16
『裂風』
それは、ベルセルクの数少ない技の一つであった。
何もかもを一撃で破壊するのが『裂破』であれば、『裂風』は何もかもを吹き飛ばす技である。はっきり言って、殺傷能力はさほどない。威力も『裂破』よりも劣る。が、飛ぶ斬撃として離れた敵に対しての攻撃としてはこれ以上ない優れものである。威力に関しても、『裂破』よりも劣るとはいったものの、木片でできた断頭台を破壊することなどお手の物であり、鉄でできた刃すら粉砕することが可能なレベルだ。
ただし、これはコントロールがあまりきかず、狙ったものに当てるには一苦労。故に、ベルセルクはこの技をあまり好きではない。
はっきり、そして正直に言おう。
先ほど王女を巻き込まずに断頭台だけを破壊できたのは奇跡と言っても良い。というか、奇跡だ。それ以外の何物でもない。
そんなことは、置いといてだ。
さて、これからどうしたものか。
一応は、『計画』とやらを練ってはみたものの、成功率はほぼ零に等しい。しかしまぁ、失敗した時はその時だ。腹くくってここにいる全員薙ぎ払う覚悟でやるしかない。
それに、この国に来てからのこのもやもやも少しは晴れそうな気がする。
さぁ、反撃の時間としますか。
*
何故、どうして、どうやって。
広場に集まっている民衆が様々な疑問を浮べる中で、ベルセルクは悠々不敵に笑っていた。
その中でも、一番驚いているのは、王女の格好をしたレンであった。
「どうして……」
まさに、その言葉しか浮かんでこない。
あれだけ面倒事に関わることを嫌っていた彼が、ここに来るはずがない。そんなこと、予想もしていなかった。彼には悪いが、レンからしてみれば、彼の性格は冷酷で面倒事が大嫌いな男だと思っていた。そんな彼だからこそ、レンや王女は今回の依頼を彼に託したのだ。
それなのに……。
それなのに、彼はこうも簡単に予想を裏切ってくれた。それも、最悪の形で。
恐らく、彼は気付いているのだろう。レンが、王女と代わっていることに。その上で、彼はこんなことをしでかそうとしている。それは、断じて許されないことだ。
今、レンが殺されない限り、王女に刃が向いてしまう。ここでレンが死なずに、偽物だとバレてしまったら、あの広場にいる王女が殺されてしまう。
それだけはダメだ。何があってもやらせてはいけない。
などと思っていると、ベルセルクが突然こちらへと歩き出した。
すると、集まっていた民衆の一人が、声を荒げてベルセルクに言う。
「お、おい、お前!! 何してくれてんだ、大事な処刑中に!! 邪魔する気か!?」
「そうだそうだ。どういうつもりだ、テメェ!?」
「まさか、王女を助けに来たとかじゃないだろうな!?」
一人が叫ぶと、それがまるで病気の感染のように、次々と周りに伝わっていく。しかも、どれもこれもぎゃあぎゃあと煩いものだ。ここまで来ると、逆にすごい。と同時にレンは思う。こういう時だけに、心を一つにするのではなく、もっと大切な時に皆が一つになっていれば、王女も自分もこんな結末を迎えなかったのではないか、と。それが、悔しくて仕方がなかった。
しかし、問題はここからだ。あのベルセルクがここまで言われて何もしないわけがない。もしかしたら、この場にいる全員を切り殺す可能性もある。
だが、ベルセルクは何も言わない。言い返さない。
ただ、自らの持っていた刃の剣先を、地面に向ける。
ズドンッ!! と大きな轟音と共に、地面が揺れた。
何事かと思った民衆は、それがベルセルクが剣を地面に突き刺した、ということに気が付くまでそう時間はかからなかった。
ただ、状況を把握しきれない者は大勢いた。
たった一撃、それも地面に剣を突き刺すという行為だけで、ここまで大きな揺れを起こすとは、一体全体どうなっているのか。全くもって理解不能だった。呆けている者もいれば、その威力に恐怖してしまっている者もいた。当然だ。一撃でこんなことをしでかすような人間は、もはや人間ではないと言っても過言ではないかもしれない。
レンはもう一度、ベルセルクを見た。
相変わらずの気迫と威圧感。そして、今は覇気と闘気も感じられる。確実に戦いに来たのが、見え見えだ。まさか、本当にここにいる民衆を一人残らず斬ってしまうのではないか、と思えてしまう。そして、あの男ならやってもおかしくはないと思える自分がいたことに、レンは気づく。それだけ、今の彼は手に付けられないほどの、獰猛な気を放っている。
しかし、ベルセルクの発言は意外なものだった。
「邪魔だ。俺が用があるのは、テメェらじゃねぇんだよ。文句があるなら、かかってこい。一人残らず、斬って、殺して、薙ぎ払ってやる」
どこにでもある自信満々な発言。しかし、今の彼の口からそれを言われれば、確実にやりかねないと本能が語りかけている。
恐らく、それを感じ取っているのはレンだけではないはず。現に、ベルセルクが処刑台の方へと一歩一歩近づいているのに、誰一人として止めようとはしない。出来るわけがなかった。今の彼に立ちふさがれば、確実に殺される。
誰も憚らないその道を、ベルセルクは前へと進む。そして、いつの間にか、処刑台の階段を昇り、頂上へと立つ。
そして、周りを見渡した後、レンの方へと目を向けた。
「よう、王女様。来てやったぞ」
それはまさしく、いつものような口調、というやつだろう。どこかの友人にでも気さくに声をかける。はたから見れば、そんなものだった。
だが、レンはそうは思わない。目が違うのだ。それは、まるで何かを見据え、そして覚悟を決めたようなもの。かれこれ彼とは数週間共に過ごした身だが、今まで、彼がこんな目つきをしたことは一度もなかった。それ故に、レンは恐怖を感じずににはいられなかった。
「おい、貴様!!」
だが、ここで空気を変えようとした一声が掛かる。
革命軍の副リーダー、ジャンヌ
「一体何の用でここに来た!? 貴様の仕事はもう終わったはずだ!?」
「仕事? 終わった? 何のことだ。俺はただ、気に入らねぇ奴を潰しに来ただけだ」
「気に入らない奴?」
カインがベルセルクの言葉を復唱するように、呟く。
それに対して、ベルセルクは目を瞑りながら、答える。
「正直、俺はこの王女が首切られようが、公開処刑されようが、どうでもいい。こいつとは、仕事上のパートナーだったが、そこの奴が言うように、それもこの前解約されたからな。だから、そのことについて、どうこう言うつもりはない」
だがな、とベルセルクはキッと目を見開いて続ける。
「陰から手を回して、コソコソとしてる奴は俺は大嫌いでな。そういう奴を見つけては、潰しとかなきゃ、腹が立って仕方がないんだよ。だから俺は、『テメェ』をぶっ潰しにきたんだよ」
ゆらり、とベルセルクは剣先をとある人物に向ける。
そのとある人物とは……。
「シファール騎士団長、アーヴィン・マクスエル」
その一言で、その場がざわめきによって、支配された。
民衆はもちろんのこと、処刑台の上に立つカインやジャンヌ、はたまたレンすらも動揺を隠せれない状態だった。
しかし、騎士団長であるアーヴィンは平然とした顔で答える。
「……どういうこった?」
「どうもこうもねぇ。これは全部テメェが仕組んだろうが」
「断定するか。面白ェ。だったら、証拠はあるってことか?」
「まぁ、一応な。リッドウェイ!!
瞬間だった。
突然と、ベルセルクの隣に男――リッドウェイが現れたのだ。
いきなりの事で、広場にいたほとんどの者が動揺を隠せず、ざわめきが一層大きくなる。当然だ。誰も彼も、皆彼の存在に気づいていなかったのだ。一体いつ、どのようにして壇上に上がったのか、皆目見当がつかない。
ジャンヌは突然現れたリッドウェイに対し、剣を向けた。
「貴様、一体どこから……」
「いや、どこからって普通にさっきからそこら辺にいやしたよ? そんで呼ばれたから出てきた。それだけですけど?」
「それだけって……」
「いや自分、昔の職業柄で気配を消すのがくせになっちゃいやしてね。意識して気配を出さないと、気付いてもらえないことが良くあるんですよ~。いやぁ、ホント自分って影薄キャラですよねぇ」
のほほん、と何やら愉快に話すリッドウェイだが、周りの者は逆にゾッとしていた。確かに、影が薄いというのは誰にも気付かれないような、そういう存在であり、正直羨ましいとは誰も思わない。が、今の彼はそういうレベルを超えている。本当にいつそこに現れたのか、分からいほど気配を消すなど、誰にでもできることではない。もし、彼に後ろを取られても気付かないだろう。そして、そのまま首でも撥ねられた時は、自分が殺されたことすら分からないうちに、死んでいるはずだ。それを考えるだけで、全くもって恐ろしい。
絶句している一同をよそに、ベルセルクはリッドウェイに急かすように言う。
「おい、リッドウェイ」
「へいへい、分かってやすよダンナ。証拠ですよね、証拠」
と言いながら、リッドウェイは周りにいる民衆の方を向く。
「ども~。初めやして。あっしはリッドウェイと言う者です。以後お見知りおきを。さて……突然と話は変わるんですけどね、そもそもこの処刑は何で行われるんでしょう?」
リッドウェイの問いに、民衆より先にジャンヌが答える。
「ふん、そんな決まりきったことを訊くなど、愚かにも程がある。この国が腐りきっている元凶が、そこにいる王女だからだ」
「へぇ、そうなんですか。んじゃ、その証拠は?」
「証拠、だと?」
リッドウェイの言葉に、ジャンヌは一瞬言葉を詰まらせる。そこへ、畳み掛けるようにリッドウェイが言葉を続ける。
「はい。証拠です。そこの王女様が元凶なら、それ相応の証拠があるってことでしょう? だって、何の証拠もなく、元凶だって言われても、誰も納得しませんよ。特に、余所から来たあっし達から見れば」
全くもって当然な事を言うリッドウェイ。しかし、予想だにしていなかったのか、ジャンヌは少々動揺しながらも、返答する。
「そ、そんなもの分かりきっている。王女が産まれてから、この国はおかしくなり始めた。これが証拠と言わずして、何と言う!」
ジャンヌの言葉に、民衆から声がする。そうだそうだ、と皆ジャンヌの意見が正しいと言わんばかりな言葉を次から次へと投げかけてくる。
圧倒的なまでに多くの声に対して、リッドウェイは呆然と彼らを見る。
そして、してやったりな顔をしているジャンヌの顔を見て、言う。
「……えーっと……まさか、それ本気で言っやせんよね?」
それは。
それは、まるであまりに的外れな事を言っている人間に対して、確認を取るような言葉だった。恐らくは本人には自覚はないのだろうが、はっきり言って言われた方は小馬鹿にされたような感覚に陥る。
ましてや、それがプライドの高い者なら尚更。
「な、この期に及んで私を愚弄するつもりか!?」
「いや、愚弄も何も、普通に思ったまでのことを言ったまでで……っていうか、アンタ方の方があっしらを馬鹿にしてませんか?」
「何……!?」
「だってそうでしょ。そんなこと言ったら、後八人程同じような人がいるんですもん」
は? とジャンヌはもちろんのこと、他の民衆も呆気にとられていた。
しかし、そんな彼女たちをよそに、リッドウェイは懐から出した紙を見て、言う。
「フッソル・ラベンジャー、ゾルド・カーソル、レビアナ・アテンダント、ディオ・レオーナ、ドルドバ・クイッツ、フートルト・アーカイ、ガベリア・オーソン、ビオナ・ビバルロッゾ……以上八名が王女様と同じ時期に生まれていやす。中には、彼女と同じ日に産まれた人もいますよ? 誰かが産まれてから国の内政が悪くなったっていうのなら、この人たちも容疑者に入れるべきじゃないですかね?」
「そ、それは……」
「しかし、それをアンタ方はしなかった。何故なら、王女という何ともまぁ分かりやすい的がいたから。だから、彼女以外に原因があるとは思わなかった。理由は簡単、“面倒だったから”」
あっさりと。そしてズバリと言い切るリッドウェイ。
その姿を見て、ベルセルクは彼がいつもとは少々違う威圧を出しているのを感じ取った。
「こっの、言わせておけば……ならば、王女が今までしてきた数々の悪行はどう説明するつもりだ!?」
「悪行?」
「そうだ。国の金や食料を独り占めしたり、気に入らない者がいれば即座に罰したり、我儘し放題を王宮内でしてきたというではないか!!」
「……、」
「それ見たことか。答えられないのだろう? 正当化することもできまい。何せ、事実な……」
「何度も言うようですけど、それって本気で言ってます?」
なっ!? とジャンヌは今日何度目かの驚きの顔になった。
「いや~、もうね。何というかね。それを本気で言っているのなら、貴方の頭は本当にすごいですね。尊敬しますよ。そんなにお飾りな頭、見たことないですもん」
「き、貴様……!?」
「これも何度も言うようですけど、証拠はあるんですか?」
言われて、またジャンヌは絶句する。
当たり前だ。そんな事実はないのだから、証拠など出てくるはずがない。
「ほらまただ。またアンタ方は証拠もないのに王女様が何か悪いことをしているという噂を流し、それを信じていった。何の証拠もなしに、ですよ。っというか、噂を真に受けて信じるとは、それはそれでまた頭の出来がすごいことになってるとは思いますけどね」
「くっ……!?」
ジャンヌは何も言い返せなかった。
リッドウェイの言っていることは何もかもが正しい。どこにも付け入るスキを与えない。あったとしても、倍返しで何かを言われるだろう。今の彼には、ベルセルクも逆らおうとは思わない。何せ、筋が通っているのだから。
「だが、内政が悪くなったのは事実だ……」
「だーかーら、どうしてそれが王女様のせいになるんですか? 貴族達ならまだしも」
「その貴族達を抑えきれなかったのは王女だ」
「だから、王女様のせいってことですかい……本当、アンタら終わってるな」
「何……!?」
「だったら聞きますけどね、王女様に何ができたっていうんですか?」
王女に何ができたのか。その問いに対して、答えるものは誰もいなかった。それもそのはず、王女に何かがでるわけもなかった。一人孤立して王宮に閉じ込められ、それで一体何ができようか。何もできるはずがなかった。
そして、誰も答えなかったということで、リッドウェイは確信したことがある。
ここにいる皆全員が、王女は何もできなかったと理解しているということだ。
そして、リッドウェイはついにはぁ、と大きなため息を吐いた。
「何というかもうね……そこまで知っているのなら、もう分かってるんでしょう? 王女は何も悪くないってことを」
「ふ、ふざけるな!? だったら、不作や災害についてはどう説明するつもりだ!?」
ジャンヌはあくまでもリッドウェイの言葉を受け入れないつもりらしい。
「あのねぇ……そこまで頑となって言うのなら、こっちもいろいろと説明するつもりですけど、文句は言わないでくださいよ?」
と、言いながら、今度は少し大きめの紙を懐から取り出し、そして大きく広げる。
「それは……?」
「アンタ方の農業地帯の図とやり方、それから事細かい詳細が載ってます。あんまり農業に詳しくないあっしが言うのもなんですけどね、アンタら農業ってモンを嘗めてませんか?」
リッドウェイは本当に呆れたような顔で続ける。
「農業っていうのは、毎日の積み重ねが大事です。土をほぐしたり、種をまき水を与えたり、草ぬきをしたり、後専門的に何かいろいろとやるんでしょう。さっきも言ったようにあっしは細かいことはしりません。ですけどね、このシファール王国は農業に適していない場所だと言うことくらい知ってるでしょう? だったら、不作が何年も続くのは当然の結果。調べてみたところ、王女様が産まれる前からよくあったということです。にもかかわらず、何年も何の学習もせず、同じようなことを同じようにしていれば、そりゃあ、不作から改善されるようなことはないでしょうよ。そうしなかったのは、この国が金で豊かだったせいで、そういうことを一々構うほどの気遣いがなかったせいだ。これを嘗めていると言わないでなんていうんですかい?」
確かに、今の今まで不作だったのにもかかわらず、この国の者がそれまで悠々と暮らせていたのは金のおかげだ。そのため、不作だった時も何の改良も、何の解決策を見つけないまま、放置していた。農業をやっている者からすれば、嘗めきっていると言われても文句は言えない。
「そして、金がなくなった途端、農業のことにようやく目を向けるようになったものの、まぁこれがまた見事に失敗の連続。当たり前ですけどね。だって今までも失敗しているんですから」
何の改善もなく、ただ同じことを繰り返している。そんなことでは、不作になってもおかしくもなんともない。むしろ、自然の摂理と言い換えてもいいだろう。
つまりは、この国が不作になったのは当然の結果、というわけだ。王女様が産まれたせいということは、何の原因にもならない。
だが、それでもこの国の人間たちは愚かなようで。
「ならば……なら、災害はどうなのだ!? あれこそ、王女のせいではないか!?」
どうやったら災害が一人の人間のせいになるのか皆目見当がつかないのだが、ジャンヌは心の底からそう思っているようだった。ほかにも、カインを除くほとんどのものが、それに頷き、彼女の言っていることを正当化しようとしている。
「ここまできて、まだ言いますか……ま、別に構いませんけどね。あっしからしれみれば、その話題を出してもらいたかったんですから」
「何……? どういうことだ」
ジャンヌの問いに、リッドウェイはニヤリと微笑する。
「確かに、この国の災害の被害は普通じゃありません。暴風による建物の破損、地震による被害、大雨による洪水……そういったものが、他の国と比べれば倍以上あります。まぁ、これが何かの災いや呪いと言われても不思議じゃあないですね……ただ、調べている内に妙なことに気が付きやしてね」
「妙な、こと?」
そう切り返したのは、カインだった。
リッドウェイは続ける。
「その妙なことっていうのは、災害が起こった地域には、その前日にとある人物が必ず赴いているんですよ。んで、そのとある人物っていうのが……」
「俺ってわけか」
リッドウェイの言葉に、アーヴィンが先に答える。
が、ジャンヌはそれを認めようとはしない。
「そんなもの、言いがかりではないか!? 騎士団長殿が災害の前日にその地に赴いているからという理由で疑いをかけるなど、言語道断!? そんなものただの……」
「偶然か、ですか? んじゃあ、あっしはそれをそのままアンタ方にお返ししましょう。災厄が起こり始めた時期と王女様が生まれた時期が重なった。これは偶然ではないのでしょうか? 偶然ではないというのなら、教えてください。あっしが言ったこととアンタが言ったことのどこに違いがあるのかを」
「そ、それは……」
ジャンヌは自分が言ったことが逆に自分を追いつめたいることに気づく。
そして、リッドウェイはそんなジャンヌをよそに、話を進める。
「ちなみに、その理屈で言うと、王女様が元凶ということは、ますますありえなくなりやすよ?」
「どういうこと、かな?」
その言葉に、カインは問いを投げかける。
「金が採掘されにくくなり始めたのは、王女様が産まれる“半年前”から起こっていたんですから」
「なっ……!?」
リッドウェイの言葉に、ジャンヌはすぐさま否定する。
「そ、そんなはずはないっ!? 金の採掘がおかしくなったのは、確かに王女が産まれてからだと、記録には……」
「記録には、ね。けど、どうも記録に不備があるように思えましてね、一応確認のために当時の採掘に関わっていた人たちに訊いてみたら、話してくれましたよ。記録に細工していたってね。まぁ、金の採掘が上手くいかなくなったとなれば、この国は大混乱に陥りますからね。苦肉の策だったんでしょう。まぁ、それも長続きはしませんでしたけど」
そんな……とジャンヌはそのまま、地面に崩れ落ちる。
自分が正しいと思ってきたこと、そして信じてきたことが、まやかしだったのだ。普通の人間なら当然の反応と言ってもいいかもしれない。
しかし、リッドウェイはまだ、止まらないし、終わらない。
「しかも、その半年前っていうのが、これまた偶然なことに、騎士団長がこの国にやってきた時期と一致するんですよねぇ」
その言葉に、一同は一つの場所に目を向ける。
そう、騎士団長に。
「よく調べたモンだな。どんな手を使いやがった?」
「それは、言えやせんよ。企業秘密、ということで」
「そりゃあ、そうだな」
騎士団長は笑っていた。
自分に容疑がかかっているというのに、怒りもせず、焦りもせず、ただただ言われていることを受け入れている。
それは、自分ではないと確信しているからではない。
まるで、開き直っているような、そんなものだった。
「しっかし、何でまたバレたのか、それくらいは聞いても良いだろ?」
「……ってことは、自分が犯人だって認めるんすね?」
「この状況で違うと言っても、後々面倒だしな。それに、俺は元々こういう回りくどいやり方は好きじゃねぇんだよ」
ざわり、と周りの民衆が三度騒ぎ始める。
一体何がどうなっているのか、彼らには全く分からなかった。故に、アーヴィンの言葉を聞くしか、なかった。
「んで? どうして俺が怪しいと思った?」
「それは、ダンナに訊いてください。あっしはただ、調べてくれと頼まれただけなんで」
と、リッドウェイはベルセルクに親指を指す。
言われて、アーヴィンはもう一度問いただす。
「だ、そうだけど?」
「……最初に怪しいと思ったのは、アンタと戦った時だ。最後の俺の一撃、確実に入ると思った途端、あのスピードだ。人間技じゃねぇだろ、アレ」
「あー、やっぱりな。まぁ、あの戦いの中でのあの速さは不自然だわな。いやはや、久しぶりの拮抗した戦いに、つい『本気』を出してしまった」
うんうん、と何やら頷きながら反省しているアーヴィン。
しかし、そんなアーヴィンに対して、物申すものがいた。
ジャンヌだ。
「そんな……騎士団長、今のは、嘘、ですよね……?」
「いや、本当の話だが?」
「っ!?」
あっさりと。
本当に、あっさりと認めた。
自分たちに嘘をついていたと、真実を語らなかったと、そして自分が犯人であることをアーヴィンという男は、認めたのだ。
「いやぁ、まさかここまで事が運ぶとは思いもしなかった。だって、普通は気づくもんだろ? これはちょっとおかしいなって。王女が一人生まれたぐらいで、こうも国が傾くわけないだろ?」
それは馬鹿にしたような口調ではあるものの、真実を語っていく。
「にも拘わらず、お前ら勝手に思いこんで、そんでもって勝手に犯人仕立てあげてくれたおかげで、こっちはとても仕事がやりやすかった。いやはや、こんなにも愚かしい人間が集まった国はそうそうないと思うぞ?」
「貴様……っ!!」
瞬間、ジャンヌは剣を握り、地面を蹴る。途中、カインが「やめろ!?」と叫んでいたが、彼女にはそれは聞こえていない。完全に頭に血が上っている。
「あああああああああっ!?」
絶叫しながら、ジャンヌはアーヴィンに斬りかかる。
それは、信じていた者に裏切られたためか。それとも、本当の犯人を見つけてたためか。
どちらにしても、無謀な行為だった。
そして、無謀な行為は良い結果は生み出さない。
ジャンヌの一撃がアーヴィンの顔面目掛けて放たれる。
しかし、アーヴィンはその一撃を“人差し指”一本で止めた。
「なっ!?」
「頭に血が上って正しい判断ができなくなっているな。そんなんだから、お前は真実が見えない。国のため、他人のためとか言いつつも、真実を見ようとしない。ホント、見ててムカつくんだよ、お前。いや、お前ら」
「ぐっ……ぬぅ……!?」
「こんな状況を作った俺が言うのもなんだけどな、お前らなんかより、よっぽど王女の方が肝が据わってたぜ?」
言うと、アーヴィンはそのまま人差し指を前に突き出す。と同時に、剣を持っていたジャンヌが吹き飛ばされる。
ありえない状況に、人々は混乱し始める。
だが、そんな民衆をよそに、アーヴィンはいつも通りの口調で言う。
「しっかし、こんな状況じゃあ、計画失敗。もうこれは、実力行使しかねぇよな?」
瞬間だった。
変化が起こり始める。
アーヴィンの体に大きな気迫と覇気、それから圧倒的な力の塊のようなものが膨れ上がっていくのを、ベルセルクは感じ取った。
そして、変化は体そのものにも起こっていく。
白髪。
赤い瞳。
額の角。
これらの条件を満たし、尚且つ人間離れした力を持つものを、ベルセルクは知っていた。
しかし、ベルセルクは心の中で、やはりと思っていた。
最初、戦った時に前にも戦ったような感覚があったのだ。それは、強者との戦いだと考えていたのだが、実際は違う。
『それ』は、前にベルセルク達を苦しめた者と同じものだったのだ。
その、同じ者の名は―――魔人。
「ふー。やっぱり、こっちの方が気が楽でいい」
首を回しながら、体の調子を整えている。
その異様な姿からは全く想像もできない口調で。
もはや、民衆はパニックに陥っていた。それもそうだろう。いきなり、人が変化するところなど、普通は驚き、慌てふためくものだ。
だが、処刑台にいるベルセルクは慌てもせず、驚きもしなかった。
「やはり、魔人か」
「ん? その口調からして、お前魔人を知っているのか?」
「まぁな。前に一度戦ったことがある」
「ほぉ……ってことは、勝ったのか?」
「俺がここにいる。それが答えだ」
その言葉にアーヴィンはニヤリと笑う。
「へぇ……そいつは楽しめそうだ」
とアーヴィンの口元がさらに広がる。本当に楽しめると思っているのだろう。
と同時。
アーヴィンの背後に、小さな人影が現れ、次の瞬間、アーヴィン目掛けて剣が振り下ろされた。