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勇者の師匠  作者: 新嶋紀陽
第三章
66/74

 後日談の話になるが、ウールとの戦いの後は本当に大変だった。

 まずはベルセルクの治療。肋骨やら色々な骨にひびが入っていた彼は本当に死んでもおかしくない状況であった。そんな彼が生き残れたのはひとえにギルバートが寄越した医者のおかげだろう。そして絶対安静一ヶ月を言い渡される。医者の談によれば「一ヶ月でも奇跡的な方」と言われており、彼の体のつくりに関して妙な興味を抱いていた。しかしここで問題なのは絶対安静のことや医者が妙な興味を持ったことではなく、ベルセルクという男が一ヶ月もの間ベットの上にいるのかどうか、という点。無論答えは否である。彼は隙あらば外に出ては酒を飲みに行ってしまう。そのせいで傷が悪化することはなかったが、あまりに非常識な態度なためシナンが何度も叱っていた。無論、そんなものは馬の耳になんとやらであり、ベルセルクは全く取り合おうとはせず、その態度に怒ったシナンがまた叱る、といった無限ループが繰り返されるハメになってしまった。ちなみにではあるが、リッドウェイの方はなんやかんやで完全回復した。

 そして一ヶ月余りが経過した頃。

 ベルセルクはギルバートの部屋へとやってきていた。


 *


「これが貴様らへの報酬だ」


 ギルバートはいつものように上から目線の口調で言う。みると机の上には金貨が入った袋が確かに置いてあった。

 しかし、ベルセルクはその袋を見ながらムッとした表情になる。


「……何だかやけに少ない気がするが?」


 袋に入った金貨。それは確かに最初にギルバートが提案していた契約料としては少ない。とは言えそれでも十分すぎるほどのものなのだが。

 ベルセルクの質問に対して分かっていたかのような顔をしながらギルバートは言う。


「これでもあるだけのものをかき集めたんだ。何しろ、色々と修理費やら治療代やらが重なってな。こちらからしてみれば赤字にならなかっただけでも良かったと思っている。まぁ、その修理費やら治療代の半分以上はそちらがやらかしてくれた後始末の金なんだがな」


 それを言われれば流石のベルセルクも何も言えない。確かにウールや黒服連中が夜襲に来た時は周りのことを考えずに勝手気ままに戦ったせいもあり、色々壊した記憶がある。さらにベルセルクとリッドウェイに関して言えば治療代もギルバートから出してもらっていた。その分を差し引いた、と考えれば当然の結果なのだが……何とも納得がいなかいのは何故だろうか。

 しかし、もはや終わったことだ。これ以上追求したところで何が手に入るわけでもない。ベルセルクは仕方なく金貨の入った袋を懐に入れた。


「さて……これからどうするんだ? 言っていたように『クーパー』へ行くつもりか?」

「ああ。そこに俺達……とくにシナンが知りたいことがあるらしい。取り敢えずはそこに行くことが目的だな」


 ウールが言った真実。黒服達の正体が『アスタトラル』から来た暗殺者という話。あれがどういう意味なのか、シナンは勿論ベルセルクも知る必要がある。ウールが嘘を言った、などという可能性は皆無だ。彼女があの場面で嘘をつく理由などあるわけがないし、そもそもそういう人間ではない。

 黒服達、そして勇者の真実を知るためにもジャックと名乗ったあの青年。不思議で不気味で怪しげな彼が言った森林の国『クーパー』に行かなくてはならない。

 そうか、とギルバートは呟きながら少し間を置いて再び口を開いた。


「ここもまた静かになる、というわけか」

「寂しいか?」

「まさか……と鼻で笑ってやりたいが、そういうわけにもいかないな。実際のところ、貴様達がいたこの数ヶ月はまぁそれなりに楽しかったと思っているよ」


 不意打ち、というのだろうか。ギルバートからそんな言葉が聞けるとは思っていなかったベルセルクは珍しく目を丸めた。しかし、すぐにいつも通りのニヒルな笑みを浮かべながら皮肉を口にする。


「あんたからそんな言葉が聞けるとはな」

「そうだな。どうやら俺も血の通った人間だったらしい」


 皮肉を自嘲で返すギルバートの顔は、しかしてとても嬉しそうだった。

 そんな彼に水を差すような質問をベルセルクは敢えてぶつける。


「……あんた、あのチビメイドとこれからどうするつもりだ?」

「どうする、か。さぁな。なるようになる、としか思っていない」

「これはまた随分と大雑把な答えだな」

「実際、人生なんてそんなもんだ。ちゃんとした答えが分かる奴などそうはいない。そして俺は例に漏れずただの人間だ。なら、何となく考えて生きていくしかないだろう」


 ちゃんとした答え。そんなものが分かっていたのなら人間は誰も迷わないし、道を間違えない。しかし逆説的に考えれば、迷わないように間違えないように人は考え行動するとも言える。そして、それは人が先へ進むために必要なものということになるのだろう。

 そのためにもまずは立ち止まるのではなく、進む。

 それが例え「何となく」というあやふやなものだったとしても。


「それにだ。何だかんだで俺とあいつは兄妹だ。なら何とかやっていけるだろうさ」

「そういうもんかねぇ」

「そういうもんだよ、人生というやつは」


 あやふやな答えに、しかしてベルセルクは何故だか納得してしまった。

 この男は以前のギルバートではない。口では色々言っているが、きっと妹と共にちゃんと生きていく覚悟を決めたのだろう。自分が恨まれようが、憎まれようが、それでも共に生きていく。そういう決心を改めて心に誓った。そういうことだろう。


「ただ、まぁ一つ言えることがあるとすれば……俺がこうなったのは貴様らのおかげだ。本当に心から礼を言う」

「……はっ、それこそ勘違いだろうが」


 ギルバートの感謝の言葉にベルセルクはいつも通りの返しで答える。それは下らないと思ったからか、それともただの照れ隠しなのか。それは分からない。

 ただ彼は一つの事実を口にする。


「あんたらが変わったのは、どこぞの馬鹿のせいだよ」


 そして、その馬鹿のせいで変わったのは彼らだけではないと思いながら彼は窓の外を見つめていた。


 *


 一方その頃、どこぞの馬鹿ことシナン・バールはちょっとした一大事に巻き込まれていた。


「ここに残ってくれ、シナン」


 炎のように美しい赤髪を持った少女に言い寄らる少年、と第三者からしれみればそういう風に見える光景が屋敷の庭にあった。

 大事な話があると言われてアリシアの呼ばれたシナンだったが、その内容に戸惑いを隠せなかった。

 取り敢えず、彼女は再度確認を取ることにする。


「残ってくれって……どういうこと?」

「言葉通りの意味だ。ここに残って用心棒を続けてくれ」


 やはりそのままの意味だった。


「……どうして残って欲しいのか、その理由を聞いてもいい?」

「どうしてって、それは、その……お前が……だからで……」


 シナンの問いに対して急に声が小さくなり、もぞもぞとしだすアリシア。シナンはアリシアの不思議な態度に小首を傾げていた。するとその反応が気に食わなかったのか、アリシアはムキッとなり怒鳴り散らすように言い放つ。


「お前が、私の、初めての、友達、だからだ!!」


 瞬間、アリシアの顔がまるで林檎のように真っ赤に染まっていく。

 言われたシナンはといえば一瞬ポカンと口を開けて呆けていたが、何を言われたのかを理解した時、思わず笑ってしまった。


「なっ、何がおかしい!!」

「いや、別におかしいから笑ったんじゃないよ。ただちょっと嬉しくて。面と向かって友達だ、なんて言われたのは初めてだから」


 なっ、とアリシアの顔が自身の髪と同じ様にさらに赤くなっていく。

 しかしシナンが言ったことは事実だった。別に彼女に友達がいなかったとか、親しい人物がいなかった、というわけではないが、こんな風に真正面から自分のことを友達だ、なんて言ってくれる人はいなかった。

 だからこそ、アリシアの言葉は本当に嬉しかった。

 だが、それでもシナンが選択する答えは変わらない。


「ごめん。アリシアちゃん。僕はここに残ることはできない。やらなきゃいけないことがあるんだ」

「やらなきゃいけないこと?」

「うん……最初はね、巻き込まれた形だったんだ。無理やり決められて、押し付けられて、嫌だなって思うことは何度もあった。でも負けっぱなしはもっと嫌だったからいつか見返してやるって頑張ってきたんだ」


 勝手に勇者に選ばれて、男装させられて、旅に出されて、文句は一つや二つじゃ収まらない。だけど、嘆いていても何も始まらない。だから彼女は努力することにした。努力して、強くなって、いつか皆に認めてもらえるように。


「嫌なことだけでもなかった。おかげで僕は師匠に会うことができた。リッドウェイさんに会うことができた。そして、アリシアちゃん。君にも会うことができた」


 ここまで何人もの人に会ってきた。旅に出たおかげで、彼女は今まで自分が知らなかったことを知ることができたし、自分じゃない他人がどう考えているのかを学ぶことができた。だからこの旅が無駄だったとは思わないし、思いたくない。

 ただ、それでもシナンは今まで逃げてきたことがあった。

 勇者とは何か。魔王を倒す存在。ただそれだけのものだと思っていた。思い込んでいた。その意味を、その役割を正しく理解しないまま、彼女はここまで来てしまっていた。

 

「でもね、僕は知らなきゃいけないことがあるんだ。今までそれを何となく分かっていた気になっていたけど、でもそれじゃダメなんだって思い知らされた……もう無知でいられる時間は終わったんだ」


 自分を殺そうとした黒服達。その正体が自分を勇者にした、祖国からの刺客だった。それはシナンの心を揺らがせる大きなモノだった。

 自分を選んだ者達が何故殺そうとするのだろうか? 自分が勇者であることに不満を持った者達が殺しに来た? それとも何か別の理由? そもそも勇者とは、聖剣とは一体なんなのか? 分からない。分からないことだらけだ。そして分からないままシナンは今までただがむしゃらにやってきた。

 しかし、それはもう終わりだ。


「真実っていうのが何なのか、僕には分からない。僕が想像しているよりもさらに残酷かもしれない。でも、でもね……ここで何も知らないフリをし続けるのは僕にはできない。師匠曰く、僕は馬鹿だから」


 知らない知らない、何も知らない。そんな風に生きていけたらどんなに楽なのだろうか。

 けれどもシナンはその道を敢えて選ばない。残酷かもしれない、自分にとってこれ以上ない程の苦しみを与える真実かもしれない。それを彼女は知ろうとしている。

 それはやはり馬鹿なことであり、阿呆なことであり、愚かなことなのだろう。

 だが、シナンはそれで良かった。それこそ、ベルセルク・バサークの弟子らしいではないか、と。

 だから。


「だから……ごめん」


 自分のことを友人と言ってくれた赤髪の少女に対し、勇者の少女は頭を下げる。

 そんな姿を見せられたアリシアははぁ、とため息を吐いた。


「全く……お前の真面目さにはほとほと呆れる。呆れすぎてもう何もいう事がない」

「アリシアちゃん……」

「もう何も言うな。お前の決心が堅いことは十分分かった。なら、さっさとそのやるべきことをやってこい……それでだな、もし、その……やるべきことが終わったら……」

「うん。また会いに来るよ。その時は、お兄さんともうちょっと仲良くなっておいてね」

「なっ!? 何故今になってあいつの話題が出るのだ!!」

「アリシアちゃん、お兄さんに向かってあいつはダメでしょ」

「フン、あんな奴はあいつで十分だ!! 大体だな……」


 ぷんすかと怒りながら自らの兄への苦言を垂れまわすアリシアにシナンは微笑で返す。

 勇者のことや黒服達のこと、それから自分が置かれた状況。色々考えなければならないことは多く、そしてそれ同じく知らなければならないことがある。

 だけど。

 けれども。

 今、この瞬間だけは、それを忘れてもいいだろう。

 ただの一人の少女として、友人として、シナンはアリシアの話に最後まで付き合ったのだった。


 *


「そうしてあっし達は見事依頼を果たして次なる目的地へ向かうのであった。めでたしめでたし」

「死ね」


 ヒュン、と剣が空を斬る。

 実際は先程までリッドウェイがいた場所を、だが。


「危なっ、てかダンナ!! 死ねって言って本当に剣を振るう人がいますか!! 殺す気ですか!!」

「いや、実際その通りなんだが」

「えっ、何ですかその真顔は。逆に怖いんですけど。あっ、さては久しぶりのツッコミだからやり方を忘れたんでしょう? もう仕方ないっすね、ダンナは……」

「死ね」

「命の危機再びっ!?」


 再び空を斬る……というかリッドウェイの服の端を斬ったのだが……まぁそんな戯れ事をしながらベルセルク達は森林の国『クーパー』へと向かっていた。

 その道中、何故か元気になっていたリッドウェイがこの機を逃すものかと言わんばかりな勢いで色々とうざいことを連発してくるおかげでベルセルクの体力は些か疲れてきている。リッドウェイ曰く「久しぶりの登場」「というか終結部分でハッチャケるなという方がおかしい」などといつも以上に意味不明なことを言い出してくるので、いつもより余計にツッコミに力を使ってしまうわけだ。

 それは置いておくとして。

 ベルセルクにはもう一つ気がかりなことがあった。

 ふと、後ろに目を配ると俯いたシナンがそこにいた。


「……、」


 腐っている、わけではない。彼女はそんな性格はしていないし、やわではない。恐らく色々と考えごとをしているのだろう。今回はベルセルクから見ても色々ありすぎたと思える。貴族の護衛をしていたかと思えば昔の相棒が出てきたり、さらには変な黒服連中が出てきたり、、挙句その黒服連中はシナンの故郷である『アスタトラル』からの刺客であったりと、多くのことがありすぎた。

 特に黒服連中のことはシナンにとっても、ベルセルクにとっても重大なことだ。今まで何も考えてこなかったが、自分たちはもしや何やらよからぬ企みに巻き込まれているのではないか。そんな疑念がベルセルクの頭を過ぎった。そして、それは恐らくシナンも同じことを考えたに違いない。

 だが、考えたところで何ができるわけでもないし、答えなど出せるわけもない。

 自分たちは何も知らない。知らずにここまで来てしまっていた。それがどれだけ愚かなことなのか、いや愚かしさで言うのならば自分達らしいといえばらしいが、しかしだからと言ってそのままで、というわけでにもいかない。


(だからこそ、答えがある場所へ向かっているわけだが……)


 森林の国『クーパー』。そこにいるという森の魔女。その女が何を知っているのかは分からないが、しかしシナンにとって良い真実などということはないだろう。確実に彼女にとって辛い事実が待っているに違いない。そして、シナンもそれを理解している。

 こういう時どうするべきなのか……大体は予想はできる。リッドウェイもそれが分かっていて先程から馬鹿な真似をしているわけだ。だが、それはベルセルクのやり方ではない。


「おい、シナン」

「? 何ですか、師匠」


 だからこそ、ベルセルクは別の方法を取ることにする。


「本当に行くのか?」


 再三による問いかけ。在り来たりではあるが、しかしてベルセルクが取れる行動として現状、これ以外のものはなかった。

 そして、その答えは大体分かっている。


「はい。行きます」

「どうしても、か」

「くどいですよ」

「……多分、というか絶対にロクなことは分かりゃしねぇぞ」

「でしょうね。けど、そこから逃げる、なんてことはできませんよ。だって」


 一拍置きながら小さな勇者は自信を持って答える。


「だって僕は師匠の弟子なんですから」


 その答えにベルセルクはただ「そうか」と無愛想に返しただけだった。

 馬鹿な話だ。どこまでも馬鹿な少女の愚かな話。真実なんてものはいつだってロクなことなどないのだ。それをわざわざ知ろうとするなど愚か者のする行為だ。

 しかし、何の因果か彼女はその愚か者の弟子なのだ。ならば彼女の行為はある意味間違っていないと言えよう。

 ならば、だ。その愚か者の師匠はどうするべきか?

 答えは簡単だ。


(同じ様に、愚行を共に進むことだ)


 それが、それこそが彼女の師匠としてベルセルクがやれることだと思ったから。例えそれがどんな道であったとしても、最後まで付き合ってやればいい。それだけの話だ。

 そうして。

 馬鹿と阿呆と愚か者はいつものように三人並んで前へと進むのだった。

ようやくです。ええ、ようやく三部の終了です。

長かったです。本当に長かった。色々ごたついてしまい、何度も更新が止まってしまったことをここでお詫び申し上げます。

今後も不定期ですが、続けていきたいと思いますので、感想、ご意見、批判等、何でも良いので、どうかよろしくお願いいたします。

それでは。

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