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勇者の師匠  作者: 新嶋紀陽
第三章
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「久しぶりだな、ウル」


 ベルセルクの目の前にいるのは、一人の女性。

 紫髪の長いポニーテールに白い肌、紫の瞳で全身をすっぽりと覆う白い衣装を身につけており、その腰には革のベルトが縫い付けられいる。それだけでもういろいろと人目を引くのだが、彼女の最大のポイントは両手首と両足首に鎖が切れた枷が付いていることだ。

 久しぶり、そう言ったのはベルセルクの方である。

 その言葉の通り、ベルセルクと女性――ウール・ヴヘジンは知り合いであった。


「ホンット、久しぶりだな。いつ以来だ? オマエと別れたのはそうだな……二年前くらいか?」

「二年と半年だ。そんな事も覚えてないとは、相変わらずその頭はお飾りのようだな」

「あん? テメェ、久しぶりに会ったっていうのにいきなりそんな態度たぁ、ちょっと冷たくねぇか?」

「んなこと気にするようなタマじゃないだろうが、お前はよ」

「ハン、そりゃあそうだ」


 当たり前だ、と言わんばかりな口調だった。


「それにしても、会って早々に『裂風』を飛ばしてくるとは、どういうことだ?」

「何、この二年と半年でお前が成長してるか試しただけだ。気にするな」

「相手をイラつかせるその癖、相変わらずだな」


 二人の会話はなんでもない、どこにでもあるような普通な内容だった。それこそ、まさしく昔の知り合いと久しぶりに再会したように。

 だが、この二人が漂わせ散る空気は、そんな生易しいモノではなかった。

 彼らは互いの顔を見合っている。そして、一度も顔を逸らしていない。もし一瞬でも目を離してしまえばその隙をついて相手が攻撃を仕掛けてくる。互いにそれを理解しあっているのだろう。

 そんな中でも、二人は笑っていた。


「久しぶりの再会に一杯どうだ?」

「何だよ、らしくねぇじゃねぇか。気持ち悪いぞ」

「おいおい、人がせっかく飲みに誘ってんのに、その言い方はないだろう?」

「ハッ、どうせ俺が断ると知ってて言ってんだろうが。それに……」


 ベルセルクは自らの剣先をウールに向ける。


「この状況で、はいと言う奴はいないだろうが」

「まぁ……そうだよな」


 睨み続ける二人。その間に、誰も介入しようとはしない。いや、しないというよりはできないと言った方が正しいだろう。ついでに言うと、こんな一触即発状態な二人の間にわざわざ割って入ろうとする物好きはいないはずだ。

 普通ならば。


「師匠ー!!」


 突然と。

 本当に突然と声がした。

 拮抗し合った睨み状態、何かが起これば即座に戦いが始まりそうなその雰囲気の中で、そいつはやってきた。

 ベルセルクは不意に声がした方を見た。

 そこには、ベルセルクに向かって走り寄ってくるシナンがいた。その顔は少々汗をかいており、全速力で走ってきたのが分かる。

 そんな自分の弟子に対して、ベルセルクは足を引っ掛ける。


「ぐばっ!?」


 足を引っ掛けられたシナンはそのまま地面へとダイブした。こういうことを言うのもアレなのだが、何ともどんくさいことだ。

 シナンはすぐさま起き上がった。その顔、正確には鼻が真っ赤になっており、どのくらい強打したのかが一目で分かる。

 シナンはベルセルクに抗議する。


「ちょ、師匠!! 何するんですか」

「いや何。空気を読めない自分の弟子の馬鹿さ加減に呆れてな。つい手が……いや、足が出ただけだ」

「微妙なところで言い直さないでください!! っというより、人を馬鹿呼ばわりしないでください!!」

「お前とこういう会話するのももう何度目だろうな。流石に飽きてきたな」

「そうですね、そういうわけでなので、馬鹿呼ばわりするのはやめてください」

「そういうわけなのでという意味が分からん。それと、今の程度でつまづくような神経のない奴を世間一般では馬鹿と言う。つまりはお前は世間一般が認める正真正銘の馬鹿ってわけだ。良かったな、これで誰にも文句を言われることなく、自分を馬鹿だと自称できるぞ?」


 嫌味に嫌味を上乗せしたようなベルセルクにシナンは抗議の声を上げる。


「長々と嫌味を言わないで下さい。そんなこという人には、もうお酒はあげません」

「知るか。テメェがいなくても酒の一杯や二杯、どこでも飲めるっつーの」

「そうですね。師匠にはやっすい酒がお似合いですよね。この前買った超有名な酒なんて、もう飲まなくても良いですよね?」

「な……何でお前がアレのこと知ってんだよ」

「だって、ソレ僕が持っていますから」


 シナンの口から大胆な発言が飛んだ。


「……宿に戻った後にないと思って散々探したが出てこなかったのはテメェのせいか」


 まるで恨み言を言うようなベルセルク。珍しく、彼は心の底からシナンに怒りを覚えていた。酒に関することになると、彼はいつものようにはいかない。


「今すぐ返せ、馬鹿弟子」

「僕の事を馬鹿と呼ぶのをやめたら返してあげてもいいですよ」

「あん? テメェ、調子に乗ってんじゃねぇぞ、チビガキが」

「チビかどうかは、今は関係ないでしょう!」

「じゃあ貧乳」

「それはもっと関係ありません!!」


 顔を真っ赤にしながら大声で叫ぶ。耳まで真っ赤ということから、かなり恥ずかしい思いをしているのが分かった。

 というより、ガキの部分に関して否定しないということは、自分がガキだと認めているのだな、とベルセルクは勝手に解釈していた。

 と、その時。


「クハハハッ!?」


 ベルセルクとシナンが互いに言い合っている最中、一つの笑い声が廊下に響いた。

 それは、ベルセルク達がいる正面、つまりはウールが笑っていた声だった。


「……何がおかしい、ウル」

「何が? 何がだって? そりゃあ、この状況だよ。あの『狂剣』と言われたベルセルク・バサークがこんな会話をするとは思ってなかったモンでなぁ。っていうか、そのチビ貧乳は誰なわけ?」

「誰がチビ貧乳ですか!! 下品な言い方はやめてください!!」

「ああ、わりぃわりぃ。チビ貧乳」

「謝っても直す気はゼロですか!!」


 ぎゃあぎゃあと喚き散らすチビ貧乳ことシナン。彼女のことだ。今までチビだの貧乳だのと言われてきたのは多くあるだろうが、それを一まとめにして呼ばれるなんてことは初めての経験だろう。

 そんなシナンを放って置きながら、ベルセルクはウールに説明する。


「こいつはシナン・バール。俺の弟子だ」

「オマエの……弟子?」

「ああ、いろいろとワケアリだがな」


 ベルセルクの言葉に「ふーん」と言いながらシナンを見るウール。その目はまるで何かを観察するかのような目つきをしていた。


「オマエが弟子、ねぇ。人は変わるというが、本当のようだ」

「そうかもしれねぇな」

「……、」


 ウールの言葉を肯定するベルセルク。それに対してウールは眉を顰めた。まるで、その返答が気に食わないと言わんばかりに。


「さて……そろそろ世間話は終わだ。この状況で俺がこっちにいるのはどういうことか、分かってるよな?」

「その言葉をそのままオマエに返す。オレがここにいる理由は理解していると受け取っていいんだよな?」


 互いに互いの立場を聞き合い、そしてそれを相手が理解しているかどうかを聞きあう二人。その行為によって、彼らの立場は完全に一つのモノとなった。

 戦う相手。

 それが、今の彼らの立場であった。


「んじゃあ、互いの立場も分かった所で早速やりますか……と言いたいところだが、それはどうやら無理そうだ」

「?」

「どうせ、そこのチビ貧乳も入ってくるんだろう? オレはオマエとはサシで勝負したいんでな。邪魔が入られるのは癪に触るんだよ。それに……」


 と、ウールは人差し指を前に出す。


「そこにいる奴も、邪魔するんだろう?」


 ベルセルク達はその指の先を視線で追う。

 そして、その視線の中に入ってきたのは、いつの間にかベルセルク達の隣につっ立っていたレイクだった。

 彼は先程までのニコニコ笑顔を崩すことなく、ウールを見ていた。


「いやはや、別にワタシはそんなことはしませんよ。人の邪魔をするような野暮な真似は趣味ではありませんから。ただ……ワタシの主を殺すと言うのなら、話は別ですけど」


 相変わらず笑顔を絶やさないレイクだったが、目は冷たかった。それほど彼が本気で言っているということなのだろう。

 レイクの言葉にウールは首を横に振る。


「流石にこの場にいる全員を相手にしてまで殺しをする気にはならねぇからな。遠慮しとく」

「では、どうする気です?」

「そりゃあ逃げるさ」

「……この場から逃げきれるとでも?」

「ああ、そのつもりだ」


 言いながら、ウールは懐から白くて妙な丸い物体を取り出した。

 

「これでも一応暗殺稼業やってんだ。逃げる手段くらい持ってるのが普通だろう?」


 それが最後の言葉だった。

 ウールは次の瞬間、丸い物体を床に投げつけた。そして、ボォンッ!! という音と共に、白い煙が辺り一面を覆った。どうやら丸い物体の正体は煙玉だったらしい。

 こんな状態では、前どころか周りを確認することができない。


「ちっ!!」


 舌打ちをしながら、ベルセルクは地面に剣を叩きつける。その衝撃によって、煙は一瞬にして晴れる。

 しかし、すでにそこにはウールの姿はなかった。

 たった一瞬の煙幕と共に姿を消したのだろう。


「くそっ……」


 ベルセルクは心底悔しげな表情をしていた。

 それは、逃がしたことに対してだろうか。

 それとも、ウールと戦えなかったためか。

 それは、ベルセルクにしか分からないことだった。


 *


 ベルセルク一同は、ギルバート邸の客間にいた。

 一同、ということから分かるようにもちろんリッドウェイもいる。その頭には大きなタンコブがあり、ベルセルクが鉄拳制裁を加えた形跡を見受けられた。勝手にどこかへいった罰なのだろう。

 テーブルの上には紅茶などが置かれたいたが、誰一人としてそれに手をつけようとはしない。そんな気分にはなれなかった。

 あの後、死体の処理などは全てレイクが一人でやり終えた。てきぱきとした彼の行動は今までもこんなことがあったのだろうと思わせる節を感じさせる。

 そんなレイクが口を開いた。


「おやおや、誰も飲まないのですか? せっかく淹れた紅茶が台無しですねぇ」

「こんな状況で飲めるか、変態」


 レイクの言葉に反応するのは、壁の近くにつっ立っていたアリシアだった。

 アリシアの鋭い一言にしかしレイクは笑顔で指摘する。


「もー、だからワタシは変態ではないんですよぉ。そんな程度のランクにしないでください」

「……それは自分がもっと異常だと言いたいのか?」

「さぁ? それはご想像にお任せします。ただ……」

「ただ?」

「一つだけいうのなら、これからお一人になる時は、背後に注意して下さいね?」


 フフフッ、と不敵に笑うレイクの姿は何故か恐怖を感じてしまう。

 ひぃっ!! と悲鳴を上げながら、アリシアは風の如くシャロンの後ろへと隠れた。その目にはすでに涙が浮かんでおり、半泣き状態である。

 シャロンは苦笑いしながら、レイクに物申す。


「レイクさん、物騒な事言わないで下さい。ただでさえ、さっき怖い目にあったというのに」

「ああ~ワタシとしたことが、無神経でしたね。すみません」


 ぺこりと平に頭を下げるレイク。しかしどうしてだろうか、反省の色が全くと言っていいほど感じられない。

 ウルウルとしながらしがみつくアリシアに、シャロンはよしよし、と頭を撫でて安心させようとする。それはまるで小動物を愛でる女性の姿だった。

 それを見て、ギルバートは頭を抱えていた。頼むからそれ以上身内の恥を晒すな、というギルバートの心の声がベルセルクには聞こえていた。


「……そろそろ本題に入っていいか?」


 そう言いだしたのはベルセルクだった。


「本題ですか」

「俺達を雇うのかそうでないのか。結局の所、気になるのはそこだけだからな」

「ふむ、そうですねぇ……どうします? ギルバート様」

「……一つ確認したいことがある」


 ギルバートは腕を組み、ベルセルクの表情を見ながら質問する。

 その表情は真剣そのものだった。


「貴様はあの襲ってきた殺人鬼と面識があるのか?」

「ある……と言ったらどうする?」

「質問を質問で返すのはどうかと思うのだが……まぁいい。あるのだとすれば、少しでも情報が欲しい。貴様のような男だ。知り合いだからと言って、庇い合いをすることはないだろう?」

「ひどい言われようだな」


 言いながらも、ベルセルクはシニカルな笑みを浮かべていた。そして、心の中ではギルバートの言葉にその通りと答えている。


「……奴はウール・ヴヘジン。『鉄拳』の名で知れている殺し屋で素手で戦う拳法家だ。いや、拳法家っていうのは、少々違うか」

「違う?」

「奴は我流でな。『型』なんてものはない。そこんところは俺と同じだな。言うならば、喧嘩殺法ってやつだな」

「喧嘩殺法ですか……しかし、それにしては……」

「奴は強かった……か?」


 レイクの言葉にベルセルクは被せるように呟く。

 喧嘩殺法とは素人が喧嘩をする時に使うものだ。それ故に、素人地味たモノであり玄人にはあまり通用しない。しかし、人によってはそれを最大限に活かし、玄人を凌駕する力を発揮させる者もいる。

 その一番の例がウールだ。


「奴の体はあらゆる意味で『異常』だ。それは、見ていたそこのメイド達が一番理解できるだろ?」


 言われて、アリシア達は肩をすくめる。

 二人はあのウールとかいう殺し屋の実力を目の当たりにしていたのだ。短剣を指で粉々に砕く、たった一撃で人間の背骨を粉砕する、そしてアイアンクローをした状態でそのまま頭を潰すという荒業をやり遂げたのだ。

 握力が強い、なんてレベルの問題ではない。

 体そのものの作りがおかしいのだ。


「奴が『鉄拳』と呼ばれるのはな、『鉄のように硬い拳』って意味じゃねぇ。『鉄をも砕く拳』って意味だ」

「鉄をも砕く、拳……」


 ベルセルクの言葉をシナンは復唱した。


「……貴様との関係は?」

「別に大した関係じゃねぇよ。昔一緒に仕事をしていた。ただそれだけだ」

「一緒に仕事を、か」

「ああ。とは言っても、一年くらいで別れたがな。どうも奴とは気は合いすぎるんでな。それが原因で袂を分かつことになった」

「え? それってどういうことですか? 気が合わないんだったらともかく、合うんだったら……」

「奴と俺が気が合うっていうのはな、殺し合う気って意味だ」

「こ、殺し合う?」

「ああ。こいつと戦いたい、っていう何とも妙な気があっちまってな。そんな奴と一緒にいたら、どうなると思う? 殺し合いになるのが普通だろう?」


 いや、全然普通じゃない。というよりも、そんな異常なことが普通と言えるベルセルクはやはりどこかズレているんだなぁ、と改めて実感するシナンであった。


「まぁ、そんなこんなで、二年と半年くらい前に奴とサシで勝負したんだが……ちょっとした邪魔と予定外の誤算で俺達はそのまま別れたってわけだ」

「なるほど~……そういういきさつが、ねぇ……」


 と頷きながらレイクは呟く。


「それで? どうするんだ、当主様」

「……、」


 またもや挑発地味た言葉を出すベルセルク。

 しかし、ギルバートはそれに対して、眉を顰めるもそれに対しては何も言わない。

 それどころか。


「分かった。貴様達を雇おう」


 という返事まで返した。


「いいんですか!?」


 そう言ったのはシナンであった。


「あんな奴がいると知ったのだ。ウチのレイクでも恐らく苦戦するだろう。それに……どうやら、あの殺人鬼以外にも俺の命を狙っている輩がいるらしいからな。そのためにも、用心棒を増やすというのは愚策ではないだろう?」


 言いながら、レイクの方をちらりと見るギルバート。それに対してレイクはにこりと笑い返すだけだった。


「交渉成立、ってわけですね」

「ああ、これからよろしく頼む」


 そんなこんなで、ベルセルク達一行は仕事を得ることができた。

 今回の仕事も厄介なことになるんだろうなぁ、とシナンは心の中でため息をついたのだった。

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