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勇者の師匠  作者: 新嶋紀陽
第三章
53/74

13

「そう、ですか……アシリアは全部知ってしまったんですね……」


 応接間。

 シナン達の話を聞き、シャロンは俯きながらそう呟いた。

 ギルバートは隣の執務室で一人いる。現状、命が狙われている彼を一人にするのはいかがなものかと思うのだが、「今一人にしてくれ」という彼の一言に、誰も否とはいえなかった。

 ベルセルクはいつもどおりだった。そうだったのか、とは思ったが別段それ以外の感情は沸き上がらなかった。

 何かはある、とは思っていたためか、驚きはそれ程なかった。


「シャロンさん、一ついいですかい?」

「はい」

「当主様が屋敷の人間をほとんど首にしたのは、復讐とやらに関係してやせんかね?」


 リッドウェイの言葉に、シャロンは苦笑する。


「鋭いですね、リッドウェイさん。確かにその通りです」

「え、それってどういう……」

「まぁ、簡単に言えば使用人達を守るため。でしょう?」


 その質問に、シャロンは「はい」と答える。


「当時、ディスカビル家は本当に経済難でした。けれども、使用人達はそんなことなどどうでもいい……お金などいらないから、ここで働かせてくれと誰もが言っていました。先代様はそれだけ人徳があり、居場所がなくなった私のような者を雇ってくださいました。みんな、その御恩に報いたいと……けれど、ギルバート様はそれを頑として聞き入れませんでした」


 それにはちゃんとした理由がある、とシャロンは言う。


「ギルバート様は、奥方様に……あの貴族に復讐するために命をかけておりました。危ない橋もいくつもわたっていました。そんな自分の傍にいては、使用人達も危険だと思って……」

「彼らを守るために、全員辞めさせた……」


 シャロンは無言で頷く。


「けど、じゃあシャロンさんは……?」

「私の場合は、その、何というか、ギルバート様に脅迫して、何とかここにいる身で……」

「脅迫っ!?」


 あまりに場違いな言葉に、シナンは驚愕する。


「そ、それってどういう……」

「いえ、その……『自分を残してくれなかったら自殺している!!』と迫りまして……」

「それをあの当主様が聞き入れた、と?」

「ええ、まぁ……渋々ですが」

「どうしてそんなこと……」

「私には、本当にここしか居場所がなかった。ここ以外で働くなんてこと、考えられなかった。だから、何としてもここに残る道を選んだ。それだけのことですよ」


 笑顔で答えるシャロンに、ベルセルクは何も言わない。

 自分の居場所を守るために、自分の命を掛ける……よくある話だ。そして、それは彼女が決めたことであり、第三者がとやかく言う資格はない。


「……これからどうしましょうか?」


 唐突なシナンの一言に、ベルセルクはいつもどおりの反応を示す。


「どうしようも何も、変わらない。俺達はただ、ウルを迎え撃つだけだ。それ以外に、俺達のやることなどない」

「でも……」

「でもじゃない。お前は厄介事に自分から首を突っ込むつもりか? 俺はゴメンだぞ。そんなに俺はお人好しでもないし、ましてや善人じゃあない。あれは、この屋敷の人間がやることだ。俺達みたいな奴らが横からしゃしゃり出るのは筋が通らないだろうが」


 言われて、シナンは反論しなくなった。

 ベルセルクは面倒臭い事や、厄介事が嫌いだ。自らそういうことには首を突っ込まないようにしている。

 しかし、それは当然のことなのだ。

 普通の人間は、面倒ごとに自ら首を突っ込まないし、関わろうとしない。特に今回のような複雑なものは、他人が関わってどうこうできる問題でもない。もっとややこしい事になりかねないのだ。下手に手を出せば、それこそ解決できなくなってしまう可能性が高い。

 ベルセルクにしてみれば、この屋敷の連中がどうなろうと関係はない。

 だが、横から手を出して彼らの関係をこれ以上悪化させることも望んでいない。故に何もしないのだ。

 他人を救うことと、問題に関わってしまうことは全くの別物なのだ。

 これは、彼ら自身が決着をつけるべき問題。

 ベルセルク達ができることは、ただアリシアとレイクの帰りを待つだけだ。


 *


  アリシアは下町の街道を歩いていた。

 誰も彼もが質素で貧乏な格好をしている中、メイド姿のアリシアはとてつもなく目立っていた。道行く人々が彼女を見ていたが、彼女自身はそんなことに構っていられるほど心の余裕はなかった。

 自分の両親のこと。家が潰れた理由。そして、父親違いの兄の存在。

 それらを一度に聞かされれば、誰だって取り乱すし、混乱だってする。

 今まで自分の家族が悪いことをしていたなどとは知らなかった。母はいつも父と仲が良く、自分にも優しくしてくれた。そんな母が男を騙し、挙句裏切ったなどと……信じたくはなかった。

 だが、それが現実であり、故にギルバートは復讐の道を選んだ。

 アリシアに鬼気迫ったギルバートの目は本気だった。あれで嘘などついていようならば、それはもう一流の役者である。

 あんなギルバートを、アリシアは初めて見た。

 俺様主義で、いつも偉そうにしていて、アリシアに命令ばかりしていて、反抗する彼女のことも軽くあしらう……そんな男があんな風に取り乱すとは考えもしなかった。

 それだけ、彼にとって父親とは偉大な存在であり、尊敬の対象であり、そして家族として愛していたのだろう。その父親が騙され、そして裏切られたのなら……ああなってもおかしくはない。アリシアだって自分の両親が死んだ時は哀しさで涙がなくなるかと思うくらい泣いた。故に、ギルバートの気持ちがよく分かる。


(私はもう……あの屋敷にはいられない)


 ギルバートはアリシアの両親を破滅させた張本人。二人を死に追いやったと言っても過言ではない。それを許すことはアリシアにはできない。

 だが、屋敷に戻れない理由はもう一つある。

 自分の両親が、ギルバートの父親を死に追いやったという事実だ。

 これが全ての始まりであり、ギルバートを復讐者へと変えた原因。

 アリシアの……いや、ギルバートの母親が彼らを裏切らなかったら。アリシアの父親と出会わなければ。ギルバートの父も死なずに済んだ。

 こんな事にはならなかった。


(もう……何もかも、どうでもいい……)


 アリシアは自分という存在に、今日ほど嫌気が差したことはなかった。

 何もかもが嫌になり、どうなっても構わない。

 これからどうするなど、考える余裕もないし、考えたくもない。

 全ての思考をストップなせながら、とぼとぼと歩いていると。


「ようやく見つけましたよ、アリシア」


 聞こえてきたのは、覚えのある声。

 それが誰なのか言うまでもなかったが、アリシアは敢えてその名前を口にした。


「……何しに来た、変態執事」

「おやおや。この状況でもその呼び名ですか」


 いつものような笑み。

 いつものような冷たい瞳。

 レイクは本当にいつものようにアリシアに話かける。


「何しに来た、じゃありませんよ。全く、いつまで経っても我が儘娘ですねぇ。流石はあの女の娘ですね。傲慢で我が儘で自分勝手な性格を見事に受け継いでいますねえ」

「……っさい」


 言われて、アリシアはボソリと呟く。

 しかし、レイクは聞こえていないフリをしながら話を続ける。


「全く、困ったものですよ。前当主様は人が良すぎたんです。裏切られても尚、前当主様は妻には何もするな、なんて甘い事を言っているからこんな事になった。しかしまぁ、ワタシはそんなあの御方に惹かれたわけですが……いやはや、アナタのお母様はそんな前当主様の優しさにつけ込んで、自分の幸せのために裏切った。恩をあだで返す、とはまさにこのことです」

「うるさい……」


 アリシアの手に、力が入る。

 それは悔しさを必死に留めているものだった。それは、レイクにも見えるはずであった。

 それでも、レイクは止まらない。


「まぁ、因果応報というものはあるものなんですねぇ。ワタシ達は確かにアナタ達の家を潰すために色々と策を講じましたが……まさか、病死するとは。確か、ストレスによる衰弱死、でしたっけ? しかし、あの程度の策略で崩落するとは……程度がしれていたということですか。それもそうですね。何せ、人を裏切る事でしか幸せを勝ち取れない人間など、家畜以下の生き物ですから。今のアナタはその家畜と同等の奴隷ですけど」

「黙れぇぇぇぇええええ!!」


 怒りが爆発する。

 アリシアは頭の中を真っ白にさせながら、レイクに殴りかかる。少女が殴りかかるなど、傍から見ればかなり異様な姿だろうが、今の彼女にはそんなもの考えている余裕がなかった。

 だが、頭を真っ白にさせながら、ということは何も考えていないわけであって。

 そんな攻撃など、レイクにとっては何の脅威にもならない。

 レイクはひょいと体を半回転させて、アリシアの拳を避ける。的を失ったアリシアはそのままの勢いで地面にダイブ。

 再び殴りかかるために起き上がろうとするが、腹をレイクの足によって踏んづけられてしまい、立ち上がれない状態になる。


「く、ぅぅぅぅうううう!!」

「おやおや、まるで餓狼のようなうめき声を上げて。やはり、もう少し躾をするべきでしたか」

「うるさい……!! お前は絶対、殺してやる!! 何が何でも殺してやる!!」

「ええ、そうでしょうね。そして、ワタシ達は同じ思いを、アナタの両親に抱きました」


 言われて、アリシアはハッとなる。

 怒りで満ち溢れていたアリシアの目に、正常な光が戻る。


「殺してやりたい……そんな程度では済まない感情でしたよ。何度も何度も、それこそ自分がしでかしたことを後悔させるために、そして自分が生きていることが嫌になるほど何度も殺してやりたい……そんな負の感情で一杯になったんですよ」


 レイクの目は、アリシアの顔を見ていた。

 その目はいつものように、冷たい目だった。

 だが、気のせいであろうか。

 彼の目が、冷たいだけではなく、どことなく哀しげに見えてしまったのは。


「アナタは先程、ギルバート様にこう言いましたね? 絶対に許さない、と。それはワタシ達も同じです。アナタの両親はこの世から消えました。けれども、ワタシ達は未だにあの二人を許していない。永遠に許すことはないでしょう。世間では、人は許すことのできる生物だと言う偽善者がいますが、それは真っ赤な嘘です。人には絶対に許してはならないことがある。そして、アナタの両親はそれをしてしまったのです」


 それは……それは理解しているつもりだ。

 アリシアの両親は、ひどいことをしてしまった。やってはならないことをしてしまった。だから、家を潰され、幸せを奪われ、そして命までも無くなってしまった。

 因果応報。レイクが先程言っていたが、この場においてこれ以上ない言葉だ。


「……確かに、私の両親はしてはいけないことをしてしまった。それ故に、お前達の復讐に遭ってしまった」


 けれど。


「……お前達からしてみれば、憎むべき相手だったかもしれない。殺してやりたいと思っていた相手だったかもしれない。だけど……それでも、あの二人は、まぎれもなく、私の……両親、だったんだ……」


 他人から見れば、極悪人だったのかもしれない。人間とは思えない所業をやってきたのかもしれない。

 それでも。

 それでも、アリシアにとっては何にも代え難い家族であり、両親だったのだ。

 ぐすっ、と鼻水を垂らしながら涙を流すアリシア。恐らく、自分は今、とんでもなく情けない顔なのだろうと分かっていても、彼女は涙を流すことを止められなかった。

 レイクはふぅ、と息を吐きながら、アリシアの腹から自分の足をどけた。

 暫くの間、アリシアは泣きっぱなしであったが、レイクは彼女の傍を離れず、苦笑しながら彼女を見ていた。

 そして、数分が経ち、ようやくアリシアが泣き止んだ所で、レイクが言う。


「さぁ、泣き止みましたか? それなら、帰りますよ。シャロンさんにも怒ってもらいますから、そのつもりで。ああ、ちなみにギルバート様のことはお気にせず。今回の事はあの方にも責任がありますからね。ワタシがこってり言っておきます」

「ちょ……待て、今の話の流れでどうして私が帰ることになるんだ……」

「どうしても何も、アナタにはあそこしか行くところがないじゃないですか。それとも、アナタには帰れない理由でもあるんですか?」

「大有りだ!! 私は……私は、ギルバートの父親の敵。その娘だぞ……そんな奴があの場所に居られるわけがない」


 結局の所、それが全ての理由だった。

 知らなかったとはいえ、自分はあの男にとっては復讐した者の子供。そんな人間が、ギルバートの傍にいる資格などない。

 しかし、そんなアリシアの言葉を、レイクは「はぁ」と思いため息を吐きながら突っぱねる。


「そんなもの、アナタが気にすることではありません。アナタは自分の両親の罪を知った。そして、そのことに苦しみ、悩み、泣いた。それだけ見れば、ワタシとしては十分ですよ」

「だけど……」

「だけども何もありません。いいですか? 確かにアナタの父上と母上はギルバート様の父……ワタシの前の主を死に追いやったに等しい存在です。ええ、憎いですよ。今でも殺してやりたいくらい、恨んでもいます。けれどそれは……アナタの両親であってアナタ自身ではありません」


 それはそうかもしれない。

 しかし、それでもアリシアはあの屋敷には帰りたくない理由があった。


「私があそこに居れば……ギルバートやお前達は一生傷ついていく。私を見る度にあいつは傷つく……自分の大切なものを裏切り、落としいれた卑怯者の顔を思い出す……それでもいいのか?」

「当然です」


 きっぱりと。

 何の迷いもなく、レイクは答えた。


「甘く見ないでください。それくらいワタシもシャロンも、ギルバート様も覚悟の上です。嫌な過去を思い出すことになる。それでもギルバート様は、アナタを傍に置いておきたかった。それだけの話です」

「どう、して……」

「その答えが知りたければ、あの屋敷に戻ることをお勧めします」


 言いながら、レイクはアリシアに手を差し出した。

 一緒に帰ろう。そう言ってくれているのだ。

 ギルバートが自分を、アリシアを傍に置いておく理由。それを知るためにも、この手を取る必要がある。

 アリシアは、知りたいと思った。

 ギルバートが自分を買った本当の理由を。

 そのためにも。

 アリシアはレイクの手を握ろうとした。

 しかし……どうやら、世界というのはそれ程甘く、そして優しい作りではないらしい。

 アリシアがレイクの手に触れた次の瞬間。


「随分と甘くなったね、レイク」


 その声と共に、レイクの胸から血潮が吹き出した。

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