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勇者の師匠  作者: 新嶋紀陽
第三章
58/74

18

 剣を抜き、そして戦いが始まってからかれこれ十数分が経とうとしていた時、シナンは息を荒げていた。額にはびっしり汗をかいており、頬を伝って地面へと落ちていく。かなりの量ではあるが今はそんなことを気にしている場合ではない。

 足に力を入れ、前へと踏み込む。狙うは目前で不敵に笑っているウール。

 間合いを一気に詰め、彼女目掛けて剣を横一閃に振るう。剣はすでにウールの体、もっと詳しくいうなら腹部を狙っていた。

 入った、とシナンは確証する。どれだけ速い動きをしても、これを避けることはできないはずだ。しかし、ウールという殺人鬼はシナンの考えよりも遥か上を行っていた。

 自信の満ちたシナンの一撃。ウールはそれを軽々と親指と人差し指で挟み、受け止めた。避けるどころか、彼女は一歩も動かずにシナンの攻撃を防いだのだ。

 驚愕するシナンにウールは言う。


「どうした? んな程度の攻撃じゃあオレに掠り傷一つ付けられねぇぞ」

「くっ……!!」


 指を振り払い、シナンはそのまま後ろへと下がりウールと距離を取る。

 戦いが始まってからこの調子だ。いや、そもそもにしてこれは戦いと言えるかどうかすら怪しいものだ。

 こちらが攻撃し、ウールがそれを避けるか先程のように受け止めるか。どちらにしろ、彼女自身は攻撃をしようとしない。まるで子供扱いだ。

 そしてシナンは思い出していた。この感覚を。そうだ。あれはベルセルクと初めて会った頃の話。シナンはベルセルクと戦うことで彼の弟子になれるかどうか、試験をしたのだ。

 この状況はまさにその時と似ている。嫌という程に似ている。

 こちらが一方的に攻撃をしているというのに、汗まみれになりながら賢明に相手の隙をつこうとしているというのに、それをまるで無駄な行為と言わんばかりに一蹴する。

 強い相手だ、とは思っていた。しかし、それを現実として叩きつけられるというのは思っている以上にきついものだった。それもベルセルクと同じやり方でというのが余計に腹立たしい。

 シナンはベルセルクとの修行、そして旅の中での戦いで多少なりとも強くなったと思っていた。その証拠に魔人との戦いではそれなりの成果を上げていた。

 だが実際はどうだ。目の前の的に攻撃を一切与えることができず、ただただ体力を削られていく。

 滑稽。今この状況を一言で表すとするのならその言葉が一番しっくりくるだろう。ここにベルセルクがいればシナンのことを馬鹿呼ばわりしていたはずだ。この場合、シナンは何も言い返せそうにないのでいなくて本当に良かったと思っていた。

 何はともあれ、相手がどれだけ攻撃を避けようが何をしようがシナンの取るべき行動は一つしかない。

 即ち、剣を振るうという行為。


「やああああっ!!」


 声を荒げながらウールの元へと突っ込んでいく。そして研ぎ澄ました自らの刃を真っ白な肌目掛けて斬りつける。

 そうだ。何を考えることがあるというのだ。考える暇があるのなら体を動かせ。思考する時間があるのなら剣を振るえ。一々迷っていては目の前の敵に勝てない。

 刃を研ぎ澄ませろ。そしてもっと加速しろ。そう体に命令しながらもシナンの攻撃は続いていく。

 そのせいか、全く当たる気配のなかったシナンの刃が徐々にウールの肌をかすっていく。その手応えはシナンも感じていた。

 だが、ここでおかしなことに気がつく。

 シナンは確かにかすった感触を剣から伝わる感触で実感している。しかし、見てみるとどうだ。ウールの体には掠り傷一つもついてはいないではないか。

 確かに肉を抉るような攻撃は未だに当たっていない。けれどそれでも血が出る程の傷程度は与えられたはずなのに彼女の体のどこにもその形跡はない。

 妙、というより変だと思ったシナンではあったが、しかしここで手を緩めても何の意味もない。

 相手が何だろうと関係などない。自分は全力で相手を倒すことだけを考える。ベルセルクならそうするだろうし、シナンもまたその選択肢を取る。

 振り下ろされるシナンの剣をウールは腕を交差し、枷の部分でその一撃を止める。


「はぁぁっ!!」

「っ、」


 ズシン、と大きな手応えがシナンの体に確かに伝わった。今の一撃は通じたはず。その証拠にウールの笑みが少々崩れた。それに対しシナンは何かしらの達成感を覚える。

 だが、それも一瞬の話。


「……ったく、今のは効いたぜ。体にどっしりときやがった。流石はあのベルセルクの弟子ってところか。ちょいとばかし甘く見すぎてたようだ」


 顔を伏せ、両腕の枷でシナンの剣を受け止めながらウールは言う。

 この状況でこの台詞。何故だかシナンの嫌な予感を感じた。


「そんなわけで、ちょっと本気出すわ」


 言い終わると同時、ウールはシナンを振り払う。交差した手を勢いよく開くだけという行為に、しかしシナンの体は吹っ飛んでいった。

 室内だったせいもありシナンは壁にぶつかった。体に衝撃が走るものの立てれない程ではない。

 体勢を立て直そうとしたその瞬間、シナンの眼前にウールの拳があと数センチという所まで迫っていた。


「っ!?」


 驚く前に体が反射的に壁から動いたおかげでシナンはウールの拳を避けることに成功。床を転がりながら今度こそ体勢を立て直し、剣をウールの方へと向ける。

 しかし、シナンの瞳に映ったのはあまりに信じがたい光景だった。

 先程シナンが叩きつけらた壁。その壁が無くなっていたのだ。正確に言えば壊されたというべきか。ウールが拳で殴ったとされる場所から中心に木っ端微塵に砕かれ、となりの部屋に繋がる大きな穴を作ってしまっている。

 たった一撃。たった一発。

 それだけの事で壁をぶち壊してしまうことから考えて、彼女の一撃は相当なものだと判断しなければならない。

 もしも先程の一撃を避けていなければシナンは確実にあの世に逝っていたことだろう。


「ほう……今の一撃を避けるとは、流石に速いな。反射神経もそれなりってところか」

「くっ……」

「何だよその目は。言ったろ、ちょいとばかし本気出すって。まさかオレが一切攻撃しないとでも思ってたわけ? オイオイ、俺はそんなに優しくて甘い性格してねぇぞ」


 小馬鹿にした口調にシナンは言い返せない。そんな余裕は今の一撃を見て無くなってしまった。

 正直、心のどこかで彼女は攻撃をしないと思っていたのかもしれない。何と甘い考えだと言われるかもしれないが、事実今の今までシナンが攻撃することはあってもウールが攻撃することは無かったのだ。そういった『錯覚』が出てもおかしくはない。

 シナンはもう一度、自分が今敵対している相手がいかに異常で異状な存在なのかを再確認した。

 こんなこと、もはや人間業ではない。いや、もはやウールを人間と同類を考えない方がいいかもしれない。

 こんな言い方はどうかと思うが、シナンにはウールが化物に見えてしまっている。

 シナンはいつも魔物と戦っている。魔物は化物だ。それは誰もがそう言うだろうし、その通りだと思う。そんな化物と戦っているシナンだが、目の前にいるのはそういう化物ではない。

 人間という枠組みの中で、これほどの脅威を持つものなどいるのだろうか。

 ベルセルクも相当強い。それはシナンも目にしてきて分かっていたことだ。どう考えても普通ではない彼の強さは『驚異的』であるのに対しウールの強さは『脅威的』と表現できる。

 どんな修行……いや、どんな生活をすればこんな力を持つことができるのだろうか。

 しかし、そこでシナンはある可能性に思いついた。

 これほどの異様な力を持つ存在をシナンは知っていたのだ。


「もしかして……貴方は魔人なんですか?」


 魔人。それはこの世で未だに魔力を持った者達。その存在はお伽話のように語り継がれており、シナンも実際に会ったのは二人だけ。そのどちらも普通ではない力を持っていた。

 シナンの質問に、しかしてウールはしかめっ面になってしまう。


「ああ? オレが魔人だぁ? ハッ、何の冗談だっつーの。何でオレがあんな陰険で腹黒な奴らと一緒にされなきゃなんねーんだよ。ふざけるのも大概にしろよ、そんなんだからオマエはチビ貧乳なんだよ」

「そのあだ名やめてくれません!? かなり頭にくるので!!」


 初めて会った時と同じ珍妙な名前で呼ばれてしまったせいでシナンは顔を真っ赤にしながら抗議する。確かにシナンは身長は低く胸もウールよりかなり小さいが、今の話とそれは全く関係ないと思われる。

 しかし、一方のウールはそんなシナンの言い分を無視しながら自分の話を進める。人の抗議を聞かないところはベルセルクによく似ているな、とシナンは思った。


「大体な、自分の理解できないことが目の前で起こったら何でもかんでも魔法だの魔人だの言うのはどうかと思うぞ? そんなんだとお前、インチキ商売にすぐ騙されるぞ」

「そ、そんなこと貴方に関係ないじゃないですか」

「ん……? ムキになっているところ見ると、さては既に騙された経験があるんだな?」

「……、」


 図星だった。

 実はベルセルク達と出会うまで、立ち寄った街で幸運を呼び込むと言われてる綺麗な石を買ったことがあるのだが、実際は幸運どころか、食い逃げと間違われるわ、妙な男達に絡まれるわ、挙句巨大な魔物に食われるわ、不幸ばかり呼び寄せる始末。しかもそれを買うために所持金の半分以上を使ったなど、口が裂けても言えるわけがない。

 だが、話の内容はともかくとしてシナンが騙されたという事実を読み取られてしまった。


「オマエ、ホンット分かりやすい性格してんな。まぁ、それがオマエの面白みでもあるわけだが」

「……それは貶してるんですか」

「褒め言葉だよ。オマエみたいな奴はそうそういないからな。正直、ここで殺すのは惜しいんだが……まぁ、仕方ないな。オマエはそこに立っていて、オレはここに立っている。故にオレ達は戦うわけだからな」


 余裕綽々と話すウールは、すでに勝者をきどっているように見えてしまう。いや、実際に彼女は自分が負けることなど予想していない。あれだけの実力を持っているのならそれも頷ける。

 けれど、それがシナンには腹立たしいことだった。

 ウールの眼中には自分など映っていない。ただの倒す……いや、殺すべき獲物としか捉えていないだろう。それだけシナンとウールには力の差が開いていた。

 この相手に勝つ確率はゼロに近い。それが事実であり真実だ。

 けれど、しかし、だからどうしたというのだ。

 負けるかもしれない? やられるかもしれない? 勝てる保証はない? そんなものはどこの世界にだってあるものだ。絶対に勝てることなどどこにもない。

 ならば逆に絶対に負けることもないのだ。

 少しでも可能性があるのなら、それを信じないでどうする。

 勝てると信じろ。自分は死なないと思え。

 自分を信じなければ、何事もなせるわけがないのだから。


「……先程、貴方は僕を殺すのが惜しいと言いましたね」

「? ああ、そうだが」

「大丈夫です、その心配はありません。だって、僕は死ぬつもりはないですから」

「……ほう」


 シナンの言葉にウールは笑みを見せる。

 それは小馬鹿にしたようなものではなく、何かしらの興味を持った眼。

 シナンはその目に向けて剣を構える。

 恐ろしい、とは思う。相手の実力は想像以上だ。けれどもここで諦めたところで自分には死が待っているだけだ。

 ならば、全力で抗うのみ。


「行きますっ!」


 瞬間、シナンは剣を真横一閃に全力で振るう。

 すると、その斬撃が空気を伝わり、ウールの元へと真っ直ぐ襲いかかる。


「なっ!?」


 これには流石のウールも驚きを隠せなかったらしい。

『裂風』。それはベルセルクの数少ない技の一つであり、飛ぶ斬撃だ。殺傷能力はないもののその威力は確かなモノだ。

 シナンは『裂風』が出た瞬間、心の中でよしっ!と呟く。正直成功する確率は低かった。なにせ、今のは完全な見よう見真似であり初めてやったのだから。

 ベルセルクの『裂風』をシナンは何度も見てきた。そして、修行の中で何度もそれを受けてきた。ベルセルクがどのようなタイミングでどのような力加減をしながら放っているのか。それを見て覚えたのだ。ただし、やはり真似は真似。本物程の威力はない。

 しかし、それで良かった。

 シナンは『裂風』を放ったと同時に駆ける。

 ウールは即座に跳躍し『裂風』を避ける。しかしそれはシナンの計算の内だ。速度も威力もベルセルクのものより劣るそれがウールに当たるとは思っていない。

 狙いはその次の段階。

 着地したウールに向けてシナンは振り上げた自らの刃を一気に振り下ろす。

 刃が掠ったにも関わらず、血を全く出していないその肌は恐らく通常の人間の肌より固いものなのだろう。ならば、小さな攻撃を与え続けるのではなく、巨大な一撃を一度に食らわしたほうがより効果的だ。

『裂風』ができたのなら、これだってできるはずだ。もう何度もその一撃を見てきたシナンは、それを放つ。

『裂破』。ベルセルクが最も使う技であり、必殺技とも言えるモノ。

 これも『裂風』と同じく本物と比べて威力は落ちている。しかし、この一撃にシナンは己の力の全てを注ぎ込む。

 先程と同じ、逃げることも避けることもできない距離。そして先程と違うのはシナンが放とうとしている一撃は先程とは比べ物にならないほど強大な一撃ということ。

 流石にこれを指で止めるなどということはいくらなんでも不可能だ。

 今度こそ、今度こそシナンは己の勝利を確信していた。

 だが。


「甘ぇ!!」


 ガギンッ!! と。

 鋼鉄が割れる音が室内に鳴り響いた。

 その表現は間違ってはいない。

 何せ、『剣』という鋼鉄が実際にシナンの目の前で真っ二つに割れたのだから。


「え……?」


 何が起こったのか分からない。目の前に映った光景を受け止められない。

 ウールがシナンの一撃を白刃取りの如く受け止めたのだ。ただし、彼女の拳はきっちりと握られており、その両拳で剣を左右から叩きつけたのだ。受け止めるためではなく、破壊するための行為。

 刃を受け止めることはよくあることであるが、刃を素手で砕くなんてことありえるはずがない。だが、現実はそれを実現させてしまっている。

 未だに現状を理解できずに混乱するシナンに、いつの間にか距離を詰めていたウールが耳元で囁く。


「……今のはマジでびっくりしたぜ」


 だから。


「これはそのお礼だ」


 瞬間、シナンの腹部に今までに感じたことのない強い衝撃が走る。

 それと同時に彼女の視界は一瞬にして暗闇の中へと落とされた。

 そして、シナンはひしひしと思う。

 自分は負けたのだ、と。

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