18
「っ!!」
カインの一撃が、アーヴィンの剣とぶつかる。
「ぐっ!?」
「はっ、カインお前、俺とやる気か?」
「そのつもりですけど、何か文句でもありますか? まぁ、あったとしても今の貴方からは何も受け付けませんけど」
「おいおい、随分と一方的だな。一緒に革命を起こした仲だろう?」
「裏切ったのは、貴方の方です!」
言葉に力が入ったと同時に、カインの剣にも力が入る。アーヴィンはそれをうまい具合に受け流し、後ろへと下がる。
そこを、ベルセルクは突く。
剣の先端を思いっきりアーヴィンに突き立てるように、突進をしかけた。まさに渾身の突きである。
だが、それすらもアーヴィンは腰を曲げ、背中を反りながらギリギリの所で避けて切り抜ける。
渾身の一撃は、的をなくし、そのまま空中を虚しく突き刺す。
背中を反ったアーヴィンはその勢いに任せ、そのままバク転をしながら、距離をとっていく。
「裏切った、ね。別に俺はそんなつもりはねぇんだけどな。まぁ、そう思われても仕方はないわな。別に否定はしねぇ……だがな、俺にも通すべき筋ってモンがあるんでな。それは、通させてもらう」
「通すべき、筋……?」
アーヴィンの言葉に、カインは首を傾げる。
がしかし、ベルセルクは違った。
アーヴィンが何かを話そうとしているのにも関わらず、そのまま攻撃を仕掛ける。
「っと!?」
「お前がどんな筋を通そうが知ったことじゃねぇ。俺はお前を倒す。それだけだ」
「いいね、そういうの。単純明快にして、分かりやすい。ただ……そっちの優男はそうもいかないようなんでな、一応説明はしておこう。まっ、つっても、単なる復讐劇なんだがな」
ガギン、ガギィインとベルセルクとアーヴィンは剣を交えていく。そこに、カインは愚か、シナンですら介入するのは難しい程に彼らの剣戟は凄まじいものだった。
その上で、アーヴィンは己の使命を話していく。
「昔の話だ。この国の騎士団に入る前、俺は荒くれ者の傭兵だった」
その話には納得した。アーヴィンの剣には騎士団特有のものがあったが、それだけではない何かを感じていた。そして、それは傭兵時代に培った我流の剣術なのだろう。
「俺は、魔人としての力を使わず、普通の人間として生きていた。そうしなければ、生きていけなかった、という理由もあるし、魔人という力がなくてもどこまでいけるのか、試したかったというのもあった」
それは、自分が強者だと理解したものにしかできないことだった。実際、アーヴィンは強者だ。それも、剣術でなら恐らくこの大陸中でも上位にくる程に。
故にだろうか。彼は自分の力を理解したことにより、自分の力を制限したのだ。そうすることで、戦いを楽しめるように。
だが、そんな彼にも痛い目にあったことがあったらしい。
「この国の辺境の地で、俺はちょっとしたヘマをやらかし、魔物によって瀕死の状態に追い込まれた。不意打ちだったせいで、本気を出す間もなく、俺は重傷を負いもうダメだと悟った。……だが、そんな俺に手を差し伸べた女がいた」
ギィイイン、と甲高い音と共に、二人は後ろへと下がり、そして間合いを図る。
そんな中でも、アーヴィンは話を続けた。
「変わった奴だったよ。なんというか、好奇心旺盛で俺を助けたのも興味があったから、とか抜かしやがって、ムカつくから魔人になって脅そうとしたんだが、それでもあいつは『面白い』と言いやがった。魔人を見て、面白いなんて言う奴は、初めてだったよ」
その意見には、ベルセルクも賛同だ。魔人の正体を知って、それを面白いという奴などそうそういるわけがない。っというか、そもそも魔人のどこが面白いのか、さっぱり理解ができない。
などと思いつつも、ベルセルクはアーヴィンに対して『裂風』を放つ。
制御が効かない『裂風』も、この距離でなら、狙いは定まる。
突風のような飛ぶ斬撃に、アーヴィンは自らの剣を振るう。
バゴォオン!! という破裂音と共に、アーヴィンの周りにまたもや土煙が散漫する。
「やったかい?」
「……いや、手応えはありそうだが……」
何やら難しそうな顔をしながら答えるベルセルク。
その証拠に、土煙の中から人影が見えた。
「……まぁ、その後もいろいろとムカついたことはあったが、それはそれで、今ではいい思い出ってやつになってるな」
まるで、何事もなかったかのように立っているアーヴィン。その口調にも焦りは全く見れず、先ほどの『裂風』はあまり効果がなかったことが伺える。
「一緒に暮らしていくうちに、そいつのことが気になって、恋しくなって、そして愛おしくなった。ホント、今までそういうことがなかったせいか、俺はそいつが愛だの恋だのってやつだと気づくのに、結構時間はかかったが……まぁ、最終的には互いに愛し合うようになった」
それは、まるでどこにでもいる普通の男の昔話だった。どこにでもありそうで、しかし珍しい。そういった類の話を聞かされているようだった。
「幸せだった……あの感覚をそう呼ぶのなら、そうなんだろう。俺はあいつといれて、暮らせて、共に過ごせて、充実していたんだろうな。あいつといると、俺は戦いのことを忘れちまってたからな。俺がこれ以上ないと求めている戦いを、だぞ?」
それだけ、彼女と過ごした日々が戦いよりも有意義だったのだろう。
戦いを忘れる。それは、一体どういうことなのだろうとベルセルクはふと思う。アーヴィンとベルセルクは同類の存在だ。戦いに生き、そして戦いを楽しむ。そういった性格であり、生き様なのだ。
だが、そんな奴が戦いよりも充実したものを見つけた。
それは、ベルセルクには少し気になることであった。
もし、自分も同じようなことになれば、同じように戦いを忘れるのだろうか、と。
「だが……幸せってやつはな、大きければ大きいほど、失ったときの痛みも大きいモンなんだよ」
瞬間、アーヴィンの声音が低くなる。同時にアーヴィンの放つ威圧感が変化した。
突然の大雨に見舞われたように。
「ある時、あいつは言った。この国はこのままでは悪くなると。金の採掘だけに集中し、そして金にだけ頼っていてはいずれ金がなくなった時に、国は滅亡の危機に陥る。だから、自分が何とかするって。俺は止めた。別にお前がやることじゃあないだろってな。だが、あいつは聞かなかった。誰かがやらなければならない、大丈夫すぐに戻ってくるからと言って。そして、あいつはそのまま王都へと向かい……そのまま帰ってこなかった」
雰囲気が、空気が変わる。
まるで張り詰めた氷のように冷たく、温かみの欠片もないような、そんなものを感じる。
話の流れからして、あまり良い結末ではないことはここにいる全員が理解していた。
だが、それでも、一同は話の続きを聞き、アーヴィンは話す。
「俺は半年後、王都に向かった。何かあったのは間違いなかったからな。まぁ、もしかしたら俺は捨てられたのかもって思ってたがな。だが、そっちの方が何倍もマシな結果が俺を待ち受けていた」
アーヴィンの顔はどこか苦く、そして笑っていた。まさしく苦笑、といったところか。しかし、それは話の内容とりうよりも、自分自身に呆れているような、そんなものだった。
だが、そこでベルセルク横から真っ直ぐな剣撃を放った。
けれども、やはりと言ったところか、アーヴィンは余裕の表情で受け止める。
「……王都について俺は、必死にあいつを探した。けれども、見つかりはしなかった。当然だ。あいつはもうすでに……死んでいたんだからな」
その時、ベルセルク以外の人間は、驚愕していた。
しかし、ベルセルクは何も動じない。ただ、目の前にいる敵に対して、警戒を怠らず、ただ剣に力を入れている。
「どう、して……」
そう問うたのは、シナンだった。
「どうして、か……俺も気になって調べた。そして分かった。あいつは、王宮に国の現状から予測される危機について、話そうとしたんだ。だが、たかが一人の女に誰が耳を貸すと思う? 当然、王宮からは追い払われた。だが、奴はそれでも諦めなかった。王宮がダメなら、王都の人間にそれをわかってもらおうと、必死になって演説やら何やらを何度も繰り返したらしい。その度にひどい目にあったらしいが、それでもあいつはやめることはなかったらしい」
何度も何度も否定され、誰にも話を聞かれない。そんなことが続いても、その女は決して諦めることはしなかった。ベルセルクには、その女の気持ちが分からなかった。どうして諦めなかったのか、どうしてやめなかったのか。それほどまでに国の未来をあんじていたのか、はたまた別の理由があったのか。それら全ては、彼女自身にしかわからなく、そしてもはやそれを知るすべはなくなっていた。
「諦めなかったあいつを、王宮の奴はおろか、王都中の奴らのほとんどが疎み始めた。そして、ある日突然、あいつは捕まった。さて、ここで質問だ、カイン君」
「何ですかね」
「二十年ほど前、貴族達の中で流行していたことがあった。それは一体何でしょう?」
「……、」
問われたカインの顔は、苦いものへと変化する。どう見ても答えたくないと言っているようなものだ。
シナンは全く分からない、といった具合な反応であったが、ベルセルクにはなんとなく分かった。こうも何年も傭兵をやっていると、嫌なことでも耳にすることが多い。その中で、貴族達の中で『流行る』ことと言えば、どれもこれもロクなものではない。
そして、今回もまたロクでもないことであった。
「……、街のいらない娘を攫って、自分たちの『慰めもの』にすること」
「……正解だ」
瞬間、グッとアーヴィンの剣に力が入るのをベルセルクは感じ取った。と同時にもう一つ感じるものがあった。それは禍々しくしかし、どこにでもありそうなもの。人にとっては良くないといい、しかし時に人間には必要な感情の一つ。
そう、怒りだ。
ベルセルクの目の前にいる男は、怒りを顕にし、またそれを力に変えているのだ。
「貴族たちはな……あいつを自分たちの『玩具』にしたんだ。身も心もボロボロになるまで痛めつけて、辱めて、そして最後にはいらなくなったから殺したんだ……全くもって、今考えるだけでも、腹が立つどころの騒ぎじゃあ、収まらねぇんだよ……」
アーヴィンの気迫と覇気が、ますます大きくなる。怒りによって、彼の本気が表に出ているのだろう。それだけではない、今まであんなに不気味すぎるほど笑っていたアーヴィンが、まるで憤怒の権化のような顔になっていた。
「なるほどな……だが、どうしてそれをお前が知ることができた?」
「いろいろと手を回してな。三ヶ月かけてようやくたどり着いた。そして、それから俺はこの国に復讐するために、騎士団へと入団した」
「ちょっと待ってくれ。貴族達への復讐心は分かる。だが、だからといってこの国そのものに復讐する理由はないはずだ」
カインは叫ぶ。確かにその通りだ。今の話からすると、貴族達に恨みを持つのは当然のことだ。だからといって民を巻き込み、この国に対して復讐するのはどうかと思う。
しかし、アーヴィンの答えには納得のいくものが含まれていた。
「あいつを捕らえ、そして差し出したのが、この王都に住んでいた人間だ。そして、あいつの話を聞かず、ただ見過ごしたのも他の連中だ。誰も助けず、誰も手を差し伸べなかった。ここに居る連中はそう言う奴らばっかなのさ。十六年この国に住んでいたが、一向に良くなる気配もない。全くもって胸糞悪い国だったぜ、ここは」
本当に嫌なものを見るような目で、アーヴィンは呟く。
「何でもかんでも他人のせいにして、自分達は悪くない。自分達は正しい。そう信じきっている奴ほど、うざいったらありゃしない。類は友を呼ぶって言うが、まさしくそうだな。ここはクソッたれが集まったクソ王国だ。こんな国のためにあいつが奔走して、んでもってあんなひでぇ死に方をしたと考えたくないくらいにな。そんな国、いっそ滅んじまった方が他の国っていうか、世界のためってもんだろ」
それにな、とアーヴィンは続ける。
「あいつはずっと忠告やら警告を続けていた。にもかからわず、この国の連中はそれを無視し、聞こうとしなかった。その上で、滅んだって何の文句は言えないだろう?」
「だから、貴方はこの国を滅ぼそうとした……そういうことですか?」
「まぁ、そういうわけだな。いっそ、暴れまわって皆殺しにしてやろうかと思ったが、それじゃあ苦しみがないだろう? だから、金の採掘を止め、トップであるあのクソ王を殺してから、じわじわと苦しめてやろうと思ったのさ」
「っ!? ということは、まさか……」
カインの驚きの顔に、アーヴィンは何も答えない。ただ、その顔をじっと見て笑っているだけだった。それだけで、もう答えは出ていた。
「まぁ、クソ王を殺したのはよかったが、まさか貴族達が王女を出してくるとは思わなかった。あのままリーダーがいないまま、崩壊するのを楽しもうと思っていたんだがな。予想外のアクシデントとは、まさにこのことだ。流石にあの時に王女を殺してしまっては、怪しいと思われるからな」
国王の次に、今度は王女まで死亡したとなると、確かに怪しいと思われてしまうかもしれない。そういった意味では、アーヴィンのとった行動は正しいとも言える。
だがしかし、そのせいで相当の時間をかけたのも事実である。
「……それが、貴方の復讐ですか?」
「間違っている……とでもいうつもりか? 小さな剣士さんよ」
アーヴィンの言葉に、シナンは首を振った。
「……貴方がこの国に対して復讐したい気持ちは分かります。恨む気持ちも理解できます。だから、それが間違っているとも、正しいとも断言することはできません」
これは、少々驚きだ。
シナンのことだから、『貴方は間違っている!』と言うと思っていた。シナン・バールという人間はそういう偽善者じみたところがあると感じていたベルセルクにとっては、これは意外な結果である。
けれども。
「……だけど、貴方が王女様を巻き込んで、彼女の人生を狂わせて良い理由にはならないはずです。あの人は貴方の過去と全く関係ないはずです」
シナンは怒っていた。自分のためにではなく、他人のために。
やはり、そういうところは思った通りなのだと改めてベルセルクは実感した。
「やっぱり……お前はそういう奴か」
思っていた通りと言いたげな口調。
それはまるで、望んでいた言葉が返ってきたと言わんばかりな表情だった。
「……まぁ、いい。別に俺の意見に賛同しようが反対しようがどっちにだろうが、俺のやることは変わらねぇし、な!」
言い終わると、アーヴィンはベルセルクの剣を大きく弾き飛ばし、ベルセルクを吹き飛ばす。ベルセルクはそのまま数メートル飛ばされたが、片手を上手に使って地面を叩き、着地し、すぐさま体勢を立て直し、剣を構える。
「なぁ、知っているか?」
突然と、アーヴィンは一同に対して質問をする。
「魔人ってのは膨大な魔力を持っている。それを使って魔法を使う生き物なんだが……」
アーヴィンは剣をくるくると回しながら、間合いを取る。その間にベルセルクは攻撃を仕掛けようとするが、全く見えないアーヴィンの動きにベルセルクは動けなかった。
そして、ある程度離れた場所に行くと、バッと剣を握り、回転を止める。
「……その魔力をモノに移して放つとどうなると思う?」
瞬間だった。
ベルセルクはどっと何かに押し付けられるものを感じた。
それはなんとも表現しきれないが、ただ一つ言えることは、目の前にいる男がやろうとしていることに、自分が危険を感じていることであった。
「っ!? ヤバイ、逃げろ!!」
ベルセルクが叫ぶが、それもすでに遅い。
「ッ!!」
アーヴィンは自らの剣を大きく振り上げる。
轟!! と音を立てて風の流れが渦を巻く。
一同の顔色が変わった。今更気づいたところでもう遅い。すでにアーヴィンの頭上には、まるでオーラの塊ような巨大な大気の渦が、アーヴィンの剣に纏って待機している。
禍々しいオーラと辺りの砂利が舞い上がり、直径数十メートルに及ぶ巨大な破壊の渦が歓喜の産声をあげる。
アーヴィンは笑いながら言う。
「あばよ」
瞬間、建物すら簡単に舞い上げるほどの破壊力を持つ強靭な風と化して、アーヴィンの斬撃はいとも容易く一同の体を吹き飛ばした。