8
夕日が沈み、外は闇が支配する夜となった。
外、という言葉から分かるとおり、ベルセルク達は今、室内にいる。それも、宿ではなくギルバートの屋敷の中だ。さらに言うならば、今まさにギルバート達を交えての夕食を戴いているところである。
この屋敷の主であるギルバートが狙われているのならば、近くの宿ではなくこの屋敷に居座った方が護衛しやすいだろうという提案の元、この状況になった。ちなみに、そんな事を言い出したのは少しでも食費と宿代を減らそうというリッドウェイの作戦であった。
まぁ、自分にとって不利益でないことなので、ベルセルクは何も言わなかった。
何も言わなかったのだが……。
「あっ、こらそれは私の肉だ、返せこのボロマント!!」
「ボロマントとは失礼な!! これでも清潔に洗ってるんですよ!!」
「ふん、洗っていても見た目がそんなボロ雑巾状態では意味がないだろうに。っというか、今すぐそのマントを脱げ。吐き気がしそうだ」
「そこまでいいやすか、このチビメイドさんは!! 大体、そっちが先にあっしの肉を取ったのが原因でしょう!!」
「ぬ……わ、悪いか!!」
「わー、反論できないから開き直るって、苦し紛れにも程がありやす!!」
「そもそもにして、お前は大人。私は子供。こういう場合、大人としての対応を取るのが礼儀というか、普通じゃないのか」
「フッ、あっしをそんじょそこらの大人の男と一緒にしないで欲しい。あっしは子供相手にでも全力になるほど教育熱心な大人で……」
「つまるところ、子供に肉を取られることが許せない器の小さい大人というころだろう?」
「ちっがーう!! 断じて違いやす!! 勝手に解釈しないで!! ってか、どさくさに紛れて肉を取らないの!!」
「チッ、バレたか……」
アリシアはリッドウェイから顔を逸らしながら舌打ちする。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を見て、ベルセルクとギルバートは頭を抱えていた。シナンやシャロンは苦笑しており、唯一ニッコリとその様子を見ていたのはレイクだけであった。
大体にして、今のこの状況がおかしいのである。
ギルバートはここの主、ベルセルクやリッドウェイそしてシナンは客なので夕食を一緒に取るのは当然だ。だが、メイドであるシナンやシャロン、そして執事であるレイクでさえも共に食事をしているのは、些か疑問に思う。通常の貴族ならこんな事はありえない。何故なら、使用人と一緒にご飯を食べるという行為はその貴族の品格を貶めるからである。それをのうのうとやっているギルバートは貴族としてはあまりに不自然だ。
気にはなる……だが、それは今ここで指摘することではない。
それよりも。
「……おい、リッドウェイ」
「へい?」
「それ以上騒ぐと、五体バラバラにして、ミンチにして、燃やし尽くして、灰を川に流すぞボケ」
言いながら、ベルセルクは殺気を漂わせながらリッドウェイを睨みつける。これ以上、自分の相棒が痴態を晒すのには耐えられなかった。
ベルセルクの言葉と睨みに対して、リッドウェイは「わ、分かりやした……」と顔を青ざめながら答える。
そんな彼の隙を突いてまたこっそりと肉を狙うアリシアだったが。
「アリシア」
「ッ!?」
不意にレイクがアリシアの名を呼ぶ。
彼は目を瞑りながら紅茶を飲んでいた。故に、アリシアが何をしているのかは見えないはずだ。それなのに、彼はアリシアを止め、そして言う。
「それ以上やったら……何があるのか分かってますね?」
「……、」
ニッコリと笑う彼の口元が、アリシアに恐怖を感じさせた。レイクはベルセルクとは違う恐ろしい表現の仕方だ。もしかすれば、レイクの方がベルセルクよりも恐ろしいかもしれない。
それを見て、シナンは自分の仲間に対して、そしてシャロンは自分の同僚に対してはぁ、といろいろな意味でため息をついた。
シャロンはふと、アリシアの方を見た。どうしても肉が欲しかったのか、何やら少々ムクれている彼女を見て、しょうがないと思いつつアリシアに話しかける。
「アリシア、そんなにムクれないで。ほら、お肉が欲しいんだったら、私のをあげるから」
「……いらん。そんな情けを掛けられたような感じでもらっても欲しくない」
プイッとアリシアはシャロンとは別方向に顔を向ける。
「そんなこと言わずに……ね?」
「だから、いらんと言ってるだろう!!」
情けをかけられるのが本当に嫌なのか、それともただのツンなのか、どちらかは分からないがアリシアはシャロンの申し出を手で振り払って断ろうとした。
しかし、アリシアの手は何故か水の入ったグラスに思いっきりぶつかり、グラスは空中へと放たれる。
バシャッという音と共に、グラスの入った水はアリシアの前に座っていたシナンに見事にぶっかけられた。
「あっ……」
「……、」
やってしまった、と言わんばかりな表情をするアリシア。
それに対し、シナンは何とも言えない顔で苦笑するしかなかった。
*
この世界には風呂というものが存在する。
主に人が身体の清潔を保つことを目的として、湯や水・水蒸気などに身体を浸す入浴をするためのものである。
しかし、それは一般の家にはない。当然だ。風呂にはそれ相応の多額の金がかかる。普通の人間の家にはないため、集団風呂というモノを使う。
だが、貴族達は違う。彼らの家には必ず一つは風呂が存在する。それも、かなり大きく、一人入るのにはスペースが余りすぎる程だ。
そんな風呂に、シナンは一人、ポツンと入っていた。
「これが、貴族のお風呂かぁ……」
天井や風呂の作り。何から何まで今まで見たことのもないものだった。
風呂なんてものはこの旅の中ではそうそう行くことがなかった。
特に、貴族の風呂なんてモノはシナンにとって初めてなものなのだ。こんなにだだっ広く、尚且つ設備が整っているとは、やはり貴族は金持ちなんだなぁ、と改めて実感する。
水をかぶったシナンはそのままではまずいという事で、風呂に入ることとなった。シナンは別にいいと答えたのだが、それではいけないというシャロンの強引な言葉で連行されるかのように風呂場まで連れてこられたのだ。恐らく、客人に迷惑をかえたことに何かしらのわびを入れたいのだろう。
「別に、僕はそんな度量の狭い人間じゃないんだけどなぁ……師匠じゃあるまいし」
ベルセルクが聞いたら確実に怒りそうな一言を言うシナン。まぁ、いないからこそ言える一言なのだが。
それは置いておくとして。
シナンは天井を見ながら、今回の事について考えていた。
特に、今日襲いかかってきた女性について、だ。
「師匠の昔の知り合いかぁ……」
ベルセルクはウールというあの女性と一緒に仕事をしていたと言っていた。彼自身はただの仕事仲間としか言っていなかったが、果たしてそれは本当だろうか。
何故、そんな事が気になるのか。
それは、ウールの体格のせいだ。
体格……いや、スタイルというべきか。
スラリとした体型。胸は大きく、しかし腹は出ていない。出るとこは出ていて、引っ込む所は引っ込んでいる。まさしく、大人の女性と言わんばかりだった。それに、あの魅力的な顔に、何かを惹きつけるような紫色の髪。あんなのが本当に存在するのか、とシナン疑問を抱いた。
前に出会ったマーテルという女性も中々のスタイルだったが、正直な話、ウールの方が優っていると言っても過言ではないだろう。
あんないい人がいたのだ。『そういった仲』になっていてもおかしくはない。というか、なってなければおかしいのだ。
などと考えながらも、シナンは息を吐いた。
「何考えてんだろ、僕……」
言いながら、シナンはお湯に顔をつける。
ベルセルクが昔、超絶美人と仲間であり、しかもその人とできていたとして、それがどうしてシナンに関係あるだろうか。
関係ない。関係など、あるはずがないのだ。
だが、しかし、それでも。
今現在、シナンの心の中にあるモヤは一体なんだなのだろうか?
シナンはその表現できない『何か』を頭の中から取り除こうとする。ソレがなんなのかは分からないが、何故だか嫌な感じがするのだ。
数秒後、シナンは「ぷはっ」と息を吐きながら顔を上げる。首を振り、水を飛ばして顔を手で拭っていると。
ガラガラガラ。
誰かが風呂場の戸を開けて入ってきた。
「シナン様、お背中を流しにきました」
「しゃ、シャロンさん!?」
唐突に現れたシャロンに、シナンは驚きの表情を浮かべる。
「な、何でここに……?」
「いえ、ですからお背中を流しに来たんですよ。先程のお詫びにということで。ほら、アリシアも入ってきなさい」
「……、」
シャロンが言うと、彼女の後ろからアリシアが顔だけ見せた。恥ずかしいのか、首から下は全てシャロンに隠れている。
彼女達は、今、前をタオル一枚で隠しているという状況だ。濡れても良い格好ということだろう。裸であるシナンよりはマシかもしれないが、それでも他人に布一枚の状況を見せるのは、恥ずかしい行為に違いはない。
背中を流しに来たと、シャロンは言った。その好意はとてもありがたいが、しかし、シナンはそれを全力で遠慮した。
「い、良いです、結構です、大丈夫ですから。背中くらい自分で洗いますから」
「あら? 女性に背中を流されるのは嫌いですか?」
「そ、そういうわけでは……って、いやいや、男が女の人に背中を流してもらうっていうのは異常なことだと僕は思うんですけど」
「そうなんですか? ギルバート様はそんな事おっしゃっていませんでしたけど……」
「なっ……!?」
その言葉に、唖然とするシナン。
ギルバート……あの当主、女性にいつも背中を流してもらっているのか。しかもタオル一枚で。
なんという鬼畜……!! とシナンは心の中でのギルバートの印象を最悪なモノへと変更した。
「それに、女同士での背中の流し合いは、別に変なことではないと思いますけど?」
「いや、確かにそうかもしれませんけど……女同士?」
へ? と言わんばかりな顔でシャロンを見るシナン。
「あら? 違ったのですか?」
「い、いえ……確かに僕はその、女、ですけど……どうして分かったんですか?」
「そりゃあ一応この屋敷のメイドをしていますから。人の性別の見分け方くらいできますよ。ギルバート様やレイクも多分気づいていると思いますよ」
サラリとしたその発言に、シナンは言葉を無くしていた。
最近、何故だか女とバレる事が多い。前のシファールの執事もそうだったが、そんなに自分は男装が下手なのだろうか? 少し自信をなくしてしまう、などと女としては別にどうでもいい事で落ち込んでいた。
「あの……どうかなさいましたか? ひどく落ち込んでいるようですが……」」
「あ、いえいえ、何でもありません。全くもって問題なしです、はい」
「そうですか……ならば、こちらに来てください。お背中をお流ししますので」
「いや、だから……」
と、シナンは反論を述べようとするが、しかし途中で止まってしまう。
多分、この人は背中を流すという行為をしなければ、ここから離れるつもりはないのだろう。シナンもいつまでもこのままというのはあまりよろしくないと思う。それに、せっかくここまでお膳立てしてくれるのだ。ならば、それに乗っかるのもたまにはいいのかもしれない。
「……じゃあ、お願いします」
苦笑しながら、やれやれ、という気持ちでシナンは風呂から上がった。
そうして、シナンはシャロンとアリシアに背中を流してもらうこととなった。
「痛くないですか?」
「ええ。気持ちいいくらいです」
シャロンの言葉に、シナンは笑顔で答える。
ふと、シナンは前を見る。そこには大きな鏡が壁に張り付いていた。そして、写っているのはシナンとその背中を洗っているシャロンだ。
鏡の中に写っているシャロンはとても美しい女性だった。可愛い、ではなく美しいだ。あの殺人鬼であるウールとはまた違った、お淑やかな感じを醸し出している。
そして、一番気になったのはその胸部。
身も蓋もない言葉で言うのなら、胸だ。
「……、」
シナンはふと、顔を下に向ける。
そこには、洗濯板程もない平らな風景があった。
はぁ、とため息を吐きたくなるのは当然の行為で、自然な現象だと思う。何故に自分にはこうも女としての魅力がないのか、とシナンはがっくりと項垂れた。
「あの……本当に大丈夫ですか? 何かとてつもなくがっかりした雰囲気が漂っているんですけど?」
「いえいえ……本当に大丈夫ですから……気にしないでください……」
というか、気にされたくない。
今、彼女にどんな言葉をかけられてもそれら全てがシナンには嫌味にしか聞こえない。
自分のスタイルの無さに、激しくマイナス思考な考えに陥るシナン。そんな彼女に、突然とこんな一言が飛んできた。
「……ごめんさなさい」
「え……?」
唐突だった。
本当に、あまりにも急な事だったので、シナンは一瞬その言葉を聞き逃す所だった。
ごめんなさい。そう謝罪の言葉を口にしたのは、顔を俯かせながら、シナンの体を洗っているアリシアだった。
「その……さっきは水をかけてしまって……すまなかった」
素直に謝る彼女に、シナンは内心驚いていた。印象が違う、というかキャラが違うというべきか。
そういえば、彼女と初めて会ってからというもの、シナンはまともに彼女と話したことがなかった。彼女が話しているのがベルセルクやレイクと言った『異常』な人物だったため、ああいった態度を取ったのかもしれない。本当は、心根の優しい、普通の女の子なんだな、とシナンは思った。
そんな彼女に、シナンはニッコリと満面の笑みを浮かべた。その笑みには、レイクのような冷たいモノは一切ない。
「大丈夫ですよ。あれくらいのこと、気にしてませんから」
「……本当に?」
「ええ。もちろんです」
再度確認をするかのような問いに、シナンは変わらず是と答える。水を掛けられた、などということはベルセルクとの旅の道中に比べれば何のことはない事なのだから。
笑って答えるシナンに対し、アリシアは安心したのか、頬を赤らめて少し笑みを浮かべた。そのあまりに可愛い表情に思わずシナンはグッと来てしまった。
年下に対して、何変な気持ちを抱いているんだ僕はっ!! と首を大きく振り、考えを飛ばす。
そして、新しい話題を口にした。
「そ、それにしても、この屋敷は広いですね」
「ええ、まぁ。ギルバート様のご先祖様が大いに活躍した時期に造られたものと聞いていますから、それなりに年代物ですが、広さや大きさに関して言えば、この国の中でも上位にくると思われます」
「へぇ……あっ、でもそれだと掃除とか大変じゃありません?」
「まぁ、そうですね……一日の半分は、屋敷の掃除で潰れますから」
「もっと、人手を増やそうとは思わないんですか?」
「……、」
その言葉に、シャロンの手が一瞬止まった。そして、彼女の顔が一瞬曇った事も、シナンは見逃さなかった。
「……昔はもっといたんですよ。使用人も専用のコックも、腕のある庭師も。ですが、現当主であるギルバート様がそのほとんどをクビにしたんです」
「クビにしたって……どうしてそんな……」
「その時、この家はかつてない経済難に陥っていまして……使用人達を養う事ができなくなったんです。幸いだったのが、全員新しい職を見つけたということですね」
「そうですか。あ、でも、シャロンさんは……?」
「私は無理を言って頼み込んだんです。私は両親共に幼い頃に亡くしていまして、行くところがなかったので」
苦笑するシャロンに、シナンはまずい事を訊いてしまったな、と申し訳ない気持ちになる。
「じゃあ、アリシアちゃんもその時に?」
「いえ、この子は……」
「買われたんだ、奴隷として」
え? と一瞬、何を言われたのか分からなかった。
そうして、彼女が言った一言をもう一度整理する。
奴隷として買われた。
その、あまりにも現実味のない言葉に、シナンは自分の耳を疑った。
「奴隷って……」
「驚いたか? そうさ、私は奴隷なんだ。今はメイドをしているがな」
「でも、奴隷って、そんな……」
「信じられないという顔だな。奴隷を見るのは初めてか?」
彼女の言葉通り、シナンは生まれてこの方奴隷というのを見たことがなかった。
存在している、というのは知っている。そいういう階級の人々がいるのということは理解していた。そのつもりだった。
だが、しかし、いざ現実にそこにいると言われてもあまり実感がないというか、信じられなかった。
「軽蔑……したか?」
「え、そ、そんな事……」
「無理しなくていい。奴隷っていうのは、そういう扱いに慣れてる。私もここに来るまでは散々な目にあってきた。だから、嫌なら嫌だと言っても構わない」
その言葉に、シャロンは何とも言えない表情になっていた。それから、アリシアが言っている事が真実であることを示している。
正直な話、奴隷は嫌われ者だ。
その階級を一度押し付けられたが最後、肉体的にも社会的にも酷い目にあう。石や泥を無意味に当てられたり、人として当然の人権も与えられず、生きていくのが困難な状況に堕ちる。
そんな彼らを好き好んで近づこうとする輩はいるわけがない。
普通ならば。
「アリシアちゃん」
シナンは、アリシアの名を呼んだ。
その言葉には、誰かを見下すような雰囲気は醸し出しておらず、逆に真剣味が伝わってくる。
「僕を見くびらないで欲しい。奴隷とか階級とか、僕はそんなモノで人を見るような人間じゃない。それとも君には、僕がそんな下らない人間に見えるの?」
「……、」
「君がどんな事をされて、どんな事を強要されて、どんな目に会ったのか、それは僕には分からない。だって、僕は君じゃないから。でも……だからって君を奴隷だという理由で差別する理由はどこにもないし、理由があったとしても僕は決してそんな事はしない。僕には知らないことがたくさんあるけど、階級で人を判断するような事が正しくないってことくらいは理解してる」
「……本当にそう思っているのか? 階級とか、奴隷とか、そんな事で差別することが馬鹿馬鹿しいと、本気で思っているのか?」
「当然。僕はこれでも勇者だからね」
笑みを浮かべながら断言するシナン。
そんな彼女に、アリシアはとても不思議そうな、そして珍しそうな顔をしていた。驚いている、と言えばそれだけだろうが、今の彼女の中にはそれ以外の思いもあるのだろう。
自分の思いが伝わったようで良かった……と思っていたシナンだが、しかしここで彼女はある一つの重大な事を口にしてしまったことに気がついた。
自分が勇者だという事をあっさり口にしてしまったのだ。
(し、しまったー!! 僕が勇者だってことばらしちゃったー!?)
今更後悔した所でどうしようもない。
もし、ここにベルセルクがいたとしたら、馬鹿だな、と思いつつ一発鉄拳を入れられていたに違いない。しかも、この場合ベルセルクの言葉は正しいため、シナンは反論できない。
ベルセルクがここにいない事にホッとしながらも、シナンは先程の言葉を撤回しようとする。
だが、そんな必要はなかった。
「プッ……」
「プ?」
「プハハハハハッ!?」
突然アリシアが大いに笑い出したのだ。
どうしたのかと思ったシナンに対し、未だに笑い続けるアリシアが言う。
「自分を勇者なんて言う奴初めて見た。お前……クフフ、見た目によらず面白いな」
それは馬鹿にされているのか、はたまた褒められているのか、いまいち良く分からなかった。まぁ、恐らくは馬鹿にされているのだろうが。
アリシアの反応を見て一安心するシナン。だが、何故だか納得のいかない気分になるのはどうしてだろうか?
「まぁ……お前はいい奴そうだから、信じてやろう」
「うん。ありがとう」
しかしまぁ、そんな事は別に良い。
この少女が笑ってくれるのなら、それでいいではないか。
などと、シナンが一人勝手に締めに入ろうとした。
だが、どうやらそうもいかないらしい。
「さて……そこに隠れている人、いい加減出てこないと引っ張り出しますよ?」
突然、という言葉をこのお風呂場で一体何度思い浮かべただろうか。
シナンは一人ボソリと呟いた。もちろん、シャロンやアリシアに対してではない。
シナンの言葉から数秒が経つ。しかし、何も起こらない事を見ると、シナンは目の前にあった石鹸を持って立ち上がった。
そして次の瞬間、石鹸を天井に向けて投げつけた。
すると、ゴンッという音と共に。
「ゴハッ!?」
などと言う人の声がしてきた。
と思っていると、ドンッと天井から何かが落ちてきた。どうやら人間らしい。それも、格好からして男だった。
結論を言うと、それはリッドウェイだった。
「……何やってるんですか、リッドウェイさん」
「え、あ、いや……これはですね、東洋に伝わるという伝統的な行事というか儀式というか……」
「ややこしい言い回しをしても無駄です!! 覗きをやるなんて、最低ですよ!!」
「ご、誤解ですよ誤解!! あっしはただ、入浴中にシナンちゃん達が襲われないように見張っていただけで……」
「天井裏でこっそりこちらを見ながらですか?」
「……、」
「明後日の方向をみるなぁぁぁあああ!!」
ガゴンッ!! ととてつもなく痛い音が風呂場に響く。
「ひ、酷いシナンちゃん!! 何かいつもとキャラ違くない?」
「やかましい!! 今までこの人は阿呆だ阿呆だと思ってきましたよ。でも、常識のある阿呆なのであまりツッコミはしませんでしたけど、今日という今日は何を言っても許しませんよ!!」
「くっ……いつの間にそんな凶暴な子に育ってしまったんだ……お父さんはそんな育て方はしてませんよ!!」
「誰がお父さんですか、誰が!! というか、貴方に育ててもらった覚えもありません!!」
顔を鬼のようにしてリッドウェイを睨みつけるシナン。
いつもの彼女では考えられないその表情に、リッドウェイは侘びを入れる。
「いや、ホントにすみません!! 心から反省してます!! でも、仕方がなかったんです。どうしようもなかったんです!! だって、こんなすっごく綺麗で胸が大きいお嬢さんが浴室に入っていくのを見たんですもん!! 男だったら誰でも覗きやす!!」
「……っということは、リッドウェイさんはシャロンさんだけが目当てだった、と?」
「そりゃあまぁそうですよ。だって、シナンちゃんやアリシアちゃんを覗いたって、何のメリットもないですもん。あっしはそこまで変態の域には達してやせん」
「……、」
「……、」
数秒の時が流れた。
そして、シナンとアリシアの後ろに何やらとてつもなく嫌なオーラが流れているのをリッドウェイは見た。恐らく幻……なのだろうが、いやはや何とも言えない状況である。
「アリシアちゃん、そこにある僕の剣取ってくれる?」
「ちょっ!! シナンちゃん、待ってください!! あっし別に悪いことは何も言ってないような気が……!!」
「シナン、剣もいいが、ハンマーの方がスッキリするんじゃないか?」
「ノーォォォオオオ!! 何でそこでハンマーが出てくるんですか!! ってか、その体で良く持って来れましたね!?」
何だか、ベルセルクのツッコミを思い出すリッドウェイだったが、今の状況はベルセルクのよりも危機迫ったものを感じていた。
「あー、アレですか、覗いてもメリットがないと言った事に腹が立ってるんですね? いや、それは別に二人に興味がないとか、全く眼中にないとか、そういう意味じゃなくてですね、ただ覗いてはないという事を言いたかっただけでして、決して悪意があったわけでは……!!」
「言い訳はあの世で言ってください」
「大丈夫だ。少し痛いがすぐに楽になる」
「ちょ、まっ、二人共、そんな物騒なもの振り上げ……ぎゃああああああっ!!」
そうして阿呆なリッドウェイの悲鳴が風呂場に響き渡る。
その後、リッドウェイがどのような仕打ちを受けたのか……それはご想像にお任せする。