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『ガリアクルーズ』
この大陸『ウェルゼン』の中で、最も多くのギルドが所属する国だ。別名『自由国』。
ギルドとは、金を払えば何でもやる、万屋みたいなものだ。そして、ベルセルク達もまた、そのギルドの人間だ。通常、ギルドとはすくなくても五人以上いるのだが、ベルセルク達は二人でやりくりしている。
ここはガリアクルーズの最南端の街、『アルタイラ』。ガリアクルーズの中では最もギルドが少ない街である。そんな街に何故二人はいるかというと、いろいろと事情があり、今は省かせてもらう。
とある木造の家に、二人はいた。
がさっと古びた木の机の上に、大量の金が入った袋が置かれる。
「これが、今回のダンナの取り分です」
「ほう、大量だな」
ベルセルクは確認のために中身を見た。確かに本物であり、かなりの金額が中には入っていた。
「まぁ、あれだけの数の魔物にロックビーストですからね。これくらいが妥当でしょう」
ふ~ん、と興味なさげに言いながらもベルセルクは金の入った袋を懐へ持っていった。
「ところでダンナ」
「ん?」
「一つ聞きたいんですが……なんであの子供を連れてきたんですか?」
と、リッドウェイは親指でベットを示す。ベットの上にはロックビーストの腹の中にいた少年がすやすやと寝ており、未だに起きそうにない。
ベルセルクは面倒臭そうに答えた。
「別に。ただの気まぐれだ」
「気まぐれって……ダンナ、そんな人じゃないでしょ? あっしはダンナと組んでもう四年ほど経ちますけど、ダンナがそんな優しい人間なわけない」
「は、随分な言われ様だな」
「それがダンナですから、仕方ないでしょう?」
確かに、とベルセルクは肯定する。自分はそういう人間だ。他人の事など気にはしない。常に自分のことしか考えられない。それは人間が持つ根本的な概念だ。
誰しも自分がかわいい。そう思うのは自然の摂理だ。そして自分は他人よりそれが表に出やすい。
などとつまらない事を考えていると。
「もしかして……ダンナ、女がいないからって、男に手を出そうと……」
「するかボケ」
瞬間、ゴンと鈍い音がリッドウェイの頭の上でした。
「あいてっ!?」
「いつから俺はホモになった?」
「そっすよね~。んじゃ、何で?」
「だから気まぐれだ」
と言い張るベルセルク。これは本当にそうなのだから、それ以外に答えようがない。あの荒野に放って置いても良かったのだが、何故だかそんな気分にはなれなかった。
変わらないベルセルクの態度を見て、リッドウェイももういいと思ったのか、はぁと深いため息を吐いた。
「まぁ、ダンナがそう言うのならそういう事にしときますよ」
リッドウェイは座ったまま背筋を伸ばし、体を解す。
「にしても、今日は変なことが多かったすねー。居るはずのない大量の魔物、ロックビーストの出現、その腹の中にいた子供……全く、厄日っすよ」
「それは俺の台詞だ。というか、お前何もしてねぇじゃねぇか」
「失敬な、これでもがんばりましたよ――――ダンナの応援」
「それを本気で言ってんなら、俺はお前の頭をかち割る必要があるな」
などと呆れたようにベルセルクは言う。応援を頑張ったと胸を張って言われても、だからどうしたという反応しかできない。
「いや、でもね。毎回毎回仕事持ってきてるんすから、そこら辺は感謝してもらいたいもんですよ」
と愚痴を言い始めたリッドウェイにベルセルクは口を開く。
「お前も金貰ってるだろ」
「三割ですよ、三割。かわいそうとか思いません?」
「なら、代わりにやるか?」
「え、遠慮しときます……」
ベルセルクが言うと、リッドウェイは即効で断った。それもそうだろう。仕事を持ってくるのと仕事を
するの、どちらが大変かと言われれば、答えるまでもないだろう。
リッドウェイは誤魔化す様に、言葉を付け加える。
「ま、まぁあっしは職上柄報酬が少ないのは常なんで、気にしてませんけど」
「さっき思いっきり『かわいそうとか思いません?』とかいってたけどな」
「ふ、そんな昔のことは忘れやした」
「つい三十秒前だと思うが?」
などとツッコミを入れるがリッドウェイは「わははは」と誤魔化し笑いを続けて聞いていない振りを続けていた。
まぁいつものことなので気にはしていない。
「……ところで、ダンナ。例の噂知ってますかい?」
「噂……?」
ベルセルクは皺を額に寄せる。
「ほら、最近『アスタトラル』からまた新しい勇者が出たって噂」
「ああ、勇者国『アスタトラル』か。もう何人目だ?」
「今回で九九人目だそうです」
「九九人目ねぇ……」
この世界には『魔王』という存在がいる。
魔物を操り人々を苦しめ、滅ぼす存在であり、人類の敵。その力は底なしで強大な闇を司る事で有名だ。
そんな魔王と倒すべく選ばれた者が『勇者』だ。
勇者が魔王を倒し、世界は平和になる。
……と言われていたのは何時の時代だったか。
今ではそんな話を誰も信じてはいない。
九九人目。それがどういう意味かは分かるだろう。もうすで九八人魔王を倒しに行ったのだが、未だ誰も成功した者はいない、という事だ。
その結末を誰もしらない。魔王に消し炭にされたのか、魔王を前にして恐怖に負けて逃げ出したか、はたまた魔王の元に行く前に力尽きたか……いずれにしても、魔王はまだ生きていることには変わりない。
そうして、新しい勇者が何人も選ばれてはやられ、選ばれてはやられと幾度となく繰り返されてきた。
「魔王も気の毒にな」
「いやいやダンナ。何魔王に同情してるんすか」
「そりゃ同情もするだろ?そんな数の勇者を一人一人相手にしてるんだからな」
毎日毎日、自分を殺しに来る相手を戦うのはどれだけ大変なのだろうか?
……いや、魔王の事だ。どうせ勇者など相手にならないのだろう。どちらかと言えば退屈と言った方が合っているかもしれない。
まぁ、何にせよベルセルクには関係のないだ。
「でも、今回の勇者はな~んかいつもと違うらしいんですよ」
「違う?」
「はい。ほら、勇者が出るときはいつもパレードとか祭典とかがあるのに、今回はそれらを一切やらずに魔王討伐に出したらしいんですよ。おかげで今回の勇者がどんな奴なのか、誰も知らないらしいんです」
「ほぉ」
それはまた変わっている。
本来、勇者を旅に出すとき、祭典を開くのが常だ。もうその時点でいろいろとおかしいのだが、今回はそれをやらなかった。何故だ? 国にそんな余裕がなくなったから? はたまたそんな事をやる事すらも、どうでも良くなったからか? 考えれば考えるほど可能性は浮かび上がってくる。
「で、実はですね……」
「何だその性悪な言い方は。アレか。また仕事の話か」
「むー、何すかその疑わしい目は。信用してませんね?」
「はなっからお前なんぞ信用してない」
「あらま、これはこれは。ひどいことで」
とわざとげに落胆するリッドウェイ。それを見て、ベルセルクは一瞬、ムカッとしたが、いつものことなので気にしない事にした。
「で?どんな内容だ?」
「いやいや、別にそんなに大したことではないんですよ。勇者の正体を掴んだ者には賞金が出るって話ですよ」
「はぁ? 勇者の正体を掴んだら賞金が出るだぁ? は、どこのどいつだ? そんなバカなこと考える奴は」
「世の中には物好きな奴がいるもんですよ。誰も知らない勇者の正体。それを知りたがる奴がいても、別におかしくはないでしょう?」
いや、世界は広いし、ベルセルクとは全く違う感性の持ち主は山ほどいる。が、金を払ってまでその正体を知りたいと思う輩がいるとは。
「世間は広いってか? ま、俺には関係ない話だな」
「え~。ダンナ、乗らないんですかい?」
「そういうのなら、お断りだ。俺は潰すのは得意だが、正体を掴むなんて真似は御免蒙る」
誰かの正体を探るなど、ベルセルクには似合わなさすぎる。それよりもただ剣を取り、戦う方がよっぽど似合っている。
それを理解したのか、リッドウェイは肩をすくめた。
「せ~っかくのいい話だったのに~」
「そう残念がるな。っつか、大金が入ったばっかりだろ?」
「はっ、そうだった。よし、こうなったら気晴らしにいっちょ派手に町に繰り出そう!」
と言いながらリッドウェイは突風の如く部屋から出て行った。いやはや彼のああいう前向きな性格はベルセルクにはないものだ。
リッドウェイが立ち去った後、ベルセルクはそこらに買い置いてあった酒ビンを机の上に置く。ふたを開けた時、コップがないのに気がついた。コップを探すが見つからず、仕方なくそのまま口飲みする。別に自分以外が飲むわけがないから構いやしない。
しかし、世の中には本当におかしな奴もいたものだ。勇者の正体を探ったところで何か得はあるのだろうか? ただの好奇心か、それとも別のものか。いくら考えた所で分かるわけはないが。
だが、それなら勇者にとっては迷惑な話だ。自分は真面目に魔王を退治しようとしているのにも拘わらず、外野がそんな面白半分で正体を探ってきたとなれば何と思うだろうか? ベルセルクなら速攻で叩き潰すだろう。
酒ビンの中身がなくなった。ベルセルクはなくなったのを確認すると、酒ビンをポイッとそこらに捨てる。そうして、新しい酒ビンを探す。しかし、そこで酒ビンがもう残ってないのに気がつく。どうやらさっきのが最後の一本だったらしい。
はぁとため息をつきながら、椅子にもたれかかる。酒がなくなった、ならば新しいものを買ってくるか? いやいや、そんな面倒な事はリッドウェイにさせるべきだ。だが、彼は街に繰り出していて恐らく遅くまで帰ってこないだろう。
自分でいくしなかい。だが、それは面倒だ。
行くか行かないかを自分の心の中で相談していたベルセルク。
その結果。
面倒なので、もう寝ちゃえという判断に達した。
*
暗闇の中、ベルセルクは椅子にもたれかかったまま寝ていた。
すでに灯りは消えており、あるのは外から入ってくる月明かり程度のものだった。
そんな部屋の中で、蠢く一つの影が。
影はそうっと動いていた。まるで誰にも気づかれないように。ごそごそと辺りを探っていた。何かを探しているようだ。
と、そこで。
「何こそこそしてんだ?」
突然と声がした。影が声の方へと振り向こうとした瞬間、ガサッと服の首元を掴れ、地面へとひれ伏された。
「う、ぐ……」
「テメェ、人が寝てる最中に盗みとは、いい根性してるじゃねぇか」
月の光が影の正体を見せる。その光がなくても、ベルセルクには、影の正体が分かっていた。
影の正体は、ベルセルクが助けた少年だった。
「は、放せ!!」
「そういう訳にもいかねぇな。こそ泥をわざわざ放してやるほど、俺はお人好しじゃない」
「僕はこそ泥なんかじゃない!!」
「ほう。なら、何をやってる?」
「そ、それは……探し物を……」
「探し物? ああ、これか」
と、懐から取り出したのは、少年が気絶していた時に握っていた青いネックレスだ。ベットに寝かせる時、邪魔になったのでベルセルクが少年の手からもぎ取ったのだ。
「か、返せ!!」
少年はネックレスを見た途端、大声で叫ぶ。
「おいおい、いきなり返せとはぶしつけな奴だな。別に取りゃしねぇよ、んなもんに興味ねぇしな」
言うと、ベルセルクは拘束の状態を解き、少年にネックレスを差し出す。
「ほれ」
「……あ、ありがとう……ございます」
礼を言いつつ、少年はネックレスを受け取り、抱きしめるかのように、ネックレスを握る。余程大切なものなんだろう。
「……あの」
「あん?」
「僕、どうしてここに居るんですか? 確か、ロックビーストに食べられたはずなんですけど……」
今更その質問か。というか、自分の状況をちゃんと把握できていないというのに、人の部屋を勝手に捜索しようとするとは……。
ベルセルクは少々呆れながらも、少年に事の次第を告げる。
「そのロックビーストの腹を掻っ捌いて、俺がお前を助けてやったんだ」
「ロックビーストの腹を……掻っ捌いた!?」
少年は驚きを隠せずにいた。まぁそれも無理のない話だ。世界で指折りの防御力を誇るロックビーストの腹を掻っ捌いたなどと聞けば、普通の者ならこう言った反応をするだろう。
未だに目をまん丸とさせている少年に対し、今度はベルセルクが質問をする。
「っつか、何でお前はロックビーストに喰われてたんだ?」
「えっ? えっと、それは……」
ごぞごぞとしながら、少年は恥ずかしそうに答える。
「……僕、ラファルト鉱山にあるものを探しに行ってたんです。一日中探したおかげで、何とかそれは見つかったんですけど、その帰りにロックビーストと遭遇しちゃって、戦ってたら誤って食べられたんです……」
ベルセルクの予想通りだった。
というか、戦いの最中に間違えて食べられるとは……。
「お前、どんくさいんだな」
「すみません……」
いや、謝られても困るのだが……。
などと考えていると、今度は少年から質問がとんだ。
「あの……失礼ですけど、あなたは一体……」
「人に名前を聞くときは、まずは自分から。親に教わらなかったか?」
「……、シナン・バールです」
少年――――シナン・バールはむすっとしながらも、ちゃんと答えた。それを聞いたベルセルクはシニカルな笑みを浮かべながら、自らも名乗る。
「俺はベルセルク・バサーク。ただのしがない傭兵だ」
「ベルセルクって……あの、『狂剣』ベルセルク!?」
シナンはまたもや驚きの声をあげた。
『狂剣』……それはベルセルクのもう一つの名。所謂、異名というやつだ。
それを名付けたのはリッドウェイであり、広めたのもまた彼だった。
狂剣。すなわち、狂った剣。魔物や盗賊を相手にしている時のベルセルクは、他人から見れば、まさにその名がふさわしい姿なのだという。斬って斬って斬って斬って、血を浴びてもそれを拭おうとはせず、ただひたすらに斬りつける。そんなものを見れば、誰だってそう思うだろう。
当初は嫌がっていたベルセルク。それは今も変わりはしないが、仕事が入ってくるのはその異名のおかげでもあるのもまた事実。
結局の所、その名がベルセルクに相応しいというのは、正しいという事だ。
驚きっぱなしのシナンだったが、突如前触れもなく、彼の目が真剣な眼差しに変わった。
「あ、あの!!」
と、大きな声で呼びかけると同時に、彼は床に正座して、ベルセルクを見上げる体勢になった。
じ~っとベルセルクを見つめるその瞳は蒼く透き通っていて、まるで青空を思い出させるものだった。
「な、何だよ……」
その真剣な眼差しに、流石のベルセルクも少し気おされそうになっていた。
そうして数拍、間を空けてから。
「僕を……」
「ん?」
「僕を弟子にして下さい!!」
……………………。
ここでベルセルクは、その言葉の意味を理解するのに、少々時間がかかった。いや、元々意味は知っている。ベルセルクはそれが誰に対しての言葉か、というのを確認していたのだ。
そして、それを二、三度再確認してから
「はぁああ!?」
これ以上ないと言わんばかりの、突拍子もない声を張り上げたのだった。