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勇者の師匠  作者: 新嶋紀陽
第三章
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 貴族の国『ノブレス』

 その名の通り、貴族が国の中心となって栄えている国だ。世界中、どこにいっても貴族という種類の人間は存在するが、ここノブレスではそういった者がどこの国よりも多く、格差社会が物凄いのだ。

 例えば、ノブレスの中心であり首都である『オブリーシュ』は、二つの街によって形成されている。一つは貴族が住んでいる貴族街。もう一つは、普通の一般庶民が暮らしている下町だ。

 貴族街は聞いただけで分かる通り、貴族に相応しい造りになっている。ありとあらゆる所に贅沢な施しがされており、下町の人間にとっては一度でいいから住んでみたい場所らしい。

 らしい、という言葉から分かるように、ベルセルクはその姿を見たことはないし、正直どうでもいい。ベルセルクにとって、そんなことはそれほど重要なことではない。というより、興味がない。

 一方、下町というのは、どこにでもあるような町だ。

 下町は、貴族街とはうってかわって、お粗末な場所である。人が住むには確かに十分な場所ではあるが、しかし貴族街と比べれば、やはり地味で質素で贅沢はできない環境である。

 そして、今、ベルセルク達はそんな下町のとある酒屋に来ていた。


「連続殺人鬼?」


 現在、ベルセルク達は晩飯を食していた。故に、そういった話題は普通、遠慮するものであるが、ここにいる一同は三人とも普通ではないので、そういったことは気にしない。

 シナンの言葉に、リッドウェイは頷く。


「へい。最近、この国を騒がしている殺人鬼がいるらしんですよ。しかも、殺している相手は全員、貴族らしんです」

「貴族、ね。まぁ、仕方ねぇだろ。貴族って奴はどこでも恨まれる対象だ。しかも、この国は貴族がうようよいるからな。殺してやりたいって思う奴はそこら辺にいるだろうな」

「師匠、それは言いすぎだと思います。世の中の貴族が全員、そんな人達じゃないですよ」

「そうかもな。だが、俺が会って来た貴族のほとんどは、金に目がないクソったれや自分より下の立場の連中を虐げるゲス共ばかりだったんでな」


 ベルセルクが言うと、シナンはそのまま何も言い返さなかった。ベルセルクの言葉に反論したシナンも心のどこかでは、分かっているのだ。貴族という立場がどんな奴らなのかということを。

 貴族は悪い奴だ。世間一般的な人々にとって、それは共通認識だと思える。それは、自分よりも高い地位にいる連中に対しての嫌味であったり、実際に悪行を働いている貴族への苛立ちなどだろう。もちろん、世の中の人間が全員そう思っているとは言わない。国によっては、貴族がいい奴、と思っている人々がいるところもあるのかもしれない。

 しかし、人間という生き物は醜いもので、権力や金があると、それを振りかざそうとする。そういった連中をベルセルクは腐るほど見てきた。どいつもこいつも、自分のことしか考えていなかったり、家のため名誉のためと言って何のためらいもなく悪行を働く者ばかりだった。さらにいえば、金を使って優雅にそして豪勢に暮らしている者もいた。そういった連中はやはり、庶民のことなど考えていないのだ。

 別に、ベルセルクは彼らを軽蔑しているわけではない。いや、中にはどうしようもなくて軽蔑の気持ちを抱えずにはいられない奴もいるだろうが、それはほんの少しの例外だ。

 貴族が贅沢な暮らしをしようが、金をがっぽり儲けようが、ベルセルクには関係がない。そんなものに憧れも抱かないし、羨ましいとも思わない。憎みやら恨みなど言った感情も湧かない。

 軽蔑も尊敬も何もない。ただ、彼らはそういった人種なのだと思っているだけにすぎないのだ。

 

「まぁダンナの言うとおり、この国は貴族に対する恨み妬みが激しいですからね。前のシファールの王女様くらいに。この国は、中央はまだしも、その外に出ればもっと荒んだ状況下ですからね。そういった考えで事を起こした輩の仕業なのかもしれませんなぁ」

「確かにそうですね。ここに来るまでの状況は、最悪でしたね……」


 と、リッドウェイの言葉に同意するシナン。

 この首都に来るまでに立ち寄った街々は、どこもかなり荒んでいた。土地は荒れ、人々は飢餓に苦しんでいた。それこそ、一日生きていくのがやっとと言わんばかりなものであった。

 ベルセルクはそういったものに慣れていたが、それでも見ていてあまり快いものではない。中には、身売りする者もいる始末。流石に、ベルセルクでも思うところはあった。


「け~ど、どうやらそうでもないみたいなんですよ、これが」

「どういうことですか?」

「いやね、どうも手口がプロっていうか、手際が良いんですよ。一番最近の事件では、ある集会に集まっていた貴族達の衛兵百人をたった一人で全員殺しちゃって、挙句その場にいた貴族の首をぜ~んぶ綺麗に胴体とお別れさせちゃってたらしんでやす」

「胴体とお別れって……まさか」

「首を斬られてた。そういうことだろう?」

「そういうことです」


 うげぇ、とシナンは苦い顔になる。まぁ、人の首が斬られてる、なんて想像をしてしまったら普通はこういう反応だろう。

 だが、ベルセルクは納得のいかない顔付きだった。

 今のリッドウェイの話には少し妙な所がある。


「おい、リッドウェイ」

「へい?」

「衛兵と貴族、その両方共全員が死んだんだよな? だったら、何でそれをやったのが『一人』だって言えるんだ?」


 そう。首が斬られていた、衛兵や貴族達が一人残らず殺されていたなどといったことは、別に後で見ればわかる話だ。

 だが、それを一人でやった、と断言することは誰かが見てないければ、できない。しかし、リッドウェイの話なら、その場にいた者は、全員死んだはず。ならば、目撃者は誰もいないはずなのだ。

 そう思っていたベルセルクの考えは、見事に外れることとなった。


「いやぁ、それがですねぇ……」


 言いながら、リッドウェイは周りをきょろきょろと見渡した後、チラリとシナンを見た。ん? と惚けたような顔をしながら、シナンは首を傾げる。ああ、何故だろうか。こいつのこの顔を見ると、無償に腹が立つ。

 などとベルセルクが思っていると、リッドウェイは観念したかのように、話し出す。


「……その集会は、国中のお偉方があることをするために集まってたらしんです」

「あること?」

「ええ……その、何というか、えーっと……」

「……女か」


 ベルセルクが言うと、リッドウェイは気まずそうに「へい……」と答えた。

 そういうことか、とベルセルクは納得したが、彼の馬鹿な弟子はそれでは納得しなかった。


「どういうことですか?」

「つまり、貴族の変態共が、そこらの女捕まえて奴隷のように見世物にしたり、自分の慰めものにするってこった。自分の好きなように、な」


 瞬間、シナンの顔が真っ赤に染まった。

 ああ、やはりこういったことには耐性がないようだ。歳もそうだが、こいつ、そういった方面の経験は皆無だな、と勝手に想像し勝手に決定したベルセルク。

 この手の話は、どこにでもある話だ。前に戦った魔人、アーヴィンの恋人もこういった事に巻き込まれたのだ。捕まった女がどうなるのか、そんなもの間近に見ずとも、容易に想像がつく。貴族達の変態行為の犠牲になるのが目に見えている。

 やはり、どこの貴族も腐っているな、と再確認するベルセルクであった。


「で、話を戻しますけどね。その時、逃げ出した少女の一人が、つい先日捕まったそうなんですよ。で、その子の証言から、相手が一人ってことが判明したんです」

「そういうことか……なるほどな」

「でも、貴族や衛兵が皆殺しにされてる中、その子よく助かりましたね」

「いやね、それがどうも妙なんですよ。確かにそいつは貴族や衛兵には容赦がなかったんですけど、捕まっていた少女達には一切手を出さなかったっていうんですよ。普通、本当の暗殺者なら目撃者は抹殺ってのは鉄則だっていうのに」

「へぇ。詳しんですね、リッドウェイさん。まるで、昔やってたみたいですね」

「え……あ、あー、そうでしょう? これでも、調べ事に関しては超一流ですからねぇ」


 あっはっはっはぁ! と偉そうに言うリッドウェイ。いつもなら、ここでベルセルクの鉄拳が飛んでいくはずだったが、彼は何もやらない。ただ、リッドウェイの方をチラリと見て、様子を伺うことくらいだった。

 そして、今度はベルセルクがリッドウェイに質問する。


「その、殺人鬼の容貌とか、分からねぇのか?」

「あ、はい。一応、調べによると、長い紫色のポニーテールに、純白のような白い服装。胸が大きくて、目つきはキツイけど、顔も美人。スタイル抜群の超ナイスバディということで……」

「リッドウェイ。右手と左手、どっちを切り落として欲しい?」

「唐突!! いきなり過ぎて怖いです!! というか、その質問自体怖いです!! いや、調子に乗ったのは悪かったっすけど、いくら何でもその二択は究極すぎます!!」


 ベルセルクの言葉に、リッドウェイは慌てて謝罪する。

 はぁ、と息を吐きながら相変わらずの阿呆っぷりに呆れるベルセルク。

 しかし、リッドウェイの次の言葉を聞くと同時に、その顔は一瞬にして変わった。


「でも、その殺人鬼、妙なんですよ。何でも、両手首と両足首に鎖が切れてる枷をつけてたらしいんですよ」

「両手首と両足首に、鎖の切れた枷……?」


 ムッとした表情になったベルセルクに、リッドウェイは続けて説明していく。


「へ、へい。しかも、一切武器を使わず、手ぶらだっていうのに、斬られた首は、まるで刃物で斬られたようになっていて、どうやったのかさっぱり分からないってのがもっぱらの噂ですね」

「刃物を使わないで、刃物のように切り裂くって……それはいくらなんでもおかしな話じゃないですか、リッドウェイさん」

「いや……不可能じゃない」

「え?」


 唐突にシナンの問いに答えるベルセルク。

 その顔は、いつも以上に真剣だった。


「刃物を使わなくても、人の頭を切断することは可能だ。例えば、リッドウェイの糸なら、そこらの刃物より切れ味は良いぞ」

「そう、なんですか?」

「ええまぁ。といっても、滅多なことがない限り、あっしはそんなことしませんけど」


 と言いながら笑うリッドウェイ。だが、それは滅多なことがあればやる、と言っている様なものだった。まぁ、シナンはそのことに気づいていないようだから、構わないとする。


「けど、目撃者の女の子が言うには、まるで自分の手を剣のようにして斬っていたと言ってましたね」

「自分の手を剣のように……?」

「手刀、か」


 リッドウェイの言葉に、シナンは首を傾げていたが、一方のベルセルクは呟きながら納得していた。


「手刀って何ですか?」

「そのままの意味だ、馬鹿弟子。手を剣のように扱って、人やモノを切る技術だ」

「師匠、いい加減、僕を馬鹿呼ばわりするの、やめてくれません? ホント、怒りますよ?」

「お前が怒ったところで、どうにもならん」


 こ、この人は……、とシナンは握り拳を作ったが、そのまま抑えることにした。確かに、自分がいくら怒ったところで、この人になんら影響を与えるとも思えない。

 取り合えず、この場の怒りは静めて、手刀に関して聞くことにした。


「……でも、そんなこと、本当にできるんですか?」

「できん。余程の拳法家でないとな。俺も前に試しにやってみたが、失敗した」

「失敗したんですか?」

「ああ。岩を切り裂こうとしたんだが、何故か叩き砕けてな。それ以来、やろうとも思わなくなった」


 いや、岩を切り裂くこともすごいことなのだろうが、砕くことも相当凄い事だと思うんですが、とシナンは心の中で呟いた。

 そんなことを考えながら、ふとシナンはベルセルクの方を向く。何やら考え込んでいるようで、その表情はいつにも増して、真剣だった。

 驚いた、と言うべきか。シナンにとって、ベルセルクがこんなに深く、真剣に考え事をする姿をみるのは、珍しい、いや初めてかもしれない。

 故に、気になったのも当然の反応だろう。


「……師匠? どうかしたんですか?」

「あ……? ああ……別に何でもねぇよ」


 ベルセルクは、そう言ってシナンに適当な返事をする。

 と、そこにリッドウェイが介入してくる。


「で、ダンナ。ここでご相談があるんですが」

「殺すぞ」

「それはいろんな意味で驚きなんですが!! っていうか、まだ何も言ってませんよね、あっし!!」

「ハン、分かりきったことを聞くな。どうせ、その殺人鬼が狙ってる貴族の護衛をしろとか言うつもりだったんだろうが」

「さ、流石はダンナ……あっしの言うことを、予知してしまうとは」


 素直に認めるリッドウェイ。それに対し、ベルセルクはフーっとため息を吐き、数拍沈黙する。

 そして、


「……分かった」


 とあっさりと了承した。

 その反応、そして答えにリッドウェイとシナンは目をまん丸とさせていた。


「……何だ、その顔は」

「い、いや、だって……」

「ダンナのことだから、てっきり断るものかと……前のシファールで散々な目にあったから『俺は護衛なんて仕事はもう御免だ』って言われるとばかり……」


 あとついさっき殺すぞ、なんてことも言っていたのだ。急に意向を変えたベルセルクにリッドウェイが驚くのも無理はない。

 リッドウェイの言葉に、ベルセルクは在り来りな理由を言う。


「別に。俺は護衛の仕事は嫌いだが、よくよく考えてみれば、この国には魔物が少なすぎる。そんな国で魔物退治の仕事なんてものはほとんど入ってねぇ。だったら、用心棒か賞金首を狙うか、はたまた盗賊狩りでもしなきゃ金は入ってこない。ここらで盗賊が出たって噂は聞かねぇし、だとしたら殺人鬼が狙ってる貴族の用心棒をやるしかないだろ」

「ま、まぁ、その通りですけど……」


 何か納得がいかないリッドウェイに対し、ベルセルクはムッとした表情で言う。


「何だ? 俺が仕事をしようと思うことに、不満でもあるのか?」

「い、いえ、そうじゃありやせんよ。ただ、いつもなら、もっとごね……おっほん、いろいろと言うのになぁ、と思いまして」


 今、ぜったいごねると言おうとしたなこいつ、と心の中で呟きながらベルセルクはあることについて考えていた。

 長い紫色の髪。純白のような白い服。そして両手足には鎖が切れた枷。

 それらが当てはまる女をベルセルクは一人知っている。

 もし、リッドウェイが言う殺人鬼が『あの女』だとしたら。

 ありえない、とは思わない。『あの女』がこの地、この国にいてもそれは何の疑問も起こらない。何故、貴族を襲っているのか。その理由も別に気にはしない。

 ただ、もし殺人鬼が『あの女』だとして、そしてもしベルセルクが護衛する貴族を襲ってきたとしたら。そして、戦闘になったとしたら。

 全ては単なる推測で、予測で、単なる可能性だ。

 だが、もしそれが当たったとしたら。

 戦えるのかもしれない。『あの女』と。

 そう考えるだけで、ベルセルクの戦いに対する本能が疼く。

 戦いたい、と。

 だが、それ以上考えるのをベルセルクは止めた。

 もしだの、あるいはだの、そんなことを考えたところでそうある確証はない。ただの推論に、希望など持つ意味がどこにあろうか。

 期待はあまりしない。今は、それだけで十分だ。 


「んじゃ、明日はその貴族に会いにいくということで、異論はありやせんね?」

「ああ、別に構わない」

「……、」


 リッドウェイの言葉に素直に答えるベルセルクを見て、シナンは何か妙だと思い始めた。

 しかしそれにシナンは、妙だな、という感想しか抱かなかった。

 まさか、この一件で自分が大きく巻き込まれていくことも知らずに。


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