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勇者の師匠  作者: 新嶋紀陽
第三章
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11

「というわけで、近日中に奴は襲ってくる」


 ベルセルクの言葉に、他一同は唖然としていた。

 無理もない。殺しにくると宣言している人間と一緒に居酒屋にいたというのだ。その事実だけでも信じられないというのに、この緊張感のなさ。

 ギルバートはふむ、と手を組んで考え込む。


「なるほど……あの殺人鬼がこの一週間手を出さなかった理由は分かった。他の貴族が襲われていた事は知っていたが、まさか奴の仕業だったとは」

「奴にとっては、貴族達が送ってくる刺客は邪魔でしかない。自分の楽しみを横取りしようとしているとしか思えないらしいからな」


 人を殺す事を楽しみと感じる事、そしてそれを邪魔する者まで先に殺すという何とも無茶苦茶なやり口。ウールという殺人鬼には、もはや常識というものが存在しないのだろうか。いや、殺人を犯している時点で普通を求めるのは無理というものか。


「それで? 何か策はあるのか?」

「策もなにも、真正面から迎え撃つそれだけだ」

「それはつまり、無策という事か?」

「奴に策なんてモノは通用しない。例え、いくつもの罠を仕掛けようとも、奴には無意味だ。くぐり抜けるのではなく、一つ残らずぶっ壊す。それが奴のやり口であり、やり方だ。だったら、無駄な策を考えるよりも、真正面から迎え討つ方が妥当な判断だと思うが?」


 ウールにはどんな策を講じても無意味である。奴は裏をかくなどと言った事があまり好きではない。一週間前だってそうだ。奴は隠れる事もせず、堂々と一同の前に現れた。恐らく、今回も同様な事をしてくるに違いない。

 あの頑丈な体に、そして戦闘能力に判断能力。策を講じたとしてもそれを無意味なモノのように破壊するか、かいくぐるだけの能力を奴は持っている。現に、百人もの衛兵を真正面から殺し回った実力者だ。そんな人間に騙し討ちや罠などが通用するとは到底思えない。

 ならば答えは一つ。

 正面から叩き、そして潰す。

 簡単且つ分かりやすい答えだ。


「……まぁいいだろう。貴様の腕は確かだからな。それを信じるとしよう」

「そりゃありがたい言葉だな」


 などと言ってはいるものの、態度からして全くそれを感じさせないベルセルク。

 そんなベルセルクの隣にいるシナンは何やら妙な顔付きだった。

 怒っている……のだろうか。

 何故疑問形なのかと言われれば、シナンは怒るとすぐに口に出るタイプの人間である。だが、彼女はなにも言わず、ただブスッとした表情でベルセルクの隣につっ立っているだけだった。

 ベルセルクはその事に気づいている。もしかすると、殺しに来る相手と酒を飲んでいた事に対していつものようにぎゃあぎゃあ言ってくるかと予想はしていたのだが、今日はそんな言葉は一つも出ない。

 何か、変なのだ。

 だが、そんな事など知ったことではないギルバートは今後の事について話出す。


「奴がいつ襲ってくるかは分からん。故に、全員外出を禁じる事にする。外で襲われてしまっては面倒だからな」


 それは正しい判断だった。

 屋敷内だけに留まっているのなら、護りやすくなる。とは言っても、この屋敷自体が広く、そして大きいため大変なのは変わらないが。

 また、有り得ないとは思うが、ウールがメイド達を人質に捕る事も可能性としては……ありえないか。あいつの性格からして。


「そういうわけで、頼むぞ傭兵諸君」


 言って笑うギルバート。

 そうして、一同はウールとの戦いに備えることとなった。


 *


「で? 何でお前がついてくるんだ?」


 文句ありげな顔で、文句をそのまま口に出すアリシア。彼女は今、廊下を歩いている。ただし、その隣には、シナンがいた。

 シナンは苦笑しながら、アリシアに言い聞かせる。


「しょうがないじゃないでしょ。ギルバートさんに言われたんだから」

「フン、監視の間違いじゃないか? また逃げ出さないように、と」


 アリシアの言葉に、シナンは苦笑し続けることしかできなかった。何せ、彼女の言っている事は正確ではないにしても、当たっているのだから。


「心配するな。今の状態で逃げ出そうと思うほど、私も頭は悪くはない。また鉢合わせでもしたら、本当に殺されるかもしれないからな」


 そんな事をいうアリシアの顔は、どこか青ざめていたように思える。

 シナンはウールという殺人鬼の殺しをその場で見たことがない。だが、あの惨状を見る限りには、彼女がどれほど異状で異常なのかは一目で分かる。

 背骨を折り、首を真っ二つにし、そして頭を潰す。そんな事をやってのける人間はそうそういないだろう。そして、やってのける人間がいたとしても、それを現実に実行する人間はもっといないはずだ。

 それほど、ウール・ヴヘジンという殺人鬼が危険だということなのだろう。

 そんな人間と、ベルセルクは一時期組んでいた。

 どうして組んでいたのか。その理由は恐らくシナンには理解できないし、分かることはないだろう。金か、それとも単なる意気投合か。それとも男女の関係としてか。

 考えれば考えれる程、可能性は広がり、そしてそれは無限になっていく。

 だが、その中でひっかかるのが男女の関係だ。

 昨晩も、そして今もその事でシナンは悩んでいる。別に、自分の事ではないのにどうしてこんなにも気にかかるのか。何度も言うようだが、ベルセルクとウールが例えできていたとしても、それは二人の問題であり、自分には全く、これっぽっちも関係ない事なのだ。

 なのに、だ。

 なのにこれほどまで気になって仕方がないのはどうしてなのだろう?


「―――い、おい、聞いてるのか?」

「……えっ? 何か言った?」

「私の話、聞いてなかったのかお前」

「え、あ、えっと……ごめん」

「ったく……まぁいい。それより、アレは何だ?」

「アレ?」


 アリシアは指をさして何かを示している。シナンはその方向に視線をやり、彼女が何を指差しているのかを確かめた。

 と、そこにはリッドウェイの姿があった。

 ガチャガチャと妙な音をさせながら、彼はドアの前で奮闘している。何に、という疑問があるだろうが、扉の前、ガチャガチャという金属音の二つが揃えばもう分かるだろう。

 シナンは、はぁとため息を吐きながら、リッドウェイに近づいた。

 一方のリッドウェイはシナンの気配に気づいていないのか、一人何かをボソボソと呟いていた。


「ここをこうして、こっちをそうして、そんでもってここら辺をぐりっと……」

「何やってるんですか、リッドウェイさん」

「ひやぁぁぁぁあああああっ!?」


 突然、夜中にでも襲われた女性のような叫び声を上げるリッドウェイ。恐らく、突然声を掛けられたことによって驚いたのだろう。しかし、彼の悲鳴にも近い叫び声によってシナンとアリシアは驚いてしまった。


「び、びっくりした……急に声をかけるなんて、驚いて悲鳴あげてしまいやした」

「その悲鳴に僕は驚きましたよ……それよりも、何やってるんですか」

「え? 何って、見て分からない?」

「……ありのままに答えるとしたら、鍵を無理やり開錠させようとしているように見えますね」

「うん、流石はシナンちゃん。その通りでやす。ご褒美に甘玉をあげぐぎゃふんっ!?」


 語尾がおかしくなったのは、彼の仕業ではない。

 リッドウェイが言い終わる前にシナンが彼の頭を叩いたせいである。


「突然叩くなんてひどいっ!? 一体全体、あっしが何したって言うんですか!?」

「人様の家の扉の鍵を勝手に開けようとしているからですよ!? 軽く犯罪行為ですよ!?」

「別にいいじゃないですか。鍵の一つや二つ、開けたところで減るもんじゃあるまいし」

「何ですかその理屈……」

「そもそも、この屋敷は何か怪しいんですよ。何かを隠しているように思える」

「隠している?」


 復唱するシナンに、「へい」とリッドウェイは頷いた。


「調べれば調べるほど、その怪しさが浮き彫りにされてくるんでやす。けれども、その実態は分からない。徹底的にわからないよう細工をしているんですよ。何かはあると分かっていてもそれが何だか分からないようにするために」

「言っている意味がちょっとわからないんですけど……」

「シナンちゃん。あっしはこう見えても情報集めには長けた人間です。そのあっしには分かりやす。この屋敷には何かがある。それを表に出さないようにするために、細工をし、隠している。これは絶対です」

「どうして言い切れるんですか?」

「情報通の勘って奴ですよ」


 勘って……と思ったシナンではあるが、しかしながらリッドウェイの情報集めに対するソレは確かなものだ。彼の情報は多く、そしてよく調べられている。それをこなすには、それ相応の実力と経験が必要のはずだ。そして、彼にはその実力と経験があるのだ。そんな彼がいうのであれば、その言葉も信じるに値するものだ。


「その何かってのが、この奥にあると?」

「この屋敷のあらゆるところを探しましたけどね、ここだけ厳重に鍵が掛かっている。っていうか、鍵が五つもある扉なんて、何かあると言ってるようなものじゃないですか。逆に、何もなかったら、そっちの方がおかしい」

「確かに……でも、今は非常時ですし、扉はまた後日にすれば……」

「いや、開けて欲しい」


 いきなりそんな事を言いだしたのは、シナンの隣に立っていたアリシアだった。

 どうしたのか、とシナンが思っていると、アリシアは扉を見ながらこう言った。


「この屋敷に来て、いろいろな場所を教えられ、何がどこにあるのかを覚えさせられたが……この部屋だけは入らなかった。いや、入らせようとしなかった」

「? それは、一体どういう……」

「分からん。ただ、『ここは貴方には関係のない場所よ』とあのシャロンに言われて、『何があっても絶対に入るな』とあの当主様には言われている」

「じゃあ、尚更入っちゃいけないんじゃ……」

「馬鹿だなぁ。入るなと言われれば、入りたくなるのが人間だろう?」


 いや、ここで人間心理を出されても……と思ったシナンではあったが、言葉には出さなかった。恐らく言っても無駄、という思いからでもあるし、シナンも少々ではあるが扉の中身について知りたくなったためである。


「と、言うわけでさっさと開けろ、ボロマント」

「それってあっしの事ですかい? っていうか、もうそれで決定しちゃったわけですか?」

「いいから、さっさとしろ! こんな所、レイクにでも見つかったらただじゃ済まないんだからな」

「へいへい。分かってやすよっと……」


 言いながら、リッドウェイは手を動かしていく。

 彼が相手にしている鍵は、ダイヤル式だ。貴族にしか使われていないという高級品で、一つ一つの番号を合わせないと絶対に開かないという優れもの。

 そして、それを五つもつけているということは、何かがあると思ってもおかしくはない。

 リッドウェイは耳を扉にあて、ダイアルを一つずつ合わせていく。

 そして、一分もしないうちに。

 ガチャッ。

 何かが開いたような音がした。


「開いた、のか?」

「へい、間違いなく開きやしたね」

「すごい、リッドウェイさん……」

「いやはや、それほどでも」

「その凄さをもっと別の場所で活かせばいいのに……」

「あれ? 何か余計な一言が聞こえたのは気のせいですかね? そして、それがとても残念そうなのは、何故ですかね?」


 問いただすリッドウェイを他所に、シナンとアリシアは扉の向こうへと足を運ばせた。

 薄暗く、視界もはっきりしない場所ではあるが、何やら物がたくさんあるのは理解できる。ベットやら鏡やら机やら、いろいろと揃っていた。しかも、どれもこれもが高級品でありつつも、埃や蜘蛛の巣が張り巡らされていて、正直触りたくはない状態だった。

 きょろきょろと辺りを見渡しながら、シナンは呟いた。


「物置、でしょうか?」

「分からん。とにかく、もっと奥へと進んで……」


 そこで、アリシアの言葉が途切れた。

 その行為があまりに不自然に思えたシナンは、アリシアの方へと視線を寄せる。彼女は一点に何かを見つめていた。その表情はどこか、驚いているようにも見え、また不思議そうな顔をしている。

 シナンは、アリシアが見ているのと同じ方向に顔を向けた。

 そこにあったのは、一枚の絵画。

 美しい女性が、椅子に座っている絵だった。


「綺麗……」


 ボソリと呟いたその言葉は、シナンの本心だった。

 整った顔立ち。ほっそりとした体付き。どこか清楚な感じを漂わせるその女性の肖像画は、まさに美しいの一言だった。

 この絵を書いた人間は、余程の絵の達人だろうと思わせるような、リアリティ溢れる描き方が、その絵に目を止めさせる印象の一つだろう。

 そして、何より美しいと思えたのは、彼女の髪だ。

 夕暮れ時に沈んでいく太陽のようなその長い髪は、とてつもなくインパクトがあり、そして彼女に似合っていた。

 だが、何故だろうか。この絵の人物を見るのは初めてのはずなのだが、シナンはこの絵に似た人物をどこかで見たような覚えがある。

 そうつい最近、それもさっきまで見ていた、そんな気が……。


「な、んで……」

「?」


 何で、と。アリシアがそう言ったのは理解できた。シナンが不思議がったのは、彼女の反応である。

 彼女は先程と同じように驚いていていた。だが、それは不思議なものを見るものではなく、何か怖い……恐怖を感じているようにも思える。


「何で……何故、どうして、何が、どうなって、この人の絵がここにあるんだ!? 何で、何で、何で、何で、何で、何で!?」

「ちょ、アリシアちゃん、落ち着ついて!!


 暴れだすように喚き、そして叫ぶように言い放つアリシアをシナンは不安に思ってその肩に手を置いた。

 一方のアリシアは、頭を抱えながら、そして小さく呟く。


「……は……だ……」

「え?」

「母……だ。この絵に書かれている女性は……私の母だ」


 言われて、シナンはハッとなる。

 先程この絵を見て、どこか見たことがあると感じたのは当然のことだったのだ。

 何せ、今もこうして、シナンの目の前にいる少女もまったく同じ朱色の髪をしているのだから。


「この絵の人が、アリシアちゃんの、お母さん……?」


 事実を確認するために口に出したが、それが疑問形になるのは仕方なのないことだ。

 この屋敷は、ディスカビル家のものである。アリシアはその使用人にしか過ぎない。

 ならば、どうして、その使用人であるアリシアの母親の肖像画がこんな所にあるのか。

 疑問に疑問を重ねていくシナン。

 だが、その答えを考えることはなかった。


「そこで何をしている?」


 いきなり、突然、唐突もなく。

 その人物は現れた。

 聞きなれたその声に、シナンは顔を向けた。

 そこにいたのは、漆黒の衣服を着こなしたギルバート。

 だが、どうしてだろうか。

 シナンには、そこにいる男は、まるで魂を狩りにきたかのような死神に見えたのだった。

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