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勇者の師匠  作者: 新嶋紀陽
第三章
57/74

17

*きりが悪いので短くなってしまいました。

 そこにいたのは、見間違いようもない紫色の髪を持った殺人鬼・ウールだった。


「……どうして貴方がここに」

「おいおい、初っ端の質問がそれかよ。そりゃあ愚問ってモンだぜ。なぁ、勇者さんよ」

「っ!? どうしてその事を」


 自分が勇者だということを知っていたことに驚くシナン。そんなシナンを見ながらウールは楽しそうに笑っていた。


「まぁ、そう質問攻めにするなって。ここに来た質問だが、ちょいと手伝ってもらってな。表と裏でドンパチしている間に横からするっと入ってきたってわけ」

「師匠やリッドウェイさんの話だと、貴方はそういうことが嫌いな方だと聞いていましたが?」

「その通りだ。正直、誰かに何かを任すってのは性に合わないだよな。特に今回のようなことはな。こっそり殺しに来るような真似はオレのやり方に反する。だが……今回はちょっと事情があってな。そのやり方を捻じ曲げたってわけ」


 手枷をジャラジャラとならじながら頭をかく彼女の姿は面倒くさそうなことを押し付けられた子供のようだった。

 シナンは困惑していた。目の前にいる人間は全く読めない。何を考えているのか理解ができない。飄々とした雰囲気でとにかく掴みどころがないのだ。

 こうして見ると殺人鬼とは到底思えない。今は雑な服装であるが、それなりの格好をすれば絶対に似合うに違いない程整った顔立ちをしている。

 それに何より……と思いながらシナンはウールの胸部を見る。そして、ため息を吐いた。


「? どうした」

「……いえ、何でもありません」


 シナンのため息に思わず心配するギルバートだったが、それはシナンにとってそれはいらぬ世話であった。っというより、本音を言えば話しかけられたくなかった。


「……それでどうして僕のことを知っていたんですか?」

「ああー、それな。それは……秘密だ」


 ウールの言葉にシナンはついムッとなる。


「おいおい、何でもかんでも聞けば答えてくれる程、世の中甘くはないぞ。特にオレ達のような奴らはただで情報を教えるような馬鹿な奴はそうそういない」


 正論だ。しかし、それでもシナンのイラつきは収まらない。それを読み取ったのか、ウールは苦笑しながらシナンに話しかける。


「そう怒るなよ。まぁ、強いて言うならオマエはこっち側ではかなりの有名人だからな。嫌でも耳に入ってくるもんだ」

「有名人?」

「史上初の女の勇者。歳はかなり若い。正直、今の時代勇者なんてどうでも良いからこれだけじゃあ有名になることはできないわけだが……何せオマエにはとっておきの特典があるからな」

「特典? 特典って何ですか」

「だからよ、質問したら何でも教えてくれると思うなって。どうしても教えてく欲しいんなら、分かってるだろう?」


 拳の骨をポキパキと鳴らすウール。どうやら彼女は戦うき満々のようだ。正直戦い以外の道もあるかと少しばかり期待していたシナンだったが、その道は断たれた。ここまで闘志をむき出しにしている相手に戦うなというのは無理な話である。


「力づくで、というわけですか」

「単純明快で分かりやすいだろう?」

「その通りですね。でも、そういうことはあまり好きではないんで」

「? おかしな奴だな。オマエ、ベルセルクの弟子なんだろ? そういうのが好きじゃないんなら、何でアイツの弟子になんてなったんだ?」

「そんなこと、貴方に言う必要はありません。それにさっき貴方も言っていたじゃないですか。何でもかんでも質問して答えてもらえるわけじゃないって」

「……言うじゃねぇか」


 一瞬目を丸めたウール。まさか自分の言葉をそのまま返されるとは思ってもみなかったのだろう。そして、それがまた彼女には嬉しかったというのは、彼女の口元が笑っていることから分かる。


「まぁ、何はともあれオレはそこの貴族を殺しに来た。そしてオマエはその貴族を護るためにここにいる。だったらやることは最初から決まってる」

「そうですね……ギルバートさん」

「何だ」

「危険ですので離れててください。後……多分屋敷内を荒らすことになると思います」

「なるべく最小限に……と言いたい所だがそうも言っていられないだろう。構わん、思う存分にやれ」

「感謝します」


 そうして、シナンは剣を抜き、構える。

 敵は『鉄拳』の異名を持つ殺人鬼であり、自分の師匠の元相棒。

 正直、人間相手に剣を向けるのは気が引けるシナンではあったが、ウールの強さはベルセルクと同等かそれ以上。手加減などする必要は一切ない。

 故に。


「行きます」


 今日まで溜まっていた色んなモヤモヤを発散するが如く、シナンはウールに斬りかかり戦闘は始まった。


 *


 凄まじい一撃が放たれた。

 その瞬間、ベルセルクの眼前にいた三人の黒服がその身を宙に飛ばす。血反吐を出しながら黒服達はそのまま地面へと叩きつけられるが、ベルセルクは倒れる奴らのことなど気にはせず次の敵へと狙いを絞る。

 すでに敵の一人が懐に入っていた。その右手には暗殺用の短剣が握られており、ベルセルクの心臓に狙いを定めていた。

 ベルセルクは空いていた左手でその短剣を持つ黒服の頭を鷲掴みすると、そのまま一気に地面へ叩きつける。叩きつけられた地面に頭をめり込ませ黒服は気絶した。

 がら空きになったベルセルクの背中をここぞとばかりに敵意が襲う。チッ、と舌打ちをしながらベルセルクは振り向くと同時に横一閃に剣を振るい、二人の暗殺者をなぎ払った。

 ふぅ、と一息つく間もなく四方八方から同時に得物を向けて突っ込んでくる黒服達。そしてその刃が自身の体に届く前にベルセルクは頭上へと跳躍する。そして、自分を見上げている黒服達に向かって『烈風』を放った。

 ドッパァァァアッ!! という衝撃音と共に黒服達に荒々しい飛ぶ斬撃が襲いかかり、そして吹き飛ばされる。

 地面へと着地したベルセルク。しかし、その顔には苦いものが見受けられる。

 戦闘はこちらの方が優勢なのは明らか。傷もそれ程受けてはおらず、被害が大きいのはどうみても敵の方だ。

 ここまでの戦闘でベルセルクは確信していることがある。この黒服達は自分よりも弱いということだ。確かに気配を消したり、奇襲を掛けてくるタイミングはプロそのものであるがそれはあくまで暗殺者としての技術であり、戦士としての力はあまりない。

 そもそもにして暗殺者は影から忍んで人を殺すことが大前提の連中だ。人に知られることなく、殺すことを生業とする彼らが堂々と正面切って戦えば負ける確率は高い。特に正面切って戦うのが普通のベルセルクが相手ならば尚更だ。まぁ、ウールのような暗殺や奇襲などを全くしない特別な例外もいるが。

 すでに何人もの黒服を倒したというのに、彼らは一向にして止まる気配がない。

 力の差は見せつけた。黒服達もそれは分かっているはずだ。

 なのに彼らは一向にして戦いをやめようとはしない。むしろ、戦いを長引かせるようにしている感じがある。

 無駄な戦いをわざわざ長引かせる理由など、一つしか思いつかない。

 時間稼ぎだ。

 だいぶ前から気づいていはいた。彼らの戦い方には敵意はあるが、殺意はなかった。戦う気はあっても殺す気がないなどおかしな話ではないか。

 

「ったく、面倒な奴らだな」


 こんな奴らさっさと倒したいのは山々ではあるが、しかしどうにも止めの一撃を放つことができない。力ではこちらが優ってはいるが、数はあちらが多いのも原因の一つだろう。

 

「……何故だ」


 黒服の一人が不意に質問を投げかけてきた。


「あん?」

「何故貴様のような奴があの娘と一緒に行動を共にしている? あの娘がどういう存在なのか知っての上なのか?」


 あの娘、というのがシナンのことであるということはすぐに分かった。そして彼らの目的がシナンであることも今の言動から察しがつく。

 しかしその後が分からない。どういう存在なのか。そんなものは決まっているではないか。


「あいつが勇者だってことを言ってんのか?」

「……なるほど。どうやら貴様は何も知らんようだ。その程度の認識ならばあの娘の近くにいてもおかしくはない」

「おい、何の話をしている」

「何でもない。貴様には関係のないことであり、そもそもにして貴様にどうこうできる問題でもない。いや、これに関して言えばあの娘自身にも変えられぬことだ。どうせあの娘は遅かれ早かれ真実を知らぬ内に死ぬことになるのだからな」

「……、」

「貴様があの娘が死ぬことで何が起こるかなど知る必要もないし、知った所でどうにもできない。しかしまぁ、あの娘には同情せざるを得ないな。自身がどういう存在なのか知らないまま死ぬのだから。いや……それこそが唯一の救いというべき……」


 瞬間、ベルセルクの一撃が黒服を襲う。寸前で後ろへ跳んだことによって黒服は何とかベルセルクの一撃を避けることができた。

 狙いを外したベルセルクの剣は地面を抉った。そしてベルセルクは剣を自分の肩に担ぐ。


「……俺はな、別にあの馬鹿がどういう存在だとか、死んだらどうなるとか、そういう事には一切興味はない。それはあいつの問題であり俺の問題じゃねぇからな。結局の所、俺達は赤の他人だ。相手の事を全て知ろうだなんて思わねぇ……だがな」


 ベルセルクはその殺気の篭った鋭い刃を黒服達に向ける。


「勝手に人の弟子に手を出し、あまつさえ殺そうとする連中を見過ごすわけにはいかねぇよな」

「……、」


 ベルセルクが放つ威圧に黒服達は身構える。そしてベルセルクの皮膚に伝わってくるのは敵意だけでなく立派な殺意。殺さなければ殺されるとようやく理解したのだろう。

 それでいい。そうではなくてはこちらもやりがいがない。

 この怒りをぶつけるには、それくらいの殺意がないと手応えがないのだから。

 そうしてベルセルクは再び剣の柄を握り、黒服達に向かって斬りかかっていった。

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