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勇者の師匠  作者: 新嶋紀陽
第二章
29/74

12

 時を遡ること一日前。

 王女はいつものように、塔の自室で窓の外を眺めていた。


「……もうすぐね」


 王女は片手にティーカップを持ちながら言う。

 窓の外はいつもとは全く違っていた。当たり前だ。今は、革命が起きている真っ最中なのだから。

 こんな状況でお茶を飲むなど普通はできない。だがしかし、事前にこの事態になることを知っていた王女にとっては、別段驚きなどない。むしろ落ち着いていた。

 するとそこに、レンが王女に尋ねる。

 

「王女様、お茶のおかわりはいかがでしょう?」

「ええ、頂くわ」


 そう言うと、レンはすぐさまおかわりのお茶をカップに注ぐ。

 王女はレンに対して、即座に召使いをやめ、逃げるように何度も命令した。けれども、この召使は頑としてその命令だけは聞けませんと言い張り、結局この最後の時まで一緒にいるはめとなってしまった。

 全く、と王女は少々呆れてしまう。自分といれば、その身が危険になると分かっているはずなのに、どうしてみすみす命を捨てるような真似をするのか。

 

「……本当、貴方と言う人は見かけによらず、頑固者ですね」


 ふと呟いたその言葉に、レンは微笑んだ。


「人は見かけによらない、とよく言います」

「それもそうね」


 ふふっ、と王女はレンに対して笑みを返す。

 こうしてみると、最近は笑みを浮かべることが多かった。シナンやベルセルクが来てからだろうか。彼ら、というより、シナンといるといろいろと話ができてその内容に王女は久しぶりに笑ったのだ。


「……あの方々は、もう国を出たでしょうか?」

「さぁ、それは……しかし、あの方達はかなりの手練れです。この状況の中でもそうそう死ぬはずはありません。それに、ベルセルクさんは面倒事が嫌いな方ですし、巻き込まれない内に国を出てると思います」

「そうね、確かにあのお方はそういうことには関わりたくないような方ですしね。もうこの国を出ているかもしれません」


 ベルセルクと話たのは数回だ。

 しかし、そのたった数回で彼がどれだけの面倒臭がり屋なのかが分かった。しかし、それは返って良かったのだと思っている。もしここで、彼らが自分に同情してこの計画を邪魔されでもすれば、今までのことが全て水の泡となっていた。

 だから、彼を選んだのは正解だと本当に信じている。ただ、シナンはとても優しい人間だ。本当のことを知れば、彼女こそ自分を助けに来るかもしれないが、あのベルセルクがわざわざそんな面倒な事を言うとは到底思えないので、心配はいらないと思う。


「それにしても、わたくしもとんだ悪党ですね」

「王女様、何を仰るのですか。王女様はただ……」

「国の平和とこれからの未来のためにやったこと。そう言いたいのですか?」


 自分が言いたかったことを先に言われて、レンは黙る。


「確かにその通り。わたくしはこの国の平和と安心できる未来のために、この革命を起こしました。でも、それで迷惑する人や傷つく人だって大勢います。結局、わたくしがやることには誰かの犠牲が伴うんですよ」

「王女様……」

「それに……この革命を起こしたのには、もう一つの理由があります」

「もう一つの、理由……?」


 王女の言葉を繰り返して言うレン。

 

「わたくしは……もう疲れたんです。生きるということに」


 王女は、溜まった何かを吐き出すように言う。


「何をしても誰かの迷惑になって、邪魔になって、不幸に繋がる。じゃあ、何もしなければいいと思えば、それはそれでまた何かを言われる。結局、何をしても、しなくても、同じだということを散々思い知らされました。だったらいっそ、わたくしなど死んでしまえばいいと何度も思いました。けれども、これでも一応は国の主。そう簡単に命を絶つわけにはいかなかった。だから、こんな大がかりなことをしなければならなかった」


 ここまでくるのに、大変苦労した。

 それだけ、大がかりなことをしなければ、自分は死ねない立場にあったのだ。

 正直、今すぐにでも玉座を渡せと言われれば、何の迷いもなく渡そうと思ったことは一度や二度ではない。

 そして今、その重荷からやっと解放される。


「これで、ようやくわたくしは死ねます。国は幸せになり、人々も喜ぶでしょう……そして何より、貴方の願いがようやく叶う」


 貴方、というのが誰なのかをここで明確にする必要はない。ここにいるのは、王女とその召使のレンだけなのだから。

 レンの顔に変化はない。

 しかし王女の言葉を聞いたレンが、ビクッと体を震わせたのを王女は見た。


「……何を、言って……」

「覚えていますか? 貴方がわたくしに初めて淹れてくれたお茶のことを」

「え、ええ……確か、ハーブティを……」

「あれ、毒も一緒に淹れてたでしょう? 致死量ではなかったから、最初は気づかなかったけれど」


 言われて、レンは大きく目を見開いた。

 それはそうだろう。あの時、王女はその毒入りハーブティを普通に飲んでいたのだ。それも、それに毒が入っていることを知っていて、だ。


「わたくしも初めは驚きましたよ。嫌われ者だと理解はしていましたが、あれほど堂々と毒を入れられるとは、正直どう反応していいか分かりませんでした」


 お茶に毒が入っていると知った時の反応など、誰か知っているのなら、逆に聞きたい。

 レンは顔を俯けたまま、微動だに動かない。

 王女は続ける。


「わたくしには、分からないことがもう一つありました。貴方が何故、わたくしに近づいてまで殺そうとしたのか。それほど、わたくしが憎い存在だったというのは分かりましたが、一体どうしてと何度も思いました。貴方もまた、多くの人々と同じようにわたくしを悪の元凶だと考えていたのか……でも、違った。貴方の正体を知った時、その理由が分かりました」


 レンはその言葉を聞いて、ハッとなる。


「レン・フィアード。それは、貴方の本当の名前ではありません。本当の名前は、『レノン・シファール』。貴方は、わたくしと同じ王族の人間ですね?」


 そこまで言われて、レンはもはや驚く意外の行動ができなくなっていた。


「……どうして、それを……」

「嫌われ者と言っても、一応は王女。いろいろとツテはあるんですよ?」


 少し意地悪そうな顔をしながら、王女は言う。

 そんな王女に対して、レンは降参といわんばかりな表情で、答えた。


「参りました。貴方には本当に勝てませんね」


 やれやれ、と呟いたレンは突然と真剣な顔になる。


「そうです。私の名前はレノン・シファール。貴方の言う通り、王族に連なる者の一人です」


 やはり、と王女は思う。

 最初に会った時から、どこか普通の者とは違う雰囲気を出していた。行動も物言いもどれもがどこか貴族か王族のようなものを感じていたのだ。


「……貴方はわたくしの従兄妹、といことでよろしいでしょうか?」

「流石王女様、もうお気づきになれましたか」


 レンはいつものように、笑顔で受け答えをしている。

 そう、レンと王女は従兄妹なのだ。最初、レンが王族に連なるものだと分かった時、もしや自分の兄か弟かと思った王女であったが、それは間違いだった。

 では、何故ここまで顔が似ているのか。

 それは、彼らの父と母に原因がある。

 彼らの父と母はどちらとも双子だったのだ。

 そっくりな二人が同じようにそっくりな二人と結婚し、そして子供を産んだ。

 ただし、状況は比べようもならないほど違っていた。

 先々代の王はある時、双子の弟である自分の息子を城から追放した。理由は簡単。双子は昔から、災いの元と言われているのだ。そのため、この国に災いをもたらさないように自分の実の息子を王宮から追放し、辺境へと追いやった。しかも、その王子の存在を王宮内から全て消したのだ。そして、何も知らないまま、先王は育ち、やがて美しい娘と結婚した。

 一方、辺境へと追いやられた弟はそのままその辺境で暮らしていた。ただし、彼は自分が王族の血を引くものだと知っていたのだ。そして、いつしか自分が王座につこうと密かに画策していたのだ。そんな彼もとある美少女と結婚をした。

 実はこの二人と結婚した娘、驚くことにこちらも双子だったのだ。何故、双子の彼女たちがこんなに離れ離れになりながら生活していたのかは定かではないが、そんなものはささいなことだ。

 双子と双子の結婚。

 これならば、生まれてくる子供も同じような顔になる可能性は高かった。

 ただし、今回の場合は同じ顔でも、性別が違ったが。


「貴方の目的は、家族の復讐。違いますか?」

「……、」


 先ほども言った通り、レンの父は辺境へと追いやられた。そこは、作物も育たない、不毛の地であった。そんな場所で快適な暮らしができるだろうか。それも、自分が王族だと知っていて、さらには実の兄は王宮で悠々と生活をしていてだ。

 答えは否だ。

 同じ血が流れているのに、どうしてこんなにも差があるのだろうか。こんなのは不当な扱いだ。そう思っても何も間違ってはいない。むしろ、そちらの反応は正しいものだろう。

 結婚し、子どもも生まれた。しかし、辺境の地では養っていけるわけがない。レンの父はレンが幼いころすぐに亡くなったという。そして、嘆き悲しんだ母親もその数年後に後を追うように、死んでいったらしい。

 残されたレンが、何を思うか、ここまでくれば、誰でも察しはつくはずだ。

 レンはため息を吐きながら、首を縦に振った。


「……復讐、ですか。ええ、その通りです。私が貴方に近づいたのは、貴方を殺し、父と母の恨みを晴らすためです」

「……、」

「父と母はいつもいっていました。どうして顔も体も似ているのに、自分たちはこんなにも恵まれず、彼らは豊かなのかと。幼い私にもその疑問は生まれましたよ。どうして、貴方と私はこうも立場が違うのか。どうして、貴方はそこにいて、私はここにいるのか」

「……、」


 王女は何も言わない。

 言えるはずがなかった。

 自分だって、好きでここにいるわけではない。彼が今すぐにその座を譲れと言えば、譲るかもしれないだろう。それだけ、この立場というものに飽き飽きしているのだ。

 だが、それは彼らがどれだけ願っても手に入らなかったものだ。欲しい欲しいと思い、そしてそこに立てる権利を持っていながらも、結局は手に入れることが叶わなかった。それが、どれだけ屈辱的で、絶望的なことか、恐らく王女には一生理解できないものだろう。

 王女は一度目を閉じ、考える。

 今、自分が彼にやれることはたった一つだ。

 けれども、それをしてしまっては後々の計画に支障をきたすかもしれない。それだけ、無茶なことやろうとしている。

 けれども、彼女にできることと言えば、もはやそれしか残っていなかった。

 王女は覚悟を決め、目を見開く。


「……分かりました。では、こうしましょう」


 王女は懐から、何かを取り出す。

 その何かと言うのは、短剣だった。

 その長さはおおよそ二十センチほど。小さいながらも、これで心臓一突きでもすれば、簡単に人を殺せることができる。

 その短剣を、王女はレンに投げる。

 レンはそれをうまい具合に受け取った。


「……何の真似ですか?」

「今から、わたくしを貴方の思うようにしてください」

「それは……どういう意味ですか」


 レンは少々怒気が入った声で言う。

 しかし、それに動じず王女は続けて言う。


「そのままの意味です。わたくしの命を貴方に委ねます。煮るなり焼くなり、どうぞご自由に」

「……前々から思っていましたけど、貴方は自分が死ぬのが恐くないのですか?」

「怖いですよ。怖くて怖くて仕方ありません。これでも今、虚勢を張っているんですよ?」

「その割には、堂々としてますね」

「それが、王女としての務めですから」


 という王女の言葉に、レンは驚きもせず、ただ静かに。


「……わかりました」


 そう言うだけだった。

 そして、短剣の柄を握り、抜く。

 白く鋭いその刃は、か細い王女に一刺しすれば、一撃であの世行きだろう。

 王女はそれをじっと見ている。

 分かっていたことだ。彼は自分の復讐のためにここに来たのだ。そんな彼に、自分の生殺与奪を任せれば何を選ぶのかなど目に見えている。

 そう、分かっていたはずなのだ。

 けれども、心のどこかで彼には裏切られたくないと願っていた。ともに過ごした時間が嘘偽りと分かっていても、それを理解したくない。そう思っていながら、それも叶わないことだと諦めている自分がどこかにいる。

 結局、自分が何を望んでもそれは叶わないのだ。ならば、最初から願うことなど、馬鹿馬鹿しいことだ。

 しかし、現実は違う。

 短剣を握りしめたレンは次の瞬間、王女に向けて突き刺す、

 のではなく、

 自らの髪をバッサリと切り落としたのだ。


「っ!?」


 流石の王女もこれにはびっくりだ。

 何を、と王女が言う前に、レンは言葉を並べる。


「人の話くらい、最後まで聞いてくださいよ」


 ほとほと呆れたと言わんばかりな表情で、レンは王女に向かってため息を吐く。

 

「確かに私はあなたに復讐したいと思っていましたよ。父のため、母のため、そして何より自分のために。だから、毒を盛ったり、殺す手はずを整えたりと、最初は忙しい毎日でした」


 けれども、とレンは続ける。


「貴方のお傍にいて、私は分かった。分かってしまったんです。貴方という存在を。その心を。他人にどれだけ罵られようと、貶されようと、邪魔者扱いされようと、それを決して憎もうとは思っていない。最初はどこまで偽善者を名乗るつもりだ、と言いたくなるほど貴方の性格には飽き飽きしていましたが……貴方が密かに一人で泣いている所を見た時、自分の愚かさに恥ずかしいと思いましたよ。貴方は年端もいかない少女だった。いまだってそうだ。そんな貴方が誰も憎まず、怨まなかったのは、それができなかったからだ」


 その言葉を聞いた瞬間、王女ははっとなる。

 王女と言う立場にあるリリアは、同時に国民を守る立場にあった。

 王族たる者、国のためにその身を捧げ、そして何より国民のために行動する。それこそが王族の務めだとずっと思ってきた。

 だから、その守る対象である国民を憎むことなどできるはずがなかった。怨んでいいはずがなかった。それはいけないことだとずっと考えてきたのだ。

 しかし、現実というのはそんなに甘くはなかった。謂れのない罵倒に対し、王女の心は耐えられなくなってきていた。故に、一人でいるときに涙を流すこともしばしばあったのだ。国民を憎むことも怨むこともできない王女には、一人で泣くしかできなかったのだ。


「たった一人で人々の怒りを背負い、そして一人で悲しむ。そんなものを見て、誰が貴方を殺したがると思うんですか?」


 笑みを浮かべるレンの言葉に、嘘はないと王女は悟った。

 けれども、王女には分からないことが一つある。

 どうして彼は、自分の髪を切ったのだろうか。


「レン、あなた……っ!?」


 瞬間だった。

 王女の視界が、突然と眩んだ。

 何? と思った矢先、レンが「やっとか」と呟いたのが聞こえた。


「ようやく効いてきたきたみたいですね。カインさんに頼んだ薬」

「く、すり……?」


 どういうことだ、と問いただしたかったが、生憎と上手く意識が回らない。

 恐らく、先ほどのお茶に薬を盛られていたらしい。いやはや、薬の話をしたばかりだというのに、油断した。

 レンは王女の心境を悟ったのか、わざわざ説明を始める。


「安心して下さい。ただの眠り薬です。言ったでしょう? 私はあなたを殺したくない、と。ただ、私がこれからやろうとすることに恐らく貴方は反対すると思いましたから、少し眠ってもらうだけです」


 これから、やろうとすること?

 視界がぼやけてながらも、王女はレンの言葉を聞いていた。

 これから彼は、一体何をするつもりなのか。それを考えようとしていると、突然レンは王女の体を抱きかかえた。所謂お姫様抱っこである。

 正直な話、王女は王女でありながら、今までお姫様抱っこをされたことがなかったため、これが初体験となる。が、今はそんなことはどうでもいい。

 レンは王女をそのままクローゼットの中まで運んだ。


「いいですか? 目が覚めたらそこにある男物の服を着て逃げてください。僕の物ですが、恐らくは体に合うと思います」

「っ!? まっ……て……」

「安心して下さい。革命のことには手を打ってあります。貴方が犠牲にならないように、ね」


 手を打っている? それは一体、どういうことだろうか。

 この革命には、王女の処刑と言う犠牲が絶対不可欠だ。それを無しで解決できるなど、ありえない。

 あるとすれば、それは……。

 そこで、ふと王女は目の前にいるレンの顔をみる。

 相変わらず、その顔形は自分にそっくりだ。このまま、髪型を整えれば、本当に自分そっくりになってしまうと思えるほど。

 自分そっくり。

 犠牲。

 王女はそこで、全てに気が付いた。


「ま、さか……」

「お気づきになられましたか」


 レンは、やれやれと言いながら苦笑する。

 対して王女の顔は、青ざめる。

 彼のやろうとしていること。それは、彼自身が王女の身代わりになろうということだ。なるほど、確かに彼と王女は顔や体型までそっくりだ。先ほど髪を切ったのも、少しだけ長い彼の髪を王女の髪にそろえるためだったのだ。

 だが、それを簡単に認めるわけにはいかなかった。


「馬鹿な、ことを……!?」

「何を言っているんですか。影武者が代わりに処刑される話なんて、どこにでもあることでしょう? 大丈夫です。死体に関しては、カインさんが何とかしてくれると約束してくれました。バレる心配はありません」


 そういう問題ではない、と言いたかったが、薬のせいでもはや言い返す言葉も言えなかった。

 そんな王女を見て、レンはフッと笑った。


「貴方は最後まで人の心配をするんですね。どこまでお節介というか、お人好しというのか……」


 その笑顔は、まるで愛しい物を愛でるようなものだった。


「けれど、これからは自分のために生きてください。他人のためなんかじゃなく、自分のために。そうすれば、貴方はきっと救われる」


 言うと、レンは懐から液体の入った小瓶をだし、蓋を開け、中にあった液体を全て自分のくちに含ました。

 そして次の瞬間、王女に対して口づけをする。


「っ!?」


 何度目の驚きか。

 王女は驚きのあまり、口に入ってきたものをそのまま喉へと通してしまった。そして、先ほどよりも段々と眠気が増していく。恐らくは、また睡眠薬を飲まされたのだろう。

 襲いくる眩みに対して、懸命に闘いながら、王女はレンを見る。


「……実を言うと、僕は神様が大嫌いでした。こんな人生を歩かされたんです。怨んだり、憎んだりしてもおかしくないでしょう?」


 彼は、笑顔だった。

 最後の最後まで、笑顔だった。


「でも、たった一つだけ、感謝していることがあります。それは、貴方の従兄妹として生まれたことです」


 王女は、いや、リリアはその先の言葉を聞きたくなかった。聞けば、必ず、後悔すると心の何かがざわめいていたからだ。

 けれど、残酷にも、レンの言葉は思考が上手く回っていないリリアにもはっきりとわかってしまう。


「だって、貴方を愛しても、誰も咎めることはないでしょう?」


 嫌、とリリアは呟く。

 行かないで、とリリアは叫ぼうとする。

 それでも、世界はそれを許さない。


「さようなら、『僕』の愛しきリリア。できることなら、これからは幸せに生きてくれ」


 そうして、クローゼットの扉は閉じられる。

 リリアは手を伸ばす。が、ここで今までにない、最大の眠気と眩みに襲い掛かられる。もはや、彼女にそれを耐えしのぐ力は残っていなかった。

 待って、行かないで。

 わたくしは……『私』はまだ、貴方に好きだと言っていないのに……。

 リリアの願いも空しく、絶望の扉はそこで完全に閉じられるのだった。

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