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勇者の師匠  作者: 新嶋紀陽
第三章
43/74

※短めです

 この屋敷がおかしい。そう思ったベルセルクの勘に恐らく間違いはないだろう。屋敷内を歩いている最中、ベルセルク達は一人も屋敷の者に会うことがなかった。話によれば、ディスカビル家の当主は何十人もの奴隷を買い、彼らに自分の周りの世話をさせているという。だが、現実は違った。

 おかしな点はそれだけではない。人が全くといっていい程いないのにも関わらず、屋敷内はまるで新品のような美しさを保っている。門を通ってすぐに見えた庭園もものの見事に手入れされていたことから、誰かが世話をしているのは間違いがない。そこから考えて、人がいないということは有り得ないのだが。

 と、そこでベルセルクは考えるのをやめた。

 また悪い癖が出てしまった。疑問に思ったことを何でも頭の中で追求しようとしてしまう。それで解決したことが今までなかったというのに。

 そして案内された屋敷の応接間。そこで待たされること数分、その人物はやってきた。


「待たせて申し訳ない」


 ドアを開けって入ってきたのは、ベルセルクよりも少し年上のような男。

 闇夜のような漆黒のコート、それと相対する白いブラウスとスカーフ。紺色のズボンは凛々しさを強調しているかのよう見える。

 髪はコートと同じような短い黒で、少々くせっ毛が見当たる。瞳もまた同様に黒く、まさに黒一色と言っても過言ではない。

 全体像、格好、そして顔。その全てから見てベルセルクの思った事は一つ。

 若い。

 こんなにも若い貴族の当主に会ったのは初めてだ。貴族の当主と言えば、よっぽどの理由がなければ、若くても三十代くらいなのが常識的だ。

 先程の執事青年ことレイクを連れながら、彼はベルセルクとは反対側の席についた。


「私がこの家の主、ギルバート・ヴィ・ディスカビルだ」

「ベルセルク・バサークだ」

「シナン・バールです」

「あっしはリッドウェイと言います」


 一同は各々の名前を言い、自己紹介を手短に終わらせる。


「まずは謝辞を。うちのメイドが迷惑をかけたようで」

「ああ、全くだ。どうやらとてもやんちゃなメイドを仕えにしているようで」


 ここは普通、「いや、別に」とか「気にしていない」と言えばいいというのに、流石はベルセルクと言ったところだろうか。ものの見事に常識を蹴飛ばしてくれる。

 毎度のことながら、腹が立つ言い方をするベルセルクに、いつものように下から睨みつけるシナン。そして、その様子を苦笑しながら「ああ、またか」と心の中で呟くリッドウェイ。

 ベルセルクの皮肉に対して、ギルバートは不敵に口元を緩ます。


「あれは未だにここに来ての日数が少なく、メイドとしての何たるかをまだ理解しきれていない。どうかここは、俺に免じて許してはくれないだろうか」

「部下思いの当主様だな……まぁ、それほど気にしちゃいねぇよ。水に流そう」

「そうか、それは良かった」


 文面にしてみれば、どこにでもあるような会話だ。

 しかし、その場にいれば分かる。彼らが口で言っていることとは全く違うことを考えていることが。

 二人は互いを睨み合っていた。まるで相手の心を読もうとするかのように。もちろん、ベルセルクにそんな特技はない。だが、目の前にいる人間が何を考え、どうしようとしているのか。それを先読みするのもまた剣士の技術には必要なことである。

 そしてベルセルクは直感した。この男は自分と同じことを考えていると。

 ただの金持ち貴族の当主様、というわけではないようだ。


「あの~……すみやせん、仕事の話に入ってもいいですかねぇ?」


 いつの間にかピリピリとした空気になっていた状況下で、リッドウェイがそんな事を言い出した。

 空気の読めない奴、と言ってしまえばそこで終わりだが、ベルセルクからしても今の彼の行動は正しいものだ。自分達はここに戦いに来たわけでも、何かしらの取引に来たわけでもない。ただ、自分達を雇ってもらうために来たのだ。腹の探り合いなどしても、意味はない。


「すまない。そこの彼があまりにも熱い視線を送ってきたものでな。つい、な」


 挑発的な物言いに、ベルセルクはムッとなるが行動や言葉にはしない。挑発をしてくるということは、ベルセルクが何かしらの反応を見せることが目的なのだ。ならば、何もしないということこそが、挑発に対しての唯一の仕返しとなる。


「話はレイクから聞いた。お前達は私に雇われに来たらしいが、本当か?」

「へい、もちろん。ただし短期間のみ、ですがね」

「短期間? それはどういう意味だ?」

「貴族三十人惨殺事件……と言えば分かりますかね?」

「……、」


 リッドウェイの言葉にギルバートとレイクは表情を変える。

『貴族三十人惨殺事件』。それは、昨日リッドウェイが言っていた、最近起こったとされる殺人事件のことだ。

 何も言わないギルバートにリッドウェイは続けて説明する。


「あの晩、ある貴族が国中の有力貴族を集めてパーティーを開きやした。そこには、この国の重鎮もいたらしく、財務長やら宰相まで選り取りみどり。そして、その全員が惨殺されてしまい、現在この国は密かにパニック状態。アンタが遅れてきたのも、そのせいなんでしょう?」


 そして、とリッドウェイは繋げて言う。


「貴族達が殺されたあのパーティー……アンタにも招待状が来ていたのでしょう?」

「……さぁ……どうだったかな」

「あらら、シラを切りやすか。まぁ、別にいいですけど」


 はぐらかされた割には、あまり動揺しないリッドウェイ。


「でも、肝心なのはここから。パーティーに招待された貴族達が殺され、唯一生き残ったアンタの所にある手紙がやってきた。内容は『近いうちに殺しに行く』という殺人予告。それが来たのが三日前、でしたよね?」


 どこからそんな情報を、と思ったのはリッドウェイに問い詰められているギルバートだけではない。ベルセルクやシナンもまた、同様の事を考えていた。しかも、ギルバートがしかめっ面をしていることから、リッドウェイの言っていることは当たっているのだろう。毎度のことではあるが、よくまぁ調べたものだ。


「……情報を掴むのが早いな。それはまだ、どこの誰にも話してないことなんだが……どこから仕入れた?」

「それは言えやせんよ。ネタバレなんて真似、あっしはしたくないんで」

「ふん、なるほどな。情報を掴むことにはかなりの手練と見ていいようだな……確かに、俺はあの晩のパーティーに呼ばれていた。加えて言えば、殺人予告とやらも三日ほど前に送られてきた」


 今度はあっさりと認めたギルバート。流石にこれ以上は騙す事は不可能と考えたのだろう。

 しかし、何事でもそうだが、話はそう簡単には済まなかった。


「だが、俺は別に用心棒などいらん。そんなものは必要ないんでな」


 あっさりとリッドウェイは誘いを断られた。

 だが、ここではいそうですかと引き下がるわけにはいかない。


「必要ない、ですか。それだけ、自分を守れる自信があると……それにしては、無用心すぎやせんか?」

「無用心?」

「門に兵を見張らせず、しかもこんなどこの馬ともしれない輩を屋敷内に招き入れる。あっしらとしてはとてもありがたいですが、一言言わせてもらえば、ちょっと警戒が足りないんじゃあないですかね?」

「なるほど、確かに筋は通っているな。普通なら」


 普通なら、という言葉にベルセルクは何か引っかかりを感じた。それはつまり、今、この屋敷内の状況は普通ではないと言っているようなものだ。それは一体全体どういう意味だろうか。

 その答えはすぐに返ってきた。


「しかし、俺の所には凄腕の用心棒がもういるのでな。貴様が言っている通りは通らんよ」

「凄腕の用心棒……? そんな人、どこにいるんですか?」

「いるではないか、小僧。ほら、お前の目の前に」


 ギルバートの言葉に首を傾げながるシナン。いやいや、目の前にと言われても、そこにいるのはギルバート本人と執事のレイクくらいで……。

 と、そこでシナンはまさか、と言うような表情になる。


「えっと……もしかして、レイクさんが、その用心棒?」


 シナンの言葉が疑問形になったのも無理はない。もしそうならば、笑い話にもならないほど巫山戯ていると考えるのが妥当だ。

 普通なら、の話だが。


「おやおや心外ですねー。ワタシが護衛だと何か不満でも?」


 どうやら、シナンの言葉は見事に的を射ていたらしい。

 シナンに向かって笑顔を向けるレイク。

 しかし、その笑顔には感情が入っていないように思え、逆にゾッとする。それは、シナンも同じようで、レイクの言葉に萎縮してしまう。


「い、いえ、そういうわけじゃあ……」

「まぁ、そう思ってしまっても仕方ありませんよねー。どこからどう見ても一介の執事にしか見えませんものね……あ、そうだ」


 何か思いついたような顔で、手を叩く。


「では、こういうのはどうでしょう? ベルセルクさんとワタシが戦う。ベルセルクさんが勝った場合、アナタ方を雇いましょう。ただし、負けた場合は……」

「即座に出て行け、か。いかにも、在り来たりなやり方だな」

「シンプルで分かりやすいでしょう?」

「フン、確かにな」


 レイクの言葉通り、ベルセルクにとって戦いで物事を決めることは実に簡単で分かりやすい。これ以上ないというほどに。

 またこの展開か、とシナンやリッドウェイは思っていることだろう。ベルセルク自身も同じような事を繰り返しているように思えるが、しかして飽きることはない。

 シナンが来たことによってベルセルクは少し変わった。それは事実だ。だが、変わらない部分ももちろんある。その最たるものが、戦いへの欲望だ。

 強い奴と戦いたい。

 目の前にいる執事。飄々としている態度からは分からないかもしれないが、門番も衛兵もいないこの屋敷を一人で守っているというのが本当ならば、恐らく相当強いに違いない。

 今、この瞬間にも目線を送って睨みつける。しかし、彼はそれをモノともしない顔で返してくる。それだけでも、只者ではないことは明らかだ。

 ベルセルクは数拍の後、答えを出す。

 

「……いいだろう」


 ベルセルクは目線を逸らし、立ち上がりながら言う。


「そうこなくては」


 ベルセルクとは打って変わって、相変わらず笑顔を絶やさないレイク。こういっては何だが、やはり不気味だ。

 しかし、その不気味さがまた彼の強さを表しているのかもしれない。


「では、中庭を使いましょう。いい具合の広さがありますから」


 そう言って、レイクはベルセルクを外へと誘う。

 ベルセルクは素直にその後を追っていった。

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