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勇者の師匠  作者: 新嶋紀陽
第一章
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シナン・バールは勇者なのだと言う。

 ……まさか、とベルセルクは思った。先程、リッドウェイと話していた正体不明の今回の勇者が、こんなにも小さくて、若いとは予想もしていなかったからだ。もっとこう、少年というよりは、青年という歳で、しっかりした雰囲気を醸し出している奴だとばかり思っていた。

 しかし、現実はどうやらそうではなかったらしい。

 シナンの話が嘘だという可能性も勿論あった。というか、ベルセルクはそうではないかと疑っていた。だが、どうやら本当だと言うのをベルセルクは理解した。こうみえてもベルセルクは嘘をついているかいないか、ある程度なら分かる方なのだ。


「……で? ダンナはそのまま、あの子供を弟子にしたってわけですかい?」


 呆れた様な目つきで言うリッドウェイ。

 時間は、およそ早朝。街から帰ってきたリッドウェイにベルセルクは事の次第を全て明かした。

 最初は驚いていたものの、やはりベルセルクの相棒だけあって、順応性が高くすぐさま理解したらしい。


「んなわけねぇだろ。大体、俺が何で弟子をとらなきゃいけねぇなんだよ」


 全く持ってその通りだった。

 ベルセルクは基本、気紛れ屋である。面倒事は嫌いな方だ。そんなベルセルクが弟子をとるなんて事はありえない。

 不機嫌なまま、ベルセルクはコップに入った水を一気飲みする。


「……でも、何か完全に居座っちゃってますよ? アレ」


 とリッドウェイは親指を立てながら言う。その方向はキッチンであり、なぜか朝飯を作っているシナンの姿が。しかも、どこから出してきたのか、ちゃっかりエプロンまでつけている。どこから出してきたのだろうか。

 と、それは置いといて。


「だから、こうやってお前に相談してるんだろうが」


 これまた不機嫌な口調だった。

 はぁ、とため息を出しながら、ベルセルクは頭を抱える。

 あの後、速攻で「断る」と言ったベルセルク。だが、そんな言葉を一切聞きもせず、シナンは居座ってしまった。

 あーだこーだといろいろ口論になったものの追い出せなかったのだ。

 仕方がないから、朝まで放っておく事にしてそのまま寝たのだが、ベルセルクが起きると、何故かこういう状況になっていたのだ。


「というか、よくあのボロクソだったキッチンをあそこまで綺麗にしましたね」


 ベルセルクやリッドウェイは、性格上、料理を作らない。いや、やろうと思えばやれるのだが、それを片付けるという概念が存在しない。いつも終われば、洗面台に置いておくだけ。故に、異臭はするわ、ゴキブリやムカデはでるわ、何か見てはいけないドロっとしたものがあるわ、いつの間にか、キッチンは魔の巣窟状態になってしまったわけである。

 そんなキッチンを、シナンはたった数時間で綺麗にしてしまった。いや、綺麗にしたというのは、語弊がある。元々のキッチンよりもさらに素晴らしい状態になっていたのだ。


「あっしが察するに、あの子供、かなりこういう事に慣れてますね」


 何故か眉をひそめて真剣に言うリッドウェイ。


「まぁ、確かにな……」


 などと話していると、エプロン姿のシナンがフライパンを持ってきて、木のテーブルに置いてある皿に目玉焼きを綺麗に置いていく。さらに、その目玉焼きのとなりで焼いてあったベーコンも一緒に。


「さ、できましたよ。どうぞ」

「あ、どうも」


 と出された朝食を普通に食べようとするリッドウェイ。

 その頭に、ベルセルクの拳が飛ぶ。


「あいてっ!」

「お前、何普通に食べようとしてんだよ」


 眉間にしわを寄せながら、ベルセルクは言う。


「っか~、何すか、一体。朝食出されて食べるのに、何か間違ってんですかい?」

「そうい問題じゃねぇよ。お前はコイツに居座られて、何か言う事はないのか」

「ん? 言う事って?」

「……どうやら、そのクソみたいな頭蓋骨をぶち壊されたいらしいな」


 ギラリ、とベルセルクは剣を光らせる。

 あ、やばいと思ったリッドウェイはすぐさま言い訳を始める。


「い、いや、だって別に悪さしてるわけでもないし、手作りの飯は久しぶりだったし……」

「お前……後半部分が本音だろ?」

「あ、バレました?」


 悪ぶれもせず言うその態度に、ベルセルクはまたため息をつく。

 ダメだ。こいつに相談した自分が馬鹿だった、とベルセルクは心の中で反省し、もう頼らない事にした。

 自分の皿に目玉焼きを入れているシナンに、ベルセルクはきっぱりと言う。


「おい、ガキ。これが食い終わったら、出てってもらうからな」

「ガキじゃないです。シナンです」

「そういう所にこだわる時点でもうガキだ」

「そういうダンナも結構小さな事でネチネチ言う方だとおも……あべしっ!」


 何だか訳の分からない事を叫びながら、リッドウェイはベルセルクの鉄拳を食らい、その場に倒れ伏せる。

 そんなリッドウェイは放っておくとして、シナンは答えた。


「嫌です」

「嫌って、お前なぁ……」


 相変わらず、人の話を聞こうとしない態度に、ベルセルクは少々イラっときた。


「私はベルセルクさんの弟子になるって決めたんです。何度断られようと、それが変わることはありません」

「弟子って……そもそも、何で俺なんだ? もっとマシな奴はごまんといるだろうに」

「そうですぜ? こんなすぐ手が出て、人の話も聞かない、酒癖のついた戦闘狂の弟子になりたいだなんて、自殺行為もいいとこ……ぶれらぁ!?」


 リッドウェイの言葉の途中で、本日三回目の鉄拳が入る。どこまでも学習能力がない奴だ。いや、どれも事実なのだが、他人に言われると腹が立つ。

 ベルセルクは確かに強い。それは、自分でも理解している。だが、ベルセルク程の強さを持った剣士や傭兵はいる。英雄やら最強やらを謳っている奴など、この大陸には山のように存在するのだ。そして、そういう奴らの方が、ベルセルクよりも知名度は高いはずだ。しかも、ベルセルクは『狂剣』とまで言われるほどの人間だ。いくら強いからといって、そんな人間に剣を教わりたいと普通は思わない。

 シナンはそれでも、首を横に振った。


「別に構いません。ベルセルクさんがどうしようもないダメ人間だったとしても、僕はそれでもこの人の弟子になりたいんです!」


 と、熱く語るシナン。その熱意はいいのだが、どうしようもないダメ人間という所がまたイラっと来る。まさか、コイツわざと言っているのだろうか?

 正直言うと、こんな子供などすぐに追い出すことは可能だ。手足の何本が折って放りだせばいいだけの話。実際、そうしようかと迷っている。いつもなら迷わずやっているが、やはり一度は助けた命だ。無碍にすれば、自分がした事が無駄になってしまう。

 はぁ、とため息をつくベルセルク。最近はホントによくため息を吐くと思いながら、口を開く。


「……分かった。ならお前にチャンスをやる」

「チャンス、ですか?」

「そうだ。お前が俺との勝負して勝ったら、お前を弟子として認めてやる」


 その言葉に、一瞬ポカンとするシナン。

 だが、それを理解すると同時に、目を見開いてこれ以上ないと言わんばかりに喜ぶ。


「本当ですか!?」

「ああ、本当だとも。ただし、お前が負けた場合は、ここから出てってもらうからな」


 はい、分かりました! とこれまた元気の良い声で言ってきた。いや、本当に分かっているのだろうか?

 まぁいいか、どうせ困るのは俺じゃないんだし、と思いながらもベルセルクは勝負の場所をどこでやるか、考えていた。

 いろいろと考えてみたものの思いつく先は一つしかなかった。

 やっぱり、あそこが一番だ。


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