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勇者の師匠  作者: 新嶋紀陽
第二章
30/74

13

 全てを話し終わった王女……いや、もう王女ではないリリアは、地面にうつむいていた。


「なるほど、話は分かった」


 ベルセルクは王女の話を最後まで黙って聞いていた。

 王女がここに来たとき、まさかとは思ったがあの少年が身代わりになるとは予想外だった。いや、よくよく考えてみれば、当たり前の行動なのかもしれない。今から自分の主が死のうとしているのに、それを黙ってみているほど、あの少年は賢いようには見えなかったのだから。


「それで? アンタは俺にどうして欲しいと?」

「レンを……彼を助けて欲しいんです」

「ハッ! そりゃあ、無茶な話だな」


 ベルセルクは鼻で笑う。それに対し、シナンが何か言いたげだったが、そんなことに今は構っていられない。


「あいつを助けるってことは、この国から『王女』を連れ出すってことだぞ? つまりそれは、この国の奴ら全員を敵に回すってことだ。アンタはそれを俺らにやれと?」

「無理な相談なのは、重々承知しております。その上で、あなた方に頼みたいのです」

「……何故俺達なんだ?」

「それは……」

「俺達しか頼れるやつがいないから。そうだろう?」

「……、」


 無言という肯定の答えを出すリリア。それはそうだ。今、この国に彼女の味方など、一人としていない。カインにしたって、恐らくはレンの気持ちを汲み取って、リリアを国外へと逃がそうとするとは思うが、リリアの願いを聞き入れるとは到底思えない。つくづく損な役回りな男だ、あれは。

 そして、リリアが今、頼れるのはつまりはベルセルク達だけなのだ。

 しかし、ベルセルクはそれを良しとしない。


「率直に言おう。無理だ」

「師匠!!」


 ここで、シナンが爆発する。


「どうして、受けないんですか!!」


 シナンの怒号がベルセルクに飛んでくる。

 まさに予想通りの反応だったため、ベルセルクはさほど驚いてはいない。が、逆に呆れていた。

 毎回思うのだが、この馬鹿は、自分が何を言っているのか、ちゃんと理解しているのだろうか。

 一時の感情に任せて、行動する。それはこいつの良い所でもあり、悪い所でもある。そして、今回に限って言えば、悪いことだ。

 ベルセルクはいつものように、シナンに言う。


「馬鹿かお前は。この依頼はあまりに馬鹿馬鹿し過ぎる。この国の連中を全員を敵に回すんだぞ? 成功するわけがない」

「そんなの、やってみなくちゃ分からないでしょう!?」

「なら、お前はやれるのか?」


 ベルセルクの質問に、シナンは怯んだ。

 それは、確固たる自信がないという証拠であった。


「確かに、この国の連中を殺して逃げるのなら、命がけでやれば何とかなるかもしれん。だがな、お前はそれをできるのか? こいつとあのガキのために、お前は人を殺せるのか?」

「そ、それは……」

「無理だろうな。出来るはずがない。勇者とかそれ以前に、人を殺すことを躊躇っているお前に、それができるはずがない」

「……、」


 何かを言い返したいシナンだったが、思いつく言葉が浮かばない。

 彼の言っていることは正しい。この国の人々の反応からして、リリアとレンを連れ出すと言うことは、この国の人間全員と戦うということに等しい行為だ。もし、仮にこの国を無事に出られたとしても、その後を追い掛けて来る可能性も高い。そんな中、誰一人として犠牲を出さず、殺さず、そして無事に事を終えるなど、夢物語も良い所だ。

 故に、もし仮にリリアとレンを連れ出すというのなら、人を殺す覚悟が必要となるはずだ。

 しかし、それは恐らくシナンにとっては無理な話だ。

 シナンは何十もの魔物を殺してきたが、未だかつて人を殺したことがない。

 ベルセルクは知っている。魔物を殺すのと人を殺すのとでは、訳が違う。確かに、殺すということではどちらにも大きな差はないが、それでも自分と同じ存在を殺すというのは躊躇いが生じるものであり、また難しいことだ。今のベルセルクにしてみれば、それはもう慣れたものであり、不安も戸惑いもない。だが、シナンは違う。彼女は未だに人を殺していない。そんな彼女が、人を殺す覚悟など持てるはずがない。


「それに……今のアンタが金を払えるとは到底思えない。俺は、報酬が出ない仕事はしない主義でな。悪いが、他を当たってくれ」

「そん、な……」

「アンタも分かっていたんだろう? 俺がどういう人間なのかを。元々アンタは俺が面倒事が嫌いだと見抜き、自分たちの計画の邪魔にならないと思ったからこそ俺を選んだ。その俺に対して、面倒事に踏み込んでくれと言って返ってくる答えが何か、理解していたはずだ」


 そう。彼女は自分が処刑されそうになっても、ベルセルクなら邪魔しないと思ったからこそ、彼を選らんだ。

 ベルセルクならば、同情などしないと理解したから。

 そして、彼女は今まさにそれを後悔しているはずだ。

 何せ、そのせいで今の状況を作ってしまったのだから。

 もはや、何を言っても自分の願いは届かないと理解したリリアは、両手で顔を覆った。

 そんな彼女の姿を見て、ベルセルクは懐から小さな袋を取り出し、リリアの前に置いた。


「アンタには一応世話になった。これでどこへなりとも逃げるがいい。俺ができるのは、ここまでだ」


 そういって、ベルセルクは立ち上がり、「行くぞ」と言ってシナンを連れて部屋を出る。

 シナンは未だに何かを言いたいそうな顔をしていたが、もはや何も言えない。すすり泣くリリアに対して、彼女ができることと言えば、何も言わず頭を下げることだけだった。

 そして、シナンはベルセルクの背中を追って、同じく部屋を出て行く。

 残されたリリアは、ただただ哀しみの涙をたった一人で零すだけだった。


 *


 夜の街を二人は歩いていた。

 革命の成功のおかげか、街ではお祭り騒ぎが耐えていなかった。

 どこもかしこも宴会だらけ、楽しそうな音楽や人々の声がベルセルク達の耳に嫌と言うほど入ってくる。

 しかし、今の彼らには、それらはただの雑音でしかなかった。

 周りの空気はとても明るく、和やかなものだというのに彼らには全く逆の重く暗い空気が漂っていた。

 ベルセルクはここから早く立ち去りたかった。今の彼とって、周りの空気は自分の機嫌を悪くさせるだけのものであった。そして、それはシナンにも同じようなことが言える。


「……師匠」


 ようやく沈黙を破ったシナンに対してベルセルクは少々不機嫌な物言いで訊き返す。


「なんだ」

「……やっぱり、レンさんを助けましょう。その方が良いです」

「……あのなぁ」


 はぁ、とため息を吐きながら、ベルセルクはシナンの方へと振り向く。


「何度も言わせるな。俺は面倒事が嫌いなんだ。そんな俺がわざわざこんな典型的な面倒事に首を突っ込むわけないだろうが」

「それでも……それでも、助けるべきです。これはもう、面倒とか嫌とか、そういう風なことを言ってられるレベルじゃありません」

「逆に言おう。これはもう、俺達がどうこうするレベルの問題じゃねぇ。国家的な問題だ。そして何より、あいつらの問題だ。部外者の俺達が入る隙なんて、微塵もない」

「部外者とか、そんなもの関係ありません! 人としての問題です。こんな理不尽を見過ごしていいわけがありません!!」


 真正面から正直なことを言い放すシナン。

 こうも思ったことをそのまま言う彼女の性格は、ベルセルクには眩しくも見え、また苛立たせるものでもあった。

 彼女は自分が正しいと信じきっている。故に、それを新たに正すことは容易なことではない。


「人としての問題か。はっ、それこそ俺には論外だな。知っているだろう? 俺は他の人間とはどっかズレてんだよ。だから、そういう事言われても、何の説得にもならねぇよ」

「あなたと言う人は――」


 と言いながら、シナンは自分の拳をベルセルクの顔面にぶつけた。バンッという鈍い音がする。普段なら外れるはずなのだが、今はそんなことを考えている余裕はなかった。

 殴られたことで、一歩後に引いたベルセルクに対して。

 

「――本当にそう思ってるんですか!?」


 とシナンは叫ぶ。

 そんなことは許さない、認めないというかのように。

 当たりまえだ。それがシナン・バールと言う人間だ。

 目の前に困っているやつがいれば、例え自分が犠牲になろうとしても、助けるお人好しだ。

 そういう人間だからこそ、勇者として認められたのだろう。

 そして、誰もが彼の行いは善と言うだろう。

 彼女は叫び続ける。


「目の前に救わなきゃいけない人がいるのに! 助けなきゃいけない人がいるのに! あなたは何もしないで、ただ放っておけって、そう思ってい――――」


 瞬間だった。

 襟元がベルセルクに掴まれ、小さな体がどんっと壁に叩きつけられる。

 何だ、と思った瞬間、シナンの耳に言葉が入ってくる。


「いい加減にしろよ、ガキ」


 ベルセルクは静かに言う。

 その声に、その言葉に、シナンはビクッと体を震わす。

 そこにあったのはとても妙な、そしていつもと違った気迫が感じられた。


「お前は何をするために旅をしている? 余所の国のゴタゴタに付き合う事か? 面倒なことに首を突っ込むことか? 違うだろうが。お前の目的は、勇者として魔王を倒すことだろうが」


 その目つきがとても怖かった。

 いつもとは違った怖さがそこにはあった。


「テメェ一人、勝手にキレてんじゃえねぇよ。俺だって腸が煮えくり返ってんだ。だがな、あの召使いは自分の命を懸けてまで、王女を救おうとしている。誰のためでもねえ、自分のためにな。そんな覚悟を決めた奴に対して、お前は邪魔をするのか? その覚悟を踏みにじるのか」


 覚悟を踏みにじる。その言葉に、シナンは再び何も言えなくなった。

 愛している者を守るために、命を張る覚悟。それがどれだけ大きく、強いものか、シナンには分からない。それ故に、彼女がそれを凌駕するほどの覚悟と意思を持てるはずがなかった。

 そして、同時に理解した。

 例え極悪非道だと言われても。

 例え人でなしと言われても。

 目の前にいるベルセルクと言う男は決して、現実から逃げないのだ。


「一人前の勇者になりたきゃ、ここは堪えてろ」


 そういって、ベルセルクは手を放す。

 レンの行動はベルセルクには到底真似できないものだ。それ故に、彼には何かしら思うところがあり、そしてその覚悟も認めている。馬鹿らしいと思いながらも、決してその行為を貶そうとは思えない。故に、彼の覚悟を捻じ曲げようとしているシナンに、ベルセルクは腹を立たせているのだ。

 だが、それでも彼女は認めようとはしない。


「……目の前にいる人を助けられなくて、一人前どころか、勇者になんてなれるはずがない」


 その言葉はベルセルクの勘に確実に障った。

 これはもう何発か痛い目に見ないと分からないらしい。そう思ったベルセルクは自らの拳を握り締める。

 対するシナンも反撃の体勢をしていた。どうやら、彼女もやる気らしい。上等、とベルセルクは軽く口遊んだ。

 そして、二人が同時に殴りかかろうとしたまさにその時。


「ストーーーーーーップ!! ストップストップストーーーップ!!」


 突然と、奇妙で珍妙でそして何より聞きなれた声が二人の耳に聞こえてきた。

 ムッとなりながら、二人はそちらの方向に顔を向ける。

 そこにいたのは、ボロいマントを纏った毎度お馴染みのあの男だった。


「リッドウェイさん……」

「お前、今までどこに行ってやがった」

「いや~いろいろと調べてやしたんですけどね、その途中で革命軍の戦闘に巻き込まれちゃいやして、帰ってくるのに一苦労でしたよ……って、そんなことより、何やってやがんですか、二人とも」


 呆れた、というよりも驚きに近い表情を顔に浮かべながら、リッドウェイは言う。


「別に。何でもねぇよ」

「いやいや、互いににらみ合いながら、今から戦闘を始めますよと言わんばかりな雰囲気を醸し出している時点で何でもないわけないでしょう?」


 尤もな理由だった。

 言われて、ベルセルクとシナンは拳を下した。

 それを見たリッドウェイはふぅ、と安堵のため息を吐く。


「全っく、人が帰ってきた途端物騒なことしないでくださいよ。人が滅茶苦茶ヤバい情報を持ってきたっていうのに……」

「滅茶苦茶ヤバイ情報……?」


 言われてベルセルクはムッとなる。もはや、革命は終わってしまっているのに、これ以上やばいことなど何があろうか。

 まさかレンとリリアが入れ替わっていることがもうバレたのか、と早合点したベルセルクであったが、事実は全くの別物だった。


「ええ。超が付くほどとびっきりの、ドデカい新情報です」


 そう言いながら、リッドウェイは語っていった。

 この革命の本当の『真実』を。

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