でも、僕そういうのはちょっと……」

「うるせぇ。名前がある方がいいって言ったのはお前だろうが」


 確かに、とシナンは肯定する。

 言い出したのは自分なのだから、まぁ一応考えてみる。

 う~ん、と呻きながら頭を悩ますと。


「……『激昂の狼(ブレイジングウルフ)』……とか、どうでしょうか? ほら、狼って何だか師匠のイメージにぴったりだし、それに……」


 一瞬、ベルセルクを見る。

 ん? としわを寄せるベルセルク。

 シナンは思う。もし、ここで「師匠がいつも怒っているような顔してるから」とか言ってみたら、拳が飛んでくるのは間違いない。

 数拍の後、シナンは言う。


「……やっぱりやめましょうか」

「おいこら、大体何言おうとしてたのかは、予想がつくぞ。どうせ、いつも俺がイラついてる顔してるからとか、そういう事だろうが」


 思っていたことをそのまま言われたので、シナンはひやっとした。


「そ、ソンナコトナイデスヨ」

「何で片言になってんだよ」


 と言いながら、ベルセルクはシナンの頭を殴る。


「イタッ!?」

「次言ったら、マジで潰すぞ」


 その言葉には、どこかしら黒いオーラのようなものが見えた。

 どうやら、相当気にしているらしい。なら、直せばいいのに、と思ったシナンだが、これ以上言えば何をされるか分かったものではない。

 しかし、その隣にいるリッドウェイは、いつにもない真剣な表情になりながら、こんな事を言い始めた。


「『激昂の狼(ブレイジングウルフ)』……うん。これはいいかもしれません」

「……おい、リッドウェイ。まさか本当にそれにするつもりか?」


 確認のために訊いたベルセルクだが、どうやらそのつもりらしい。


「なに言ってんですか。言ってみろって言ったのはダンナですよ?」

「言ってみろといっただけだ。何も、それを採用するとはいってねぇ」

「それにしても、あっしらのよりは随分マシなネーミングですよ。何かダンナにはぴったりだし」

「……お前もか」


 呆れながら、ベルセルクはため息をついた。

 まぁしかし、名前がないというのは不便な話だ。今までは一箇所に留まっていたから別によかったものの、これからはいろんな場所へ行かなければならない。ならば、名前があった方が良いというのは、ベルセルクも同意するところだ。

 別段、そこまで否定するようなものでもなかったので、ベルセルクは踵を返しながら。


「ったく、もう何でも構わねぇよ」


 といって、ベットに寝転んだ。

 そして、眠りについたのだった。


 *


 翌日、奇妙な旅が始まった。

 一人は長身で体格のいい赤髪の男。

 一人は男の姿をした、背の小さい女の勇者。

 一人はボロっちぃ茶色のマントを羽織っている男。

 そんな、三人の旅が始まったのだが……。


「魔王ってどこにいるんだ?」


 まず、そこから躓いた。

 まぁ、無理もない話だ。一般人で、魔王を見たなどという人間はまずいないだろう。魔王がどこに住んでいるのか、また、どんな姿をしているのかも誰も知らない。

 という事で、シナンに訊いてみることにしたのだが。


「え~っと……どこでしょうか?」


 ズコッとこけそうになった。

 勇者が魔王の居場所を知らないとは、一体どういう事だ?


「王宮から出るときにここを目指せとか、言われなかったのか?」

「ええっと……とりあえず、頑張れとしか言われてませんね」


 何て使い道もねぇ応援だ、とベルセルクは思う。


「んじゃあ、今までお前はどこを目指して旅してたんだ?」

「それは………………勘?」

「「………………」」


 アホだ、と一蹴する二人。

 いや、どうして勘で旅をするのか、その心境が分からなかった。というか、それでよく今まで生きてこられたものだ。

 仕方がないので、情報通のリッドウェイに訊く。


「リッドウェイ。お前でも分からないのか?」

「流石にそればっかしは……」

「ちっ、使えねぇ」

「そ、それはひどすぎですよ~」


 あまりにも理不尽な言い様に、リッドウェイは半泣きになる。

 そんなリッドウェイを放っておきながら、ベルセルクは考える。

 目的ははっきりしているが、そこへいく道筋を知らないのは、計画性がなさすぎる。元々ベルセルクはそういったものとは無縁の関係なのだが、魔王の居場所ぐらいは知っておかなくてはならない。シナンのように、勘で旅をするわけにもいかないので、どうしたものかと悩む。

 そこで、ハッと何かを思い出したかのようにリッドウェイが復活した。


「そういえば、リドリアーナの街で、誰かが魔王の居場所を探してるって変な噂を聞いたことがあります」

「リドリアーナ……あそこか」


 『リドリアーナ』。このアルタイラから少し東の方にある街。

 山の近くにあり、田舎のわりには結構な人口がいる、活気あふれた場所だ。

 以前、ベルセルクも仕事で行った事がある。滞在期間はそう長くはなく、それほど詳しくはない。

 そういえば、あの街には『あいつ』がいたはずだ。もしかすれば、話ぐらいは知っているかもしれない。


「まぁ、どうせ情報が全くないんだ。行ってみるしか他ねぇだろ」


 そういう訳で、とりあえず三人の目的地は『リドリアーナ』になった。


 *


 街の活気が、肌で分かった。

 そこら中に人がわんさかいて、露天や店を見て回っている。見た目は様々で、武装した傭兵からどこかの主婦までと、とにかくいろいろだ。商売人はその人だかりを自分の所に寄せようと、声を張り上げて、客寄せを行っていた。


「人は結構いますね」


 淡々と見た感想を述べるシナン。


「まぁな。前に来たときも、こんな感じだった」

「え? 師匠、ここに来たことあったんですか?」

「仕事でな。すぐに立ち去ったから、そこまで詳しいわけじゃない」


 へぇ、とシナンは意外そうな顔をする。しかし、よくよく考えてみれば、ギルドのような仕事をするのだったら遠出もおかしくはない。

 などと考えていると、リッドウェイが走ってきた。


「宿をとってきましたよ」

「ごくろう」

「で? これからどうしましょうか?」


 とシナンが話を切り出す。


「とにかく、情報収集だな。リッドウェイ。どれくらいで聞きだせるか?」

「三日あれば、十分だと思いますよ。まぁ、ガセじゃなかったらの話ですけど」

「そうか。なら、ガセだった場合は、お前の顔を原型を留めないほど殴るまでだ」

「ちょっとぉ!! それはおかしいんちゃいますか!!」


 と変な言葉でツッコミを入れるリッドウェイ。時々思うのだが、やはりその口調はおかしいと思うシナンであった。


「元々、お前の情報から来たんだ。だったら責任持つのは当然だろうが」

「うっ……ダンナは時々筋が通ってる事言うから、かないませんよ」


 うな垂れるリッドウェイ。

 そんなリッドウェイにシナンが近づいて。


「頑張ってくださいリッドウェイさん。後で、おいしい料理を作ってあげますから」


 満面の笑みで、囁いた。

 すると。


「ぬぉぉぉおおお!! 頑張ってきまぁぁああす!!」


 突然と切り替え、即座に情報を集めに走っていった。

 相変わらず、単純な奴だ。


「何だか、ものすごく元気になったみたいですけど……」

「気にするな。ああいう奴なんだ」


 どこか冷淡に言うベルセルク。

 そして、歩き出そうとするとシナンに服を掴まれ、止められた。


「何だよ」

「どこに行くんですか?」

「どこって……宿に決まってんだろうが。早く寝てぇんだよ、俺は」

「僕の修行はどうなるんですか!」

「知るかっ。んなもん、自分でやってろ!!」

「それじゃあ弟子になった意味、ないじゃないですか!!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎ出すシナン。どうやら、ベルセルクに修行をつけてほしいらしい。まぁそのために弟子になったのだが、当たり前といえば、当たり前なのだ。が、ベルセルクにしてみれば、それは面倒以外の何者でもなく、はっきり言って、やりたくない。

 どうしたものかと思うベルセルク。

 仕方ない、と小さく呟きながら、息を吐いた。

 そして指をあさっての方向に指して、大声で叫んだ。


「ああっ!!」

「っ!?」


 何事だ、とシナンは驚きそちらを向いた。その瞬間に、シナンに隙ができてしまった。

 ベルセルクはその隙を狙って、すぐさま走り出した。

 どうしたんですか、と尋ねた時には、ベルセルクは遠くの方に逃げていた。


「あっ、ちょっと師匠!! どこに行くんですか!!」


 大声で呼びかけるシナンだが、ベルセルクは止まる気がない。

 よって、シナンはベルセルクを追いかける事にしたのだが、追いつく気配がなかった。

 その日は結局、シナンはベルセルクに逃げられ、修行をつけてもらえずじまいだった。


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