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勇者の師匠  作者: 新嶋紀陽
第二章
31/74

14

 僕が、彼女と初めて会ったのは、召使いとして仕え始めた時だった。

 リリアのことは、王宮に入る前から知っていた。両親から散々聞かされた、敵の話。それが彼女と彼女の両親だった。

 同じ血が流れているにも関わらず、自分たちよりも裕福で幸せを手にしている彼らが許せなかった。

 だからこそ、僕は復讐を誓ったのだ。

 父が死に、そして後を追うように母も死んだ。二人とも、何も怨まれるようなことはしていないというのに、辺境の地で誰にも見送られないまま、眠るように逝ってしまった。

 二人を埋葬した後、僕は王都へ向かった。もちろん、復讐のためだ。そのために、いろいろなコネやツテを使って王宮に仕えることとなった。しかし、その時はすでに王も王妃もすでに死んでいた。復讐の相手を無くした僕だったが、幸いにしてまだ一人いたのだ。

 そう。それが、リリアだった。

 初めて会ったときは驚いたものだ。何せ、彼女の顔形、そして体型から何まで僕と瓜二つなのだ。世の中には似ている人間が三人はいるというが、いやはやびっくり仰天ものだった。いくら親が二人とも同じ双子だとはいえ、ここまでくると自分たちまでもが双子だと言ってもさして誰も疑わないだろうと思えたほどだ。

 こんなに似ているのに、どこまでも違う境遇の僕と彼女。顔を見た時から必ず殺してやると僕は心の中で静かな闘志を燃やしていた。

 彼女の召使いになることはさほど難しくはなかった。

 この顔のおかげ、というのももちろんあるのだろうが、恐らく本当の理由は別にある。誰も彼女の召使いになろうとは思わないのだ。

 それもそのはず。何せ、彼女は国一番の嫌われ者だ。彼女の近くにいれば自分までもが巻き添えを食らってしまう。そんな所へ行きたがる愚か者は普通はいない。

 だが、それは返って僕にとっては都合が良かった。

 誰も他に召使いがいないとなれば、自分が彼女の近くにいれるたった一人となるのだ。そうなれば、彼女の信頼を得ることもかなり簡単だろうと思えた。実際、多くの者から罵倒を受けるリリアの信頼を得るには時間は掛からなかった。

 そして初めて行った毒入りのお茶を飲ませれた時は、これはもうしてやったりと勝利を感じた。これからどんどんと、そしてじわじわと苦しめてやる。そう思っていた。

 だが、そんな馬鹿げたことを考えるのも吹き飛ぶ出来事が起こった。

 ある時、彼女がとある施設に援助金を送ると言い出したのだ。その施設というのがもうすぐ破産して潰れてしまいそうになっていることを彼女はどこかからか聞いたらしい。自分が嫌われ者だと知って今更イメージ回復のためにそんな偽善者のようなことをするつもりか、何とも馬鹿馬鹿しい。

 だが、その施設に出した援助金は程なくして送り返されてきた。送り返された援助金と共に届いた口上には『自分たちが王女様から援助金をもらうなどとは滅相もないことです。どうぞこれをお国のために使って下さい』と書かれていた。

 文章からすれば、普通なのだが、僕にはすぐにその裏に隠されている意味が『お前なんぞの金など欲しくもない』だというのに気が付いた。そして、程なくしてその施設は潰れたらしい。

 愚かな真似をしたものだ、と僕は思った。自分たちのプライドのために大切なものを失っては意味がない。そんなことなら、例え相手が何であろうと助かる道を選ぶべきだ。

 しかし、彼らのおかげでリリアの計画はついえたと浅はかな僕は喜んだ。今更どう足掻いても誰もお前などみやしない、と。

 そう思った自分を、後でとことん後悔することになるとはしらずに。

 ある夜だった。

 召使いの用事でリリアの様子を見に行った僕は、そこで彼女が一人枕に向かって泣いている所を目撃してしまった。

 その姿はまるで一人の少女がただただ悲しんでいるように見えた。

 いや、まるで、ではない。実際そうなのだ。彼女はまだ二十歳も超えてない普通の女の子である。生まれや育ちが違うだけであって、それ以外は街の少女たちと何ら変わらない女の子なんだと恥すかしながら、その時僕はようやく気づいてしまった。

 僕はすぐさまその場から離れた。そうでもしなければ、僕の決意に揺らぎが生じると思ったからだ。

 だが、もうすでにその時から僕は自分の復讐に対する決意が揺れていたのだ。

 僕は次の日、リリアが暮らしていたという東の森の塔へ足を運ばせた。王宮内の話によると、リリアは産まれた直後に数人の女性召使いとともに、この森で住んでいたらしい。

 何故、そんな場所へ行ったのか、僕自身にも分からなかった。ただ、彼女の過去を何となく知りたくなったのだ。

 ボロ臭い塔で、僕はある一つの日記を見つけた。

 そこには、こんな事が書かれてあった。


『○月×日

 きょうもいつものように、さらあらいやゆかふきをした。でも、きれにしたのにみんなからはきたないっておこられて、なぐられた。とってもいたかった。でも、ないたらもっとなぐられたから、それいじょうはなかなかった


 ○月△日

 きょうはあめがふってた。でも、みんながくさぬきをしろっていうからびしょびしょになりながら、くさぬきをした。よるになっていえにかえったら、みんなにわらわれた。そのあとふくをきがえて、すぐにねた。なんだかあたまがくらくらする。


 ○月□日

 きょうはなんだかあさからあたまがいたかった。けど、あまいこというなってどなられてなぐられた。そのせいで、またあたまがいたくなった。あしたはにっきがかけないかも』


 書かれているように、次の日には日記が書かれていなかった。

 なんだ、これは。そう思いながらも、僕はペラペラとページをめくっていった。


『×月○日

 今日もまた、一人で掃除洗濯をした。みんなに手伝ってって言おうとしたけど、やっぱりできなかった。だって、そんなことをすれば殴られるか鞭で叩かれるってわかってるから。それなら、ちょっと大変だけど、掃除洗濯をしている方がまだマシだと思う。


 ×月△日

 みんなからのイジメがさらにエスカレートしていく。慣れているとはいえ、これ以上は本当に体が持たない。けれども、ここ以外に自分の居場所はないのだから、仕方ない。今日も唯一の楽しみである花の水やりで気分を紛らわそう


 ×月□日

 最悪な一日だった。大事にしていた花をみんなが踏み潰していった。そして「こんなものを育てる暇があるんだったら、さっさと家事を終わらせなさい」って言って、また鞭で叩かれた。もう慣れっこだと思っていたけど、今日のは一段と痛かった』


 書かれている言葉一つ一つが何だか重く、そして辛そうな文面だった。

 正直、この書かれてある文章が事実だということを認めたくなかった。彼女は仮にも王女だ。そんな彼女にこんな仕打ちをして許されるはずがない。

 これでは、僕の方がまだマシじゃないか。

 そう思いながらも、また日記を読んでいく。


『△月○日

 湖のところで泣いていると、ふと知らないおじいさんが「どうしたんだい」といってきた。最初は怪しい人だなと思っていたけど、私の話を聞いて「そうかいそうかい。それは辛かったねぇ」と優しくしてくれた。とっても良い人なんだと思った。


 △月×日

 今日もあの優しいおじいさんとおしゃべりをした。毎日いろんな話をしているけど、おじいさんは飽きずにちゃんと私の話を聞いてくれる。それが、何だかとってもうれしい。けど、どうしてかな。今日のおじいさんはどこか様子がおかしかった気がする。今度また聞いてみよ。


 △日□日

 ……おじいさんの様子がおかしかった理由が分かった。どうやら、もうすぐこの国を出ていくことになるらしい。何でも、重い病にかかっていて、この国ではどうすることもできないから、余所に国に行くんだって。私は行かないで、とは言えなかった。おじいさんは最後に「孤児院を最後まで面倒を見切れなかったのが残念だ」と呟いていた』


 その時、僕はハッとなった。

 まさか、と思いながら僕はその日記を持ってある場所に向かった。

 その場所というのが、リリアが援助金を出そうとした施設、孤児院だ。

 距離からして東の森にとても近い。恐らく、この日記に出てくるおじいさんが言っていた孤児院というのが、リリアが援助金を出そうとした施設と同じなのだ。

 そうか……そういうことか、と僕はそこですべてを理解した。

 彼女は己が保身のために、援助金を出そうとしたわけではない。

 ただ、昔自分に親しくしてくれた人物がいた場所を護ろうとしただけなのだ。

 何ともどこにもありがちで、そして当たり前の理由。

 僕はこの時ほど自分が愚かしいと思ったことはなかった。勝手に自分の秤で彼女を見積もって、そして勝手に彼女はこういう人間なんだと思い込んで、そして勝手に憎んで嫌って怨んでいた。

 何も知らないくせに、何も知らなかったくせに、ただ自分が不当な扱いを受けたという理由だけで相手に復讐をしようとしていた。

 復讐など、する必要もなかったと言うのに。

 よくよく考えてみれば、分かる話だ。誰からも好かれず、愛されず、必要とされていない存在。そんなものに対して何をどう復讐するのか。

 もはや、そんなことができない状態に僕は陥っていたのだ。

 僕は日記の最後のページを開く。

 そこにはこんなことがかかれてあった。


『Σ月Σ日

 今日城から、王宮に帰ってくるようにというお達しが来た。私以外のみんなは「これでようやく王宮に戻れる」と言って喜んでいたが、私は正直落ち込んでいた。だって、王宮に戻ればここよりもさらにひどいことをされると分かっていたから。もしからしたら、殺されるかもしれない。そう思うと不安で仕方がなかった。けど、ここで逃げるわけにはいかない。だって私は、この国の王女なんだから』


 僕はぎゅっと日記を握っていた。

 もはやここまで知ってしまえばどうすることもできない。

 次の日からも、僕はリリアの召使いとして働いていた。

 復讐をするつもりはもうない。けれど、行く宛もない僕には今まで通り、彼女の召使いとして働く以外の道はなかった。それに、そうすることによって、彼女に少しでも罪滅ぼしをすることができると考えてたのだ。浅はかな考えだとは思うが、それ以外にできることがなかった。

 けれども、僕は段々とリリアを妙に意識するようになっていた。同情や憐みなんて言葉では足りない感情だった。彼女を見ていると、何故か心が穏やかになり、そして愛おしいと思えてしまう。

 そしてそれが恋愛感情というものだということに気づくのはさほど時間はかからなかった。

 彼女を護りたい。彼女を救いたい。そういう思いが、僕の心の中にどんどんと膨らんでいった。

 だから、今回のことは天の采配ではないかと思えて仕方がなかった。

 彼女を救う、一度きりのチャンス。これをみすみす逃すことなどできるはずがなかった。例え、その代償が自分の命であったとしても。

 彼女を泣かせてしまうことなど、百も承知だった。泣かせたくないと思っていながらもそうすると決断したのは、彼女に生きてほしいからだ。

 彼女はまだ幸せというものを知らない。だから、知ってほしいのだ。

 自分が生きていても良いということを。自分が幸せになっても良いということを。

 そしてできることなら、誰かを本当に愛することを。

 自分は彼女を泣かせてしまったので、もうその資格はなくなってしまった。だから、別の人でもいいから、誰かを愛するという幸せを掴んでほしいのだ。僕が、彼女に教えられたように。

 ああ、けどダメだ。できることなら、自分を愛してほしいと未練がましいが、今でも思ってしまう。本当に、最後の最後まで、ダメな男だな。僕ってやつは。

 もうすぐ処刑の時間だろう。

 さて、誰にもバレないよう、しっかりと『王女』としてふるまわなければ。

 だって、これが彼女の召使いとして働く、最後の仕事なのだから。

 

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