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勇者の師匠  作者: 新嶋紀陽
第三章
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「通りすがりの殺人鬼?」


 黒ずくめの男が一人、疑問形で復唱する。

 それは、まるで小ばかにしたようなものであり、信じられないと言っているようなものだった。


「おい、お前、いきなり出てきて何わけわかんねぇこと言い出しやがる!!」

「別にわけわかんないことはないだろ? そのままの意味だよ。ってか、オマエらの頭はそんなことも分からないようなお飾りなわけ?」

「こっの、言わせておけば……!!」


 女性の言葉に憤慨したのか、喋っていた一人の黒ずくめが、女性に向かって短剣を斬りつけようとする。

 がしかし、それは失敗に終わる。

 何故なら、その短剣を女性が自分の顔に当たる寸前に止めたのだ。それも、たった二本の指で。


「なっ……!?」


 止められた黒ずくめは驚嘆の声を上げる。

 真剣白刃取り……頭上に振り下ろされた剣を両手で受ける防衛方法として世の中に知れ渡っている誰でも知っている技だ。しかし、実際それをするには並外れた神経と技量が必要であり、タイミングが合わなければ失敗してしまう。しかも、それをたった二本の指と指の間で受け止めるなど、異常すぎる。

 その有り得ない状況を目の前の女性は実現してしまっていた。


「おいおい、こんな程度でそう驚くなよ。大したことじゃないだろ」


 瞬間、パリンッという音が廊下に響き渡った。

 短剣が砕けたのだ。

 折れた、のではなく砕けたのだ。剣が折れた場合は真っ二つになるが、今現在、彼らが目にしているのは、短剣の刃の部分が木っ端微塵になってしまった。まるで、リンゴが手で潰されたような具合だ。

 それも、女性のたった二本の指によって。

 まるます異常な状況に、短剣を持っていた男は、思わず後ずさりしてしまう。


「こ、こいつ一体……」


 思わずそう呟いてしまったのは仕方なのないことだと思える。

 実際、助けられたアリシアとシャロンもまた同様の事を考えていた。

 短いとはいえ、鉄の塊である短剣を素手で、しかもどういう原理かは分からないが、たった二本の指で粉々に砕くなど、ありえないことだ。

 これで驚くなという方がどうかしている。

 女性は自分を恐れている黒ずくめ達を見てため息をついた。


「はぁ……ったく、オマエらそれでも暗殺者か? 見たところ、それ程実力があるようには見えないが、それでも、この程度でビビるなんてことしてたら、暗殺者失格だぞ?」

「こっ、このアマ……!!」


 怒る黒ずくめこと、暗殺者達。

 しかし、それでも彼らは怒りを行動として表すことができなかった。そんな事をしてしまっては目の前にいる女性に何をされるかわからないからだ。

 彼女が言ったように、彼らは新米の暗殺者だ。正直、相手がどの程度の力を持っているのか、図ることなどまだできない、半端者で使いっぱしりだ。

 だが、そんな彼らでも分かる。分かってしまう。

 目の前にいる女性が、いかに強いのかということを。

 臨戦態勢に入る暗殺者に対し、女性は未だに余裕な態度で口を開く。


「しっかし、ここの貴族様は人気者だな。オレ以外に殺そうとする奴がいるとは」


 その一言に、暗殺者の一人が怪訝そうな声音で言う。


「オレ以外……? ということは、まさか!?」

「お前が、巷で噂の殺人鬼!?」

「どうして本物がここにっ!?」

「おい、どういうことだよ、こんなの聞いていないぞ!!」


 異常事態に暗殺者達は動揺を隠せない。

 しかし、アシリアやシャロンにとって、重要な事はそこではない。

 どうして本物がここに。その一言に、疑念が芽生える。

 目の前にいる人物を本物と言うからには、自分達は偽物と証言しているようなモノだ。

 一体どういうことだ、と思っていると。


「オマエら、アレだろ? オレに濡れ衣を被らせようとしたんだろ。まぁ、オレもいろいろ殺しまくったからな。似たような事をして、罪をオレに擦り付けようとする輩が出てくるとは思っていたが、まさかオレが殺しに来た時に、鉢合わせるとは予想してなかったわ」


 女性は嫌気がさしたような表情になる。当然だ。自分の偽者が目の前にいるのならば、その反応は正しいと言えるものだろう。

 しかし、今の言葉で驚愕の事実が分かった。

 アリシアとシャロンを助けたこの女性もまた、自分達の主であるギルバートの命を狙っているということが。

 

「まぁ、何がどうなってて、誰がオマエらに暗殺を命じたのか、そんなことはどうだっていい。オレが一番気に食わないのは……オレの獲物をオレ以外の奴が狙っているってことだ」


 瞬間、彼女の目が細くなる。

 それは、もう冷たく、見つめられている方は生きた心地はしなかっただろう。彼女によって庇われている形となっているアリシアやシャロンにも、その冷たさを感じることができた。いや、感じさせられていた。

 

「準備はいいか? 覚悟はいいか? いるかどうかも分からない、神様とやらに祈りは済ませたか? 人の獲物に手を出したんだ。じっくりたっぷり後悔させてやるよ」


 紫という不気味な色の長髪が揺れ動く。

 そして、それは彼女が動いたという合図でもあった。


「「ッ!?」」


 アリシア達にも彼女が動いた、というのは理解できた。

 しかし、その後に何が起こったのかは分からなかった。

 いや、起こった結果は見えている。女性の一番近くにいた暗殺者の一人が、大量の出血をしながら倒れていたのだ。分かったのはそれだけだった。

 そう、それだけだ。

 まるで、数式という問題に対し、答えだけを見せ付けられたような気分である。途中で何が起こり、どういう理屈があって、このような結果が起きたのか。それが分からなかった。

 見ると、女性の手は暗殺者の血で真っ赤に染まっていた。


「ひっ……」


 アリシアは、突然の出来事に、言葉を失った。当然だ。目の前で人が死んだのだ。ただの少女である彼女には、少々きついモノだっただろう。

 それに比べて、シャロンは冷静である。まるで、こんなことは慣れているといわんばかりに。


「さて、まずは一人っと……」

「お、お前……!?」


 仲間がようやく殺されたことを理解したのか、暗殺者たちは唐突に声を張り上げる。

 と同時に、彼らは動き出した。いや、襲い掛かったといった方がより正確で正しいだろう。

 先程までは何かしらの恐怖によって、体が動かない状態にあった彼らだが、それでも仲間の一人がやられたせいでその恐怖が消えたのだろう。仲間思い、というよりは、彼らの場合、舐められていると思っているのだろう。

 しかし、それはあまりにも愚かしい行為だった。

 一度に襲い掛かる、とは言っても全員が同じタイミングで同じ動きをしているわけではない。そのため、一人一人が女性の元へと到達するには若干のズレがあるのだ。

 そして、一番早く彼女の元へたどりついた暗殺者は自らが持っていたナイフを女性めがけて斬りかかる。しかし女性はその攻撃を意図も簡単によけ、そしてがら空きになった背中に自分の肘を叩きいれる。

 瞬間、バキィッ!! という何かが折れる音がした。

 その何か、というのは恐らく背骨だろう。肘を叩きいれられた暗殺者はそのまま地面へと倒れ、そして二度と起き上がることはなかった。

 さらに仲間がやられてムキになる暗殺者達。

 今度は二人がかりだ。左右の両方からの回し蹴り。それを瞬時に読み取った女性はその場を蹴って、空中へと逃げる。行き場を失った回し蹴りは同時打ちで終わる。そして、同時打ちで終わる瞬間に、今度は女性が空中で体を回転させながら、彼らの首に自らの足を入れる。ゴクリッという何とも鈍い音とともに、二人の暗殺者は左右の壁へと吹っ飛んで行った。

 女性が地面へと足をつけようとしたその時。


「てりゃああっ!!」


 暗殺者の一人が、どこから出した剣を振りかざして襲ってくる。

 大声を上げながら襲うとは、何とも馬鹿なことだ。普通の戦いならまだしも、彼らは暗殺者。ひっそりと人を殺すのが役目だというのに、それを生かさずただ正面から来るなんてことは、愚かしいにも程がある。やはり、まだ新米だったか、と女性は改めて確認すると同時に、その振りおろされた剣を悠々と避ける。まるで、他愛のないかのように。事実、彼女にとっては今の攻撃は他愛のないものなのだろう。

 そして、剣を振り下ろしたことで隙ができたその暗殺者の頬に、裏拳をお見舞いする。そして、再び鈍い音が廊下に響く。

 剣を持っていた男は断末魔を上げる暇もなく、顎をやられ、そのままふっとんだ。

 今ので四人。

 目の前にいる彼女は、四人の暗殺者をあっという間に倒してしまった。いや、殺してしまったのだ。

 恐らく二分もかかっていないだろう。


「ありえない……」


 残りの暗殺者の一人が呟く。

 ありえない。それは、アリシアやシャロンも同じような事を思っていた。目の前にいる女性は、短剣を粉々に砕き、四人の暗殺者をあっという間に殺してしまった。常人では普通、ありえないことだ。

 そんなありえないことをやってのけてしまう女性は、とても美しかった。

 たった一撃で、しかもそれほど強くなさそうな攻撃で人を殺してしまう。

 そんな女性の存在は、美しく、魅力的で、恐ろしく、そして怖かった。

 こんな奴が自分達の主を狙っている。

 その恐怖を、シャロンは体を震わせながら考えていた。

 ブシュッ!! と再び鮮血が暗殺者の体から吹き出る。今度は首を切り落としたのだ。

 その光景を見た最後の一人がひぃっ、と声を上げる。そして、懐に隠し持っていた短剣をそのまま彼女の顔面めがけて突き刺す。

 ガギンッ、という音が鳴り響く。

 それは、女性がナイフを自らの歯で受け止めた音だった。

 またもやありえない所業をした女性に暗殺者は喚き出す。


「何で……何でだよ!! 何で俺達にこんなことすんだよ!! 俺達はただ、ここの貴族を殺しにきただけだろうが!! お前には何もしてねぇだろ!!」

「……、」

「た、確かに、お前に罪をなすりつけようとはしてたさ……。でも、だからってこんな……!!」

「ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ、やかましいぞ、テメェ。ったく、それでも男か?」


 目の前にいる暗殺者のあまりにも情けない姿を見て、女性は落胆の言葉を述べる。


「言っただろ? 罪をなすりつけるなんてことはどうでもいいって。オレはそんな度量の狭い人間じゃねぇからな。オレが許せないのは、二つ。オマエらがオレの獲物を狙っていたこと。そして、女をモノのように扱ったことだ」


 女性はがっしりと暗殺者の頭を掴む。まるで、アイアンクローでもするかのように。


「別にオレは女が男より偉いって言いたいわけじゃないぜ? 実際、今の世の中、社会を動かしているのは、事実的男だし、権力があるのだって男の方だ。女が裏で権力を持っている、なんてことを聞いたことがあるが、それも一部だろうよ。結局、女って生き物は男がいなけりゃ生きていない生き物なのかもしれねぇ」


 でもな、と女性は続ける。


「だからって、テメェらのようなゲスが女を蹂躙してる様を見てるとよ……腸が煮えくり返って、殺したくなるんだよ……」


 ぐいっと女性の手の力が強まる。

 ひっ、と暗殺者は恐怖の声を口にする。


「や、やめて、やめてく……」

「やめれくれだぁ? ハッ、ふざけたことぬかしてんじゃねぇぞ、ボケ。テメェらは人を殺しにきたんだろう? だったら、自分も死ぬ覚悟はできてるってことだろうが。そんな覚悟もないくせに、人を殺そうとしたんだったら……あの世で後悔するんだな」


 その後、グシュッという気色の悪い音とともに、鮮血が舞い散る。

 何が起こったかは、言うまでもない。

 女性は、自分の手についた血を払いながら、肩を鳴らす。それはまるでひと仕事終えた者の仕草だった。


「さてと……」


 何気ない一言を呟きながら、女性は振り向く。

 彼女の視界に入ってきたのは、怯えたアリシアをその腕で抱いていたシャロンだった。

 シャロンは、こんな惨状の中でもキッとした目つきで女性を見ている。

 そんなシャロンに、女性は気さくな言葉を投げかける。


「そう睨むなよ。何もこいつらの代わりにオレがオマエらをどうこうしようってわけじゃないんだ。警戒すんなよ」

「貴方……何をしにここへ?」

「あん? 何しにって、そりゃあ、この屋敷の主を殺しにきただけだが?」


 平然と殺人を口走る女性にシャロンは警戒をとかない。


「なら、尚更無理な話です。私達の主を殺そうとしている方に心を開くとお思いですか?」

「ほぉ……言うじゃねぇか」


 女性はニヒルな笑みを浮かべた。


「さっきあれほど痛めつけられてもまだそんな口がきけるとは。よっぽどここの主を慕ってるんだな」

「ええ、もちろんですとも。この世の誰よりも慕っています」

「……おいおい、そういう事真面目に言い返すなよ。こっちが困るだろうが」


 シャロンの言葉に何やら戸惑いを見せる女性。予想外の答えだったのだろう。

 だが、そんな表情をしていたのも数秒だった。

 彼女はすぐさま先程と同じ、悪趣味な笑みを浮かべた。


「まぁ、どうでもいい話は置いとくとして、オマエらちょっと教えてくれねぇか? ここの主がどこにいるのか」

「聞かれて答える程、馬鹿に見えますか?」

「だろうな。口が裂けても言わなさそうだ」

「当然です」


 迷いのない一言だった。

 しかし、シャロンの心はかなり動揺していた。どうするべきか、何をしたらいいのか、そんな事で頭はいっぱいいっぱいだった。その証拠に、彼女がアリシアを抱えている手は今もまだ震えている。ガタガタと震える手は、アリシアにも伝わっていた。

 そして、それは女性もまた気づいている。


「……なぁ。オレは別にオマエらをどうこうするつもりはねぇ。これは本当だ。居場所を聞いたら殺すとか、顔を見られたから消すとか、そんなちんけな事はしない。ただ、オレは時間短縮のためにだな―――」


 瞬間だった。

 ズゥン!! という空気の振動の音が彼女たちの耳に入ってくる。

 それと同時に女性は後ろへと飛び、そして女性が先程までいた場所が木っ端微塵に砕け散る。まるで何かに抉られたかのように。

 アリシアとシャロンは驚愕の顔になる。それはそうだ、目の前で突然と床がえぐられたのだ。驚かない方がどうかしている。

 そして、そのどうかしている人物が一人いた。


「……こりゃあ、とんだ客がいたモンだな」


 女性は抉られた床を見ながら、驚くどころか狂喜を表すような顔付きになっていた。

 そして、顔を上げ、その人物を見る。

 そこにいたのは一人の男。

 赤髪の男で黒のコートに身を包んでおり、長身で顔は老けているようだが、しかしその顔付きには戦いをくぐり抜けてきた強い意思を感じる。そして、肩に剣を担ぐという癖。

 間違えるはずがない。

 女性の目の前にいる男は―――ベルセルク・バサーク。


「久しぶりだな、ウル」


 ベルセルクは、いつものようにシニカルな笑みを浮かべていた。

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