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勇者の師匠  作者: 新嶋紀陽
第三章
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 嵐の夜に。

 そんな題名の本をどこかで聞いたことがある。

 そして今夜は、まさにその題名にぴったりな夜だった。荒れ狂う暴風、ゴロゴロと音を鳴り響きかせながら閃光を放つ雷、空一面を覆いつくすような、灰色の雲。そして、まるで洪水を思わすような激しい雨。

 もはや、台風と言っても過言ではなかった。

 そんな夜のとある館。

 ある資産家が国中の有名な貴族達を呼んで、とあるパーティを行っていた。

 パーティ、といっても豪勢豪華、美味と呼べる食べ物などが出てくるような、そんな一般的なパーティではない。そんなパーティは贅沢だ、と思われる人もいるかもしれないが、今回に限って言わせてもらえば、そちらの方がまだ何十倍もマシだ。

 パーティ会場には沢山の貴族達が揃いに揃っていた。こんな天候の中、よく来る気になれたな、と思えるほどである。

 服装は貴族らしい、豪勢なものであった。だがしかし、その顔には仮面が付けられていた。まるで、自分の正体がバレないように。

 ザワザワと貴族達は互いに話合っていた所に、壇上にて一人の男が出てきた。

 小太りで、毎日美味しいものをたらふく食べているかのような顔つきをしたその男は、右手にワイングラスを持ちながら、他の貴族達に挨拶をする。


「お集まりの皆様、本日は誠にこのような天候中、お越しいただきありがとうございます。パーティ主催である私共は心から感謝しております」


 どこにでもあるような演説がえんえんと続いていく。しかし、会場に集まっている貴族達はゾクゾクと言わんばかりな表情で、主催者の言葉を聞いていた。まるで、この後に行われることを待ち遠しいと言いたげに。

 長い演説を行っていた主催者もここら辺が区切りだと思ったのか、話を変えた。


「さて……私のような者の話をいつまでもしていても、皆様には退屈なだけでしょう。そろそろ、本題に入ることにしましょう」


 瞬間、主催者は指をパチンと鳴らした。

 すると、その後ろに覆いかぶさっていた幕が一気に落ちていった。

 幕の後ろから現れたのは、数人の少女達。全員が十代半ば、後半といった具合の年齢だろうか。白いワンピース一枚という何とも簡単な服装で、その首には鎖のようなものがつながれていた。まるで、飼われている犬のように。

 全員が暗そうな顔をしており、現状をあまり快く思っていないのだろう。

 当たり前だ、彼女達は半ば無理やりここへ連れてこられたのだから。

 もう、ここまで説明すれば、お分かりだろうが、ここは貴族達が日頃の鬱憤を少女達の体を使って晴らすという通称『憩いの集い』だ。名前からは、何だか穏やかそうな雰囲気ではあるが、実際はそんな優しいものではない。

 街で連れさった少女や奴隷商で買った少女などを陵辱するという、何とも汚らわしいパーティである。そのため、パーティに参加する貴族達は互いの顔を隠し合っているのだ。とは言っても、そんなもので隠し通せるなど、誰も思っていないだろうが、それでもルールなので付けるのが義務付けられている。

 そして、仮面の奥底で参加者の貴族達は気持ちの悪い笑みをしていた。どの娘を手につけようか、今日はどんなことをしてやろうか。まさにそんなゲスのようなことを考えるような輩の集まりなのだ、ここは。

 しかも、質の悪いことにここにいるのは、この国の重鎮ばかりである。国の金を管理する財務長や、王の側近である宰相など、ありとあらゆる国の代表者がここに集まっているのだ。

 故に、と言えばいいのだろうか。ここで行われていることは外部に漏れることはないし、もし漏れたとしても、誰にも邪魔することなどできはしない。それほど、この国の権力者が集っているのだ。権力者というのは、どんな時代でも愚かな存在なのだ。

 全くもって、バカバカしい話である。

 しかし、そんなバカバカしい話が現実となって行われている。

 少女達の顔は、不安でいっぱいになっている。中には、涙を流し、それを慰める者もいる。それを見て、貴族達はクスクスと微笑する。

 そして、少女達は悟る。

 ああ、自分達は本当に助からないのだと。救われないのだと。

 哀しい気持ちになりながら、彼女達は絶望する。

 そして、主催者が進行を勧め用としたその時。


「ぐあああっ!?」


 突然と、男の悲鳴が辺りに響き渡った。

 何だ、と思ったのは一人二人ではない。

 会場にいた全ての貴族、さらには壇上にいた少女たちも困惑していた。

 一体何が起きたのか。それを確かめるため主催者は「どうした、速く報告しろ!!」と隣にいた従者を怒鳴りつける。

 しかし、それは無駄となってしまう。

 バンッと次の瞬間、会場の入口のドアが勢いよく開かれた。そして、誰かがその入口から会場へと入ってくる。

 女性だった。長い紫のポニーテール。さらには、まるで純白といっていい程の真っ白な服を身に纏っている。歳はおよそ二十歳前後。美しい顔つきは、会場にいた貴族達を一瞬にして魅了した。

 だがしかし、その手にしているものを見て、一同はぎょっとする。

 彼女の両手には、頭のない兵士が掴まれていた。首からはドクドクと大量の血液が流れ出している。彼女の手は真っ赤に染まっており、下は血の海と化していた。

 きゃああああっ!! と女性の悲鳴が鳴り響く。

 それが、他の者に何かを感じさせたのか、恐怖がどんどんと伝染していく。

 あるものは女性と同じ様に悲鳴を上げ、あるものは現状に対して腰を抜かせ、あるものは目の前にある現実を受け入れようとしなかった。

 その、ありとあらゆる反応を見て、女性は狂ったような笑みを見せた。

 まるで、それを見ることが目的だったかのように。


「な、何をやっている!! 衛兵!! 衛兵!! 早くそこの不審者を取り押さえろ!!」

「ああ、無駄無駄。そりゃあ無理だよ、おっさん」


 叫ぶ主催者に対し、女性は答える。

 その口調に、何の動揺も感情の揺らぎも感じない。あるのはただ、面白おかしく何かを答えようとしているようにしか感じなかった。


「ここの衛兵は、全員殺したから」

「なっ……!?」


 女性の言葉に、主催者は言葉を失った。


「いやよぉー、お楽しみの最中に水を差されても困るからな。全員殺しておけば、誰も邪魔しにこないだろう?」

「なっ……なっ……」


 もう何を言っていいのか分からない。

 ここにいた衛兵は、およそ百人。厳重な警戒のもと、辺り一面を見張らせていた。それこそ、こういう状況に対応するために。それも、選りすぐりの者たちを集めて。

 にも拘らず、結果はこの有様。

 主催者がこれだけ呼んでも誰もこないということは、女性が言っていることは、事実なのだろう。

 だが、それは受け入れがたいものだった。


「ば、馬鹿な……そんな馬鹿な……!!」

「別に信じなくてもいいぜ。どうせ、アンタらはここで……死ぬんだからな」


 瞬間。

 ブシュウウウッ!! と血飛沫が飛んだ。それは、会場にいた一人の貴族の首が跳ね飛ばされた結果である。

 何をしたのか。どうやったのか。誰もそれを理解することはできない。

 理解する前に、殺されてしまうのだから。

 悲鳴を上げる人々。逃げ惑う人々。呆然としてその光景を見る人々。そんな間彼らの首は次々と飛んでいく。

 逃げようとしているのだが、しかし、出口は一つしかない。つまりは、女性の後ろの入口だけ。そういう風に作られてる。壇上にいる少女達もまた、あの入口を使って、幕の後ろへとスタンバイさせられていたのだ。

 何故、そんな作りになっているのか。それは、連れてきた少女達が逃げれないようにするため、逃げ口を塞ぐためである。

 しかし、今はそれが仇となって、貴族達を苦しめている。

 思い切って入口に逃げようとする貴族達。あの女性を振り切れさえすれば、後は逃げるだけでいい。

 そういった浅はかな考えを持つ者は、一人残らず首をもぎ取られた。

 一歩一歩貴族達に近づき、そして殺していく。中には、助けてくれと懇願する貴族の頭を潰すという人間離れしたこともしていった。

 有り得ない……こんなことは、有り得るはずがない。

 そう考える者もいたことだろう。事実、こんなことをしでかすような者は、普通いない。けれども、今、この瞬間、その有り得るはずがないことを、目の前の女性はやってのけている。

 たった一人、しかも女性相手に、貴族達は恐怖している。

 そして、その恐怖を持ったまま、貴族達は血の海に次々と倒れていく。

 その結果、会場にいた貴族全員が、その命を絶たれてしまった。

 その光景は、まさに血の海。

 血という血で、会場は満たされていた。血がないところの方が少ないくらいだ。

 そして、最後まで残っていた主催者は恐怖して、その光景を見ていた。


「き、貴様……」

「ん? あ、そうかそうか、まだ残ってたか。ったく、忘れてたぜ。『元凶』を潰さないと、意味ねぇってのに」


 女性は思い出したかのように、主催者を見た。


「アンタは十分に楽しんで殺してやるよ。でないと、オレの気が晴れねぇからな」

「な、き、貴様……どうして、こんなことを……」

「どうして? 別に、理由なんて大したことじゃねぇよ。んでもって、アンタがそれを知ることはもう、一生ないだろうけど」


 それが、主催者が女性の声を聞いた、いや恐らくは人生最後の他人の言葉であっただろう。

 その後、主催者は指を一本ずつ潰され、腕を、足を、五体をバラバラにされ、その後も人間では考えられないような拷問を受け、最後には絶叫を上げて死んでいった。


 *


 五分後。


「……ほう、こりゃあ中々のもんだ。売れば相当な額になるな」


 女性は血の海に沈んでいる貴族達から、金目のものを漁っていた。そのほとんどが血によって穢されていたが、そんなもの洗ってしまえば関係ない。

 彼女の体にもまた、血がどっぺりと付いている。しかし、不思議なことに傷は一つも見当たらない。無傷なのだ。百の衛兵を相手にしても無傷で殺したその手腕は凄まじいものだ。


「にしても、今日は大量だな。これだけあれば、当分は楽して暮らせる。ったく、貴族も殺せて金も手に入る。仕事冥利に尽きるって奴だな」


 そんな事を言いながら、女性は次々とあさっていく。

 と、その時。

 カラン。

 壇上の上から物音がした。

 ん? と首を傾げる女性。貴族は全員殺したはずだ。まだ、誰か生き残っていたのだろうか。不思議に思った女性はすぐさま壇上へと上がる。

 そして、目撃する。

 壇上の片隅に、連れてこられた少女達が身を潜めていた所を。


「……、」


 完全に忘れていた。そういえば、今日はそういうことをするために、貴族達は集まってきたのだ。

 女性は、少女達に近づく。瞬間、ビクッ、と少女達全員の体が震えた。

 目の前にいるのは、何十人という人を殺した人間だ。そういった反応をするのは、当たり前だ。

 何をされるのか、やはり自分たちも殺されるのか。そんな不安の中、彼女達は自分達がどれだけ運が悪い存在なのかを思い知らされる。

 無理やりこんな所に連れてこられたらと思ったら、今度は猟奇的な殺人者の登場。こんなこと、運が悪いとしか思えない。

 もう諦めよう。そうするしかないんだ。そんな考えが少女達の頭によぎっていた。

 そうして、女性は一人の少女の前に立ちはだかる。

 殺される。貴族達のように、首を切られ、血を吹き出し、汚らしい死体にされるのだ。

 少女は絶望しながら、女性が振り上げる腕を見上げていた。同時に、確実なる死を覚悟した。

 そして、チャンッ! と。

 甲高い音が会場に鳴り響く。

 それは、少女の首が切られた音ではなく、彼女の首の鎖が壊れた音だった。


「え……?」


 少女は自分が生きていること、それから女性が自分を殺さなかったことを不思議に思いながらも、目の前にいる殺人者が無表情に自分を見ていたことに気がついた。

 それから女性は次々と少女達の鎖をその手で切り裂いていく。どうみても女性は丸腰だ。どうやったら素手で鎖を切り裂けるのかは分からないが、それでも彼女はそれを実行している。

 そして、全ての少女の鎖を切り裂いた後、女性は少女達にこんなことを言い始めた。


「お前ら、さっさと逃げろ。今逃げねぇと、ややこしいことになるぞ」


 突然と、そんなことを言い出した。

 女性の一言に、少女達は「え?」と言った顔になる。


「逃げたい奴はさっさろ逃げろって言ってんだ。金がねぇなら、そこで死んでる奴らから奪い取れ。いくらか金にはなる。ここにいたければ、勝手にそうしろ。ただし、ここにいても、ロクなことにはならない事は確実だがな」


 ぶしつけな言葉。しかし、その言葉からは何かを感じる。

 

「こっから先は、お前らの人生だ。どうなろうと、選ぶのはお前らだ。必至に生きるなり、絶望して死ぬなり、好きにしな」


 そう言って、女性はこの場を去ろうとする。

 その、美しい髪を靡かせながら歩く彼女の背中に、一人の少女が叫ぶ。

 それは一番初めに女性が鎖を千切った少女だった。


「待って!! 貴方は一体……」

「殺人鬼だ」


 女性は、ニヤリとシニカルな笑みをしながら、その質問に答えた。


「狂った愚かな、通りすがりの殺人鬼だよ」


 それは果たして事実が虚言か。

 その答えを知ることは、少女達には一生訪れなかった。

 そうして、少女達はそれぞれの道へと歩みだしていった。

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