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勇者の師匠  作者: 新嶋紀陽
第二章
36/74

19

 目覚めることができたことから、ベルセルクは自分の生死について確認することができた。


(生きて……るか)


 どうやら、一応は生きているらしい。しかし、体中のいたる所がズキズキと痛む。ダメージの方は半端じゃないらしい。

 それもそうだ。いくらベルセルクとはいえ、あれほどの一撃を食らったのだ。体がくっついている時点でまだマシな方だろう。

 頭を起こし、周りを見てみる。悲惨なものだった。あたり一面が土煙で覆われていてたが、しかしそれでも被害もそうとうな物だということは理解した。


「やり過ぎだ……」


 ベルセルクは半ば呆れていた。

 こんなもの、ベルセルクの『裂破』でも不可能だ。別に自分を過大評価しているわけではないが、それでもこんな芸当ができる人間など、そうそうはいない。相手は人間ではないが。

 ベルセルクは自分の状態を確認する。体は一応、動けるところからして、戦闘はできるようだ。しかし、先ほどと同じ動きができるかと言われれば、そうはいかない。やはり先ほどの一撃のダメージは大きいものらしい。

 たった一撃で、これほどまでの破壊力。

 これが、アーヴィンという魔人の力というわけか。

 何ともまぁ、これ以上ない敵だ。

 などと思いつつも、ベルセルクは剣を握り締める。

 この状況でこの視界。普通なら、動かずじっとして土煙が消えるのを待つのがベストな判断である。しかし、それは自分に味方がいればの話である。

 もしも、自分以外誰も味方がいなく、しかも複数の敵を相手にする場合なら、話は別になってくる。そして、アーヴィンはまさにその状況だ。奴が動くとしたら、この場面だろう。

 ベルセルクはじっとしながらも、神経を尖らせ、精神を集中させた。視界に入る景色、耳に入ってくる僅かな音、そして微妙な匂いの違い。それらからアーヴィンがどこにいるのか、また何をしようとしているのかを探る。

 だが、それはすぐ無駄骨となってしまう。

 直後に真後ろからアーヴィンが剣を振り上げながら現れたためである。


「ッ!?」


 ベルセルクは常人とは思えないほどの速さと俊敏さを使い、自らの剣でアーヴィンの一撃を止める。

 ドンッと大きな衝撃が、痛みとなってベルセルクの体を伝う。やはり、先ほどの一撃が体に結構負担しているようだった。

 アーヴィンの一撃が放たれた瞬間、周りの土煙が一気に晴れる。

 すると、他の者の姿がベルセルクの視界に入ってくる。

 どうやら、一応全員無事のようだ。しかし、ほとんどが満身創痍状態にある。


「師匠っ!?」


 シナンがベルセルクを呼ぶが、それに構っている暇はない。

 ベルセルクは改めて目の前にいる男を見る。そこにいるのは、もはや先ほどまで淡々と語っていたアーヴィンではない。姿形は何一つとして変わっていない。オーラもそれほどの変化を見せていない。

 だが、目が全く違う。

 それは、どこか余裕のあるなどというものではなかった。完全に戦いを楽しもうとする、そういった狂った目つきだった。


「あははははっ!? すげぇ、すげぇよお前ら!! 今の一撃を食らっても死なないってどんな体してんだよ。普通だったら体がバラバラになってるっていうのによぉ!!」


 ……ベルセルクがこういうのは何だが、さっきまであれほどシリアスが話になっていたのにも関わらず、こうも簡単に戦いを楽しもうとするこの男の神経はどうなっているのか。

 いや、これがこいつの本来の姿であり、性格なのだろう。戦いのために身を投じる。そして、今はただその原動力が復讐というものになっているにしか過ぎない。

 ベルセルクは復讐について、とやかく言うつもりはない。また、どうこう思うこともない。やられたからやり返す。簡単に言ってしまえば復讐とはそういうものなのだ。ただの自己満足であり、そしてそれが他人を巻き込むことになったとしてもやり通す。それだけだ。たったそれだけの話だ。

 だが、世の中というのは複雑で且つ繊細なもので、復讐は良くないと思う者が大勢いる。「いつまでたっても終わらない」「復讐をすればそいつは戻れなくなる」「いずれ後悔することになる」などとそんな言葉が延々と繰り返される。それが世間一般的に、いや人間としては正しいのだろう。

 ただ、それが全てだというのは些かどうかと思う。人とは無数に存在し、それぞれにそれぞれの価値観や考え方を持っている。今はただ、復讐というものがイケナイものだと思う人間が大勢いるからそれが常識として考えられているだけで、皆が皆、同じように思っているわけではない。目の前にいる男が、その典型的な例だ。

 ……いや、これは誤りだ。何せ、目の前にいるのは人間ではなく魔物。人としての例として挙げるのは筋違いというものだ。そう考えると、アーヴィンが復讐に燃えるのは当然という話になってくるのかもしれない。

 しかし、ベルセルクにはその全てがどうでも良かった。

 アーヴィンが復讐に燃えようと、世界中の人間が復讐は悪いことだと批判しようと、ベルセルクには関係がなかった。

 ベルセルクの問題は単純明快であり、とても明確なものだ。

 目の前にいるのは、敵。そして、自分はそれを倒すためにここにいる。

 それを再確認したベルセルクはフッと微笑した。

 

「……何がおかしい?」

「いや……大したことじゃあない。ただ、自分のやるべきことを再確認しただけだ」


 言って、今度はベルセルクがアーヴィンの剣を押しのける。

 これに、アーヴィンは驚きの表情になる。無理もない。先程までどんなに力を入れようと、ベルセルクはアーヴィンに力押しで負けていたのだ。だが、ボロボロの状態になったというのに、ここに来て力が増したのだ。

 別段、ベルセルクは特殊なことをしたわけではない。言葉通り、自分のやるべきことを思い出しただけなのだ。

 人間というのは、自分のやるべきことが分かればそれに向かって行動する生き物だ。そして、ベルセルクにはそのやるべきことがはっきりと理解できる。

 たったそれだけ。されど、その『それだけ』のことが、人間にはちょっとした変化を起こさせるきっかけになるのだ。

 ベルセルクはそのまま連続的に、アーヴィンに剣撃を浴びせていく。

 的確にそして正確に狙っていくベルセルクの攻撃を、アーヴィンは剣で跳ね除けたり、流したりしていく。しかし、それはさっきまでのものとは違う。圧倒していたアーヴィンだったが、今はベルセルクと本当の意味で互角に渡っている。

 剣と剣がぶつかり合い、交じり合い、切り裂き合う。その度に甲高い音が辺り一面に広がっていく。そして、その間隔はどんどんと短くなっていく。それは、つまり二人の剣戟の速さが上がったことを意味していた。

 斬り合う度に彼らは体から血を流す。それほど大したものではなく、かすり傷程度だが、それでも傷は傷、痛みはもちろんある。しかし、今の彼らにそんな少々の傷でどうこう言う余裕はなかった。

 やられれば、やり返しの連続。

 どちらも一歩も譲らない。いや、譲れない。

 気を抜けば、一瞬にして切り裂かれ、相手の剣の錆になる。そんな死と隣り合わせのスレスレ状態。まさにこれぞ死闘というものだ。

 ベルセルクは、ここで少し前のことを思い出していた。あのフェンリルという魔人の時のことだ。あの時もこんな感じだったと記憶している。そして今はそれよりも強い者との戦いに自分は興奮していた。

 アーヴィンは剣を振るいながらも笑っている。恐らく、自分もそうなのだろうとベルセルクは思った。何せ、体に迸る興奮が収まりきらないのだから。

 こんなものは普通ではない。異常で異質で異端な状況だ。

 だが、ベルセルクはこの状況に、この戦いに確かに面白いという感情を芽生えさせているのだ。

 突き出される両者の切っ先。同時に放たれた突きは、共に刀身の部分をぶつけながらも前へと出される。そして、ある程度のとこまでいったところで弾かれる。

 この間、わずか一秒足らず。


「ハハハハッ!! 最高だ。最高で最高の最高な戦いだ!!」


 アーヴィンの精神はすでに頂点を超えていた。

 ベルセルクの興奮はすでに限界を超えていた。

 互が互を殺し合う。そんな中で、彼らは共に同じようなものを超え、そして楽しんでいる。

 ベルセルクは足を前に踏み出し、『裂破』を放つ。上から振り注ぐ渾身の一撃に、アーヴィンは下から剣を斬り上げて対処する。

 ぶつかりあったその瞬間、彼らの剣から目に見えない何かが爆発した。突風が彼らを中心にして広がり、その風に乗って砂が弾け飛ぶ。地面は陥没し、彼らの一撃がどれだけだったのかを物語っている。

 二人は互いの力によって後ろへと吹き飛ばされる。しかし、二人共すぐさま体勢を立て直し、再び剣を構える。その距離およそ十メートル前後。


「人間がここまで俺とやりあうのは初めてだ。本当に、すげぇよ、お前」

「……、」


 不敵に言うアーヴィンに、ベルセルクは何も言わない。けれども、敵意ある目で見返した。

 アーヴィンは、剣をベルセルクに向けて言う。


「さぁ、『狂剣』ベルセルク・バサーク。俺が認めた人間よ。殺し合おう、徹底的に余すことなく完璧に完全に。この俺達の最高で最狂の戦いを、最後まで完遂させようぞ!!


 口調が変わった。どこか古臭い物言いだった。しかし、これはベルセルクのように狂った彼なりの礼儀というか、相手を尊重しての言葉なのだろう。


「言われなくても、そのつもりだ」


 そして、これがベルセルクなりの返し方だった。

 睨み合いが続いたのはせいぜい五秒ほど。

 だが、それが周りの人間にとっては一時間にも二時間にも感じたはずだ。もちろん、当人である彼らにも。

 しかし、どれだけ長く感じようと時間は時間。いずれは経ち、切れるものである。

 そして、それが切れた時、殺し合いは再開される。


「ッ!」

「――ッ」


 突っ込んだのはまたもやベルセルク。今度は体を捻らせ、威力を増しての一撃だ。対するアーヴィンは堂々とした態度で自らも攻撃することにより、これを相殺する。ベルセルクの攻撃は続き、そこから空中で一回転をしながら回転の力を利用してもう一度攻撃を仕掛ける。そこからアーヴィンは受けの体勢に入り、そのままがっしりとベルセルクの剣を受け止める。

 自分の一撃を止められたベルセルクはその反動により、後ろへと体が飛ぶ。ガガガガッと足を地面に引っ掛け、ある程度のところまで行くと、止まる。

 そしてそこからひと飛びで、距離を詰めながら突きを繰り出す。

 ベルセルクの剣の切っ先が、あと数ミリと近づいたギリギリの時、アーヴィンは自慢の速さでそれを横に避ける。その右腕には大きく振り上げられたロングソードがあり、確実にベルセルクを狙っていた。危険を悟ったベルセルクは足を踏み込ませ、何とか前に出て回避する。ベルセルクという的を失ったアーヴィンの剣は、そのまま地面に激突し、抉るような威力を見せた。

 互いに背中で向き合った状態から、ベルセルクとアーヴィン、どちらも振り返り様に剣をひと振りする。そして、もう聞きなれたといっても良い、甲高い音が再び響き渡る。

 そして、その場で斬り合う。攻撃を返し、それをまた返し、さらにそれを返す。返し技の連続。どちらかがヘマをするまで続く死のラリー。

 どれだけ斬り合っただろうか。短いようにも思え、長いように思える。そんな矛盾が生じるような感覚のなか、しかして二人は手を止めない。剣を止めない。そして、戦いをやめない。

 しかし、どんなものにも限界というものは存在する。例え、それを超えることができたとしても、その無理は必ず己に帰ってくる。

 その無理が今、ベルセルクに帰ってきた。

 ドン、とベルセルクの体に何かがのしかかる。

 別にアーヴィンの一撃を受けたわけではない。にも関わらず、体の動きが急に鈍くなっていく。それを無視して体を動かそうとするも、上手くいかない。それもそのはず。ベルセルクは先ほどの攻撃をまともに食らっているのだ。今まで動けたのは、戦いに対する興奮がそれを忘れさせていたため。しかも、それが切れたとなれば、体にかかる負担はかなりのものである。むしろ、ここまで戦えたのがありえないのだ。

 自らの不調に苦い顔をするベルセルク。

 そして、アーヴィンという男は、その一瞬の隙を見逃さない。


「そこだ!!」

「――っしま!?」


 降りかかるアーヴィンの斬撃。その前に、ベルセルクは避けるほどの体力は残っておらず、受け止めるしかできなかった。

 負荷が掛かったベルセルクの体に、さらにダメージが重なる。

 両手を使って受け止めたベルセルク。しかし、アーヴィンの一撃は予想以上に強力だった。そのためか、ベルセルクはそのまま後ろへと吹き飛ばされる。

 ズンッ、という音と共に数十メートル吹っ飛んだベルセルクはそのまま地面に激突した。いつもなら剣や片腕を使って身軽に着地するのだが、今はそんな余裕すらなかった。


「もう限界か? これがお前の限界なのか? こんな程度が、こんなところが、こんなものが、お前の最大というのか?」


 言われて、ベルセルクはキッとアーヴィンの方を見る。

 すると、そこに少し異様なものが見えた。もっと正確に言うと、アーヴィンの足元に何やら光るものがあるのだ。

 それを見た途端、ベルセルクの頭に一つの可能性がひらめく。


「……ハッ、上から目線で言うじゃねぇか」


 ベルセルクはボロボロになりながらも、剣を地面に突き刺し、体を起こす。


「その口、今すぐ叩き切ってやる」

「……いいな。それこそが、俺の求めいていた答えだ」


 短い答え。皮肉げに、そしていつもどおりのベルセルクの言葉。

 だが、それがアーヴィンの求めていたものだったらしい。

 ベルセルクは剣を構える。アーヴィンにはああ言ったものの、ベルセルクには先ほどのような力は残っていない。

 恐らく、『裂破』を放てるのも、あと数回。しかも、今の状態からで、だ。アーヴィンと交戦になればもちろん体力は削られ、回数は断然減る。故に、大きく見積もって、あと二回といったところか。

 だが、それだけで十分だ。

 そう思いながら、ベルセルクはアーヴィン目掛けて飛び込む。やはり、先ほどと比べて少し鈍く、遅い。けれども、通常の人間に比べれば、一線を超えている。

 剣を交えるアーヴィンの目が何を語っているのかをベルセルクは理解した。

 それでいい、と。そう言っている。

 それでこそ、俺の認めた敵だと。俺と殺し合う男だと。アーヴィンは言葉を言わず、目でそう訴えている。

 だからこそ、というわけではないが、ベルセルクは気迫と気合を上げる。

 

「ツァアアッ!!」


 上から下から右から左から、まさしく上下左右のベルセルクの一撃をアーヴィンはその自慢の剣で全て防いでいく。先程までなら、アーヴィンの体にかすり傷くらいならつけられていたのだが、今ではもうその剣に当てるのが精一杯だった。

 だが、それでもベルセルクは今の状態の全力をアーヴィンの剣に叩き込む。

 それに対して、アーヴィンは確実にベルセルクにダメージを与えていく。肩に腕に太ももに、次々と切り傷が増えていくベルセルク。少しづつ、少しづつ切り刻まれ、彼の体から流れる血。その量はだんだんと多くなっていく。

 それでもベルセルクは止まらない。

 剣を叩き込むことしか考えない。

 そうして、連続的な攻撃の中、ベルセルクは『裂破』をアーヴィンの剣に向けて放つ。

 ドゴンッという衝撃音と共にベルセルクに反動が返ってくる。それは手応えがあると教えてくれる。


「くっ……!?」


 アーヴィンの顔に曇りが見えた。剣を狙ったことで、アーヴィンの腕に相当の負荷がかかったのだろう。今までベルセルクの攻撃を受け続けた上で『裂破』も喰らえば、体そのものにはそれほどでも、腕にはかなりくるはずだ。

 現にアーヴィンはベルセルクの剣を払うと、即座に後ろへと下がった。

 アーヴィンは剣を持つ腕の調子を確認しながら、苦笑する。


「……やるじゃねぇか。俺自身じゃなくて、腕を重点的に狙っていたとはな。おかげで、ちょっとばかし調子がおかしくなりやがった」

「……、」

「だが……それもここまでだ」


 声を下げながら言うアーヴィン。そして次の瞬間、再びベルセルクはどっと何かに押し付けられるものを感じた。

 危険を感じたあの一撃が、またやってくる。


「ダンナ!!」


 流石にリッドウェイも感じ取ったのか、ベルセルクに対して叫ぶ。が、ベルセルクはそれに対して返事もせず、ただアーヴィンをまるで獲物でもかるような目つきで睨みつけていた。

 ここで逃げてもすでに遅い。あの一撃は避けるなど無理な話だ。それくらいは、ベルセルクにだって理解できる。


「そろそろ……決着つけようぜ、狂剣」


 アーヴィンはベルセルクの異名を言いながら、凄まじい音を立てながら、剣を振り上げる。風がうねり、渦巻き、荒々しく吹き荒れている。そんな風がアーヴィンの剣に纏っていた。それは先ほどのよりも大きく、そして強力だというのが一目で分かる。

 禍々しいオーラ。それは全てを破壊する予兆。

 だが、しかし、けれども、故に。

 ベルセルクは笑った。

 こんな危機的状況に。生死を決める堺に。絶望的なこの場面で。

 ベルセルク・バサークという男は、いつもどおりのシニカルな笑を見せたのだ。


「ああ、そうさせてもらおうか」


 静かに呟き、そして動く。

 動いたといっても、逃げたわけではない。ベルセルクは真っ直ぐ前へ、アーヴィンの方へと進んだのだ。


「ッ!?」


 その場にいる全員が驚愕する。当然だ、今から死の一撃を放とうとする者に近づくどころか、突っ込んでいくなど自殺行為も良いところだ。

 けれども、アーヴィンは妙だと思う。

 ベルセルクは恐ろしいほど強く、狂ったような戦いをする。しかし、その戦いの中にはちゃんと考えられたものがある。故に、この行動は少々おかしいと言える。

 何をする気だ? そう思いながらも、しかしてアーヴィンのやることは変わらない。


「こいつで、終わりだぁ!!」


 叫び、そして魔力と風の塊を纏った剣を振るい下ろすアーヴィン。

 しかし、それはベルセルクにとってはありがたいことだった。いや、計算通りというべきか。

 ベルセルクには、もう『裂破』を一発放つくらいの力しか残されていない。『裂破』は強力だ。しかし、たった一発で今のアーヴィンを倒せることはできない。それどころか、今のアーヴィンに『裂破』をぶつけるそんなわずかな力さえも、残されてはいない。

 それでも、ベルセルクは柄を握る。

 それでも、ベルセルクは前へと出る。

 視線をアーヴィンの剣に向ける。

 ベルセルクは、弾丸のような速度で真っ直ぐに飛び込む。

 不気味なオーラを漂わせる、大きな風の渦。まともに喰らえば、今度こそ死ぬか、戦闘不能に陥るだろう。

 そんな一撃が、ベルセルクの目の前にあった。 

 体に残る絞りカスのような僅かな体力を剣に注ぎ込んで、ベルセルクは柄を強く握り締める。

 別に、ベルセルクは何も考えないで飛び込んだわけではない。彼にもちゃんとした考えがあったためにこうした行動をとったのだ。

 その裏付けとして言えるのが、アーヴィンの足元にあった小さな光るモノ。あれは、剣の破片だ。確認すれば、ベルセルクの剣は欠けたどころか、別段変わった所はない。いつも通りだった。ならば、考えられるのは、それはアーヴィンの剣の欠片ということになる。

 剣の破片が地面に落ちていた。つまりは、剣が欠けているということになる。どうやらあの剣は見た目通り、普通の剣なのだろう。

 ならば、ベルセルクにも勝機はあった。


「――――ッ!!」


 目を見開き、渾身の一撃『裂破』を放つ。

 ただし、目標はアーヴィンではない。アーヴィンの剣そのものだ。

 今の今まで、ベルセルクはアーヴィンの剣を重点的に攻撃してきた。それはアーヴィンが言ったように彼の腕を怯ませることももちろんある。が、それは二の次だ。本当の目的は彼の剣を『破壊』することである。

 刃の欠けた剣に連続的な攻撃を放ち、そして『裂破』を何度も入れることにより、それは可能となる。そして、これをやろうと思った最大の理由は、アーヴィンが今まさに放とうとする一撃にある。

 確かにあの一撃は恐ろしく強大な力を持っており、現にベルセルクや他の者にも多大なるダメージを負わせた。しかし、それは同時に剣自体にも負荷が掛かっていることだ。あんな一撃放った後だ。剣に掛かった負荷は相当なものだろう。そこからベルセルクの一撃を何度も何度も受けたのだ。剣が欠けてもおかしくはない。

 そして、そんな剣にまたあの大きな一撃を放とうとし、更にはそこにベルセルクの『裂破』を与えればどうなるか。

 二人の剣がぶつかりあった瞬間、パリン、とアーヴィンの剣は砕けた。


「なっ!?」


 自身の剣が砕けたことに信じられないと言わんばかりな顔をするアーヴィン。

 そして、彼が放とうとした一撃は、行き場を失いそのまま暴発する。ボォオオン!! という轟音と共に辺りに突風が巻き起こる。しかし、そんな中途半端な一撃が与えるダメージはたかが知れていた。

 この瞬間、ベルセルクは完全に力尽きた。ここであと少しでも力が残っていれば『裂破』を放つことができ、剣のないアーヴィンになら、大きなダメージを与えることができただろう。

 だが、それはできない。やらないのではなく、できないのだ。

 ベルセルクにとって、この状況は正直嫌なものだ。はっきり言ってこのような結果になるのは望んではいなかった。

 自分の手でアーヴィンを殺したかった。この男は、自分によく似ている。戦いの中で生きている。正々堂々、とは言わないものの、こういう形にはしたくなかった。

 こんな『誰かに任せる』といったような真似は。


「はぁぁああっ!!」


 瞬間、ベルセルクの後ろからシナンが現れる。


「何っ!?」


 ここでシナンが介入してくるとは思っていなかったのだろう。アーヴィンは驚愕し、防御の体勢に入ろうとする。

 しかし、今の彼には剣はない。そのため、彼女の攻撃を受けることは不可能だった。

 しまった、と言わんばかりな顔をするアーヴィン。しかし、そんなものはシナンには関係なかった。

 彼女はすぐさま物凄い速度の剣戟を放つ。

 その一つ一つはベルセルクよりも確実に弱い。しかしながら、その連続的な攻撃は正確に的確にアーヴィンの急所を捉えていく。そして、いくら魔人であったとしても、急所を何度も何度も突かれ、そして攻撃されればただでは済まない。


「あ、ぐああああああっ!?」


 アーヴィンの悲痛な叫びが辺り全体に広がった。

 そして数分後、アーヴィンはその場に倒れる。同時にそれは、アーヴィンの敗北を意味していた。

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